拳骨
「足手纏いを助けるために、自らを犠牲にするなど……この世で最も愚かな行為だぞ!ナナシ・タイラン!!」
マウリッツは紅き竜を罵倒した。離ればなれになったマサヨのことなど全く気にしてない彼のようなメンタルの人間にはナナシの行為は理解などできるはずがなかった。
「そんな奴、いずれ私が支配する世界には必要ない!すりつぶれろ!!」
そして、罵りながら変形、完全な球形になると高速回転!アストを助けるために超スピードで移動した反動で動けずにいるナナシガリュウに向かって……転がる!
「こ……この……!」
ビシュッ!!
せめてもの抵抗としてナナシガリュウは額の真ん中にあるサードアイと呼ばれる機関から一筋のビームを放つが、あっさり弾かれ、ダメージどころか勢いを削ぐことすらできなかった。
抵抗虚しく竜の眼前に全身を武器と化したマウリッツが迫る!
「古の闘技場に眠れ!ナナシガリュウよ!」
「くっ……!?」
「ナナシさん!!」
「――うおっ!?」
今度はアストがナナシを突き飛ばした!
転がり、倒れ込みながらも、射線の外に離脱する紅竜、逆にもはやマウリッツの攻撃を回避不可能な場所に無防備を晒す青龍……。その結果は……。
バシャッ!!
「――!?なんだと!?」
轢き殺したはずなのに手応えなど全くなない!自分の周りを水滴となって飛び散る青龍の姿にマウリッツは驚愕する!
「これは……一体……!?」
変形を解除し、振り返る。そこにはマウリッツの想像を遥かに超える光景が広がっていた。
「ふぅ……」
飛び散った水滴が一ヶ所に集まると人の形に……。瞬く間に元の青い龍の姿が形成された。
「まさか……水を操るだけでなく、自分自身を液体状にすることができるなんて……」
改めて驚嘆する。自身の必殺技とも呼ぶべき攻撃をいとも容易く攻略したアストの能力に。
「我が教団風に言うなれば“無敵の青龍 (インビンシブル・ブルードラゴン)”とも言うべきでしょうか……そして……」
マウリッツは視線を青から赤に移す。ナナシガリュウの抉れた脇腹はすっかり元通りになっていた。
「まるで時間を巻き戻したような圧倒的な再生能力……まさに“不滅の赤竜 (イモータル・レッドドラゴン)”……!」
「格好いい通り名をありがとよ。でも、俺の腹を抉ったことは許さないぜ」
「ナナシさん……」
もうすでに気持ちを切り替えているナナシに対し、アストは後悔を引きずっていた。自分のためにナナシを傷つけてしまった後悔に……。
「気にするな……って、言っても気にするよな。それでも気にするな。今は……戦闘中だ……!」
「その通り!!」
「――!?」
マウリッツは再び球形に変わり、ゴロゴロと高速で転がりながら突進してきた!
「散開だ!」
「は、はい!!」
赤と青のドラゴンはセオリー通り再び左右に。それに対しマウリッツは……。
「待ちたまえよ……レッドドラゴン……!!」
ナナシガリュウを追う選択をした!
「何!?オレではなくナナシさんを……」
(当然だろ。あなたに物理攻撃は効かない。しかしビームに対しては二度もナナシガリュウが自らを盾になるように守った。つまり、熱などには液体化は対応できない。だとすれば……どうにもでもなる)
一人の人間としてはともかく、一人の戦士としてはマウリッツ・モランデルは一定の水準を超えていた。断片的な情報を繋ぎ合わせて、アストの特性を正確に理解できるほどに、彼は優秀な戦士だった。
「しつこいぞ!」
バン!バン!バァン!!
ナナシガリュウは後退しながらも、二丁のマグナムで反撃する。しかし、やはりマウリッツの体表を滑り、光の弾丸は明後日の方向へ飛んでいった。
「くっ!オレを無視しやがって……!今すぐに助けに行きます!ナナシ……!」
「来るな!!」
「――ッ!?」
ナナシがアストを制止する!その迫力に気圧され、言われた通り青龍はその場で立ち止まった。
「フッ……もう足手纏いの犠牲になるのはごめんか?正しい判断ですね」
マウリッツはアストを嘲笑した。先ほどまでのメンタルが崩れていたアストなら、その言葉に過剰に反応していただろう。しかし……。
(違う!ナナシさんのあの目は……)
一瞬、こちらに目配せした黄色い二つの眼がアストの精神を安定させた。彼は感じ取ったのだ、ナナシが自分に何を求めているのか。
(オレに外から観察して、奴を攻略する糸口を見つけろって言うんですね……わかりました!あなたに助けられた借りは言葉ではなく、行動で!)
