抗うアフロ
ベヒモスは人差し指をちょいちょいと動かして、挑発した。
しかし、リヴァイアサンは乗って来なかった。
「ふっ、強がるなよ。一対一であなたが僕に勝てると思ってるのか……?」
鼻で笑い、逆に挑発で返すトウドウ。
ビオニスはチラリと横目で波に揺られているアストを、自分に突きつけられている非常な現実を確認した。
(わかっているさ……この戦いは詰み……俺達の負けだ……)
トウドウに言われるまでもなく、長年戦士として戦い続けてきたビオニスには、今の状況がどれだけ絶望的なものか痛い程わかっていた。
(俺の見立てじゃアストとリヴァイアサンだと、あいつの方が若干上……それを俺のサポートで上回る予定だったんだが……あんなにあっさり分断されるとはな……)
結果として、ビオニスの計画はたった一手で破綻してしまった。そんな脆いプランしか思いつかない自分を恥じた。
(完全適合どころか、起動するのがやっとの俺とベヒモスじゃ、あいつには勝てないだろう……だが!)
後悔はある、勝ち筋がなくなったことも理解している……それでも、ビオニスの闘争心が砕けることはない!
「アストがこんなになるまでやったんだ!俺が諦めるわけにはいかねぇだろ!この命が尽きるまで!俺は戦い続ける!!」
えんじ色の獣は青い眼で睨み付けながら、威勢良く啖呵を切った!
「予想を上回る馬鹿だな……だったら、望み通りその命!僕とリヴァイアサンが終わらしてやろう!!」
群青の竜も赤い眼で睨み返し、再び戦闘モードに移行した!
「行くぜ!最終決戦だ!!」
「最終はあなただけだ!!」
「言ってろよ!BMダブルキャノン!!」
「ブルー・ブレー刀・スラッシュ!!」
ドシュウ!!ザンッ!!
二筋の光の弾丸と、半月状の水のカッターがぶつかり合う!両者の威力は互角、なので相殺された。
「ふん!パワーは中々じゃないか……」
口では褒めながらも、トウドウは内心苛立った。あんな攻撃などスラッシュは貫いてくれると思っていたから。
そのストレスを発散するためにベヒモスに向かって突進していく。
「この!寄って来るんじゃねぇよ!BMガトリング!!」
ババババババババババババッ!!
回転する銃口から弾丸を霰のようにバラまきながら、ベヒモスは後退する。距離を取った戦いこそがこのえんじ色の獣の真骨頂だ。
「ちいっ!猪口才な!!」
リヴァイアサンは弾丸の隙間をするすると移動し、ベヒモスに近づいていく。彼のスピードならあっさりとその刃が届くまで接近できる……本来なら。
リヴァイアサンとベヒモスは一定の距離を保っていた。竜は一向に接近できなかったのだ。
「くっ……!!」
更に苛立ちを募らせていくトウドウ。一方ビオニスは……。
(こいつ……俺の思っている以上にアストとの戦いでのダメージがデカいのか……?明らかに遅い……!)
ビオニスは希望の光を見出だしていた。ガトリングの反動に揺られながら、勝利の道筋を探して頭がフル回転していく。
(もしかしてさっきの攻撃もパワーが落ちてたんじゃないか……?いや、間違いなく落ちていた!なんてったって、避けたことで俺の計画は総崩れしたんだからな!あの時の俺は回避しないと駄目だと!相殺できねぇと判断したんだ!!なのに、さっきはできた!!)
頭が冷静になっていくと、反比例するように心が熱くなっていった。熱くならなければこれより先に進めないからだ!
(このまま距離を取って撃ち合っても、奴に回復の時間を与えるだけだ!ここで多少リスクを取っても……違う!ここでリスクを取れないようなビビりなら俺は本当に負ける!!)
覚悟は決まった!あとは実行に移すのみ。
「やるぞ!ベヒモス!踏ん張り時だぜ!!」
ベヒモスは岩場を蹴り上げた……今までとは逆の方向に!
「ウオォォォォォッ!!」
両腕の武器を乱射しながら、真っ直ぐとリヴァイアサンに突っ込んでいく!しかし……。
「急に何で態度を改めたのか知らんが……そっちから来てくれるなら好都合だ!!」
群青の竜にはやはり当たらない。前後左右に軽快にステップを踏みつつ、ベヒモスに近づいていく。
(チャンスは一度きりだ……!)
(一撃で決めてやる……!)
両者固い決意を胸に秘め、遂にお互い手の届く場所に!
「BMクロー!!」
「ブルー・ブレー刀!!」
ザンッ!!
激突する刃!勝ったのは……。
「ぐっ!?」
「ふっ……!」
リヴァイアサンだった。
竜の刃は獣の爪を砕き、えんじ色の装甲を捉えた!肩口に刃がめり込み、あとは力を入れて、両断するだけだ!
