帰還
海風にあたり、戦いで火照った肌を冷ますと、ビオニスは帰る準備を始めた。
「さてと……まずはアストを回収しねぇ……ん!?」
倒れている仲間の方に顔を向けるとそこにいるはずのアストがどこにも見当たらなかった。
「おいおい……まさか沖に流されちまったんじゃ……!?」
冷めたはずの身体が再び熱くなり、汗がダラダラと止まらなくなる。だが、そうしている間にももしかしたらアストは……。
ビオニスは地面を蹴り上げた!
「くそッ!もう一度出番だ!ベヒ……」
「オレならここにいますよ」
ズコーッ!!
勢い余って見事にずっこけるビオニス。そこにそうさせてしまった張本人が駆け寄る。
「ビオニスさん!?」
「ア、アスト無事だったのか……?」
「は、はい!オレは大丈夫です……!」
元の人間の姿に戻っているアストが手を差し出すと、ビオニスもそれに応じた。がっちりとお互いに手を握り合い、アフロの巨体を起こす。
「お前……いつから……?」
「目が覚めたのはさっきですよ。普通だったら、あのリヴァイアサンの一撃で永遠の眠りについていたところなんですから」
「じゃあ、そんな攻撃受けてなんでお前は生きているんだ……?」
「海のおかげですよ」
「海……?」
ビオニスは海の方を向いた。海は何事もなかったように心地よい波音を立てている。
「この力に目覚めた副作用というか、オレってどうやら水に浸かっていると体力や傷の回復が早まるみたいなんですよね」
「そうなのか……」
「ええ、雨に降られるのでも、いいっぽいです。車が襲撃にあった後、どしゃ降りの雨に濡れたおかげですぐに元気になりましたから。ベヒモスの暴走の後もお風呂で一発」
「そりゃあ……良かったな……」
「はい」
「でも、そんな大事なこと、できれば戦いの前に教えて欲しかったな……」
「す、すいません!」
アストは後頭部を抑えながら、何度もペコペコと頭を下げた。言われてみれば、その通りだと、自分の落ち度だとしか言えない。
「まぁ……無事だったんなら、いいよ」
「はい……ビオニスさんも無事で良かったです」
「あぁ……こいつのおかげだな……」
ビオニスは自分の手首につけられたブレスレットを優しくそっと撫でた。
「ベヒモス……ですか……?」
「最後の……リヴァイアサンの大技を食らう瞬間、こいつが力を貸してくれた気がした。いや、俺がこうして生きているんだから、きっと助けてくれたんだろ」
そう言うとビオニスは反転し、トウドウの方を向いた。
「だから、ちゃんと約束は守らねぇとな」
気を失っている殺人鬼の下へ歩み寄り、しゃがんだと思ったら彼の手首のブレスレットを外した。
「約束って……誰とのですか……?」
「ベヒモスとのだよ。こいつに協力を頼むにあたって約束……むしろ契約って言った方がいいか?こうするって……!」
ビオニスは更に自分の手首についているブレスレットを外し、ポケットから取り出した針金のようなものでリヴァイアサンにくくりつけた。
そして、ぴったりとくっついた二つのブレスレットを精一杯振りかぶった。
「まさか!?ビオニスさん!?」
「そのまさかです………よっと!!」
ビオニスはそれをおもいっきり海に向かって投げた!沖でぽちゃんと小さな音と水柱を立てて、ベヒモスとリヴァイアサンは海の底へと沈んでいった。
「い、いいんですか……?」
「いいも何ももうやっちまったしな。それにあれは人の手に余る。海の中で二人仲良く眠ってもらってた方が人類のためにもいいさ……ガスティオンのコアストーンのようにな」
「えっ!?」
「コアストーンの顛末はセリオから聞いている。ガスティオンの死骸を見に行った時にな」
驚くアストにビオニスはウインクをした。
「そうだったんですか……オレはセリオさんの想いを無駄にしちゃいけないって、黙っておこうって……お世話になったビオニスさんにも……」
今まで秘密にしていたことに罪悪感を覚えたアスト。みるみると顔が険しくなっていく……かに思われたが。
「それで良かったんだよ、アスト」
「ビオニスさん……」
ビオニスは初めて会った時のように肩をポンと叩いた。
「俺もリサやパット、サバンにも言ってないし、これからも言う気はない。それがセリオの信頼に報いる唯一の方法だからな」
「そう……ですよね!」
「お前はお前の信じた道を、思うがままに歩いていけばいい。結局、人間は自分で考え、進んでいくしかできないんだからな」
「はい!」
会った時よりも輝きを増したように感じるアストの眼差しに、ビオニスは満足しまた肩を一回叩いた。
「それじゃあ、帰るか……トウドウは俺が……よいしょっと!!」
ビオニスは気絶しているトウドウを肩に担いだ。だらりとビオニスの前後に華奢な手足が垂れ下がる。
「大変じゃないですか?なんならオレ、変わりましょうか?」
「あぁん?おいおいビオニス・ウエストを舐めたらあかんぜよ。こんくらい余裕だってっの。いいから行くぞ!」
そう言ってビオニスはすたすたと歩き出し、アストも彼に続いた。
「……できることなら、トウドウとの決着はオレの手でつけたかったんですけどね……」
「それを言うなら俺だって……最後はベヒモスとリヴァイアサンの友情、もしくは愛情パワーだからな」
二人ともこの戦いに思うところはある。完全に納得などしていない。だが、彼らはそれでも前を向かなければいけないことを知っている。
「まっ、人生は思い通りにいかないってことですかね」
「だな。けど、生きていれば、なんとかなることもある……今回みたいにな。“生きる”ことこそが勝利なんだ」
「はい」
二人はより強く大地を踏みしめ、肩で海風を切り、前に進む……ただ前に。今までも、そしてこれからも。
「そう言えば、お前水に浸かってると回復早まるって言ってたけど……」
「ええ、それが何か……?」
「いや、水を扱うお前がそうなら、氷を使うお前の兄貴は寒いところ……冷蔵庫にでもぶち込んでおけば、元気になるんじゃないか?」
「さすがにそんなこと………あるかもしれませんね……!」
「だろ!帰ったら、とりあえずクーラーガンガンにかけてみようぜ!やっぱ家族には元気でいてもらいたいもんな!」
「はい、家族には…………あぁッ!!!」
「いっ!?」
突然叫び出したアストに驚き、ビオニスは担いでいたトウドウを落としそうになる。それでも鍛え上げた体幹で体勢を立て直し、アストの方を振り返った。
「な、なんなんだよ、急に!?」
「す、すいません!でも、大切なことを思い出したんです!」
「大切なこと……?」
「家族ですよ!家族!旅行中のオレの家族に連絡してないんですよ!!」
「家族に連絡……なにぃ!!?」
今度はビオニスが叫び声を上げた。彼は彼で今までとんでもない勘違いをしていたのだ。
「お、お前の家族ってガスティオンに狂暴化させられたんじゃ……」
「違いますよ!今も何も知らずに観光を楽しんでるはずです!!」
「マジか……てっきり俺は……気を使って話題を避けていたのが、裏目に出たな……」
ビオニスは自分を罰するように額をぺちんと叩いた。
「よし!こうしちゃおれん!いち早くみんなのところに戻るぞ!!」
「はい!」
ビオニスとアスト、激闘を終えた二人は彼らを待つ者達の下へ帰るため、足を速めた。




