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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
本土編
38/93

因縁の終わり

 それはベヒモスとの戦いを終え、宿泊しているホテルに戻った時のこと……。

「アストって、“変形”ってできないの?」

「あぁん?」

 ウォルの唐突な言葉にアストは眉毛をへの字に曲げた。

「いや、してるじゃねぇか……」

「それは“変身”。ぼくが言っているのは“変形”さ」

「あぁん!?」

 幼なじみの言っていることが理解できずにさらに眉毛の角度が急なものになっていく。

「もう頭が悪いな……」

「お前……」

「とりあえず座って!」

「おっ!」

 ウォルに押され無理やりソファーに座らせられる。そして、アストの対面に幼なじみも腰を下ろした。

「あのね、僕が言ってる“変形”っていうのは、“人の形”以外になれないかってことだよ」

「人の形……以外?」

「そう。全身を液体に変えることができるんだからもっと別の形に変わることもできるんじゃないかなって。それができれば、戦術の幅も広がるし」

「そういうことか……」

 アストは頭もソファーに預け、天井を見ながら考えを巡らせた。

「うーん……無理かな」

「そっか、やっぱ無理か……」

 ウォルなりにアストのために色々考えた結果の渾身の提案だったようで、否定されてあからさまに落ち込む。

「いや、そうじゃなくてさ……」

「えっ……?」

 幼なじみ同士がテーブルを挟んで、顔を突き合わせた。アストは苦虫を噛み潰した、ウォルは困惑したような顔をしている。

「お前の言っている変形はオレの能力的に可能かどうかは試してみないと、オレ自身にもわからない」

「じゃあ、試して見ようよ!」

「だから、ビオニスさんも言ってたろ?なんか新しいことをしようとしても付け焼き刃にしかならねぇって」

「あっ……」

 自分の言っていることの愚かさに気づいたウォルは顔を下に向けた。逆にアストはまたソファーにもたれかかって、上を向く。

「ウォル、お前がオレのことを思って言ってくれたことはわかってるし、それはとても嬉しいよ」

「うん……」

「でも、今のオレにはあまりに時間が無さ過ぎる。それにまだ今ある能力を完全に使いこなせてもいない」

「そうなの?ぼくには上手くやっているように見えるけど……」

 アストは首を横に振った。

「オレの液体になる能力は“オート”じゃなく、“マニュアル”だ。自分の意志でスイッチを切り替えなきゃなんない……」

「へぇ……そうなんだ」

「あぁ……でも、それがまだオレには上手くできていない……!さっきの戦いでベヒモスに腕を掴まれた時や、リヴァイアサンが逃げる時、散青雨を撃って来た時に咄嗟に液体化できていれば、色々とその後の展開も違っていただろうに……!」

「アスト……」

 悔しそうに天井を睨み付けるアスト。そんな幼なじみの姿を見るとウォルは何も言えなくなってしまった。

 もう一人の幼なじみはそうではないようだが。

「じゃあ、それができるようになるまで特訓しようぜ」

「メグミ」

「もっとハジに行け、ウォル。よっと」

 メグミはウォルの隣に腰をかけ、アストの顔を穏やかな表情で見つめた。

「今ある能力を使いこなすための特訓ならやってもいいだろ?」

「いいだろ?……って、どうやるんだよ……?」

「うーん、例えば、投げられたボールを避ける……とか?なんか印つけてさ、ついてないやつは普通の状態で避けて、ついているやつは液体化して避けるとかすれば、反射的にお前の言うスイッチの切り替えができるようになるんじゃねぇか?」

