壊れる日常
…………………
アスト達が地下室に避難してから三十分、誰一人として言葉を発さなかった……いや、発せなかった。何を言えばいいのか、何を話したらいいのか誰もわからなかったのだ。
だが、その沈黙もついに破られる。
「……いつまで、こうしてるんだよ……?」
「メグミ……」
メグミが誰を見るわけでもなく、虚空に向かってぶっきらぼうに呟いた。その言葉でずっと下を向いて座っていたアスト達の顔が上がった。
「……男四人でここに閉じ込もっていても何にもならんだろ……?携帯も繋がらないしよ……」
メグミの顔が手元の携帯のディスプレイに照らされると、他の者達もつられて各々の携帯を見た。 先ほどから何度も眺め、わかってはいたが、そこには“圏外”と出ている。
「そうだな……」
「なら、どうすんだよ……?」
「それは……」
「食い物も水もねぇし、ここにいるのにも限界があるぞ……?」
「本しかないもんね……元々シェルターなのに……」
「じゃあ……」
「…………」
再び沈黙が薄暗い地下室を支配する。しかし、それは今度はすぐに終わりを迎えた……転校生、アイル・トウドウによって。
「……あと三十分待って、何もなかったら、外に出てみてもいいんじゃないかな……?」
「トウドウ君……」
「もっと待ってもいいかもしれないけど、正直僕はもう限界……この場所じゃ助けが来るかもわからないし、期限は決めておいた方がいいと思うんだ」
「…………」
また沈黙……けれども今回は頭が動いていないさっきまでと違い、各々その頭脳をフル回転させていた。
そして一分ほど後、アスト達の体感ではもっと長い時間に感じたが、幼なじみ三人はお互いの顔を見て、無言で頷いた。
「……トウドウ君の案に従うよ……あと三十分待って、何も起こらなかったなら外に出よう」
「うん……ウォル君とノスハート君もそれでいいんだね……?」
「うん……とりあえずはね……」
「あぁ、それでいい……」
「わかった……あと三十分だね……」
そこからはまた代わり映えのしない沈黙……それが約束の三十分間続いた。
「……準備は……いや、覚悟はいいか……?」
「とっくにできてるっつーの」
扉の前でアストがメグミに確認を取る。ウォルとトウドウはそれを離れたところから眺めていた。誰から言ったわけでもなく、体格のいい武道派の二人が先陣を切ることになったのだ。
「よし……いっせーの、せっ!!」
ガチャリ!
今日二度目の地下室からの脱出……は、前回と同じく何も起きなかった。
「……大丈夫みたいだな」
アストが頭だけひょっこりと先に出し、キョロキョロと周りを見渡す。何もないことを確認すると外に出た。
「いいぞ、ウォル、トウドウ君」
「うん……」
続いてウォルとトウドウも外に……。アスト以上に顔を忙しなく動かし、身体を縮めながら歩き出す。メグミはこれまた誰に命じられてもないのに最後尾、殿の位置についた。
「……なんていうか取り越し苦労だったのかな……?」
旧校舎は日が完全に沈み、暗闇に支配されている以外は先ほどまでと変化が見られず、トウドウは僅かだが安心した。
けれど目に見えてないところでは、異常が起こっていることに天才ウォル君は気づいてしまった。
「いや……残念だけど、やっぱり何かヤバいっぽいよ……」
「えっ……!?」
トウドウがウォルの方を向くと、目の前に何か明るいもの、スマートフォンの画面を突き出された。
「ほら、シェルターの外に出ても圏外だ……旧校舎ではばっちり繋がってたはずなのに……」
「あっ……僕のも……」
すぐにトウドウもポケットから自分のスマホを確認したが、同様に圏外だった。もちろんアストとメグミも……。
「さすがに同時におれ達の全員のスマホが壊れたってことはないよな……」
「ないな」
「じゃあ、何でこんなことに……?」
「やっぱりあのオリジンズのせいかな……?」
「さぁな……何にもわかんねぇよ……」
再び沈黙が場を支配する……かに思われたが。
「ここで考えていても仕方ない。学校に……新校舎に戻ろう」
