アスト装着
「ピースプレイヤーって……あのピースプレイヤーだよね……?」
トウドウは聡明な彼らしくもなく、ただウォルの口にした単語をそのまま繰り返した。また彼の中で混乱の渦が巻き起こってしまったのだ。
「あのって……他に何があるのよ……」
ウォルは相変わらず首を擦りながら答えた。インドアな彼の白い肌に付けられた暴虐の証、赤い指の跡はむしろ先ほどよりも濃くなっていた。
目まぐるしい展開で、混乱こそしているがトウドウはメグミほどバカじゃない。いや、ピースプレイヤーぐらいはメグミでも知っている。彼が理解できないのは、疑念を抱いているのは、ピースプレイヤーがあったところで……ということである。
「いや、ピースプレイヤーのことはわかるけど……」
「けど……?」
「警察用のものなんて、個人認証があるから使えないよね……?使えないなら……それはただのバッジだよ……」
トウドウは、ピースプレイヤーが手に入ったところで使えなければ意味がない、この状況を打破できないだろうと言いたいのだ。しかし、それはウォルター・ナンジョウという人間を見くびっている。
ウォルの弱々しかった顔が、みるみる悪そうな笑みへと変化していく。
「ピースプレイヤーの個人認証?そんなロックなんて、この天才ウォル君の頭脳には意味ないんだよ」
「ギシャアァァァァァッ!!!」
一方、ウォルとトウドウが問答している間も狂気に取りつかれたハラダの猛攻は続いていた。
「ギシャッ!!」
ハラダはパンチを繰り出す!
なんだかんだこの島を守る警察官として、日々の鍛練を欠かさない肉体の力、さらに理由は不明だが強化させている力が合わさり、夜の冷たい空気を鋭く切り裂き、アストへと迫る!
「ふぅ………」
パン!
「ギシ……?」
「いつにもまして大振りだぜ、ハラダさん」
拳はアストにはヒットしなかった。アストが掌底で払いのけたのだ。だが、それに懲りることなくハラダはもう一方の拳を……。
パン!
「ギシャ!!」
「無駄だ……ほんの少し、タイミング良く攻撃の方向、そこに横から力を加えてやれば、パンチを逸らすことなんて訳ないよ」
まるで理屈さえ分かれば、子供でもできるかのような物言いだが、当然そんなことはない。ある程度“武”に造形がなくては……。
アスト・ムスタベにはそれがあった。
「青い龍を継ぐ者として……ムスタベの人間として……こちとらガキの頃からじいちゃんに鍛えられてんだよ!!」
「ギシャアァァァァァッ!!!」
パン!パン!パン!パン!パン!
ハラダは凄まじいパンチのラッシュを繰り出すが、全てアストの掌底によって軌道を変えられ、何もない空間に炸裂した。アストの身体には全くダメージを与えられていない。逆にハラダの方もダメージを受けてないが。
「ギシャアァァァァァッ!!」
パン!
「ちっ!?しつこいな!!」
アストは防戦一方、反撃をしなかった……できなかったではなく、しなかったのだ。
(このまま疲れて、戦う気力もオレ達を追いかけるスタミナも無くなってくれればと思ったんだけどな……やっぱりハラダさんは傷つけたくない……)
幼なじみのウォルが首を締められた時に激昂したように、アスト・ムスタベという人間はとても“優しい”人間だ。だから、こんな状態になっても、自分に害を及ぼそうとも、ハラダを攻撃したくなかった。
けれど、その思いは今のハラダには決して届かない。
「ギシャアァァッ!!」
パン!
(くっ!?このままじゃ、こっちのスタミナが……いやその前に気持ちが切れちまうぜ……!)
ダメージこそ受けてないが、高速、高威力の拳を捌くのは体力はもちろん大量の集中力を消費してしまう。いずれ限界が来るのは明白……それも思ったよりも早くに。ならば、決断しなくてはならない。
アストはちらりとハラダの後方を確認し、そこに気配を消して潜んでいる一応ライバルということらしい幼なじみを確認する。
(よし……次の攻撃を防いだら……)
「ギシャァァッ!!」
パン!
「今だ!メグミ!!」
「おうよ!!」
ガバッ!
「ギシャ!?」
合図を送ると、待ってましたと言わんばかりにメグミが大きく太い腕でハラダを羽交い締めにした。
「よし!!でかした!!」
それとほぼ同時にアストが腕を引いた……力を溜めているのだ!
「すいません……こんな風な方法しか思いつかなくて……脳ミソ!シェイクされてください!!」
ゴン!
「――ギ!?」
アストは遂に掌底をディフェンスではなくアタックに使った。それはハラダの顎を側面から打ち抜く。この期に及んで、最小限のダメージでハラダを制圧するつもりなのだ。そして、宣言通りハラダの脳を揺さぶることに成功する。
ハラダの身体から力が消え失せ、だらりとメグミにもたれかかった。
「おっと……お前なんか誉めたくないが、今日はまぁ特別だ……お見事、アスト」
「そりゃ、どうも……ふぅ」
激闘を終え一息つくアスト……まだ何も終わってないのに。
「ギ………」
「ん?」
「シャアァァァァァッ!!」
「うおおおっ!?」
ブゥン!
