PeacePrayer
「ビオニスさん!!」
作戦通り、距離を取って隙を伺っていたアストだったが、緊急事態に反転、ベヒモスの救出に向かう……が。
「スラッシュ!」
ザンッ!
「くっ!?」
リヴァイアサンが黙って見ているわけもなく、進行方向に水の刃を発射して邪魔をする。
そして、自らが作った牢獄の前に立ち塞がった。
「行かせないよ、ムスタベ」
「トウドウ……あれはなんだ!?ベヒモスに何をした!?」
敵に説明を求める馬鹿げた行為。
アストも愚かなことをしている自覚はあるが、口が自然に動いてしまった。
トウドウは当然答える義理も義務もない……が、そこで自慢気に答えちゃうのが、この男である。
「心配する必要はないさ。『ブルー・バイン牢』に攻撃能力は皆無だからね」
「何……?」
「あれは相手を一時的に閉じ込めるだけ……何もしなくてもおよそ十分、彼の力なら……まぁ三分もあれば脱出できるだろうね」
「そうか……じゃあ、一先ず安心だな……」
アストはホッと胸を撫で下ろした。その姿にトウドウは苦笑する。
「僕の言うことを鵜呑みにしていいのかい?」
小馬鹿にしたような物言いにアストは怒るでもなく、ただ頷いた。
「お前がこんなしょうもない嘘をつくとは思えない。自分の“技”に関してはプライドがあるんだろ?」
「へぇ……わかってるじゃないか……」
人に心を見透かされることが、初めて嬉しいと思った。トウドウにとってアストは倒すべき敵であると同時に、やはり誰よりも自分のことを理解してくれる“友人”なのだ。
「それに嘘だろうが、本当だろうがオレのやることは変わらない」
「あの人を助けるのかい?」
「いや……ビオニスさんには悪いが、先にお前を倒す……!」
金色の瞳が闘志の炎で更に輝きを増す。それを向けられたトウドウは喜びで肌が粟立った。
「君は本当に思った通りの人だね……決着は一対一で……まるでアスリート、戦士の考えじゃないか」
「褒め言葉として受け取っておこう。けど、オレは戦士になるつもりなんて更々ないからな」
会話を交わしながら一歩、また一歩とお互いに距離を縮めていく。
「お前こそ、オレとビオニスさんに二人で来いなんて言っておきながら、あんな技を用意しているなんて、どういうつもりだ……?」
「どういうも何も、僕は二人で来いとは言ったけど、二人同時に相手にするとは言ってないよ」
「そう言えば……そうか……」
「あぁ、君との決着は一対一のタイマンで着けるつもりだった……あの時のように!」
リヴァイアサンは拳を繰り出す!
「気が合うじゃないか!!」
アストもまるで鏡像のように同じモーションでパンチを撃ち込む!
ガァン!
通算三度目となる拳の衝突!大気が揺れ、地面が震え、海面に波紋が浮かぶ!
「やっぱり……僕達の戦いの始まりはこれじゃないと……!」
「二度あることは三度あるってか……!」
「でも!」
「だが!」
「「四度目はない!!」」
両者再び同時に蹴りを放ち、それもまたぶつかり合う。
「シャアッ!!」
「オラァッ!!」
続けてもう一度パンチ!これは両者とも回避する。
「まだだ!」
リヴァイアサンはそこからまた追撃!これにはアストもついていけない!しかし……。
ザバン!
「そんな攻撃……!」
リヴァイアサンの拳がアストの身体を貫く……液体化した身体を。もちろんダメージなどない覚醒アストはカウンターを食らわせようと拳を……。
「悪いが……それはもう僕とリヴァイアサンに通用しない」
「なっ!?」
ザンッ!
