凍らせるのは……
「参ったね、これは……!」
後悔してもしきれない大きなミスにリオンは頭を抱えて項垂れたい気分だったが、当然そんなことできるはずもなく、代わりに渋々ながらファイティングポーズを取った。
「やる気か……!この今のオレに……本物さえ超越したこのオレに!!」
ビシュウゥゥゥゥゥゥッ!!
再び目から高圧水流を放つ!しかし先ほどとは威力は文字通り桁違い!地面を大きく抉りながら、リオンに迫った!
「本物を超越?笑わせるな!!」
けれども、リオンはあっさりと回避する……回避を選択するべきだと思ったから。
(この威力……氷鱗片では防げないな。確かに威力は本家超えか)
回避運動中にリヴァーモアと目が合う。本物を超えたと嘯く偽物は既に第二射の準備に入っていた。
「まだだ!まだオレの力はこんなものではないぞ!!」
ビシュウゥゥゥゥゥゥッ!!
今日三度目の偽涙閃砲!リオンはこれを……。
「氷鱗片で無理なら……アイスウォール!!」
バシャッ!!
「何!?」
目の前に巨大かつ分厚い氷の壁を生成し、それで襲いかかる高圧水流を防いだ。さらに……。
「あまりやりたくはないが……アイスウェイブ!!」
ガガガガガガガガガガガガッ!!
氷壁から飛び出し、腕を振ると、まさしく波のように地面を伝って、氷柱の群れがリヴァーモアに襲いかかった!
「そんなこけおどしなど!!」
だが、醜く肥大化した怪物はそれをあっさりと回避する。
「その程度なのかよ!本物の力ってのは!」
ビシュウッ!ビシュウッ!
正真正銘の本物のエヴォリストとさえも渡りあえてしまう自分の力に酔いしれ、偽物は嬉しそうだった。まるで喜びの涙を溢すように、はた迷惑な高圧水流を乱射する。
対して攻撃を回避され、今も防戦一方に見える本物は眉一つ動かさず氷のように冷静に状況を分析していた。
(加減したとはいえウェイブを避けるとは、あのむやみやたらにデカい身体とは裏腹に機動力も上昇している。火力もあるし、アストの言っていたことは当たっていたようだな)
リオンの脳裏にかつての弟と交わした会話が甦った。
「オレの身体は水に触れていると治癒能力がアップする。なら、それをもっと拡張、応用、空気中の水分を吸収して、身体能力の強化ができると思うんだ」
「試してみたのか?」
「もちろん!だけど全然ダメだった。理論は合っていると思うんだけど、今のオレには技術も経験も足りなさ過ぎる。もっとこの力に向き合わないと……!」
(皮肉にも偽物が理論を実証してくれるとは……いや偽物だからか。本物と違い、歪で不安定だからこそプールの水をまるまる取り込むなんて芸当ができたのかもしれん。ただの劣化コピーではないというわけか……だが、それでも本物には敵わない)
分析を終えたリオンは指をクイクイと動かし、挑発した。
「貴様……!!」
「遠くから撃つだけか?そのデカい身体の割に肝っ玉が小さいんだな」
「フッ……格闘戦はできないと……思っているのかぁ!!」
挑発にまんまと乗り、リヴァーモアは突進!拳を振り上げた!
「ウオラアァッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
リヴァーモアラッシュ発動!一心不乱に両拳をリオンに叩きつける!しかし……。
「このレベルで……粋がるなよ……!」
リオンは全てのパンチを時に避け、時にいなし、時に正面からガードして、防ぎ続けた。
「こいつ……!!」
「偽物にしては中々やるんじゃないか……偽物にしてはだがな」
「ぐっ!その減らず口!二度と訊けないようにしてやる!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
怒りのままにリヴァーモアはさらに拳の回転率を上げた!リオンの狙い通りに……。
(それでいい……熱くなれ!俺に集中しろ!薬の時間が切れるまでな!!)
リオンの狙いは当初の通り、薬剤の時間切れだった。それが最も自分も周囲も、そしてリヴァーモア自身にとっても安全な策だと一連の攻防で改めて実感したのだ。
(確かに身体能力はオリジナルと同等かそれ以上……けれど元は大学の研究員、戦いの技術も経験は遥かに劣っている。俺なら難なく攻撃を捌き続けられる)
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
リオンの思惑通り、一方的に攻めているように見えるリヴァーモアの攻撃は一切強固なガードを突き破ることはできなかった。
(順調だ。このまま撃ち続けてくれれば、ミッションを完遂できるはず。そのためにはさらに注意を俺に集めることが先決か……ならば!)
