プロローグ:寄生編
表があれば裏があり、光があれば影がある……なんて大層なものでもないが、きらびやかな観光地として名高いカウマにも当然それを支える悪臭を漂わせる薄汚れた下水道がある。
本来そこは一部の業者しか立ち入ることができない特別な場所だが、その日はとある事情からピンキーズことイフイ第二ピースプレイヤー特務部隊の面々が足を踏み入れていた。
「この!すばしっこい!!」
ハイヒポウを装着したパットが腕をブンブンと振り回す。正確には腕をブンブンと空振りしているのだ。彼は小柄で素早いターゲットの動きに対応できていなかった。
「チュミィィィン!!」
「この『ズミネス』ごときが……!!」
ただの鳴き声なのだろうが、今の彼には挑発にしか聞こえなかった。下水道の壁を動き回る小型オリジンズは一応はエリートに分類されるパットを完全に翻弄している。
(くそ!どこにでもいるオリジンズにこの体たらくとは、情けない!だけどこいつ……)
ズミネスと不甲斐ない自分に苛立ちを募らせる一方、この停滞した状況を打破するためパットは冷静に淡々と頭の中で下水道に入る前に見せられたターゲットの資料を思い出していた。
(事前に見せられたデータよりでかくないか?それになんか紫の仮面みたいなのが……付いてるように見えるんだが……?)
高速移動するズミネスを必死で視線で追いかけながら、改めてデータとの違いを確認し、それが間違いでないことを確信する。
(やっぱりこいつただのズミネスでは……)
「よっと!!」
ゴン!!
「チュミィィィ!!?」
「あっ」
一瞬のことだった……一瞬でパットのターゲットであるズミネスは突如乱入したタトゥーのような紋様の入ったショッキングピンクのド派手なハイヒポウにチョップではたき落とされ、汚水の中に消えた。
「ビオニス隊長!今日は自分に任せるって……」
「俺だってできることなら自分の言葉は曲げたくないし、部下の仕事を奪いたくもないさ。だけど、今日ばかりは……こんな場所一刻も早く出て行きたい」
マスクの下でビオニスは顔をしかめた。まぁ、当然の反応だろう。下水道に好き好んで居続けたいなんて人間は早々いない。それはパットも同じだ。
「確かに……あまり居心地のいい場所ではないっすよね。ピースプレイヤーのおかげで悪臭は気にしなくてもいいのが、せめてもの救いですが」
「匂いはともかくとして、本来ならズミネスが一匹二匹出た程度で俺達が出動することはない。そのことの方が気になる」
ビオニスは先ほどとは違う理由で、顔を険しくし、周囲を見回した。
「最初は新種のズミネスが暴れ回っていると聞いて、悪戯か何かだと思ったが……」
「実際、ズミネスはデータとは異なっている姿をしていて、敏捷性も遥かに上だった……」
「あぁ、早く上に戻って、詳しく調べないと……」
「……なら、はたき落とさないで、そのまま捕まえればいいのに」
「……つい“できるだけ触りたくない”感情が抑えきれなくてな……」
「もしかしなくても、自分に任せるって言ったのも、ズミネスに触りたく……」
「さぁ!とっとと探すぞ!リサが待っている!」
誤魔化すようにビオニスはパットから顔を逸らし、汚水に視線を向けた……全然誤魔化しきれてないけど。
「まったく……そういうところあるんだから」
「まぁまぁ、文句も上に戻ってからなら、いくらでも聞くからよ」
「言いましたね?」
「言いましたとも!」
若干緊迫していた空気が解れると、パットも目線を落とし、ズミネス探しを始めた。
「隊長の攻撃で気絶もしくは死んでいたら、浮き上がって来ますよね?」
「手応え的には微妙なところだったな。ただ意識はあっても、それなりのダメージを与えたからそう遠くには行けないはず……」
「こんなことになるなら、下水作業用のピースプレイヤー借りてくれば良かったっすね」
「だな」
「仮にさっきのズミネスが新種だったら、どうするんですか?」
「どうするも何も然るべきところに送って俺らはお役ごめんだろ」
「じゃあデズモンドの捜査に戻るんですね?」
「『デズモンド・ギャヴィストン』……ドーピングで業界を追放され、借金生活の末に取り立てに来た借金取りを殺し、逃亡者まで落ちぶれた元人気格闘家……ファンだったのか?」
「奴個人ではなく、格闘技のファンですね。かつてリング上で眩い輝きを放った名選手があんなことになってしまったのは残念で仕方ありません」
「だから、ファンの端くれとしてせめて自分の手で……か?」
「はい。単なるわがままですけど」
「別にいいんじゃないか?少なくとも俺の部下としては何ら問題ない」
「話のわかる上司を持って幸せです」
「フッ……そう言ってもらえると……」
プカ……
「――!!?パット!いたぞ!あそこだ!!」
会話をしながらもしっかりと動かしていた目線の先にズミネスが浮かび上がって来た。部下を呼び寄せながら、ビオニスハイヒポウはバシャバシャと水しぶきを上げながら、それに近づいた。
「これは……」
「どうしたんですか?そんなに驚い……て!?」
ズミネスのところまでたどり着いたビオニスは思わず絶句した。そんな彼を不思議がっていたパットだったが、彼もまた変わり果てたそれに言葉を失う。
「俺のチョップ一つで……こんなにボロボロになるものなのか……?」
ズミネスは身体中傷だらけになって、絶命していた。明らかにそれは手刀一つでつけられたものだけではない。
「すごい傷ですけど、これって……」
「外部からつけられたというより、まるで内部から裂けたように見える……」
「下水の中で他のオリジンズに襲われたわけではないと?」
「だと思うが……」
「何らかの手段で内部から攻撃するオリジンズの可能性は?」
「仮にそうだったら、それはそれで大問題だろ……獲物の中に侵入して、食い破るような奴がこのカウマの下水にいるってことだからな」
「それは……嫌っすね」
パットは自分の腹を食い破られる想像をしてしまい、思わず身震いした。
「それに……」
ビオニスは触りたくないと言っていたそれを掬い上げた。そんなこと言っている場合でないと、判断したのだ……ズミネスの傷以上に異様な変化を目の当たりにして。
「こいつ……やはり縮んでいるぞ……!」
「ですね……さっきまで片手で持ち上げられるサイズじゃなかった……」
「いや、むしろこれがカウマの下水に住んでいるズミネスの標準サイズだ」
「だとしたら、さっきまでのが何らかの理由で巨大化していた状態だった……ん?」
パットはビオニスの手にある死骸に顔を近付けた。
「どうした?」
「顔にあった紫色の仮面がなくなっている……」
「何?」
パットの指摘を確認するためズミネスの顔を自分に向けると、輝きを失った虚ろな目と視線が交差した。
「一体……カウマで何が起こっているんだ……?」
言い知れない不安に包まれるビオニスとパット……。
そんな彼らを下水道に放った小型メカのカメラ越しに白衣を着た男が見ていた。
「ふむ……やはりズミネスでは耐えられんか。だが、いいデータは取れた……そろそろ表に出る頃か……」
男はこれからカウマに自らが起こそうとしていることを夢想すると、醜悪な笑みを浮かべた。
そして悲しいかな、その男のはた迷惑な計画にやはりというかなんというか、アスト・ムスタベも巻き込まれることになるのだった……。