アストが意を決して、親しみある学舎に戻ろうと提案する。ウォル達はまたお互いの顔を見合わせた後にコクリと頷いた。
「あぁ、とにかく情報が欲しい」
「まだ先生……少なくともミリートのじいさんはいるはずだからな」
「うん、元々そのつもりだったしね」
みんなの意志が一つになったことを確認するとアストは出口の方へとくるりとターンした。
「よっしゃ!オレが先導する。みんなついて来てくれ……!」
「おう!!」
「何があっても、全員でたどり着いてやるぜ……!」
「……ついた」
気合を入れて新校舎へと出立した四人だったが、特に何事もなく目的地に到着した。
「肩透かしだったね……窓は割れてるみたいだけど……」
「まぁ、何もないに越したことはないさ。それでは……お邪魔しま~す」
身体を小さくして校舎の中に入る。当然だが、いつもの朝のような活気はなく静まりかえっていた。窓の破片を踏み砕く音だけが夜の学校に虚しく響く。
「こんなに学校に来るのに緊張するのは、テストの時以来だな……」
「じゃあ、ちょいちょいあるってことだね」
「ぼくはテストの時はむしろウキウキだったよ。君やメグミと違って優秀だから」
「おれを巻き込むな」
予想に反して何のトラブルも起きなかったからか、はたまたただの空元気か、四人は軽口を叩きつつ廊下を進んで行く。
「で、どこ行くんだよ、アスト?」
「そりゃあ、まずは職員室だろ」
「妥当な判断だね。誰かいれば……」
「しっ!!」
「「「――ッ!!?」」」
“それ”に最初に気づいたのはトウドウだった。彼の指示に従い、幼なじみ三人組は口を手で抑える。三人が黙ったことを確認するとトウドウは指を前方に向けた。
指の先に広がっていたのは漆黒の闇、その奥に何かが、得体のしれないものが蠢いているように見えた。
(ん……?なんだ……?もしかして……こっちに来てる?)
アストは必死に目を凝らす。それに応える……というわけではないが、“それ”はこちらに近づいて来ているようだ。
後ろの三人も気づいたようで、一斉に身構えた。
パリ……パリ……パリン……
窓の破片を砕く音が徐々に大きくなっていく。
パリ……パリ……パリン……
破片が本来収まっているべき窓枠から月光が差し込んでいて、その光が照らす場所に“それ”が入って来る。
そして、アスト達の目に映ったのはまだ日が出ていた時に見た“制服”だった。
「ん?あれ?ハラダさん?」
“それ”の正体はこのシニネ島の愛されお巡りさん、ハラダだった。
この島生まれの三人はよく知った顔に、転校生トウドウも今日会ったばかりだが、なんだか憎めないと思っていた顔を見て胸を撫で下ろす。
「ふぅ……脅かすなよ……」
「まったく、相変わらず空気読めないんだから……」
「そんなんだから、キョウコ先生と上手くいかねぇんだよ」
「僕、心臓止まるかと思ったよ。でも、これで一安心……したっぱの警察官だったとしても、何かの役には立つでしょ」
「……………」
ひどい言われ様だが、きっとハラダへの信頼と親しみの証だろう……多分。
そんなアスト達の憎まれ口をハラダは黙って聞いていた……そう、黙って。
本来の彼ならあり得ない行動にアストは違和感を覚えた。
「ねぇ……何かしゃべってくださいよ……」
「……………」
「ふざけてるのか?全然笑えないよ、ハラダさん……」
「……………」
アストに遅れて、ウォル達もハラダの異様さに気づいた。また先ほどと同じ胃が痛むような緊張感が彼らを包み込んだ。
その空気をなんとか打破しようとウォルが声を荒げる……が。
「ハラダさん!さすがに怒る……」
「ギシャアァァァァァッ!!!」
「よっ!?」
ハラダは突如として、目にも止まらぬスピードでウォルに接近!なんと首を締めた。
「がっ!?ぐるし……!?」
腐っても警察官、ハラダの握力は強く、空気の通り道を塞ぐどころか、そのまま首の骨を粉々に砕いてしまいそうだった。いや、警察官だからといってそこまでの力はないはずだ。しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「何やってんだ!!」
「てめえ!!」
ドン!!!
