隣に並ぶために
メグミは女の手を引っ張り、走り出した。それに幼なじみ二人も続く。
「逃げますよ!」
「は、はい!」
「オレ達も」
「うん!」
「おい!?待てって!!」
黒ずくめの男達も目を血走らせながら必死に追いすがる。
「何なんですか、あいつら?えーと……」
「マサヨです……『マサヨ・マツナガ』……」
「マサヨさん……古風で素敵なお名前……じゃなくて!あいつらは一体?」
「あの……」
一瞬、口ごもったマサヨであったが、彼の手から感じる熱、こちらをチラチラと見る輝く瞳を見て、話す内容を決めた。
「あの……食事を誘われたんですけど、怖かったので、お断りしたら……」
「ナンパに失敗したらキレたってのか!?なんて小さい奴ら!!」
案の定メグミは話を聞くと、鼻息荒く怒り出した。
「ん~、さすがにナンパ断られただけであそこまで必死になるかな?」
「確かに……」
「うっ!?」
一方のウォルとアストは冷静だ。慌てて今の話と辻褄を合わせつつ、説得力のある言い訳をマサヨは頭の中でひねり出そうと試みる。しかし……。
「しまった!!?」
「えっ!?」
突如として握っていたメグミの手から力が抜け、足が止まった。何事かと彼の方を見ると、彼の背中越しに高い壁が見えた。
「行き止まりだ、ちくしょう!!」
四人が辺りを見渡すと、今走って来たところ以外はがっつり壁に囲まれていた。
「参ったね……」
「土地勘がないのに、突っ走るからこうなる……!」
「悪い……なんも言い返せねぇよ……」
そう言いながらメグミはマサヨから手を離し、他の二人と共に彼女の盾になるように移動した。
「はぁ……はぁ……もう逃げられないぞ……!」
黒ずくめの男達もまた息を整えながら、出口を塞ぐように陣形を取った。
「……六人か」
「生身ならどうにか対処できる?君達二人で?」
「お前は入ってないのかよ?」
「ぼくは基本的に頭脳労働担当の天才だから、緊急事態以外は……ね」
「じゃあ、その緊急事態とやらにならないように……ビビらせてお帰りしてもらおうか……」
事を穏便に収めるためにアストは覚悟を決めて、一歩前に出た。
「やるのか?」
「やらないために見せつけるだけだ……アウェイク、オレ……!」
「「「なっ!!?」」」
黒ずくめの男達と彼らに追われるマサヨのリアクションは一緒だった。みるみるうちに今日の空のように淡い青色の体表に変化していくアストの姿に驚きのあまり目を、そして口を大きく開いた。
「エ……」
「エヴォリストですって……!」
場の空気がさらに一段階引き締まる。生物としての本能が目の前に現れた青い龍の力を危険だと訴えているのだ。
「退いてくれ……さもなくば……!」
「「「――ッ!?」」」
覚醒体となったアストに人間離れした金色の瞳で凄まれると、男達は反射的に後退りしてしまう。だが、逆に言えば後退りしかしなかった。彼らは強い意志でその場に踏みとどまったのだ。
「エヴォリスト……やはり出て来たか……!」
「覚悟していたことです!」
「あぁ……あんな奴に俺達は負けるわけにはいかない!!」
男達は一斉に腕を天に掲げた!正確には手首にはめられた腕輪を!さらに正確に言うと、腕輪の形になっている愛機をだ!
「『ベッローザ・ネーロ』!!」
主人の声に応じて腕輪は光の粒子に、そして粒子は彼らの服と同じブラックカラーで流線型の装甲へと変化し、男達に装着されていった。
「……やる気か……ウォル、あのマシンは?」
アストは黒ずくめの男達改め漆黒のピースプレイヤー軍団から目を離さずに、隣にいる頭脳労働専門の天才と嘯くメガネの幼なじみに問いかけた。
「あれは『ヴィスカルディ』って会社のマシン、ベッローザだよ。ネーロって言ってたし、あの色からして夜間強襲タイプで間違いないと」
「強いのか?」
「強いよりも“速い”だね。あそこの会社はスピード狂だから」
「そうか……なら、こっちも集中していかないとな……!!」
アストは宣言通り、全身の神経を研ぎ澄ませて、臨戦態勢を取った。しかし……。
「おっと、前言撤回だ。ここはぼくとメグミでどうにかする」
「わかった……えっ?」
「おれが?」
思わずアストはベッローザから目を離し、友の横顔を見ながら首を傾げる。メグミはメグミでウォルが何を言っているのか理解できずに先ほどのマサヨ達のようにぽかんと口を開け、自分を指差した。
「どうにかするって……お前の頭がどうにかなったのか?」
「ぼくの頭は至って健康、絶好調だよ」
「なら……」
「さっきあいつらエヴォリストには負けられないとかなんとか言っていた……もしかしたら奴ら『秘密結社T.r.C』かも」
その単語を聞いた瞬間、マサヨがピクリと反応したが、彼女に背を向けている三人は悲しいかな気付くことができなかった。
「秘密結社って……お前が知っている時点で秘密でも何でもないじゃねぇか?」
「そこはまぁ……そうかも」
「秘密かどうかなんてどうでもいい。そのT.r.Cとやらならオレが戦うとマズいのか」