アストは全神経、意識を目の前で行われている残酷な追いかけっこに集中した。
「バズーカ!!」
ドゴオォォォォォォォォォォン!!
「無駄!無駄!完璧なる球体が傷つくことは絶対にない!!」
ナナシガリュウの数多くの武装の中でも威力の高いバズーカでもマウリッツにはダメージを与えられなかった。だが、それはわかりきっていたこと、へこたれることなく紅き竜は大砲を消すと、次の武装へ……。
「お次は……」
『ナナシ様』
「ベニか?」
小さいが有能な相棒から通信が入る。ナナシはマシンガンを召喚、弾丸をばらまきながら回避運動を続けつつ、耳元に意識を向ける。
「どうした?トラブルか?」
『いえ、こちらはマサヨの確保に成功。一般人の混乱も最小限で抑えました』
「そいつは良かった。こちらの状況は?」
『ナナシガリュウのカメラを通して、把握しています』
「んじゃ、お前はどうすべきだと思う?」
『ワタクシは太陽の弾丸の使用を提案します』
「だよな」
ナナシは竜を模したマスクの下で苦笑いを浮かべた。
『やはりナナシ様もそれが最適解だと?』
「まぁ、それが一番手っ取り早い」
『でしたらなぜ?コロシアムなら流れ弾ですでに傷ついていますし、戦いの傷はこの建造物にとっては恥ではなく、誇りだと思うので、躊躇する必要などないかと』
「AIにしては情緒溢れる解答だな」
『申し訳ありません』
「褒めているんだ。俺はそういう奴に一緒にいて欲しい」
『そう言ってもらえると幸いです』
「だが、ちょっと傷がつくのと、壁に穴が開くのとでは、ヴィンチーマの心証が違う。そこらへんも理解できるようになってもらえると、さらにいいな」
『善処します。ところでサンバレの範囲を狭めるとか、射程を短くとか、そういう器用な真似はできないのでしょうか?』
「できない。あの技は俺という存在の発露だ。ありのままのな」
『大雑把で適当なのが、ナナシ・タイランですか』
「そういうこと。それに……アストの力をもうちょっと見たい」
紅き竜はちらりと視線をこちらを食い入るように観察している青い龍に向けた。
「あいつの潜在能力は俺以上……ただ経験がないだけだ」
『この戦いがいい経験になると……?』
「訓練やイメトレではなく、実際に自ら体験し、壁にぶつかり、それをどうしようかと必死に頭を動かす……人を成長させるのに、実戦に勝るものはないよ」
『しかしこと戦闘に関しては、失敗イコール死です』
「今回に関しては俺がカバーしてやれる。だからこそだ」
『では、いざとなったら……』
「あぁ……ヴィンチーマには悪いが、撃たせてもらうよ、太陽の弾丸……!」
「何をぶつぶつと!!」
マウリッツは弾丸の雨を跳ね返しながら、急加速した!しかし、ナナシガリュウはひらりと華麗に躱す。
「ちっ!さすがに速い……!だが……」
「こっちの攻撃は自分には通じないから、問題ないってか?」
「ええ……あなたの体力をじわじわと削っていけばいいだけです」
「そんな悠長でいいのかね?」
「あのブルードラゴンに期待しているのですか?彼には無理ですよ」
「俺はそうは思わない」
「そんなお気楽な頭だから、角なんてつけるんですか?」
「……何?」
「真の美しさとは滑らかな球体……角なんて無粋です。それはあなた個人の、それとも神凪国民の残念なセンスですか?」
「……俺と俺の故郷、そしてアストをバカにしたツケは高くつくぜ、パースフィ……!!」
「何か……何かないか!?」
遠目で二人の戦いを観察しているアストはナナシの期待に未だ応えられずにいた。
(完璧なものなんてない……どこかに綻びがあるはず。実際、奴は足裏には攻撃が効くって自白していたし、他にも……)
けれどいくら目を凝らしても高速で回転する巨大なボールに欠陥があるとは思えなかった。
(くそ!全然わからん!!このままだといくらナナシさんでも体力が……)
焦る心に比例して、身体が強ばり、熱を帯びた。
(熱くなるな、アスト・ムスタベ!さっきそれで危うく死ぬところだったじゃないか!冷静に……!クールに……)
瞬間、アストの脳裏にナナシガリュウのエネルギーボムの爆発で一瞬赤熱化していたマウリッツの姿が甦った。
(――まさか!)
アストは考えるよりも早く駆け出していた!共同戦線を張っている紅き竜の下へ!
「ナナシさん!」
「アスト!どうした!?」
「炎出せますか!」
「出せる!」
「だったらマウリッツに!」
「了解!」
迷うことなくアストの指示に従う。今日何度目かになるグローブの召喚、ナナシガリュウの手が一回り大きくなると、手のひらをこちらに向かって来る球体に向けた。
「この能力を使うのは、お前が初めてだ!」
ボオォォォォォォォォォッ!!
