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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
事件編
56/130

発覚

「お待ちしてました。ボクは『スペンサー・スレシンジャー』、オールダム教授の助手の一人です」

 三人がイフイ工科大の最奥にある施設に入ると、白衣を着た科学者然とした男が出迎えてくれた。

「今日は時間を作ってもらってありがとうございます。リオン・ムスタベです」

「ぼくはこちらの学生やってるウォルター・ナンジョウです」

 二人が軽く会釈し、挨拶を終えると、セリオは手袋を外して、手を差し出した。

「こいつらのお守りのセリオ・セントロだ。よろしく」

 差し出された手をスペンサーが握ることはなかった。困ったように彼は頬を掻いている。

「申し訳ありません。ボクはちょっと……潔癖な気があるんで、家族以外と肉体的接触はしたくないんですよね」

「そうか……それは失礼。こちらが配慮が足りなかった」

「いえいえ!こちらこそ本当に失礼なことを」

 スペンサーが深々と頭を下げると、ウォルがリオンに目配せをする。リオンは僅かに首を横に振った。

「では、研究室に案内します」

「はい」

 スペンサーが背を向け、歩き出すとウォルはリオンに顔を寄せ、ひそひそ声で話し始める。

「変化は?」

「なかった」

「では、プラン変更です。研究室に入ったら仕掛けますんで、リオンさんは……」

「あぁ、集中して見ておくよ」

「セリオさん?」

 ウォルが今度はセリオに視線を移すと、彼は再び手袋を着けた手を振って、「了解した」と合図する。

「準備は万端ですね。あとは鬼が出るか蛇が出るか……」

「着きました」

 作戦の共有が完了したタイミングを見計らったように目的地に到着した。スペンサーはオールダムと名札が付いた扉を慣れた手つきで開くと、三人を中に迎え入れた。

「おお!来ましたな!」

 中にいたのはこれまた白衣を羽織った気の優しそうな壮年の男性と、やはり白衣を着た先の男より若い三人の男だった。

「みんな集まってくれないか?」

「はい」「うっす」「あいよ」

 壮年の男に命じられるがまま、若い男達は作業を止め、横一列に並び、その末端に扉を開けていたスペンサーが合流する。

「初めまして、私がオウスケ・オールダムです。そしてここに並んでいるのが……」

「ミシマです」

「リヴァーモアと言います」

「イームズだ」

「ボクは……さっき言ったからいいよね」

「今はこのむさ苦しい男四人でオリジンズの遺伝子についての研究をやっております」

「ご丁寧にどうも。リオン・ムスタベです。その節はお世話になりました」

 リオンは故郷を救ってくれた感謝を込めて深々と頭を下げた。先に謝罪の気持ちを示しているのもあるが……。

「君がリオンくんか!ガスティオンによってエヴォリストに覚醒した!」

「はい。私と弟の血を使って、教授が治療薬を作ってくださったから、今もシニネ島で平和に暮らせています」

「当然のことをしたまでさ……というのは、少し格好つけ過ぎかな?私としてもあれは多くの命に関わることだったからね……うまくいって本当に良かったよ」

 教授はリオンとこうして話せていることが、心の底から嬉しいようで、自然と表情が穏やかに綻んでいった。

 その顔を見ると、リオンはこれから行われることに対して、さらに申し訳ない気持ちになった。

 一方、発案者であるウォルは気持ちが抑え切れないようで、足を貧乏揺すりしていた。

「そんな教授にご相談が……」

「私にできることなら、何でも……」

「その必要はナッシング!!」

「「「!!?」」」

