エピローグ:事件編
「大変お世話になりました」
「お前は……思ったより性格が悪いな」
警察署の前で深々と自分に頭を下げるアストのふてぶてしさと、嫌味にエミリーは思わず顔をしかめた。
ただ当の本人はそんなつもりはないようで……。
「勘違いしないでください。オレは本当にエミリーさんのことを恨んだりしていませんから」
「あれだけお前に対して失礼なことをしたのにか?」
「それが警察の職務でしょ?まぁ、もうちょっと優しく対応した方がいい場合もあると思いますが。鞭だけじゃなくて、飴も使えるようにならないと」
「……心に刻んでおこう」
そう言いながら、エミリーはやっぱり嫌味な奴だとアストを再認識した。
「お前の言う通り、私は私の職務を全うしただけだ。だから取り調べについては謝りはしない」
「それでいいと思います」
「だが、ハズラックのことについては……済まなかったな」
先ほどとは逆にエミリーがアストに頭を下げた。
「あの人がリヴァーモアさんっていう人に、色々と情報を漏らしたんですよね?」
「あぁ……奴とリヴァーモアは昔近所に住んでいた顔馴染みで、ギャンブルで首が回らなくなっていたあいつに借金を肩代わりするからと情報提供を持ちかけた」
「それにまんまと乗った……」
「情けないことにな……いや情けないのは私の方か……あいつの誘導に引っかかって、冤罪を生み出してしまうところだった……!」
怒りと恐怖でエミリーの身体はブルルと震えた。
「でも、こんなことがあったならもうエミリーさんは同じミスはしないはずです」
「当然だ」
「それがせめてもの幸いです。逮捕された甲斐があったってもんです」
何故か誇らしげに胸を張るアストの姿に、険しかったエミリーの顔も僅かに綻んだ。
「タフだな、お前は」
「そうでもないですよ。実は少しへこんでます」
そう言うと、明るかったアストの表情に陰りが差した。
「リヴァーモアのことか?」
「ええ……わかってはいたんですけど、トウドウの被害者関係の人がこんなに苦しんでいると、知らされると……やはりオレがあいつの命を断っておけば……」
「それは違うぞ」
エミリーは小さく首を横に振って否定した。
「お前は極限状態の中、自分のやれることを最大限やった。そして結果、犠牲を出さずに奴を捕らえることができた。もっと誇るべきだ」
「ですが、もしオレがトウドウを殺していれば、今回のようなことは起こらなかったかも……」
「もしそうだったら、もっと悲惨な状況に陥っていた可能性もある」
「仮定の話ですよね?」
「そうだ。もしもあの時こうしていたらと、悔やむ気持ちは重々わかる。しかし、いくら悔やんでも過去は変えられない。大切なのは現在……今、何が正しくて、何が間違っているのか、自分は何をすべきなのか考え続けることだ」
「考え続ける……」
「きっとそれが一番大切で、難しいことなんだと思う。流転する価値観の中で自分の頭と意志で考えるというのは。だが、決してやめてはいけない。考えるのをやめた時、本当に取り返しのつかない過ちを人は犯す」
「……エミリーさんのようにですか?」
「……お前はやっぱり性格が悪いな」
言葉とは裏腹にエミリーの顔には笑みが溢れていた。そしてアストもまた穏やかな笑みと、その奥に決意を固めた力強い顔になった。
「エミリーさんの言う通りだと思います。大変なことですけど考え続け、自分自身に問いかけ続けることが大事なんだ。特にオレのように力を持ってしまった人間はそのことを心がけておかないと」
「あぁ」
「オレは考えることをやめません。自分の意志で考え、少しでもみんなが笑顔になる選択をして見せます」
「お前ならきっと大丈夫だよ。だって……ほら」
「え?」
エミリーが顎を動かし、振り返るように促す。彼女の指示通りアストは自分の背後に視線を向けると……。
「兄貴、ウォル、メグミ、セリオさんまで!!」
警察署の門の前で仲間達が彼の帰還を待っていたのだった。
「人は間違える……けれど、それを間違っていると指摘し、止めてくれる人、一緒にもっといい方法を見つけようと悩み、手を差し伸べてくれる人が側にいれば……きっと大丈夫、問題ないさ」
「はい!」
アストは最後にもう一度勢いよくお辞儀をすると、エミリーに背を向け、笑顔で待つ仲間の下へ走って行った。




