エピローグ:旅行編
「送っていただいてありがとうございました!」
「「した!!」」
宿泊予定のホテルの前でアスト達三人は深々とナナシと彼の顔の横を飛ぶベニに頭を下げた。
「いや、俺じゃなくて運転手に言えよ」
「はい!ありがとうございました!」
「「した!!」」
言われるがまま彼の後ろにいる車の運転席に向かってもう一度頭を下げる。ガラスの向こうで運転手が軽く会釈をして、返してくれた。
「よし。礼儀は大事だからな。挨拶とお礼さえできれば、大抵の人間関係はなんとかなる……といいなと思っている」
「はは、そうだったらいいですね」
「つーか、そう言った俺の方こそお礼を言わないとな。俺の都合でこんな遅くまで話を聞かせてもらって……」
出会った時は青かった空は真っ黒に染まり、風もひんやりとしていた。だが、戦いを終えた戦士達にはそれが心地良かった。
「いえいえ、ぼく的には明日ヴィンチーマに呼び出されるよりはマシかな……って」
「おれも同意見。日を跨いで長々とマサヨさんのことを聞かれるのはちょっと……」
ほろ苦い経験をして、メグミは少し大人になった……と、自分では思っている。
「本当、せっかくの旅行なのに……お疲れさん」
「オレ的にはナナシさんと……あとマウリッツに会えて良かったと、旅行に来た甲斐があったと思っています。自分が思い上がっていたことを自覚できましたから」
アストは憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていた。今日の出来事は、同じ竜の血族であるナナシと同じエヴォリストであるマウリッツとの戦いは彼の力との向き合い方に指針を与えてくれたのだ。
「オレ、変に考え過ぎていたみたいです。力なんて……目の前の困っている人に手を差し伸べられるだけあれば、オレには十分です」
「だな。でも、謙虚と卑屈は別物だぞ。人生には“自分はすごい!”って、調子に乗ることが必要な時もある。根拠のない自信は時には大事」
「胸にとどめておきます」
「うん」
ナナシは満足そうに頷いた。
「で、マウリッツはどうなるんですか?やっぱり神凪に運ぶんすか?」
「あぁ、今の状態ならただの怪我人だからな。問題ない」
「でも元気になったら……」
「ナナシガリュウの映像データを元に計算したところ、大型のオリジンズ用の檻なら閉じ込めておけると出ました」
「さすが花山重工の技術の粋を集めて作られたスーパーAI!仕事が速い!」
「いえいえ、ワタクシはまだまだですよ」
「謙遜しないの。いつかこの天才であるぼくが花山の本社に遊びに行ってあげるから、その時はよろしくね」
「はい、ウォルさんのような優秀な人材、花山重工はいつでもお待ちしています」
ウォルが無邪気な笑みを浮かべると、ベニは主人譲りの木漏れ日のような黄色い目をチカチカと光らせた。
「んじゃ、俺達は行くわ」
「ええ、お元気で」
「また会う時は……」
「戦い抜きで」
「そうあって欲しいね、ほんと」
ナナシとベニが後部座敷に乗り込み、ガラス越しにアスト達に敬礼すると、車は観光客で色めき立つ街へと消えて行った。
「さてと……」
アストは車が見えなくなるまで、見送るとくるりと幼なじみの方を振り返る。そして……。
「飯食って、風呂入って寝るか!今日の分も明日はヴィンチーマを存分に堪能するぞ!」
「「おおう!!」」
アストは久しぶりに心の底からの笑顔を浮かべた。




