プロローグ:旅行編
「ふぅ~!食った!食った!」
賑やかな商店街を大股で歩きながら、メグミは大きく膨らみ、緩な曲線を描いている腹を満足そうにポンポンと叩いた。
「さすがに食べすぎだよ。美味しかったけどさ」
「値段もお手頃だったけどな」
並んで歩くウォルとアストは呆れて、苦笑いを浮かべる。
「いいんだよ。今のおれは食うのも仕事みたいなもんだからな。毎日朝から晩まで訓練でこの程度のカロリーなんて、あっという間に消費しちまうんだから」
「まぁ確かに……この中で一番大変なのはメグミで間違いないかな」
「今回もスケジュール、お前合わせだったもんな」
「基本的に決められた日以外は滅多なことがないと、寮から出られないからな。いとこやじいさんの知り合いの家に下宿しているのんきな大学生のお前らとは違う」
「ちょっと刺のある言い方だね」
「だな」
ウォルとアストは今度は顔をムッとしかめた……が。
「お前ら、寝坊したら罰としてグラウンドを走らせられることは?」
「ない」
「講義がない日は昼前まで寝てるね」
「ほらな。今のおれとお前らじゃ住んでる世界が違うんだよ……ちくしょう!」
自分で言いながら悲しくなって、メグミはガックシと肩を落とした。
「まぁまぁ、自分で選んだ道なんだからさ」
「わかってるよ……これも立派な警察官に、そしてピースプレイヤー特務部隊に入るため……」
「そうだよ!カウマの未来は君にかかっている!」
バンッ!
「うおっ!!」
ウォルは項垂れるメグミの背中をおもいっきり叩き、無理やり背筋を伸ばさせた。
「いったいな……!」
「でも気合が入ったでしょ?」
「それはまぁ……やってやるぜ!……って気にはなったぜ……!」
ジンジンと痺れる背中からエネルギーが駆け巡ると、メグミの顔は引き締まり、目には精気が溢れ出した。
「よしよし。こっちはもう大丈夫だな。残るは……」
「ん?オレ?」
アストは自らを人差し指でさすと、すっとんきょうな声を上げた。
「そう言えば、最近元気ねぇよな?」
「オレは……別に何も……」
「隠しても無駄だし。どれだけ長い付き合いだと思ってるの?」
「それは……」
「っていうか、だいたい見当がついてるしね、君の悩み事」
「えっ?」
思わずアストの目はキョロキョロと忙しなく泳いだ。
「だからオレは……」
「おいおいこの期に及んで見苦しいぜ。とっとと吐いちまいな」
「警察官気取りで……!オレは本当に悩んでなんか……」
「エヴォリストとしての能力」
「――ッ!?」
そのウォルの言葉を聞いた瞬間、核心を突かれたと思ったアストの身体は硬直し、額から汗が流れ出した。しかし……。
「その力で密漁したことを今になって後悔してるんだろ?」
「……えっ?」
核心など突いていなかった。明後日の方向に話が飛んだことで、身体から力が抜ける。
「あぁ……あの話のことか……あれは別に……」
「なんだなんだ?おれはその話は知らないぞ!未来の警察官としても見逃せない話だ!」
「張り切るなよ、メグミ……大した話じゃない。下宿先のおじいさんから釣竿を借りて、釣りに行ったものの全然釣れなくて……」
「島育ちとしてカッコがつかないからって、変身して直接オリジンズを捕まえたんだよね」
「……しょうもな!!」
心の底から呆れ果てながらメグミはそう吐き捨てた。
「しょうもなさ過ぎるぞ、お前!そんなことに能力を使うなんて!それに釣りが許されてるような場所で潜ってオリジンズを捕まえるなんてダメだし!マジで密漁だし!!」
「わ、わかってるよ!もう二度としないから!」
「二度とだぞ!」
「はい!二度としません!!」
「ならばよし!!」
「ありがとう……でいいのか?」
幼なじみの誼みでどうやら見逃してもらい、アストはとりあえず胸を撫で下ろす。
それと同時に楽しい友との団欒から精神は切り離され、“本当の悩み”が沸々と心を支配していった。
(メグミの言う通り……しょうもない……!オレの手に入れた力はあんなことのために使うべきじゃない……!)