「T.r.Cは反エヴォリストの組織なんだよ」
「反エヴォリスト……」
「エヴォリストは人間じゃないとか宣ってるレイシストどもさ。奴らがそのT.r.Cならエヴォリストに対する対抗手段を持ってるかも」
「なるほど……」
「最近じゃエヴォリストを敬い、オリジンズの保護と共存を教義とする『ディオ教』ともやり合ったらしい」
「――ッ!?」
マサヨはその言葉に先ほどと同じく、いや先ほど以上に強く反応したが、やはり話と黒いピースプレイヤー軍団に夢中になっている三人は察知することはできなかった。
「そのせいで、いつにも増して殺気立ってるってわけか……」
「そんな奴らにエヴォリストである君を戦わせるわけにはいかない。天才としてこんな非科学的なこと言いたくないけど実力を凌駕する執念ってのはあると思う」
「お前の考えはわかったが、相手はピースプレイヤーだぞ……?」
「ならぼく達も装着すればいい……ピースプレイヤーを。メグミ!」
「うおっ!?」
ウォルは懐から取り出した腕輪をメグミに投げ渡した。
「これって……お前……どうやってこんなものを飛行機に持ち込んだんだ!?」
「天才だからとしか言えないね。それよりも早く!」
「お、おう!!」
急かされたメグミは慌てて腕輪を手首につけると、対照的にウォルは悠々とこれまた懐から取り出した指輪を人差し指にはめた。
「名前は?」
「『ゴウサディン・ナイティン』」
「ゴウサディン……わかった!」
意を決してメグミは腕輪をつけた腕を突き出し、ウォルは指輪を顔の前に翳した。そして……。
「ゴウサディン・ナイティン!!」
「『イクライザー』起動」
緻密な装飾の施された銀色の鎧、手には身の丈ほどもある巨大なランスと身を隠すほどの盾を装備したその姿はまさしく“騎士”そのもの、それこそがメグミ・ノスハートの愛機ゴウサディン・ナイティン!
黒いボディーに鮮やかな赤い半透明のパーツが取り付けられたともすれば奇怪な姿が見る者を畏怖させる。ウォルター・ナンジョウの複雑怪奇な頭脳を体現したようなマシン、イクライザー!
二体のピースプレイヤーは今まで助けられてばかりだった青い龍の前に出た。
「お前のマシン……」
「キラキラしてて美しいでしょ?ぼくの理論を実現するために素材に拘ったんだ」
「それに対しおれのマシン……これって競技用の奴の改造だよな?」
「うちの大学のP.P.バトル部が廃棄しようとしてたのを譲り受けた。古いし競技用だけど実戦にも耐えられるように改造してあるから、安心しなよ」
「格差を感じるな……」
「言ってる場合か!二人とも来るぞ!」
「!!?」
「ピースプレイヤーを装着したなら容赦はしない!食らえ!!」
バン!バン!バァン!!
一体のベッローザ・ネーロが拳銃を召喚し、彼らからしたら得体の知れない機械鎧に向かって乱射した!けれども……。
「無駄だよ」
キィーン!
光の弾丸はイクライザーの半透明のパーツに吸収され、残りも……。
「うおっ!?」
キンキン!
「……あれ?全然痛くない」
ナイティンの分厚い銀色の装甲に弾かれた。
「猪突猛進な君でも安心して使えるようにナイティンは防御力を重視してある」
「じゃあ、この装飾も……」
「それはただの飾りだよ。少しでも田舎のガキ大将が品よく見えるようにね」
「おい」
「そしてぼくのイクライザーはエネルギー攻撃を吸収し、自らの力に変えることができる」
「何!?」
聞き耳を立てていた銃を撃ったベッローザが初めて聞く超技術に衝撃を受け、たじろいだ。
「ふふん!いいリアクションありがとう。でも驚くのはまだ早いよ!!」
「――ッ!?」
イクライザーが両手を突き出す!ベッローザ軍団は不測の事態に備えて、ガードを固めた!
………………
「………ん?」
けれど何も起こらなかった……。
「ふふん!吸収したエネルギーをどうにかする武器はまだ開発途中なんだよね」
「なんじゃそりゃ!?」
敵同士であるはずのナイティンとベッローザ軍団、彼らの戦いを見守るアストとマサヨも仲良くずっこけた。
「驚くのはまだ早いって、どんなつもりで言ったんだよ!?」
「いや、驚いてるじゃん」
「こっちの驚きは今、必要ないんだよ」
「そうは言っても、こんな突然実戦になるとは思ってなかったからさ。あと一応、基本能力はエネルギーを吸収すると上がるんだよ」
「なら!」
「それを使いこなせる身体能力がぼくにあると思う?」
「何で自慢気なんだよ!?」
腕を組んで、偉そうに胸を張るイクライザーにナイティンはその手に持った巨大な槍で突っ込みを入れた。
一方、その場違いに楽しげなやり取りを見て、ベッローザは苛立ちを募らせた。
「……見たことないマシンだから警戒していたがジョーク用の機体か?」
「失礼な!ただ未完成ってだけだよ」
「そんな不完全なマシンでベッローザ・ネーロが止められるか!!」
我慢の限界が来た漆黒のマシンは一気に加速して、銀色の騎士と赤いキラキラに飛びかかった!
