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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
離島編
4/70

放課後

キンコーンカンコーン……


 オレンジ色に染まったグラウンドにチャイムの音が響き渡った。今日も一日、何事もなくシニネ島唯一の学校は終業を迎えたのだ。



「お前達、朝も言ったがどうやら得体のしれないオリジンズが海に出たから本土との連絡船は全て欠航。今日は部活も全て休みだ。海には決して近づかず、寄り道しないで帰るように。わかったか、ノスハート」

「わかってるよ!何で名指しで注意されなきゃならんのだ!」

 メグミ以外はその理由がわかっている……度胸試しとか好きそうな見た目と、実際にしに行く迂闊な性格をしているからだ。

「ちっ!まぁ、いい……アスト!勝負だ!!」

「そういうとこだぞ、ノスハート」

「どういうとこだ!?」

 自分が見えていない幼なじみにアストは辟易した。

「そろそろ学習しろよ。オレは貴重な時間を下らないことに浪費するような人間じゃないってことに」

「この!言わせておけば!!」

「つーか、今日は歴史のミリート先生に頼みごとされてんだよ。マジで忙しいの、オレ」

 日課のようにいつも適当に受け流している決闘だが、その日のアストは特にそんなバカに付き合っている暇はなかった。本当に外せない用事があったのである。

「頼みごと?何でお前が?他にもいるだろ?」

「ウチのじいちゃんとミリート先生が仲いいからだろ。なんか頼みやすいんだろ、きっと」

「でもよ、だからといって……」

「前にじいちゃんがぎっくり腰になった時に世話になったから無下にもできんのよ……はぁ……」

 アスト的には完全に今日という日は厄日だった。次から次へと面倒ごとが襲いかかって、またため息をつく。

「という訳で……」

「それ、ぼくも手伝うよ」

「ん?ウォル?……とトウドウ君」

 教室を出ようとしたアストにウォルとトウドウが笑みを浮かべながら近寄ってきた。

「ミリート先生の頼みってあれだろ?先生が趣味で集めている古文書を取ってくるんだろ?」

「あぁ、そうだけど」

「で、それが置いてある旧校舎の地下室に行く……なら、ぼくも」

「なら……ってなんだよ。そんなにカビ臭い古文書なんかに興味あるのかよ?」

「うーん、それもあるけど……」

「あの~僕もいいかな、旧校舎行ったことないし」

「トウドウ君まで……」

 ウォルはともかくトウドウにまで頼まれると弱い。アストは虚空を見つめながら自分に問いかける。

「別に人数なんていらないし、貴重な物もあるだろうからな……あんまり大人数で押し掛けるのもなぁ……」

 アストはミリート先生の顔を思い浮かべながら、悩ん……。

「まっ、いいか。何かあったらオレに頼んだ先生が悪いってことで」

 悩まなかった。ミリート先生への敬意や感謝よりもめんどくささが勝ってしまったのだ。

「よっしゃ!」

「ありがとう、ムスタベ君」

「そうと決まれば、善は急げだ。ちゃっちゃっと行って、ちゃっちゃっと終われせよう」

「おうよ」

「うん」

「まっ、待て、アスト!おれも行く!!」

 今朝と同じようなアストの言葉と共に三人プラス一人は教室を出て行った。



「ん?」

 階段を下りたアスト達の目に学校であまり見かけない、できることなら見かけるべきでない人間の姿が入ってきた……この島ではそうでもないようだが。

「あれって……警察……?」

「あぁ、ハラダさんだ」

 身構える転校生トウドウとは対照的に、この島で生まれ育った三人は特に何も感じていない。いつものことだからだ。

「ハラダさん、またキョウコ先生に会いに来たんですか?」

