差異
「おーい!こっちこっち!」
イフイ工科大学の大きな正門の前でウォルター・ナンジョウは背を伸ばし、腕をブンブンと振って、故郷の友人達を呼び寄せた。
「あいつは元気そうだな」
「はい、ああ見えて俺よりずっと精神的にはタフですから」
いつもと変わらない姿を見たセリオは彼の下に駆け寄りながら安堵する。昨日のリオンのように取り乱していたら、めんどくさいなと思っていたからだ。
そのリオンもまた胸を撫で下ろしながら、自省した。一日経って冷静さを取り戻すと、昨日のセリオの家での醜態を心から恥じた。
「待たしちゃったかい、ウォル?」
「いえいえ」
「ナンジョウ、こうして直接顔を合わせるのは久しぶりだな」
「最近島には帰れてませんでしたからね」
「できればこんなことで会いたくなかったんだがな」
「まったくです……」
ウォルは大きなため息を溢した。一見元気そうに見えるが、彼もまた幼少期からの友人が言われなき罪に問われて、苦しんでいるのだ。
「で、そのこんなこととやらをとっとと終わらせるために、アポは取ってくれたんだよな?」
「もちろん!オールダム教授の研究室は大学の中でも一番奥にあります」
「では、ここでしゃべっている場合じゃないか」
「先方にも悪いですしね」
「んじゃ!行きましょうか!レッツらゴー!」
気合を入れ直したウォルを先頭に三人はイフイ工科大の門をくぐり、目的の研究室に向かって歩き出した。
「それで、そろそろ教えてくれませんか?どうしてオールダム教授に会いに行くのか?」
「ぼくも知りたいな。色々と思案してみたけど、いまいち今回の事件と繋がらない」
リオンは隣から、ウォルは振り返りながら肩越しに、セリオに説明を要求した。
「そうだな……まずは何から話そうか……お前達、ブラッドビーストとエヴォリストの違いってわかるか?」
一瞬戸惑ったような表情を見せたリオンとウォルだったが、アイコンタクトを取ると口を開き、この状況に相応しくないと思っている質問に淡々と答えた。
「ブラッドビーストはオリジンズの血液から精製した薬剤を注入して、肉体を変化、身体能力を向上させる“科学技術”」
「エヴォリストはオリジンズに襲われ、傷をつけられ生き残った一部の者が発現する“奇跡”……俺が言うと、自画自賛みたいで恥ずかしいですけど」
「正解だ」
セリオは満足そうに笑みを浮かべた。一方のウォルとリオンは不信を募らせる。
「で、それが何か?」
「まぁ、慌てるなよ。今の答えは正解だと言ったが、少し足りない。本質的なことを見落としている。わかるか?」
セリオはこの後の展開を想像して、さらに口角を上げた。しかし……。
「ブラッドビーストは科学技術なので、人的に能力をコントロールできる。血液を採取したオリジンズの特性がそのまま発現するので。まぁ、そこまでの薬剤に精製できるのは一部の研究者や機関に限り、大体は単純な身体能力強化で終わりますけど」
「対してエヴォリストはあくまで奇跡なので、どんな能力が発現するかはランダム。オリジンズではなく、本人の気質に能力は左右されると言われます……って、なんですか、その顔……」
先ほどまでと打って変わってセリオは口も眉も八の字に曲げて、げんなりしていた。
「空気読みなさいよ……ここはわたしがわからないとアホ面晒す君達にありがたいレッスンをしてやるところだろ……」
「あぁ……そういうことですか……」
「それはメグミの領分です。ぼくとリオンさんの賢い組に求めないでください」
「優秀過ぎる生徒ってのも可愛げがないな……」
せっかくのプランがおじゃんになって落ち込むセリオであったが、いつまでもそうしていても仕方ないので、気を取り直して話を進めることにした。
「君達の言ったことで大体あっている。ブラッドビーストの力はデザインできるが、エヴォリストは不可であり、本人の潜在能力が覚醒する……わたしを襲ったオリジンズに触れた生物を眠りに誘う力などなかった」
そう言いながら手袋を着けた手をくるくると回して、二人に見せつける。
「こうしていつもグローブをはめていないといけない能力なんて、選べるなら選んでなかった」
「リオンさんやアストみたいなオンオフできるド派手な変身能力が良かったんですよね?」
「あぁ……」
「そうは言うが、俺の能力も普段使いでは何の役にも立たんぞ。クーラー代わりとか、温度の変化に敏感になったから熱が出ている人が一目でわかるとか……その程度だ」
「それでもわたしよりマシだと思うがな」
「いやいや!セリオさんの能力の方がよっぽどみんなの役に立ちますよ」
「いやいやいや、お前の方が……」
「ストップ!ストップ!謙遜だか自虐だかわからないですけど、不毛なやり取りはもうやめてください」
「「……だな」」
「では話を戻して……セリオさんどうぞ」
セリオはコホンと一度咳払いをすると、注文通り、再び話し始めた。
「……エヴォリストの能力は本人の資質に左右される……基本的にはそうだ」
「基本的?例外があるんですか?」
「あぁ、ブラッドビーストのように自分を傷つけたオリジンズの特性を引き継ぐ場合が少数だがある」
「なんとなく話が読めて来たぞ」
「そういう察しがいいところが可愛くないと言っただろうに。まぁいい……で、もしアストとリオンにもガスティオンの特性が残っていたとしたら……」
「俺にですか!?」
リオンは自分の手のひらを見つめ、その身に宿る大き過ぎる力に想いを馳せた。
「ガスティオンの能力……身体から放出させたガスで他者を狂暴化させるような真似……俺にはできる気がしないのですが……」
「目覚めた力で何ができるかできないかは、なんとなく直感でわかる。訓練が必要な場合もあるが、できると感じるものは大抵できるようになるし、できないと思うなら、できないのだろうな」
「だとしたら……」
「だが、お前の血液にその特性がわずかに残っていれば、それを増幅させ、注入した者に影響を与えることができるかもしれない」
「確かブラッドビーストの要領で、エヴォリストの血液から能力を伝播させようとした研究もありましたもんね」
「なるほど……」
ここでリオンもセリオの考えが、誰を疑っているのかを理解した。
「このカウマで一番とも言われる『オウスケ・オールダム』教授なら、それが可能だと言うんですね?」
「イエス」
「オールダム教授なら元となる血液も持っていてもおかしくないよね。なんてったって、狂暴化の治療薬を作ってシニネ島民を救ってくれたのは教授なんだから」
「そうだな……」
ウォルの言葉を聞いて、リオンは思わず下を向いた。
「まさか恩人を疑わなければいけないことになるとは……」
「あくまで可能性があるって話だ」
「同じ研究室の誰かかもしれないですしね」
「……アストの名誉を守るためには、いた仕方ないか」
気を取り直したリオンは顔を上げ、隣のセリオに視線を向けた。
「セリオさんの考えはわかりましたが、会って問い詰めるんですか?それとも何かいい方法が……」
「うーん……実はそこに関しては、考えなしなんだよな」
「……えっ?」
リオンも思わず目を見開き、聞き返した。
「マジですか?」
「残念ながら、マジだ。ここに来るまで何かいい方法を思いつくかと淡い期待を抱いていたが、何にも思いつかない」
「ええ……じゃあ、一体どうすれば……」
「ふふん!どうやら天才の出番ようだね」
「ウォル?」
「真犯人を炙り出して見せますよ、このぼくの頭脳でね」
先導していたウォルはメガネをクイッと上げて、レンズをキラリと光らせた。