「メグミ!」
「いや!?いきなり言われても!?」
「基本はゴウサディン・チュザインと同じだ!」
「――!だったら……!!」
メグミは視界の端に映る武装欄を一瞬で確認すると、槍……ではなく盾を向かって来る黒に向けた。
「マルチシールド!バァルカン!!」
バババババババババババババババッ!!
「――くっ!?」
盾から霰のように光の弾が発射される。たまらずベッローザは横っ飛び、回避する……が。
「ウォルの言う通り速いな」
「――なっ!?」
避けた先にはすでに銀色の騎士が先回りしていた!槍をバチバチと帯電しながら!
「でも、動きを誘導してやれば、この鈍重なナイティンでも!!」
「く、くそがぁぁぁっ!?」
「スタンランス!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――ッ!!?」
槍の穂先が黒いマシンに触れた瞬間、けたたましい音と共に小さな、しかし無数の稲光が走り、中身までしっかりと痺れさせた。遠のいていく意識を引き止めることなど不可能だ。
「よし!まず一人!!」
初陣を華々しく飾り、自信が出たのかナイティンはいまだに帯電する槍をくるりと回した。その時……。
「そいつは放っておけ!狙いは女だ!!」
「「「おおう!!」」」
「あっ」
四体の黒い影が上から横から、あっという間に通り過ぎていった。
「ヤバッ!?」
振り返るもスピードでベッローザに敵うはずもなく、漆黒のマシン軍団はマサヨに……。
「もう十分だよ、二人とも」
ガンガンガンガァン!!
「がっ!?」「ぎっ!?」「ぐっ!?」「げごっ!?」
あっという間に接近した四体のベッローザはあっという間に淡い青い鱗を持った龍に迎撃されてしまった。
「結局こうなるのね……」
イクライザーは肩をがっくし落とした。心なしか赤いクリアパーツも曇ったように見える。
「そう落ち込むなよ。お前達のおかげでこいつらの動きをじっくり観察できた。でなきゃこんな簡単に仕留められなかったよ」
「うっ……」
覚醒アストは足下でぴくぴくと痙攣しているベッローザの一体を爪先で小突いた。
「君はそれでいいかもしれないけど、やっぱぼく的にはね」
「天才は脇役は似合わないってか?」
「うん。それが叶わないなら……せめて君と肩を並べたいよ」
「ウォル……」
幼なじみの健気な想いを察した青龍は彼自慢のマシンを指差した。
「それ、オレの弱点を補うためのマシンだろ?熱や電撃を吸収して、オレを助けるために」
「ぼくに負けず劣らずの自信過剰だね。たまたま天才的閃きで思いついただけだよ。まぁ、今回はあんまりうまくいかなかったけど……」
いつも通りの悪態をつきながら、いつもと違い照れくさそうにウォルは頬を掻いた。その姿にアストは自然と笑みが溢れる。
「そういうことにしておくか」
「そういうことにしておいてよ」
アストとウォルはお互いを見つめ、微笑み合った。
「何でもいいけど……やっぱりおれのマシン、手抜きじゃねぇ?」
一人納得いってないメグミはそんな二人を恨めしそうに見つめながら、率直な意見を口にする。
「失礼な、手抜きじゃないよ」
「でもよ……なんか見たこともないような真新しい装備とか……付いてて欲しいじゃん?」
「いやいや、そんな役に立つかどうかもわからない装備よりも、実戦データが揃っている武装を手堅くまとめたナイティンの方が兵器としての完成度は上だよ」
「そうか……?」
「そうさ!実際に一人倒して……」
「言わんこっちゃねぇな……」
「「「!!?」」」
ナイティンが倒したベッローザの方を向くと、また新たな男がこちらに歩いて来ていた。彼の側には手のひらに乗る程度の翼を持った小さな“赤い竜”が飛んでいた。
「息は?」
「あります。気絶しているだけです」
「そうか……なら『ベニ』、お前はターゲットから目を離すな」
「承知」
ベニと呼ばれた小さな赤い竜は黄色い目をチカチカと光らせ、カメラに恐怖に顔をひきつらせているマサヨの顔を収めた。
「それじゃあ俺はめんどくさいが、あの大暴れしたエヴォリストを……」
男は顔の前で右手を翳す。その手首には真っ赤な勾玉がぶら下げられていた。
「かみ砕け……『ナナシガリュウ』……!!」
男の呼びかけに応じ、勾玉は真紅の竜の機械鎧へと姿を変えた。