 自慢気に語るメグミ。それに対し幼なじみ達は……。

「メグミ、お前……」

「ちょっと頭いいんじゃないの……」

 アストとウォルは素直に感心した。単純だが、いや単純だからこそ今の追い詰められた状況で色々考え過ぎてしまう二人には出ない発想だった。

「だろ!だろ!実は頭いいのよ、おれ!」

 メグミは更に自慢気に胸を張り、ふんぞり返った。さすがにそこまでされるとアスト達も苛立ちが勝ってくる。

「調子に乗るなよ、お前」

「ぼく達だって平時なら、その程度のことは思いつく」

「ほほう。そこまで言うならもう一つ提言してやろう」

「なに?」

 メグミはニヤニヤと勝ち誇ったように笑っている。その提言とやらに絶対の自信を持っているみたいだ。

「ウォルの“変形”できるかどうかって話を聞いて一つ思いついた。全身じゃなくても“一部”だけ変化させられればいいんじゃないかってな」

「一部?それってどこだよ……?」

「まぁ、耳を貸しなさいよ」

 アストとウォルは文字通りメグミの方に耳を傾けた。



「オラ!オラ!オラァ!!」


ガンガンガァン!!


「ぐうぅ!?」

 アストの拳が小気味良いリズムを刻みながら、リヴァイアサンの装甲を叩いた。

 未だに群青の竜はそれに為す術なく、ただ耐えるしかできていなかった。

(いける!ウォルとメグミのおかげで生まれた『流水拳』が通じている!)

 友人の助言で生まれた技で圧倒していることにアストは高揚し、さらに攻撃の勢いを増していく!

「ウラァ!」

「ぐっ!?」

 また無様にもパンチをもらうリヴァイアサン。あまりにも一方的な蹂躙に心が折れる!……他の者なら。

 トウドウの心はむしろより強く硬く、憎しみでコーティングされていく。

「このまま!叩き潰……」

「ブルー……」

「!?」

 突如として背筋に走る悪寒にアストは拳を止めた。本能が僅かに足を一歩下がらせる。

「ブレー刀……レッグ!!」


ザンッ!!


「――ッ!?」

 蹴り上げたリヴァイアサンの足から、水で形成された刃が伸び、アストの身体を薄皮一枚分切り裂いた!あのまま拳を打ち込んでいたら、一歩下がっていなかったら真っ二つになっていたのは言うまでもない。

「ちいっ!?悪あがきを!!」

 しかし、リヴァイアサンの一蹴り、一太刀もアストの攻勢を止めるのは一瞬が限界だった。

 アストは再び前傾姿勢に、そして“流水拳”を繰り出す!

「でりゃあっ!!」

 拳が群青の竜の顔面にぐんぐんと伸びていく!リヴァイアサンはまた顔を反らし、回避を試みる……いや、さらに一歩、後退した。


ちょん……


 アストの拳はリヴァイアサンの鼻先に軽く触れた……それだけだった。

「てめえ……!」

「あれだけ喰らえばさすがに気付くさ……その下らないマジックの“タネ”にね!」

 トウドウの言うタネは白日の下に晒されていた。腕の部分だけを液体化しているアストの姿が!

「考えたな。腕の一部を水に変えて、射程を延ばすなんて。間合いを完全に把握していたのに当たってしまうはず!いや、把握してしまっているからこそ、タイミングが乱され、戸惑うはずだ!」

「くっ!?」

「だが!ギミックさえわかれば恐れることはない!!」


ガァン!!


「がっ!?」

 今までの鬱憤を晴らすような強烈な蹴りが、アストの腹部に炸裂した。衝撃を殺し切れずに吹っ飛んで行く青龍。

(くっ!?予想よりもバレるのが早い!だが、今までの攻撃で奴にダメージは確実に蓄積されている!)

 空中で体勢を立て直しながら、アストは金色に輝く瞳でターゲットを捉えた。こうなることは想定済み、ショックを受ける必要もなければ、そんな下らないことに貴重な時間を使う余裕もない。

(できればもうちょっと痛めつけておきたかったが、今のあいつのダメージなら動きが鈍っているはず!回復する前に決めてやる!)

 アストが手を開くと、その中心に水の球が出現し、それが高速で回転していく。回転のスピードが上がるごとに球は薄く潰れていく。最終的に水の球は丸いノコギリのような形になった。

 アスト覚醒体の必殺技“龍輪刃”である。

「こっからはノンストップだ!!いっけいっ!!」

 空中にいながら、アストは器用に身体を動かし、龍輪刃をターゲットに向かって投げつけた!