「そうそう保健室に住むシニネ島の天使に……って、違うわ!!」

 そのやり取りでトウドウは全てを把握した。この警察官は美人の養護教諭に恋をしているのだと、学校にいるのも珍しいことではなく定期的に会いに来ているのだと。

 一人、疑問を解決したトウドウを尻目に顔馴染みのアスト達とハラダは話を先に進めていた。

「じゃあ、何しに来たのさ?」

「職務に決まってるだろ、ウォル」

「海に出たって言うオリジンズの話か?」

「察しがいいな、メグミ。それもあるが、もう一つな」

「もう一つ……?」

 メグミと同じくキョウコ先生じゃないなら、てっきり先ほど教室で聞かされたオリジンズのことだと思っていたアストは首を傾げた。

「お前らニュースとか見てないのか?」

「ニュース?熱心には見てないですけど、なんかあったんですか?」

「あれだよ、あれ。本土で一ヶ所から大量の、三十三人の遺体が見つかったっていう……」

「あぁ、あれね……」

 シニネ島もといカウマ共和国ではこの三日ほどそのニュースで持ちきりだった。もちろんアスト達も知っていたが……。

「その本土の事件がどうしたのよ?」

 ウォルはどこか他人事だったが、それがこの島の住民のスタンダードだった。誰々がぎっくり腰になったとかが、一大ニュースになるこの島からしたら、本土の殺人事件など、別世界の出来事のようにしか感じられないのだ。

 それは真剣に職務をまっとうしているように見えるハラダも同じようで……。

「あぁ、本土からの連絡で、遺体を調べたら何者かによって殺害されたようで……」

「やっぱりな……事故や集団自殺だったらもっと早く見つかっているだろうし、あんまり当たって欲しくない予測が当たっちゃったな。で、それが?」

「きっと優しいキョウコ先生も心を痛めているんではないかと……」

「結局、それですか……」

 結局、それだった。アスト達は彼ののんきさに呆れると、止まっていた足を再び動かし始めた。

「せいぜい頑張ってよ」

「多分、無理だろうけどな」

「お前ら……!」

「応援もしないけど、人の恋路を邪魔するほど野暮でもないからオレ達はここらで……」

「失礼します」

 唯一トウドウだけがペコリと頭を下げて、四人は玄関に向かった。



 本校舎から少し離れたところに、よく言えば歴史ある、悪く言えば古くボロボロな旧校舎が建っていた。人がしばらく入っていないことを証明するように廊下は埃まみれで、それをアスト達は躊躇なく蹴散らし、ずかずかと進んで行く。

「ここだよ、トウドウ君」

 目的地である地下室に到着したアストは後ろからついて来ていたトウドウの方を振り返りながら、扉をトントンとノックした。

「なんていうか……想像よりもすごいというか、ゴツいね」

 トウドウの言葉通り地下室の扉はやたらと重厚で学校の物置きには相応しくないように思えた。彼の感覚は正しく、その不釣り合いさにはちゃんとした理由がある。

「この地下室は元々オリジンズ災害があった時の避難シェルターとして造られたものなんだよ。今はミリート先生が私的に物置代わりに使ってるけど」

「へぇ、だからこんなに……」

「そう、だからぼくも興味があってわざわざアストの手伝いに……中々、入る機会がないからね」

「そういうことかよ」

 自他共に認める天才ウォルの関心は中に所蔵された古文書ではなく、地下室自体にあった。合点がいってスッキリしたアストは先生から預かっていた地下室の鍵を取り出し、これまた重厚な鍵穴に差し込んだ。

「ちょっとコツがいるんだ……よなって」


ガチャリ……


 腕全体を捻るように鍵を回す。端から見てる分には、仰々しい動きだったが、彼の言葉を信じるなら必要なのだろう。鍵は普通の扉よりも低く身体の芯に響くようなものものしい音を立てた。

