エピローグ
「デヤアァァァッ!!」
「はあッ!!」
だだっ広い部屋の中で威勢のいいかけ声を出して男と女が殴り合う。とはいっても、各部にサポーターを着けているので殺し合いというわけではないのだが。
その証拠にこの部屋にいるもう一人の男、モッサモサのアフロヘアーの大男は仁王立ちで黙って彼らを見守っている。
「らあぁぁッ!!」
男が渾身のストレートを放つ!
「遅い!」
しかし女はあっさりと避け、さらに……。
「ハアァッ!!」
カウンターのアッパーカットをお見舞い……しなかった。拳は顎に当たる直前で急停止した。
「実戦だったら、しばらくまともに飯は食えなくなってたぞ、パット」
「ッ……!?」
「そこまで!今回もリサの勝ちだ!!」
アフロの男は勝者の名前を宣言すると傍らにおいてあるタオルを両者に投げた。
「もう完全に調子は戻ったな、リサ」
「いえ、ビオニス隊長に鍛え直してもらったおかげで、前よりも強くなってますよ」
「フッ、言うじゃないか」
リサは汗を拭いながら、これまた傍らにおいてあったペットボトルを手に取り、満足そうに口をつけた。
逆に彼女の対戦相手のパットは首と肩を丸めている。
「パット、お前は未だに調子が戻らないのか?それとも弱くなったのか?」
「だから、リサが強くなったんですよ……そういうことにしといてください」
そう言うと、パットは大きなため息をついた。彼としても納得のいかない結果だったのだろう。
「元気にやってるな、みんな」
「ん?」
部屋の入り口から聞き覚えのある声がしたので振り向くと、そこには見覚えのあるスーツの男がいた。
「精が出るな、リサ、パット」
「はい」
「自分はもうちょいのんびりやりたいんですけどね」
男は手合わせを終え、汗だくの二人に声をかけながら歩み寄った。そして、アフロの幼なじみの前に。
「よお!顔を合わせるのは、久しぶりだな、サバン!トウドウとの戦いの報告以来だから……」
「約一ヶ月ぶりだな」
あのカウマを震撼させた殺人鬼の逮捕劇から一月もの時間が経っていた。当然、トウドウの件は話題になったが、その後すぐに別の大きなニュースに塗り潰されてしまった。サバンが彼らとずっと会えなかったのもそのせいだ。
「いやぁ~、大変だな、そっちは。ガスティオンのことがすっぱ抜かれちまって」
「あぁ、関わった政治家や要職についていた人間全てが辞任か、何故か入院することになったからな」
「そのしわ寄せがお前に来てるってか」
カウマ共和国政府は国際特別保護オリジンズのガスティオンに手を出したこと、その結果ピースプレイヤー部隊とシニネ島が犠牲になったことで国民から糾弾されることになった。その対応でサバンは昼夜を問わない大忙しの状態になってしまっていた。
「まったく……どこの誰がリークしたのやら……」
「どの口が言ってんだ」
「フッ……」
幼なじみは目で通じ合い、密かに口角を上げた。この事態を引き起こせるのは世界中にたった一人しかいないのだ。
「で、その大活躍のサバン様が楽しく特訓中のピンキーズに何か用かい?」
「そりゃあ、ベヒモスのこと……」
「うっ!?」
ビオニスの表情が一変、眉間にしわを寄せ、強張る。遂にこの日が来たのかと……。
けれど、それは取り越し苦労だった。
「ではなくて……これを渡しに来た」
「ふぅ……なんだよ……?これは手紙……?」
胸を撫で下ろしつつ、出された白い長方形の物体を受け取る。
「ウォルター・ナンジョウからだ」
「えっ!?」
「マジか!?」
「見せてください!」
良く知っている名前を聞いてパットとリサも隊長の下に集合した。そして、サバンの言葉通り、裏面にウォルの名が記してあった。
「君たち宛ての手紙だが、送り先がわからなかったのか、私の方に届いたんだ」
「それは……忙しいのに悪かったな」
「本当に勘弁してくれよって感じさ……とりあえず渡したからな。私は時間がないのでもう帰る」
「おう、ありがとな」
背を向けながら手を振り、サバンは部屋から出ていった。
彼を見送ったピンキーズはお互いに顔を見合わせ、ニコリと笑った。
「そんなに忙しいなら、わざわざ自分で渡しに来なくてもいいのによ」
「気晴らしにワタシ達に会いたかったのか……」
「それとも時間を作っても、直接渡さないといけないと思うくらいただの学生の手紙を大切に思っているのか……」
「まぁ、どっちにしろ、あいつらしいな」
もう一度笑い合うと、ビオニスが封筒を開け、手紙を開いた。両脇から部下達がそれを覗き込む。
「さてと……じゃあその大事な大事なお手紙さんを読みましょうかね」
「はい」
「おう!」
『お久しぶりです、ビオニスさん、リサさんパットさん。お元気にしていますか?ぼく、ウォルター・ナンジョウは元気モリモリです。』
「そりゃあ、良かった」
『皆さんのおかげでシニネ島の住民は皆、正気を取り戻し、この島の気候のような温かく穏やかな日々を過ごしています。』
「治療薬が予想よりも早く、そしてたくさん精製できましたからね」
「ムスタベ兄弟のおかげだな」
『もちろん、シニネ島のことを知って貧血起こして倒れたアストのお母様や、孫の変わり果てた姿を見て、腰を抜かしたお祖父様も今は元気に笑顔溢れる生活を送っていますよ。』
「あぁ……あの時はびびったな……」