リオンは次の一手として、再び口を開いた。
「リヴァーモアさん……なぜ、なぜあんな真似をしたんですか!?」
注意を引くためにはまた挑発でもいいのだが、リオンが発したのは疑問の言葉だった。
リヴァーモアの本物に匹敵する能力を体感して、その頭脳をあんな蛮行に使ったことが悔しくて、腹立たしくて許せなくなっていた。だから、思わず聞いてしまったのだ。
「ふん!そんなこと、あの弁護士がアイル・トウドウを守ろうとしたからに決まっているだろうが!!」
律儀に質問に答えるリヴァーモアの声は深い怒りと絶望に震えていた。
リオンはそれで、全てを察する……これまた自分の推測が当たっていたことを。
「リヴァーモアさん……あなたはトウドウに殺された被害者の遺族ですね?」
「……気づいていたか……いや、そう考えるのが当然か……」
「トウドウを守ろうとしている弁護士が襲われ、トウドウを殺し損ねたアストが濡れ衣を着せられたとなると、真犯人は彼を憎んでいる者という結論に行き着くのは必然。そうなると一番ベタなのは……」
「あぁ、そうだ……オレの母はあいつに殺されたんだよ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「……くっ!?」
再燃した怒りをぶつけるように、ラッシュのスピードがまた上昇した!これにはリオンも顔をしかめる。
「母は弁護士だった!女手一つでオレを育ててくれて……それをあいつは!!」
「母親が弁護士なら、グリーソン氏が職務を全うしようとしてるだけだとわかるだろう!」
「わかるさ!だが、わかっていても、納得できないこともある!そういうことの方がタチが悪いんだよ!やるせなくて、悔しくて……オレは狂いそうだった!!」
「そこで踏みとどまれれば良かったものを!」
「幸か不幸かオレには手段を実行する才能があった!つてがあった!」
「つて?」
「昔の知り合いからお前達の情報を仕入れた!全財産を失ったが、オレに悔いはない!!オレは犯罪者に手を差し伸べるクズどもを地獄に落とせればそれで……」
「なら、何でグリーソン弁護士を殺さなかった?」
「――ッ!?」
リヴァーモアの言葉と動きがピタリと止まる。
「ハッ!!」
ゴォン!!
「――がはっ!!?」
その隙を見逃さずリオンは腹部に強烈な張り手を放ち、憎しみに溺れた哀れな怪物を吹き飛ばした。
「気が変わった。このまま理性と狂気の間を行き来するあなたを受け流すこともできるが、正面から受け止めてやる。それが俺にできるせめてものことだ……!!」
今までは本気ではなかったことを証明するように、リオンを中心に周囲の気温が急激に下がっていった。
「ならばオレは……その傲慢な心を正面から打ち砕いてやるよ!!」
リヴァーモアもまた昂っていた!感情の赴くままに再び突撃……。
ガキン!!
「!!?」
突撃できなかった。いつの間にか地面には氷が張っていて、リヴァーモアの足もガチガチに根を張るように凍らされてしまっていた。
「氷龍領域……あなたはもう逃げられない」
「くっ……!?逃げられないというなら!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!ビシュウッ!!
機動力を封じられたリヴァーモアは再び目から高圧水流を乱射するしかなかった。けれど……。
「それはもう見飽きたよ」
リオンは氷の上をスケートするように華麗に滑りながら回避、怪物の下へと近づいていく。
「この……!!」
「あなたは強い。オリジナルのアストに身体能力は匹敵、いや凌駕している」
「なら何故、こんな……!?」
「生憎、俺はそのオリジナルよりも遥かに強い」
リオンは氷の上を滑りながら、左手で右手首を掴み、手のひらに意識を集中した。ここに来る途中のセリオの言葉を思い出しながら……。
「自分を傷つけたオリジンズの特性を引き継ぐ場合が少数だがある」
「目覚めた力で何ができるかできないかは、なんとなく直感でわかる。訓練が必要な場合もあるが、できると感じるものは大抵できるようになるし、できないと思うなら、できないのだろうな」
(リヴァーモアさんがアストの力をコピーできることから、ガスティオンの他者へ影響を及ぼす特性があいつの血液に残っていた可能性が高い。なら、同じくガスティオンによって目覚めた俺の力も……人の心や身体に作用する力が……!!)
リオンの右手のひらに冷気が渦巻いた。肉体ではなく、心を凍らせる冷気の渦が。
(凍らせるべきは憎しみの炎!狂気だけだ!肉体は傷つけずにそれだけを……!難しいが俺には確信がある。だから……必ずできる!!)
姿勢を一段階低くすると、さらに加速!リヴァーモアの懐に瞬く間に潜り込んだ!
「このブラコンがぁ!!」
迎撃のため憎しみに蝕まれた怪物は丸太のような腕を振り下ろす!
「そんな曇った目では、俺は捉えられん!!」
しかし、リオンはそれをいとも容易く躱し、そして……。
「心凍滅却……!!」
ドォン!!
「――が!?」
掌底を繰り出す!手のひらから放たれた衝撃と冷気は胸から肉体の奥に染み渡り、リヴァーモアの憎悪と闘志の炎を凍らせた。
「……オレは信じたかったんだ……母さんを……母さんは殺されるようなことをしていないと……」
ぶつぶつとそう呟きながら、リヴァーモアは元の白衣の研究員の姿に戻っていき、そのまま膝から崩れ落ちた。
「言いたいことは法廷で言うがいいさ。それが法治国家というもの。私刑をよしとするならそれは……あなたの憎むトウドウと同じなんですよ、リヴァーモアさん……」
リヴァーモアは気を失っていた。最後の言葉が彼に届いていることを、そして彼が本当の意味で憎しみから解放されることをリオンは心の底から祈った。