「あなたは良く頑張ったよ、ビオニス・ウエスト……だがしかし!僕とリヴァイアサンの命には届かない!!」
グッ……
「……ん?」
リヴァイアサンは自らの手から発生している水の刀に力を込めた。しかし、えんじ色の分厚い装甲をそれ以上斬り進めてはいけなかった。
「さすがだ、ベヒモス……俺に似てタフだな……!」
ガシッ!!
「漸く捕まえたぜ、シリアルキラー……!」
「ッ!?」
リヴァイアサンの両腕をベヒモスが掴んだ!まるであの時のアストのように!
ビオニスはこれを狙っていた。今の弱っているリヴァイアサンの攻撃なら、ベヒモスなら耐えられると信じて!その分の悪いギャンブルに見事勝利したのだ!
「BMホーンキャノン!!」
「なっ!?」
ベヒモスの頭部の側面に付いている角が可動し、銃口を目の前の群青の竜に向ける。
「喰らえッ!」
ドシュ!
「ぐうっ!?」
至近距離から放たれたビームを、リヴァイアサンは物理的な意味で頭を動かし、回避した。回避したと言っても、群青の仮面は熱で抉れ、白い煙を出している。これにはトウドウも肝を冷やした。
(今の攻撃……一瞬でも遅れていたら顔面に風穴が空いていた……!?また来るのか!?当たるわけにはいかない!こんなところで終わるわけには……!!)
トウドウの意識はベヒモスの角と自分の上半身周りに集中していた。
それこそがビオニスの本当の狙いだとも知らずに……。
(よし!あいつの意識には“下”がなくなった!今ならベヒモスの腰に装備されてる『BMサイドキャノン』で脚を撃ち抜ける!機動力さえ奪えば、距離を取って火力で蹂躙できるはず!)
ベヒモスの腰の横に付いている半球状のパーツが展開、銃口が斜め下の竜の脚に狙いを定める。
(もらった!!)
ビシュウ!!
銃口から放たれた光は見事に穴を開けた!……竜の後方の岩に。
(!?……手応えがない!?まさか外したのか!?)
下を見ることはできないビオニスだったが、感触で自分の作戦が失敗したことを悟った。そして、それは逆に彼の意識が“下”に向いてしまったということ……。
ビオニスは目の前で起こっているリヴァイアサンの変化に気づけなかった。
「リヴアァァァァイッ!!」
「――ッ!?しまった!?」
ベヒモスの手をリヴァイアサンは振り払った。正確にはリヴァイアサンの腕の体積が大きくなり、ベヒモスの手では掴み切れなくなったのだ……今のビオニスには知る由もないのだが。
「ちっ!?こうなったら、胴体狙いだ!!」
角と腰、四つの砲門が群青のボディーに向けられる。そして……。
「南無三!!」
ドシュウ!!
四つ同時に火を噴いた!放たれた四つの閃光は確実にリヴァイアサンの身体に命中した!したのだが……。
「リヴアァァイ!!」
ガァン!!
「がっ!?」
そんなことはお構い無しにリヴァイアサンはベヒモスをぶん殴った!
重厚で大柄なベヒモスが宙を舞い、岩場を二度、三度バウンドする。それでもなんとか転がりながら体勢を立て直す。
「な、なんだ!?今のパワーは!?一撃でベヒモスを吹っ飛ばすような真似、あいつにはできないはずだろうに!?」
起き上がりながら、自分の身に起こった不可解な現象を必死に理解しようとする。
けれど、その謎はすぐに解けた。今のリヴァイアサンの姿を見たら、すぐに……。
「!!?」
リヴァイアサンの顔はより凶悪な面構えに、腕は一回り大きく、そして脚は……脚はなんとなくなっていた!下半身はたった一本の尻尾となりうねうねと蠢いている。
ビオニスはここにきて、漸く気づいた。自分が大きな勘違いをしていたことを、前提から間違っていたことを!
(あいつはトウドウは適合率を上げていると思っていた……だが、そうじゃない!取り込まれていたんだ!リヴァイアサンに!完全適合じゃなく、暴走していたんだ!あの時の俺のように!!)
自分の愚かさに目眩がする。そのまま倒れてしまいたい気分だ。
(暴走だとしたら、容赦なく殺しにいくべきだった!アストに気を遣って脚なんて狙わなければ……)
「リヴァ……甘いな、ビオニス・ウエスト……」
「!?」
自分の心を見透かされたことにも驚いたが、それ以上にこの状態になっても言葉を話せるトウドウに驚いた。
「ムスタベと同じミスだ……胴体を狙っていれば、あんたの勝ちだったのに……」
「あぁ……人生で一番後悔しているよ……」
「リヴァ……一番か……最後でもあるなぁ!」
「くっ!?」
暴竜と化したリヴァイアサンは大きくなった手を広げた。すると、その指先から水の刃が伸びていく。
「ブルー・ブレー爪!スラッシュ!!」
弓なりに反った水の刃が五つ同時に発射される!
「この!」
ザンッ!
「――ッ!?」
ベヒモスはその巨体を跳ね上がらせて、回避しようとするが、五つ全てをとはいかず、脚にかすらせてしまう。
「まだまだぁ!!」
リヴァイアサンはもう一度、しかも今回は両手で十の斬擊を放つ!