「ふぅ……鍵を回すのだけでこの通り、さらに開けるのも……だからご年配のミリート先生はわざわざオレに……よいしょ!」

 アストが身体全体を使って扉を開く。確かにお年寄りにとってこの扉を開けるのは大変そうだ。

 そして、中から埃と古い本の匂いがウォル達の元へと解放された。

「うーん、この匂い落ち着く」

「そうか……?」

「いいからとっとと入れよ」

 アストに急かされ、ウォル達は暗い地下室の中へ。最後に入ったアストが手探りでスイッチを探し、電気をつけた。

「わぁ……本がいっぱいだね……」

 明かりに照らされ姿を現したのは大量の本の群れだった。ところ狭しと敷き詰められたそれにトウドウは思わず圧倒される。

「いやぁ、すごいね!」

 ウォルも同じように感心した……本ではなく壁に。ペタペタと手のひらで触れ、時にノックするように叩き、本来のシェルターとしての実力を計っている。

「確かに地下室自体も……」

 トウドウも本に続き、地下室の方に興味が移った。別にそれ自体はいいのだが……。

「でも、オリジンズ用のって言っても、この島はあんまり大きな被害にあったことないよね……?」

「あっ!?」

「バカッ!?」

「えっ?」

 アストとメグミが止めようとしたが、一瞬遅かった。

 ウォルター・ナンジョウの眼鏡の奥の瞳がキラリと光る。

「そう!この島で大きなオリジンズ被害が起きたことはない!そうなんだよ!トウドウ君!!」

「う、うん……」

 いつも以上のハイテンションで詰め寄って来るウォルにトウドウは若干……かなり引くが、ウォルはお構い無しに更にボルテージを上げていく。

「でもね!でもね!ぼく達が子供の頃に一度だけ特級オリジンズの死体が海から打ち上げられたことがあったんだよ!!」

「そ、そうなんだ……」

 トウドウはアスト達に目で助けを求めるが、二人は完全に無視をした。こうなってしまっては全てが終わるまで何もできないことを幼なじみは知っている。

「でね!でね!その特級オリジンズはもちろん本土に回収されたんだけどね!!」

「う、うん」

「実は!実は!打ち上がったのは二体だったんじゃないかって言われてるんだ!!」

「……へぇ」

 トウドウの纏う空気が一変した。しかし、アストとメグミは各々本を物色していて、ウォルはトウドウを見ているようで、見ていない。見えていないので気づかなかった。

「その……もう一体の特級は……?」

「うん!それがなんと!自衛のために特級ピースプレイヤーにされて、このシニネ島にあるらしいんだ!!」

「特級……ピースプレイヤー……」

「上級までのとは違う……人間の意志を!感情を!力に変えるスペシャルなピースプレイヤーさ!!」

「それって本当なの……?」

「あぁ!名前も……」

「いや、ただの噂話に決まってるだろ」

 声と共に二人の間に古びた本が突き出され、二人の会話を強制的に中断させる。

「なんだよ!アスト!」

「なんだよ、じゃないよ……ほれ、お目当ての本が見つかった。もう帰るぞ」

 アストは二人の間でこれみよがしに本を揺らした。

「ぐぅ……いいところだったのに……」

「僕も最後まで聞きたかったな……」

「だったら、オレのいないところでやってくれ。この得体のしれない噂話をオレ達は何十回もこいつに聞かされてるんだ、なぁ?」

「何十回どころじゃない、百回は確実越えてるぜ」

 アストは今度は本でトントンと肩を叩きながら、重厚な扉に戻って行った。それにメグミが続く。ウォルとトウドウは立ち尽くし、離れていく二人の背中をただ眺めていたが……。

「二人とも、ここに閉じ込められたいのか?」

 振り返ったアストの一言を合図に、ウォルとトウドウは肩を落とし、首を丸めてついて行った。



 オレンジ色に染まっていた旧校舎への道に黒が混じり始めていた。その道をメグミを先頭、ウォルを最後尾に四人で気だるげに歩く。

「悪かったね、ムスタベ君」

「ん?何が?」

 唐突に隣を歩いていたトウドウに謝られたアストが彼の方に顔を向けた。

「いや、結局何の手伝いもできなかったから……」

 思い返せば、ただの賑やかしでしか、ともすれば仕事の邪魔をしただけの自分のことが、トウドウは申し訳なかった。

 けれど、アストの方はそうは思っていない。

「そんなことないよ。なんだかんだ言って面倒で退屈なだけのミッションをトウドウ君のおかげで楽しく達成できたからな」

 かなり照れくさいがアストは素直な気持ちをトウドウに伝えた。色々文句をつけたが友人との他愛もない日常が何よりもかけがえのないものだとアスト・ムスタベは理解している。