「当然のリアクションちゃ、リアクションですけどね……」
「ワタシ達の落ち度だ。気を遣って家族のことを聞かなかったから……そして、もっといい伝え方もあっただろうに……」
「まぁ……今は元気だから、いいんじゃねぇ?責任者の俺が言うのはアレだけど」
『唯一この島で元気がないのはセリオさんです。今回の件であの人の能力が島中に知れ渡ってしまった結果、昼間は未だに狂暴化しているオリジンズを治療するための捕獲を手伝わされ、夜は家に押し掛ける不眠に悩む島民の対応に追われています。』
「はははっ!そいつはいい!力を持った者はそれを正しく使って民に奉仕しねぇとな!“ノブカツ・オン・レシピ”って奴だ!」
「“ノブレスオブリージュ”です、隊長」
『さて、今回お手紙を書かせていただいたのは、ぼく達三人の進路が決まったことです!それを皆さんにご報告させていただきたいと思った次第であります!』
「ほう……それもまた……」
「良かったですね!」
『まず、ぼくウォルター・ナンジョウは当初の予定通り大学進学!ピースプレイヤーの研究、開発について学びたいと思っています。』
「へぇ……ピースプレイヤーか」
「意外なような……」
「そうでもないような……って感じ」
『リヴァイアサンやベヒモスの戦いを目の当たりにして、俄然興味を持ちました!あとオリジンズの生態なんかにも興味があったんで、そちらも勉強します!最初はどちらにしようか迷っていたんですけど、考えてみれば、ぼくの優秀さなら、二つ同時……いや、興味のあるもの全部学んだところで問題ナッシングの余裕綽々だということに気づいたので、取れるだけ単位や資格を取っていこうと思います!』
「なんか……ちょっとムカつくな……」
「隊長……大人げないッスよ。まぁ、自分も同意見ですけど」
『メグミ・ノスハートはなんと!ピンキーズに入りたいそうです!!』
「マジか!?」
『今回の件で歯痒い思いをしたのと、皆さんの優しさと力にいたく感動したらしく、今度は自分がみんなを守れる賢く強い男になるために平日は学校で勉強、休日は警察官のハラダさんのお手伝いをして心身共に鍛えています。』
「待ってるぜ、メグミ」
「あいつなら、即戦力……パットなんかより、よっぽど役に立つだろうな」
「ちょっと言い過ぎじゃない!リサちゃん!」
『最後にアスト・ムスタベなんですが……これまたビックリ!心理学を学びたいようです!』
「心理学……確かにそれは予想しなかったな……」
『やっぱりアストにとってトウドウのことは今も心に引っかかっているようで、それをどうにかするために人の心というものを本気で学びたいそうです。さすがに今からだとあいつの学力だと受験もかなり厳しいっぽいんですが、エヴォリストであることで受けられる優遇なんか受けたくないみたいで……変なところ真面目なんですよね、あいつ。』
「フッ……アストらしいな」
『まぁ、一浪か二浪かはわからないですけど、なんだかんだやり遂げるのがアストなんで、世界で一番強いカウンセラー、もしくはプロファイラーの誕生を楽しみにしていてください。』
「どっちにしろ、自分達と一緒に仕事をすることになるかもな」
「あぁ……心強い」
『最後に……アイル・トウドウのことを。彼がずっと黙秘を続けていることは知っています。その彼の口を開かせるために……というわけではないんですが、いずれもう少し生活も心も落ち着いたら、ぼく達三人で面会に行きたいと思っています。あんなことがあっても、楽しい記憶は消えるわけはなく、この期に及んで彼のことを信じたい自分達がいるんですよね。だから、一度彼としっかり話す機会を貰えたらと。その時はピンキーズの皆さんのお手を煩わせることになるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします。』
「まったく……どんだけお人好しなんだよ」
「あぁ、さすがにちょっと心配になるぞ」
「いやいや、あいつらなら大丈夫だって。ほれ」
『追伸、その時には今度こそ、美味しいご飯屋さんに連れて行ってください。もちろんそちらの奢りで。以上、シニネが生んだ大天才ウォルター・ナンジョウでした。』
「確かに……ちゃっかりしてるな……」
「これなら心配など必要ないな」
「そういうことだ!つーわけで、お前は自分の心配しろ!パット!」
「いいっ!?自分ッスか!?」
「そうだ!今のままだとピンキーズの名折れだぞ!もう一度リサと模擬戦だ!」
「うへぇ……」
「フッ、またこてんぱんにしてやる」
リサとパットが汗を流している頃、シニネ島の森の中でも兄と弟が向かい合って、準備運動をしていた。
「ふぅ……オレはいつでもいいぜ、兄貴」
「本当か?今朝も言ったが、この力にも大分慣れてきたからな……今日はギアを上げて行くぞ……!」
「あぁん?ヘイヘイお兄ちゃん……言わせてもらうけど、エヴォリストとしてはオレの方が一日の長があるんだぜ。そっちこそ大丈夫なのかよ?」
「フッ、生意気な……だが、そこまで言うなら胸を貸してもらおうか!」
「おうよ!貸してやるから、ドンと来い!」
「では遠慮なく!我が力!解放せん!!」
「アウェイク!オレ!!」
名も無き者達の物語は終わらない。




