逮捕
「だから!オレは何もやってないんですって!!」
何の飾り気もない冷たい印象を受ける部屋、犯罪者達を問い詰める取調室でアストは声を荒げ、テーブルを苛立ちをぶつけるようにおもいっきり叩いた。
「何もやってないか……この期に及んでしらを切るとは、見上げた根性だ」
そんな青年の怒気に怯むことなく対面に座るエミリー刑事は見定めるように、いや蔑むように彼の顔を真っ直ぐ見つめた。
「しらを切るも何もマジで知らないんですって!」
「三日前、裁判所の駐車場で弁護士を襲ったのは自分ではないと?」
「はい!」
「では三日前、犯行時刻の午後三時過ぎのアリバイは?」
「勉強してました。やっていない課題があったので」
「証明できる者は?」
「下宿先のウエハラ家の人が……」
「おや?その時刻、君以外は出かけていると私の手元にある資料には書いてあるのだがな」
「ぐっ!?」
当然調べはついてると、手元の紙をアストの眼前に突きつける。戦闘中でも見せない狼狽を見せる青龍の頭の中に三日前の事が甦った。
(そうだ……あの日はみんな各々用事があって、朝からオレ一人だったんだ……!いつも家にいるサダオさんやフサエさんもあの日に限って老人会の集まりでいなかったんだ……!)
いつまで経っても言葉は出ず、頬に冷や汗がツーッと伝う。それを見て、エミリーはほくそ笑んだ。
「どうやら君の無実を証明できる人間はいないみたいだな」
「ぐうぅ……」
悔しさに歯噛みするアスト。そんな彼を更に追い詰めるようにトントンとエミリーは人差し指でテーブルをノックした。
「さぁ……反論はあるかい?アリバイを証明できるのかい?」
「アリバイは……ん?」
必死に記憶の引き出しをひっくり返しながら無実を証明できる何かを探していたアストだったが、ここで漸く根本的なことが言及されていないことに気づいた。
「どうしたムスタベ君?」
「どうしたじゃないですよ!アリバイも何もそもそも何でオレがやったことになるんですか!?証拠っていうなら、オレがやった証拠を出してくださいよ!!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、一気呵成に攻め立てる。その鬼気迫る姿を見てエミリーは……。
「……何で笑っているんですか……?」
エミリーは今までで一番口角をニッと上げていた。まるで悪戯がうまくいった子供のように無邪気に……。
「ハズラック!」
「はい」
名前を呼ばれると部屋の片隅でノートパソコンを持って待機していた男が、それをテーブルの上に置き、動画を再生した。
「これは……」
それは監視カメラの映像だと思われた。ニュースでよく見るその斜め上からの角度から撮られた駐車場の映像を凝視していると一台の車に向かってスーツの男性が歩いて来た。
「この人がもしかして……」
「そうだ。襲われた弁護士だ」
「じゃあ……」
何を見せられているのか把握すると、タイミングよく弁護士の下にもう一人の人影が近づいてくる。フードを深くかぶり、後頭部しか映っていないので、どんな人物かは判断できない。
「まさかこれがオレだと?こんな性別すらも判別できない映像で?」
その映像はアストの苛立ちに更に薪をくべることになった。こんなものを証拠に自分は疑われていたのかと思うと腹が立ち、同時に生まれ育ったカウマの警察の能力に不安を感じ、それがまたやるせない憤りになった。
「これこそ証拠になりませんよ!これで罰に処せるなら、世界はおかしくなってしまう!」
「フッ……いくらなんでも私と警察を甘く見すぎだ。お前を逮捕した理由はこの後だ」
「何?」
「目を凝らして見ろ!お前が犯人だと証明する決定的な瞬間を!!」
アストは不愉快極まりなかったが、エミリーの言う通り、再び動画に集中した。その時!
ビシュッ!!