「やられっぱなしで!!」
ババババババババババババッ!!
ベヒモスも両腕を前に突き出し、弾幕で竜の攻撃を打ち消そうとする!……するが。
ザンッ!ザンッ!ザンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
水の刃は弾幕をいとも容易く貫通し、ベヒモスの全身に襲いかかった!えんじ色の装甲に黒く深い傷痕が刻まれる。
(ベヒモスの銃擊で、多少は勢いが弱まっているはずなのに、この威力!このままじゃ嬲り殺しだ……!!)
自身が細切れにされる最悪のビジョンが脳裏に映し出された。そして、多分それは近いうちに現実のものになる。
(こうなったら、四の五の言ってられない!やれることをやるだけだ!それで駄目だっていうなら、それが俺の、ビオニス・ウエストの天命だってことだ!!)
半ば自棄になったビオニスはありったけの空気を口から取り込んだ。そして……。
「これが!本当にお前の望みなのかよ!!こんなことをしたかったのかよ!!」
呼びかけた!自分を殺そうとしている相手に!
「リヴァ……恐怖でおかしくなったか……?まぁ、なんだっていいがな!!」
トウドウの心には届かない。動揺など一つも見せずに小首を傾げたと思ったら、すぐに次の攻撃に移った。
ザンッ!!
ベヒモスはまた弾幕を張るが、またあっさり突破される。
「ぐっ!?この……この状況を見てもなんとも思わないのか……?お前の力はこんなことのためにあるのか!!」
身体中を駆け巡る衝撃や痛みに意識が持っていかれそうになるが、ビオニスは必死に耐え、口を止めることもなかった。
「鬱陶しいにも程があるな……!」
傷だらけになったベヒモスを赤い眼で真っ正面から捉えながら、リヴァイアサンは左手で右の手首を掴み、頭の上に掲げた。
ブシュウゥゥゥッ!!
その掴まれた右手から今までで一番大きく長い水の刀が形成される。
「この技で終幕としようか……!」
幕引きのために自分の最高の技を準備するリヴァイアサン。それを正面で見つめているベヒモスは……。
(チャンスだ!)
目を輝かせていた!
(あいつ完全に足が止まっている!そうしねぇと撃てないんだ、あの技は!)
最後の最後で逆転の機会がきた!ビオニスはそう思っていた。そして、その好機を生かすための“切り札”の名前を叫ぶ!
「BMマグナブラスター!!」
大柄なベヒモスの全長よりも大きな銃が目の前に現れ、えんじの獣はそれを両腕で抱えた。
(こんだけデカい銃……ちょこまか動き回る奴にはまず当てらんねぇ……だが!今のあいつになら!!)
全力を込めて最後の希望となる必殺武器をリヴァイアサンに向け、エネルギーを充填していく。銃口に光の粒子が集まる。
「ふん!そんなものをまだ隠し持っていたか……もしかして切り札か?だったら正面から打ち破って、あなたの心も身体も真っ二つに切り裂いてやろう!」
リヴァイアサンは右手を振り下ろす。
「八つ裂ギロチン」
ザシュウゥゥゥッ!!!
今までで最大の水の刃が最高のスピードで撃ち出された!
「これが正真正銘、最後の一撃……この一撃が!ベヒモスの最後の花火だぁ!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
水の刃を迎え撃つため、巨大な獣が抱える巨大な銃から巨大な光の奔流が発射された!
「切り裂けぇ!!」
「ぶち壊せぇ!!」
ドゴオォォォォォォォン!!!
両者の間で水と光は衝突!耳をつんざくような音が響き渡り、大気が震える!リヴァイアサンとベヒモスの渾身の攻撃は相討ちに終わっ……いや!
ザシュウゥゥゥッ!!
勝ったのは“八つ裂ギロチン”!群青の竜リヴァイアサンだ!
「はっ!やはり無駄な足掻き!」
トウドウは勝ち誇った!
「ちくしょう!やっぱりかよ!?」
ビオニスは自分の予想を超えられなかった自分を呪いながら、手に持った巨大な銃を盾のように前方に構えた。しかし……。
ザンッ!!
「がっ……!?」
銃はバターのようにあっさりと両断され、その先にあるえんじの装甲に黒く深い線が一直線に引かれる。
「く……そ……!」
自然と瞼が落ちて来る。これが完全に落ちたら、もう開かない気がしてビオニスは必死に目を見開く。
「言うだけのことはある……タフじゃないか」
「!?」
そんな彼のまさしく目の前に追い討ちをかけるように奴は現れた。指をピンと伸ばし、かろうじて立っているベヒモスの顔に向けながら。
「ここまで僕を苛立たせたんだ……この僕の手で直にとどめを刺さないと気が済まない……!」
「おま……え……!」
「今度こそ本当の本当にお別れだ!ビオニス・ウエスト!!」
リヴァイアサンの貫手がベヒモスの頭部に向けて放たれた!