キイィィィィィィィン!!


 甲高い音を発しながら、リヴァイアサンに迫る文字通りの必殺技!

 それに対し群青の竜は……。

「はっ!やっぱり同じ水を司る能力!発想も似るね!!」

 リヴァイアサンの両腕から水の刀が伸び、そのまま振りかぶる。

「ブルー・ブレー刀……クロス!!」


ザンッ!!


 十字に交差した水の刃が射線上の岩を切り裂き、砕き、進んでいく!

 そして、両者の必殺技は正面から衝突……。


ギイィィィン!!


「なっ!?」

「その程度の威力じゃ、龍輪刃は止められない……!」

 龍輪刃は十字の斬撃などものともしなかった。真っ直ぐと勢いを落とすことなく、むしろさらにスピードを増して、リヴァイアサンに接近する。

(まずい!この攻撃は避けなくては!直撃したら確実に僕の命を断ち切る攻撃だ!)

 自身の技をいとも容易く粉砕した龍輪刃の威力に身震いした……身震いしかできなかった。

(くそッ!?足がまだ回復していない!?全然、動かないじゃないか!?)

 群青の竜はアストの狙い通りその場から動けなかった。そもそも回避ではなく、わざわざ必殺技を放って相殺しようとしたのも足が言うことを聞いてくれないからだったからである。

「動け!動けよ!僕の足!何のためについているんだ!?」

 ガンガンと音を立てて太腿を叩く。そうしている間にも龍輪刃は遠慮なしに近づいてくる。

「ふざけるな!こんなところで終わってたまるか!」

 今にも泣き出しそうな声だった。それほどあのアイル・トウドウが追い詰められていた。

 そして、遂に彼とかつての友人の因縁を断ち切る刃が眼前まで……。

「僕は!僕は奪う側の人間なんだ!!」


チッ!


 水で造られた丸ノコの魚の鰭のような刃が切り裂いた!……リヴァイアサンの爪先を。

「……ギリギリ……本当にギリギリだった……!!」

 リヴァイアサンは自身の身体に刃が触れようとした瞬間、かろうじて真上にジャンプして、爪先だけの犠牲で済ました。

「まさか……あのアスト・ムスタベがこんな殺傷力の高い技を撃ってくるなんて……!」

 自分の記憶の中のアストでは考えられない攻撃にトウドウはショックと喜びを覚えた。自然と口角が上がり、変わり果てた友人に視線を移す。

「君も遂に…………!!?」


キイィィィィィィィン!


「龍輪刃」

 リヴァイアサンの真っ赤な眼が捉えたアストは既に新たな龍輪刃を生成していた。

「オレはもう迷わない!お前とリヴァイアサンを引き合わせてしまった責任をここで取る!!」


キイィィィィィィィン!!


 二つ目の高速回転する水の丸ノコが空中にいる群青の竜に向かって放たれた!

「くそッ!?またあの技か!?」

 一難去ってまた一難。空中で身動き取れないリヴァイアサンに最悪の災厄が襲いかかる!

(回避は無理!防御は……駄目だ!あの威力は防ぎ切れない!)

 頭に思い浮かぶ選択肢はどれも役に立たないものだった。たった一つの博打を除いて……。

「やるしかない!僕の命!リヴァイアサンに賭ける!!」

 両手を突き出し、意識を、全神経を、己の存在全てを集中させる。

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 指の隙間から自分の命を断とうとする狂気の丸ノコが見えた。それに対しても強い意志を送る。

 そうしている間にまた龍輪刃がすぐそばまで……。

「でりゃあっ!!」


グイン!!


「何!?」

 アストは目を見開いた!信じられないものを見たからだ。それはリヴァイアサンの腕の動きに合わせて、軌道を変える自身の必殺技の姿だ!

「は……はははっ!やった!水でできているならと一か八か試してみたが……コントロールを奪えたぞ!!」

 リヴァイアサンの水の支配は龍輪刃にさえ通用した。トウドウの思うがままに丸ノコはターゲットを変更する……自身の創造主に!