 部屋中にウォルの声が響き渡り、彼に視線が集中する。研究室の面々は何事かと戸惑いの、共犯者であるリオンとセリオは心配そうな眼差しを向ける。

「ど、どうしたのかな……?君は……」

「ウォルター・ナンジョウ!ここの学生です!」

「君が電話をくれた……そのナンジョウくんが急に声を張り上げたのは何故かね?」

「ぼく達が来た理由は今朝、お伝えしましたよね?」

「あ、あぁ……確か狂暴化の治療薬のために血液を提供してくれたリオンくんの弟のアストくんが、弁護士襲撃の容疑をかけられていると……」

「はい、その通りです。監視カメラに映っていた真犯人はアストと同じ力を行使していました」

「それが人為的に再現が可能かどうかを聞きに来たんだね」

「ええ……そうでした」

「でした?過去形なのかい?」

 要領を得ないオールダム教授は首を傾げた。

「もうその必要はなくなったんです」

「それは一体……?」

「ぼくはこの中に真犯人がいることがわかっちゃったんで」

「な!?」

「「「何ぃぃぃぃぃぃっ!!?」」」

 驚愕する研究員達の姿にリオンは全神経を研ぎ澄まし、集中する。その瞬間を、違和感を見逃さないために……。

「真犯人がわかったと!?この中にいると!?」

「はい……犯人はこの中にいます!」

 ドラマやマンガの名探偵になりきってウォルはさらに揺さぶりをかける。だがただ役に酔いしれているだけでなく、時折リオンとアイコンタクトを取ることも忘れない。

「私の研究室に真犯人が……そんなことあるわけない!?」

「あるんです!!」

「――ッ!?」

 取り乱す教授をピシャリと制する。本来教えを乞い、尊敬を示すべき相手を手玉に取るのは、この上ない快感だった。

「わ、私は信じない!私を含めて、ここにいるみんなは潔白だ!!」

「教授……!!」

 自分達を信頼しきっている恩師の姿に助手達は胸が熱くなった。

「そう思いたい気持ちは大変尊いと思いますが、真実は残酷なものです」

「そこまで言うなら、証拠を出して見たまえ!?」

 サスペンスでよく聞くお決まりのセリフに、ウォルは内心ニヤリと笑うと、彼もまた探偵のお約束に乗っ取って、一人の人物を指差した。

「弁護士襲撃の犯人は……あなたです!スペンサー・スレシンジャー!!」

「……え?ボク?」

 一斉に視線はスペンサーの下へ。当の彼は状況をいまいち飲み込めていない。

「犯人はあなたです、スペンサーさん」

「いや……なんでそうなるの?ボクがそんな野蛮な真似をするわけないじゃない。ねぇ?」

 スペンサーが仲間に同意を求めると、皆が皆ウンウンと頷いて、彼の言葉を肯定した。

「私も彼がそんなことをするとは思えない……!」

「いいえ、彼が犯人なのですよ、教授」

「だから、どうしてそうなるんだ!?ボクが犯人だと、なんでそんなとんちんかんなことを!?」

「あなたが握手しなかったからですよ」

「……へっ?握手?」

 あまりに予想だにしない答えに、スペンサーは一瞬完全に思考が停止する。しかし呆けてる場合ではないと、慌てて再起動させた。

「握手!?握手を断っただけで!?無礼な奴と罵られるならまだしも、それだけで暴力事件の犯人呼ばわりされたらたまらないよ!?」

「あれがただの握手ならね」

「ただの……!?」

「セリオさんも……エヴォリストです」

「「「エヴォリスト!!?」」」

 再び研究所内に激震が走る!今まで沈黙を貫いて来た謎の男もまた神から力を与えられた超越者だったのだから、当然だ。

「本当にあんた……エヴォリストなのか……?」

「あぁ、そうだ」

「下手な演技はやめてくださいよ、スペンサーさん」

「演技!?演技なんかしてない!?」

「いえ!あなたは知っていたはずです……アストに罪を被せるために、あいつの周辺を探っていたのだから、セリオさんの能力……“手に触れた者の記憶を読み取る力”のことをね!!」