 アストの言葉にトウドウの険しかった顔が緩んだ。

「ありがとう、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。ムスタベ君」

「あー、そのムスタベ君っていうの止めてくれない」

「えっ?」

「ほら、ウチ神社だし、兄貴もいるからこの島で暮らすとなると名字だとややこしいから……“アスト”でいいよ」

「そう……わかったよ、“アスト君”。だったら僕のことも呼び捨……」


ドン!


「てっ!?」

「うおっ!?」

「やっ!?何!?」

 物理的な衝撃で会話が止められる……先頭のメグミが突然立ち止まったのだ。

「おい!バカ!どうしたんだ、急に!!」

 アストがいつものように責め立てるが、メグミはいつもと違い反論しない。ただ遠くを、夕日を見つめていた。

 異常を感じたアストはメグミの横に並び、顔を覗き込む。

「おい……?本当にどうし……」

「なぁ、アスト……?」

「あぁん?聞こえてんじゃないか。なんなんだよ、一体?」

「確か、得体のしれないオリジンズが出没して連絡船が止まっているんだよな……?」

「あぁ、そうだ。それがどうした……?」

 メグミはゆっくりと人差し指を夕日に向けた。

「もしかして“あれ”がそうじゃないか……?」

「えっ……?」

 指の先には太陽を背に黒い巨大な影が……。影は何かを身体から噴出して空に浮いている大きな獣だった。アスト達からは遠くて見えないが、身体中に切り傷や銃弾を撃ち込まれた跡が無数に刻まれていた。

 その獣が……。


「グルルルアァァァァァァァッ!!!」


 咆哮した!まさに天地鳴動!その大きな悲痛にも聞こえる叫び声は大気を揺らし、大地を震わせ、海を荒らし、シニネ島中に響き渡る!

「くっ!?」

「ううっ!?」

 あまりの騒音にアスト達は一斉に耳を塞いだ。彼らは知る由もないが島中の窓のいくつかは今の一声で砕け散った。

「なんだ、あいつは……?わかるか、ウォル?」

「わかる訳ないだろ!メグミ!!あんなの……わからないよ……」

「…………」

 混乱するメグミ、苛立つウォル、無言のトウドウ……。アストは……。

「走れ……」

「えっ……?」

「走れ!!ウォル!メグミ!トウドウ君!!」

 アストは、正確にはアストの身体に流れる青き龍の血が、遺伝子が、このあと島に襲いかかる惨劇を察知した。

 さっきまでの和やかな雰囲気が嘘のように大切な友人に鬼の形相で訴えかける。

「走れって、どこにだよ!!」

「さっきまでいたところだよ!!」

「!!?」

「本来の使い方……シェルターとして使うぞ!!」

 アストが急旋回して走り出すと、ウォル達も統率されたダンスのように一斉にターンをして、今来た道を全速力で逆走した。



「くそッ!?この!?」

 なんとか戻って来た四人だったが、最初に来た時の余裕の振る舞いとは逆に、アストの手は焦りから震え、地下室の鍵を開けるのに戸惑っていた。

「落ち着いて!アスト君!!」

「って言っても、そもそも時間があるのか!?何か起こるのか!?」

「ウォル!お前も落ち着けよ!!」

 残りの三人も完全に取り乱している。特に幼なじみのウォルとメグミはアストの珍しい姿を見て、完全に我を忘れていた。


ガチャリ!


「よしっ!!オラアッ!開いたぞ!入れ!!」

「おう!」

 なんとか鍵を、重い扉を開け友人達を中に入れ、最後にアスト自身も……。

「よいしょっと!!!」


ガチャリ!


「グルルルアァァァァァァァッ!!」

 アスト達が地下室に避難すると同時に、獣は全身からガスを噴出し、それが濃霧のようにシニネ島全体を包み込んだ。


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