「………えっ?」
動画では弁護士の男の肩が貫かれ、血飛沫を車や壁に飛び散らしていた。だがそれはアストにとってどうでもいいことだった。
“結果”に関しては先に聞いて身構えていたから、動じるようなことはない。
ただしそれに至る“過程”に関しては、またしても彼の予想の範疇を大きく超え、彼の心を激しく揺さぶった。
「これは……涙閃砲……」
弁護士の肩を貫いたのは銃の弾丸などではなく、フードの人物の目元から発射されたと思われる高圧水流……覚醒体になったアストの技の一つ、涙閃砲そのものだった。
「さて……目、もしくはそれに近しい場所から水を高速で放ち、人間の肩を貫ける奴がこの世にいるのかね?君以外に……!」
「――ッ!!?」
アスト自身もその質問に関しては「いない」と思ってしまった。自分が疑われていることに納得してしまった。
それでも当然身に覚えがないので、脳ミソをフル回転させ、なんとかこの窮地を脱する言い訳を振り絞る。
「さぁ、私達は君が犯人である可能性を示した。次は君の番だ……反論は?」
「ピ、ピースプレイヤーならできるかも……?」
「裁判所は危険物が持ち込めないように、入る前に探知機にかけられなければならない。よってピースプレイヤーならびに武器の類いは持ち込めない。君のように存在そのものが危険な戦闘特化のエヴォリストを除いて」
「そこまで厳重な警備なら、いくらエヴォリストでも……」
「君は身体を液体にできるのだろう?ならば、ほんの少しの隙間があれば、どうにでもなるんじゃないか?」
「オレはそんな器用な真似はできない!」
「そう思わせておいた方が好都合なんじゃない?こういう時のために」
「そもそも何でオレが弁護士を!動機がないでしょうに!?」
「彼はアイル・トウドウの弁護を請け負っている」
「――なっ!?」
アストは再びノートパソコンの画面を食い入るように見つめた。ギリギリ顔が判別できる距離からの撮影だったことと、彼自身、逮捕というイレギュラーかつ極限の状態に置かれていて、今の今まで気付かなかったが、弁護士は逐一チェックしていたトウドウ関連のニュースで何度も見た顔だった。
「『グリーソン』弁護士……!?」
「そうだ。彼はアイル・トウドウは心身喪失状態にあったとして、無実を主張している。君はそれが許せなかったんじゃないか?あのシリアルキラーに何度も殺されかけたんだろ?」
「違う!?オレは……!!」
そこから先の言葉が出て来なかった。言っても無駄だと理解できてしまったからだ。
(オレは法治国家として、正しい判決が下ればいいと思っている。それがどんな結果であろうと、オレがどうこうする問題ではない。ただ……あいつが少しでも手にかけた人に申し訳なく思ってくれれば……)
トウドウとの激闘とつかの間の友情の記憶が過る。しかし今はアストが彼に対してどう思っているのかは重要ではないのだ。
(だけど刑事さんの言ったシナリオも端から見れば筋が通っている……いや、むしろ大抵の人はそちらを支持するんじゃないか?普通に考えたら、自分を殺そうとした人間が無罪放免なんて許せない……みんなそう思うはず。大量殺人犯を無罪にしようとしているグリーソン弁護士にヘイトが向いてもいるだろうし、だとしたら……)
アストは完全に逃げ道を失ったと感じた。少なくとも自分の頭と今ある情報では、太刀打ちできないと。
項垂れる彼にエミリーは嬲るように囁いた。
「さぁ、まだ言い訳はある?あるならいくらでも聞くわよ。時間はいくらでもあるんだから」
「納得いきません!!」
ガシャン!!
カウマの離島、夜更けのシニネ島の人里離れた一軒家でアストの兄リオン・ムスタベは弟の身に振りかかる理不尽に激怒し、彼が取調室でやったようにテーブルをおもいっきり叩くと、上に置いてあるカップの中にあるコーヒーが波立った。
「おいおい……気持ちはわかるがわたしのこだわりの家具に当たらないでくれるか?」
この家の主、セリオ・セントロは思わずため息をついた……真っ白いため息を。
「すいません……でもあまりに無茶苦茶過ぎませんか?」
「うん、わかるよ、わかる。わかったからこれ以上この部屋の気温を下げないでくれ。ホットコーヒーがアイスになるぐらいならともかく、このままでは我が家で凍死をしてしまうよ」
そう言うと傍らに置いてあった上着を羽織って丸まった。
「それも……本当すいません……でも、どうしようもなくイラついて……力がコントロールできなくて……!!」
リオンの怒りの炎が燃え盛れば、燃え盛るほど、部屋はまるで冷蔵庫の中のようにキンキンと冷えていった。
「まぁ、弟が冤罪で捕まろうとしてるんだ。無理もないか……」
「どうしてあいつがこんな目に……」
「ミスタービオニスの話によると、目から水のビームを放ったと」
「それだけであいつが犯人ってことになるんですか?」
「なるんじゃないか、プラスアリバイがなかったらさ。基本的にただでさえ珍しいエヴォリストの、その能力まで被るなんてのはな……」
困った困ったとセリオは腕を組んで、天井を仰いだ。
「でも、可能性はゼロじゃない。あいつと同質の能力を持ったエヴォリストがこのカウマにいるのかも……!」
「個人的にはそんな奇跡よりも、もっと現実的な方法であいつの能力を再現……というよりコピーしたと考えるのが打倒だと思うけどな」
「……その言い方、もしかしなくてもセリオさん、真犯人に目星がついているんですか……?」
リオンは先ほど叩いたテーブルに両手をつき、前のめりになった。
「目星ってほどでもないが、可能性の一つとしてあり得るかもな……って」
「それは一体……?」
「その話は明日本土について、あいつと合流してからだ。今、話しても二度手間になるからな」
「本土?あいつ?」
セリオの言葉を理解できずに、リオンの頭の上に大きな?マークが浮かんだ。
「重症だな。普段のお前さんなら、今の言葉だけで、答えまでたどり着けただろうに」
「それはさすがに買いかぶり過ぎですよ。ですが……切羽詰まって、頭が回っていないのは事実です」
「だったら今日は寝ろ。明日の朝、出発までに少しでも回復させろ。この状況で寝れないというなら、わたしの力を使ってやるが?」
セリオは手袋を外し、手をニギニギと動かした。
「もしもの時はお願いします……あと急に押し掛けたのに話を聞いてもらった上に、本土まで出向いてもらえるなんて……本当ありがとうございます」
「なぁに……じいさん婆さんの不眠のお悩み相談にも飽き飽きしていたところだ。探偵ごっこもやぶさかではない」
そう言うと、セリオはキンキンに冷え切ったコーヒーを一気に飲み干した。
(『イフイ工科大学』、ナンジョウの通う学校……わたしの推測が正しければそこに答えは、真犯人はいる……!)