手のひらから放射された灼熱の炎は完璧なる球体をあぶり、表面を赤熱化させた。けれど、それだけだ。
「炎で溶かせると思ったか?浅はかな!」
「アスト!言われてるぞ!」
「大丈夫です!オレを信じて炎を一旦止めてください!」
「わかっ……止めるの!?」
「はい!ストップです!」
「了解……!」
納得はしていないが、信じてると言った手前、素直に炎を止めた。すると……。
「散青雨!!」
ババババババババババババババッ!!
アストが横から水滴の散弾を放つ!ジュウゥゥゥッと音を立て、蒸気を出しながらマウリッツの体表は冷えていった。
「ナナシさん!もう一度炎を!」
「あぁ?もう一度?」
「もう一度です!」
「ええい!ままよ!」
ボオォォォォォォォォォッ!
再び炎によって赤熱化するマウリッツ。
「ストップ!散青雨!!」
そして再び水をかけられ急速冷却される。
「これは……」
『漫画やアニメでよく見る奴ですね』
「まさか自分がやることになるとは思わなかったが……これなら!」
その後もナナシガリュウと覚醒アストは炎と水を交互に浴びせ、マウリッツの体表の温度を上下させ続けた。
「ええい!鬱陶しい!さっきから何なんですか!?」
意味のない愚行を続けるダブルドラゴンにマウリッツの苛立ちが頂点に達した。
そしてそれとほぼ同時に彼の身体の限界も……。
ビキッ……
「……えっ?」
ビキビキビキビキビキビキッ!!
「な、何ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!?」
完璧なる球体に無数の亀裂が入った!歪な形になり、突起が飛び出してしまったことで、軌道がずれ、地面をビョンビョンと飛び跳ねる。
「くうぅ……!」
球体形態を解除すると、さらに身体の変化が顕著となった。真の美しさと誇っていた曲面はささくれ立って、見る影もなくなっていた。
「俺はそっちの刺々の方が好みだぜ」
ビシュ!
「――ぐあっ!?」
先ほどあっさりと弾かれたナナシガリュウの額からのビームは今度は見事マウリッツの肩を貫いた。
「そ、そんな……!?私に攻撃が……!?」
久方ぶりの屈辱的な感覚にマウリッツはショックで、すぐに現実を受け入れることはできなかった。
けれど、これは紛れもない現実だ。
「あんたは完璧なんかじゃなかったってことさ」
「ブルー……ドラゴン……!」
「温度の急激な変化、それにあんたの装甲は耐えられなかった」
「そ、そんな……!?」
「侮っていたオレにいいようにやられて、どんな気分だ?聞かせてくれよ、神に愛されし、完璧なる球体さんよ」
アストは今までの仕打ちに対しての倍返しだと言わんばかりに煽りに煽った。
「――ッ!?貴様ぁっ!!?誰に向かって口を聞いてやがる!!俺様はマウリッツ・モランデルだぞ!!」
それにまんまと引っかかるマウリッツ。彼の自信と余裕の源である美しい身体が崩壊したことで、隠されていた醜悪な内面が露出したのだ。
「涙閃砲」
ビシュ!
「――ぐわっ!!?」
それに対し、アストは涙というにはあまりに凶悪な雫で怒り狂う獣の太腿を貫き、淡々と応対した。もはやマウリッツはその程度の存在なのだ。
「早くも……ツケ払ってもらうことになったな」
ナナシガリュウは嬲るようにゆっくりとマウリッツに歩き出す。大きくなった手で拳骨を作り、それにバチバチと稲光を纏わせながら。
(ナナシガリュウのように……イメージしろ!要領は流水拳と同じだ!)
紅き竜に並びながら、意識と身体中の水分を拳に集中し、覚醒アストもまた拳骨を一回り大きくした。
「そ、それで何をするつもりだ……!?」
答えはわかっていた。しかしマウリッツは聞かずにはいられなかった。けれど残念ながら、返って来たのは予想通りの答えだった。
「もちろん……」
「ぶん殴る!!」
「ですよね!!」
「雷竜拳!!」
「大!流水拳!!」
ドゴオォォォォォォォォォォン!!
「………がはあぁぁっ!!?」
物体を壊すのに最適なモーションで放たれた二色の巨大拳骨はマウリッツの体表を砕き、彼の意識を一撃で狩り取った!つまり……。
「ふぅ……なるようになったな」
「はい……オレ達の勝利です」
二匹のドラゴンは今度は優しくお互いの拳骨を突き合わせる。頭上には彼らの勝利を祝うように、一番星が爛々と輝いていた。