アストの悩み、それは最初にウォルが指摘したように彼のエヴォリストとしての力であった。
(不意に手に入れてしまった力……この力のおかげで、あの極限の状況下を生き残ることができた。けれど、あんなことが早々何度も起こるわけなく、あれから力を使う機会はない。それはとてもいいことなのだろうけど……)
アストは手のひらを睨み付け、自らに問いかける。
(それでいいのか?本当にオレはのんきな大学生でいていいのだろうか?この力を使ってもっと世のため、人のためになることをするべきなんじゃないか……!?それが強大な力を得てしまった者の使命……)
「アスト」
「………」
「アスト!」
「………」
「アスト!!」
「………」
「アストってば!!」
「うおっ!?」
突然、身体を友に揺らされて、アストは現実の世界に強制的に帰還させられた。
「ど、どうした?」
「どうした?じゃないよ。急に自分の手のひらを眉間に深いシワ寄せて怖い顔しながら、見つめちゃって」
「さっきの料理のソースでも付いてたか?」
「そうじゃないが……」
「まぁ、いいや。あれ見てよ」
「ん?」
ウォルが顎で視線を誘導する。そこには……。
「福引きだよ!福引き!!一等は我らがカウマの次に素晴らしい観光地!『ヴィンチーマ』三泊四日の旅行券だよ」
赤い法被を羽織った男がガラガラと手に持ったベルを鳴らしながら、道行く人に声をかけていた。
「福引き……それがなんだって……」
「お前、本当に大丈夫か?さっきもらっただろ、これ」
メグミが財布からでかでかと“福引き”と書かれた長方形の紙を取り出した。それを目にした瞬間、アストも自分がボケていることを自覚する。
「あぁ~!もらった!もらった!」
アストも財布から福引き券を取り出し、隣のウォルに目を向けると、彼もまたそれを指に挟み込んで準備万端の様子だった。
「三枚で一回回せるらしいし、引いていこうよ」
「使わないのはもったいないから、それは別に構わないけど……誰が引くんだ?知っての通り、オレはこの手のことは当たったことがないぞ」
「ぼくもだよ。こういう時はリオンさんが引くのが一番なんだけど……」
「無欲の勝利っていうのか、兄貴は島のビンゴ大会とかでも、いつもいい商品持って帰って来てたもんな」
三人の脳裏に、豪華商品の前で申し訳なさそうに後頭部に手を当て、ペコペコと頭を下げるリオンの姿が思い出された。
「今、いない人のことを言ってもしょうがないよね……」
「人の兄貴を死んだみたいな感じで、言うんじゃない」
「はは、冗談はさておき、ぼくも欲が出ちゃって、いい結果が出たことないから……」
「おれの出番ってわけだな!」
メグミは袖を捲って、島にいた時よりも一回り太くなった二の腕を露出させると、二人の福引き券を回収し、鼻息荒く勝負の場に向かって行った。
「……あれは参加賞のティッシュだね」
「せめてその一個上の商店街で使える割引券を当ててくれないかね」
早くも敗戦ムードを嗅ぎ取った二人は張り切る幼なじみの背中を追った。
「失礼!一回回せるか?」
「もちろん!どうぞ勢いよくやってください!」
「言われなくとも!!」
メグミは券を渡すと抽選機のレバーをつまむ。そして……。
「メグミトルネード!!」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ!!
もの凄い覇気と勢いで回した!気合で顔が赤くなるメグミに対して、幼なじみ二人は恥ずかしさで頬を赤らめた。
「おいおい……恥ずかしいからやめろよ」
「そんな気合でどうにかなるもんでもないし……」
「いいや!なる!何事も気合だ!強い想いが結果を引き寄せるんだ!!」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ!!
「いや……カッコよくないから……」
「むしろガラガラを回すだけなのに、何を言っているのって感じ……」
コロン……
不意に抽選機からトレーに小さな玉が落ちてくる。その色は……キラキラと太陽の光を反射するまっキンキンの玉だ!
「金色!一等のヴィンチーマ旅行出ました!!」
「「ええぇぇぇぇぇぇっ!!」」
「よっしゃ!!」
「おめでとう!」「凄いわね」「次俺だったのに……」
一気に商店街は驚きやら歓喜やら落胆やらベルの音やらで騒然となった。
そんな中、この騒動を引き起こしたメグミは悠々と未だ呆然とする幼なじみに向かって、胸を張り、自分を親指で差しながら誇らしげに言い放った。
「これでもカッコよくないか?」
「「カ、カッコいいです!!」」
抱き合って喜びを分かち合う三人は知らなかった。そのヴィンチーマへのチケットが新たな修羅場への招待状だということに……。