「「「なっ!!?」」」

「だからわたしは普段から手袋を着けているんだ」

「あなたはその能力を知っていて、触れられれば自分が犯人だと露呈してしまうから握手を拒んだんだ!!」

「――っ!?」

 再びウォルに指を差されると、スペンサーはその迫力と理不尽な状況に気圧され、ワナワナと身体を震わせながらたじろいだ。

「違う……!ボクじゃない……!ボクはやってない……!そんな能力なんて知らなかったんだ!ボクはただの潔癖症なんだよ!!」

「まだしらを切るつもり……」

「ウォル、もういい」

 肩に手を置き、ノリノリのウォルをリオンが制止した。

「リオンさん……わかったってことですね、真犯人」

「あぁ……お前のおかげで炙り出せた……!」

「「「えっ!?」」」

 確信に満ちた表情のリオンとは対照的に研究員達はさらにまた一変した状況についていけずにいた。

「真犯人というのは……スレシンジャーくんではないのか?」

「ええ、彼ではないです。真犯人を見つけるためとは、失礼なことを」

「すいませんでした」

「え?はい?」

 先ほどまでとは逆にリオンと共にしおらしく頭を下げ、謝意を口にするウォルの姿にスペンサーは少しだけ落ち着きを取り戻した。

「よくわかんないけど……ボクの疑いは晴れたの?」

「晴れるも何も、端からあなたのことを疑っていたわけじゃないです。正確にはあなたを特別にマークしていたのではなく、この研究室にいる全員を同じレベルで疑っていました」

「私もか?」

「もちろんです、教授」

「ですが、あなたも犯人ではなかった」

「それはその通りだが……なぜそんな自信を持って言えるんだい?」

「あなたの体温は自然な変化をしていたからですよ」

「体温?」

 教授は自分の汗ばむ額に手を当てた。

「オレは氷を扱う能力に目覚めてから、人の体温に敏感になった。生きたサーモグラフィーと言ってもいい。いや、それよりも正確に測れる」

「だから、その能力を嘘発見器のような使い道ができるんじゃないかって、提案したんですよ。ぼくが皆さんを動揺させるような話をするから、リオンさんに体温をチェックしてください……って」

「じゃあ、ボクは……」

「たまたま都合が良かったから、あなたを犯人扱いさせてもらいました。あなた自身容疑が晴れてなかったこともありますが……本当に無礼な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

 改めてウォルはスペンサーに頭を下げた。

「俺はウォルが言われた通り、話している間、皆さんの体温の変化を観察し続けた。そして他とは違う動きをしていた人が一人だけ……それが真犯人です」

「そいつは……」

「真犯人は……リヴァーモアさん!あなただ!!」

 今度はリオンが指を差すと、先ほどと同じく指の先にいるリヴァーモアに視線が集中した。

「オ、オレが真犯人?」

「ええ、あなただけスペンサーさんが犯人と言われた時とセリオさんがエヴォリストだと言われた時に体温が上がらなかった」

「――ッ!?」

「ほっとしたんですよね?知っていたんですよね?最初から……!!」

「オ、オレは……!!」

「そして逆にセリオさんの能力が“記憶を読む”という嘘には敏感に反応し、他の誰よりも体温が上昇した」

「ぼく達が理由があって嘘をついてるのか、それとも自分の手に入れた情報が間違っていたのか……怖くなっちゃったんだよね?」

「うっ!?」

 リヴァーモアの体温は激しく上昇した。いや、体温など測れなくとも、呼吸は乱れ、汗だくになった彼が異常な精神状態にあることは誰の目にも明らかだ。

 そんな彼に、セリオがさらに追い打ちをかける。

「わたしは体温の変化はわからないが、それでもお前が犯人だと思った」

「な、何を……!!」

「オールダム教授に庇われた時と、スレシンジャー助手が自分は無実だと求めた時……お前は目を逸らしていたな」

「――ッ!?」

「罪悪感で目を見れなかったんだろ?」

 その言葉が一番彼にはきつかった。心を見透かされたこと、そして自分が恩師と同僚を裏切ったことを再認識させられたからだ。

「もちろん……今言った俺達の言い分だけで、実際に犯人たる証拠にはなりません」

「なので、もうちょっと話を聞かせてもらえませんか、リヴァーモアさん?」

「とりあえず……弁護士襲撃の日のアリバイとかな」

「く……」

「くそおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 リヴァーモアは咆哮と共に、ポケットから取り出した注射器で首筋を刺し、中に入っている薬剤を注入した。


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