「メ、メグミ!!?」
沈黙したと思っていたハラダが突如、再起動!自分を拘束していたメグミを力任せに投げ飛ばした!その後、ハラダはまたへたり込む……ダメージが抜け切っていないようだ。
「ッ!?第二ラウンドかよ!ちくしょう!!」
アストが再び構えを取る。いや、さっきの防御するためだけのものではなく、攻撃も想定した別のものだ!覚悟を決めたのだ、若き青龍は。
「もう四の五の言ってらんねぇ!少し痛い目、見てもら………」
「アスト!!!」
「――う!?」
ハラダへの突進のため地面を蹴り出そうとした瞬間、背中からもう一人の幼なじみの声が聞こえた。
アストは咄嗟に振り向くと、そこにはウォルが“何か”を投げようとしていた……というか、投げて来た。
「受け取れ!アスト!!」
「うおっと!?いきなりなんだよ!って、これは……?」
アストにバッジが渡された。それは月光を反射し煌めいている。まるで希望の光のように。そして、実際にそうなるように天才ウォル君がいじくったのだ!
「ピースプレイヤーだ!アスト!」
「ピー……ハラダさんのか!」
「そうだ!起動コードは……」
「ギシャアァァァァァッ!!」
元々自分のものだから取り返そうとしているのか、完全に回復したハラダが飛びかかって来た。
「ウォル!起動コードは!?」
「『ゴウサディン・チュザイン』!それが、こいつの名前だ!」
「よっしゃ!起きろ!『ゴウサディン・チュザイン』!!!」
グシャリ……
「ギ、ギシャアァァァァァッ!?」
闇に包まれた旧校舎を眩い光が照らしたかと思ったら、同時に鈍い嫌な音が鳴り響いた。
それは骨の砕ける音……ハラダの拳が砕けた音だった。
「この島に配備されている奴なんてピースプレイヤーの中じゃ弱っちぃはずなんだけど……さすがに生身の人間よりは遥かに強いか」
光の中から出てきたアストの身体は鈍く輝く青と銀の機械鎧を纏っていた。それこそがゴウサディン・チュザイン。カウマ共和国の警察に配備されている下級ピースプレイヤーだ。
アストの推測通り、このマシンは軍の主力量産機ゴウサディンを警察用にデチューンしたピースプレイヤーとしては決して強い部類のものではないのだが、ハラダのパンチを受けてもびくともしないどころか、逆に拳を粉砕するぐらいには強固だった。
「ギシャアァァ……」
「鈍くはなっているみたいだが、痛覚自体は無くなってないみたいだな……いや、どちらかと言うと失ったのは恐怖心か……」
ハラダは拳が砕かれても、痛めた素振りは見せても、闘争心は消えていないように感じられた。むしろ、痛みによって彼の中に眠る生存本能が刺激され、より獣じみたようだった。
「ギシャアァァァァァッ!!!」
「来るか……!」
この短時間で嫌というほど聞いた奇声!そして共に繰り出される拳!それをアストは、ゴウサディンは……。
ガン!
今までと同じように掌底で払いのけた。
「食らってやってもいいんだけど、そしたらまたケガしちゃうからね」
あくまでアストは可能な限り穏便に事を収めるつもりだ。そして、そのための術がこの警察用のマシンには備わっている。
「いいもの見つけちゃったよっと!スタンスティック!」
防御に使った手とは逆の手の中に棒状の道具が現れる。それをハラダの腹部に勢い良く突き出す!……のではなく、そっと優しく押し当てた。
「スイッチ……オン」
バリバリバリバリバリバリッ!!!
「ギシャアァァァァァッ!?」
空気をつんざくようなけたたましい音が廊下に響き渡る。その音の原因である警棒から流れる電流がハラダを身体の芯から痺れさせた。
「ギ、ギ………」
ドサッ……
ハラダはよれよれと二歩、三歩と後退した後、仰向けに倒れ込んだ。今度こそ完全に気絶しているようだ。
「ふぅ……終わったぜ、ウォル、トウドウ君」
アストが振り返ると、幼なじみと転校生が満面の笑みで迎えた。転校生の方はともかく、幼なじみの方は何か言いたげのようだ。
「なんだよ……?ニヤニヤして……」
「いやぁ~、自分の天才っぷりに感動してね。こんな短時間でロック外せる奴なんて中々いないよ」
もう首を絞められたことは問題ないようだ。アストは呆れた後、顔を方向転換する。見つめる先はメグミがぶん投げられた先だ。
「メグミの奴は……まっ、大丈夫か」
「おい!!もっと心配しろよ!!」
その一言だけで心配の必要などないことはわかった。とぼとぼと険しい顔を浮かべたメグミがこちらに戻って来る。
「肉体もメンタルもタフなところがお前のいいところだろ?」
「それはそうだが……さすがに今回はさ……」
メグミが今度は寂しそうな、いじけたような顔をした。これにはアストも少し申し訳ない気持ちになる。
「悪かったよ。お互い無事で良かったな」
「最初からそう言えばいいんだよ」
「いいから早くこっち………に……!!」
朗らかだったゴウサディンの仮面の下のアストの顔がみるみる険しくなっていく。
メグミの背後にあるもの……ある人達を発見したからだ。遅れてそれを両の目で捉えたウォルとトウドウも同じように表情が曇った。
「そんな……」
「あれって確か………」
「メグミ……早くこっちに来い……!」
「なんだよ、急に……?」
「とっととそいつらから離れろつってんだよ!!」
「えっ!?」
メグミが振り返るとそこには見知った顔が見たこともない表情をしていた。
「キョウコ先生……!?ミリートのじじいも……!」
「ギシャ……」
「アァァァァァ………」
ゆっくりとこちらに向かって来るのは学校のマドンナ養護教諭と歴史担当の好々爺だった。
けれど、その姿はまったくの別物、ハラダと同じく狂気に支配されていた。
「「ギシャアァァァァァッ!!」」
「いっ!?」
二人の教師は不快な叫び声と共に教え子に襲いかかった!
「メグミは……誉められた生徒じゃないけど……そこまですることないだろ……それはひど過ぎんだろうが!!!」
アストは悲痛な咆哮と共に彼らに、変わり果てた恩師達に向かって駆け出した。