アイ色の決着
グシャアリッ!
不愉快極まりない音が二人の耳に届く。一瞬、それが何を意味しているのかわからなかったが、それこそがこの戦いの決着を告げる音だった。
「……ぐ、ぐあぁぁぁぁっ!?」
悲痛な声を上げたのは攻撃を仕掛けたアイル・トウドウの方だった。手から伝わる激しい痛みに自然と喉を震わしてしまう。
「な……なん……で!?」
痛みに耐えながらトウドウの目が痛みの発生源に目を向ける。そこには彼の想像していない光景が広がっていた。
トウドウの指は四方八方、別々に本来ならあり得ない方向に折れ曲がっていた。ベヒモスの装甲を貫くはずだった指が、無惨にぐしゃぐしゃに……。
何故そんなことになっているのかという原因についてはすぐに理解できた。トウドウの腕は群青の装甲に包まれていなかった。リヴァイアサンを纏っていなかったのだ。
「ど、どういうことだ!?リヴァイアサン何故!?何故、僕から……!?」
こう言っている間にも群青の装甲は消えていき、遂にブレスレットに戻り、中身のトウドウが剥き出しになった。
「く、くそっ!?トラブルか!?だが、まだ戦いは終わってないんだ!もう一度だ!リヴァイアサン!目を覚ませ!再起動するんだ!リヴァイアサン!!」
必死に自分の手首の愛機に呼びかける!しかし……。
「何で……何で……!?何で応えてくれない……!?」
リヴァイアサンは沈黙を続けた。まるでこの戦いから降りたと言わんばかりに、トウドウの言葉を拒絶する。いや、明確に拒絶しているのだ。
「お前よりは……リヴァイアサンの方が話がわかる奴だってことだ、トウドウ……」
「ビ、ビオニス・ウエスト……!!」
腕を抑えるトウドウをベヒモスは勝ち誇ったように青い眼で見下ろした。というか実際にトウドウという人間には勝ったのだが。
そのことをトウドウは理解できない。ビオニスの言葉の意味も、リヴァイアサンの心も、彼には……。
「何を言っているんだ……?リヴァイアサンが話を……?馬鹿げたことを……!!」
睨み付けるが、その目は痛みで潤み、額からは脂汗がダラダラと流れているので、全然怖くない。負け犬の遠吠えでしかないのだ。
ビオニスはそんな自分の姿も把握できていないトウドウを憐れんだ。今の彼は恐ろしい殺人鬼ではなく、得体の知れないものに怯える可哀想な子供のように見えた。
「……リヴァイアサンとこのベヒモスはシニネ島に一緒に打ち上げられた二体の特級オリジンズから造られたピースプレイヤーだ」
「ウォルターが言っていた……だが!それがどうしたというんだ!!」
「多分こいつらは生前はお互いを大切な存在だと思っていたんだよ。兄弟なのか、親子なのか、つがいなのか、友人なのかはわからないがな……」
「だとしたら……なんだと……」
「これ以上、その大切な相手の骸が傷つくところを見たくなかったんだろ。ましてや自分の手でなんて……だから、この不毛な戦いから降りたんだ、リヴァイアサンは」
「はぁ?」
「俺がさっき呼びかけていたのはトウドウ、お前じゃない……お前の相棒だったんだよ。もう止めよう、これ以上お前の大切なベヒモスを傷つけてくれるな……ってな。そして、俺の願いにリヴァイアサンは応えてくれた」
「馬鹿な!?もう死んでいるんだぞ!ただの屍にそんなことできるわけ……」
「実際に今、こうしてブレスレットに戻ったじゃないか。お前の意志に反して」
「ぐっ!?」
否定しようと思っても、現実がビオニスの言葉が正しいと裏付けている。だとしても認めるわけにはいかない。トウドウという人間には“拒絶”しかできないのだ!
「僕は!そんな下らないことで負けるのか!そんなこと絶対に許さない!!」
「下らないことだと……“愛”に勝るものなどこの世にはないんだ!そんなこともわからないからお前は何も得られないんだよ!!」
「うるさぁぁぁぁいッ!!」
トウドウは怪我していないもう一方の手でベヒモスの顔面に殴りかかった!
しかし、ベヒモスはそれを紙一重でかわし、自らも拳を突き出す!!
「今度こそ本当の本当!これで!終わりだぁ!!」
グシャア!!
「がっ!?」
ビオニスの拳がトウドウの顔にめり込み、衝撃で意識を断ち切る!
トウドウはそのまま力なく、天を仰ぐように倒れた。
太陽を背にアフロを揺らして、ビオニスは聞こえていないことはわかっていながら、トウドウに語りかけた。
「命だけは獲らないでいてやるよ……アストとの約束だからな……」
ビオニスは拳が当たる瞬間、ベヒモスを待機状態に戻していた。リヴァイアサンから愛想尽かされたトウドウなど、彼にとっては脅威でも何でもない、特級ピースプレイヤーを使う必要などないのだから。
「ふぅ……ギリギリだったが……なるようになったな。あんましドラマチックで、カッコいい終わりじゃなくて、俺的には少し不満だがよ……まっ、生きてるだけで十分か……」
一息ついて、ふと風の吹く方を向くと海も空も優しい青色をしていた。