「自分の技で!人生を終えるがいい!アスト・ムスタベ!!」


キイィィィィィィィン!


 文字通り空をUターンしてアストに向かってくる龍輪刃!

「くっ!だが!お前の思い通りになるつもりはない!!」

 リヴァイアサンと違い、足にきていないアストはそれをあっさりと回避!……するはずだった。

「コントロールするというのは!こういうことを言うんだよ!曲がれぇ!!!」


グイン!


「な!?」

 アストを追うように龍輪刃もまた方向を転換した。

「ちいっ!」

「無駄だぁ!!」

 全速力で岩場をジグザグと駆けるアスト。

 その後をまるで忠犬のようにピッタリとついてくる龍輪刃。

 まさに最凶最悪の鬼ごっこだった。

(このままじゃ埒が明かない!オレのスタミナが削れ、あいつが回復する時間を稼がせてしまう!いっそのこと、液体化して喰らってみるか……?うまくいけば、そのまま吸収……いや、奴の支配化にあるってんなら、そのまま両断されるかもしれない……!)

 ネガティブな考えばかりが頭を過る。けれどそれが実現する可能性は大いにあり、そうなれば最悪の現実をもたらすことになる。だからこそアストは一刻も早くこの状況から抜け出さなければいけなかった。

(こうなったら……やるしかねぇか!)

 先ほどのトウドウのようにアストも覚悟を決めた。


ジャブン!


 反転しながら浅瀬に着地!再び手に意識を集中させる。そう!もう一度撃つ気なのだ!必殺技を!

「多分!これがラスト!龍輪刃!!ウラァッ!!!」

 放たれた丸ノコは地面を這うように進んで行き、こちらにやってくる同じ存在に正面から向かっていく!そして……。


バギャン!!


 激突!龍輪刃と龍輪刃。本来あり得ないアスト・ムスタベの必殺技同士がぶつかり……対消滅した。

「はぁ……はぁ……はぁ……さすがに三発連続はきついな……」

 龍輪刃の連射は使用者アストの体力を著しく奪っていた。肩で息をしなくてはいけないほどの消耗。だが、アストの闘志の炎までは消えていない。

「あと……一発は撃てるか……?それであいつを……」

「いや、君はもう何もできないよ」

「!?」

 背後からの声にアストは振り返る!すると……。


ピトッ……


 リヴァイアサンの手のひらが優しく身体に触れた。まるで健闘を労うように優しく……。

「これで終幕だ」

「トォウドォウッ!!」

「ブルー・バイブレー掌」


ドン!!!


「――!!?」

 リヴァイアサンの手のひらから発せられた衝撃がアストの全身を駆け巡る!肉が、骨が、血が、細胞が振動し、シェイクされた。


ザバン……


 アストの意識はその一撃で完全に断たれた。受け身を取ることなど当然できず、前のめりに海へと倒れ込んだ。

 それを群青の竜は赤い眼で見下ろす。

「愚かな奴だ。あの技……あれで僕の胴体を狙っていたら、今頃君の方が僕を見下ろしていたはずなのに……この期に及んで二回とも脚を狙うなんて……甘いにも程があるよ……」

 アストは脚は切り落としても、トウドウの命まで奪うつもりはなかった。そんな彼がトウドウにはとても愚かで、とても羨ましく思えた。

「そこで殺すという決断ができないのが、君の限界、君の弱さだ……」

「違う!それはアストの“強さ”だ!!」


ドシュウ!!


「!?」

 二筋の光がリヴァイアサンとアストの間に割って入った。竜は反射的に回避、アストから離れていく。

 代わりに倒れるアストのそばにえんじ色の獣が空から降ってきた。

「アストは覚悟していたんだ……お前を殺さない覚悟を……お前と同類にならない覚悟をな!それが本当の強さというものだ!アイル・トウドウ!!」

「ビオニス・ウエスト……!」

「さぁ!こっからは俺とベヒモスが相手だ!シリアルキラー!!」


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