「ギシャ!?」
「――ッ!?はっ!?」
「ウォル君!!」
メグミとアストが示し合わせたかのように同時にハラダにタックルをした!
ガタイのいい男二人がかりの渾身の体当たりに、ハラダもたまらず手を離し、ポケットから光る“何か”を飛び出させながら、二転三転と廊下を転がった。
「大丈夫か!?ウォル!?」
「ゲホッ……あぁ……なんとかね……!」
「はっ!案外タフじゃねぇか!天才様!」
「ウォル君!ここから離れよう!」
赤い跡が残った首をさするウォルの盾になるようにアストとメグミが臨戦態勢で立ち塞がる。トウドウはウォルの肩を担いで校舎から出ようとした……が。
「ギシャアァ………」
「「!!?」」
暗闇の奥から不快なうめき声が耳に入って来た。アストとメグミはさらに警戒を強めつつ、お互いの方を向かずに話し始めた。
「あの程度でどうにかなるとは思ってなかったけど、案の定だな……」
「つーか、ハラダの旦那どうしたんだ!?つーか、この後どうするんだ!?」
「三十六計逃げるに如かず、わざわざハラダさんと事を構える必要なんてねぇ……って、言いたいところだが無理そうだな……」
パリ……パリ……パリン……
再び窓の破片を踏み砕く音が近づいて来た。そして、またその姿が優しい月の光に照らされる。
「――ッ!?」
「ハラダさん……!」
ハラダの顔にはいつもの人を安心させる笑顔はなく、よだれを垂らし、目をひんむいていた。
「完全にイカれてるな……やっぱり逃げたくなってきたぞ……」
「珍しく同意するぜ……だけど、さっきのスピードじゃ、後ろ向いた瞬間にやられちまう……」
考えても答えは出ない……。ただただ嫌な予感だけが身体中に、心にまとわりつく。
「ぼくが……なんとかするよ……」
「「ウォル!?」」
背中からいつもよりか細いが、こんなカオス極まる状況ではいつも以上に頼りになる天才幼なじみの声が聞こえて来た。
「悪いけど……少し時間を稼いでくれるかい……?」
「……わかった」
「そんな長くは持たねぇぞ」
「えっ!?」
ウォルの隣でトウドウが驚きの声を上げた。
アストとメグミは振り返りもせず、聞き返すこともせず、ウォルの提案を了解した。それは子供の頃からの付き合い、長年の関係が生んだ強固な信頼の証。
だが、トウドウにはそのことが理解できない……。
「ギシャアァァァッ!!」
そんなトウドウの戸惑いなどお構い無しに、ハラダはアスト達に再度突進してきた!
「行くぞ!メグミ!!」
「指図すんじゃねぇ!!」
アストとメグミも突っ込んで行く!そこに迷いはない……友がなんとかすると言ってくれたから!
「アスト君……ノスハート君……何で……?」
トウドウは未だに混乱したままだった。それほど彼にとって、あの謎のオリジンズよりも、豹変したハラダよりも、アスト達の硬い絆は、友情は衝撃的だった。けれど、呆けている暇は彼にもない。
「トウドウ君……」
「えっ……あ、あぁ、ウォル君……」
ウォルに呼びかけられて、ようやくトウドウは我に返った。まずはこの事態を打開することが最優先だ。
「えっと……なんとかするって、どうするんだい……?」
「あぁ……さっき、ハラダさんがこれを落とした……」
ウォルはいつの間にか拾っていた銀色のバッジを見せた。
「それって……?」
「これは……ピースプレイヤーさ……!」