群青の竜は拳を開き、手刀の形に変えるとそのままアストの水と化した身体を切り裂いた!これもダメージがない……はずだったのに。
「ぐわぁっ!?」
アストの確かな痛みを感じた。正に身体を切り裂かれるような鋭い痛みを……。
「な、何で……!?」
だが、真にダメージが大きかったのは肉体ではなく、精神の方だった。茫然自失の状態で二歩、三歩と後ずさる。
「フフッ……どうせ、以前のように電磁警棒みたいな道具を用意しているとでも思ったんだろ?それを使ってないんだから大丈夫だと高を括っていたんじゃないか?」
「ぐっ!?」
自分を見下ろしながら、心中をズバズバ言い当てて来るトウドウの姿にアストは更に心を揺さぶられた。
その歯痒そうな表情を見てトウドウは悦に浸る。自然と饒舌になっていく。
「今の僕とリヴァイアサンにはそんな小細工は必要ないんだよ。水を操る力を得た僕は君が液体化しても、問題なく君の肉体を捉え、攻撃を加えることができる……!」
「なっ!?」
「この世に無敵なんてものはないってことだね」
勝ち誇ったようなトウドウの言葉がアストに突き刺さる。彼の心を絶望と焦燥感が塗り潰していく……いや、違う。
「何故だ……」
「ん?今、説明しただろ?適合率の上がったリヴァイアサンならあらゆる液体を……」
「そうじゃない!!」
「……何?」
「オレが聞きたいのは、それだけの力を持ちながら、それを他人を傷つけることにしか使えないお前はなんなんだってことだよ!トウドウ!!」
彼の心を支配していたのは怒り、トウドウの理解できない生き方に、行き場のない怒りが溢れ、優しいアストの中で暴れていた。
一方、トウドウもアストの言っていることが全く理解できなかった。
「君は何を言っているんだ……?力は他者を痛めつけ、屈服させるためのものだろう……?他にどう使えって言うんだ……?」
「その力で他人の命や笑顔を守ることだってできるさ!君がそう望むなら!“平和を祈る者”、“PeacePrayer”に選ばれた君なら!!」
そう叫ぶアストの方がPeacePrayerと呼ぶに相応しいだろう。彼の言葉はまさに“祈り”そのものだった。
けれどどんなに強く祈っても、どんなに優しさに満ち溢れた祈りだったとしても、それが必ずしも届くとは限らない。
「“平和を祈る者”だと……笑わせるな!そのご立派な願いを込められた発明が、君が守りたいと言った命と笑顔をどれだけ奪って来たと思っているんだ!」
「そ、それは……」
トウドウの指摘した通り、悲しいことに世界中でピースプレイヤーによって悲惨な事件が今も引き起こされている。否定しようがない事実を突きつけられ、アストは言葉を失う。
「間違っているからだよ!力は守るためじゃなく、奪い!支配するためにあるんだ!」
「そんなことは!」
「ある!君だって心の奥底では思っているはずだ!自分が手に入れたその力を思う存分振るいたいと!そう思っているはずだ!」
「くっ!?」
アストは心のどこかでそういう気持ちがあることを否定できなかった。自分の持つ強大な力をただ本能のままに発揮したい願望があることを……。
けれど、だからといってアストとトウドウが同類というわけではない。
「確かにオレもこの力でどこまでできるのか試したいよ……」
「だったら!」
「でも!そこで欲望に負けて、力に溺れるようなことはしない!オレは……アスト・ムスタベの力は!自分の弱さと向き合うためにある!!青き龍の紋章はこの国の平和と笑顔を守る者に受け継がれる守護神の証だ!!」
同じ欲望を持ったとしても、それを実行するかしないかでは天と地ほども違う。その紙一重だが決定的な差こそが今の彼らの立ち位置を決めたのだ。
真っ直ぐと光を見つめる金色の瞳に見つめられると、トウドウは自分が惨めで情けない存在だと思えた。このストレスを発散する術を彼は一つしか知らない。
「そうか……漸くわかったよ……」
「トウドウ……」
「君が!恵まれ、愛されて育った君が!僕と同類になるためには!奪われる側の虚しさを骨の随まで教えてやらないといけないってことをね!!」
リヴァイアサンは再び拳を振り上げ、アストに突進してきた!
「この……わからず屋がぁ!!」
アストも拳を捻るように引いて、迎撃の体勢を取る!
「シャアッ!!」
「オラァッ!!」
ガァン!
「がっ!?」
「ぐっ!?」
拳はお互いの顔面に炸裂した!衝撃と痛みで怯む両者。だが、すぐに立て直し……。
「このぉ!!」
「やあぁッ!!」
ドゴッ!!
「がはっ!?」
「ぐふっ!?」
今度はお互いのボディーに拳が突き刺さる!肺から空気が押し出され、呼吸困難に陥る。それでも……。
「まだ……」
「まだぁ!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
二匹のドラゴンはその場でひたすら殴り合った!戦略もテクニックもない最も原始的な戦い!ただの意地の張り合いだ!
「はははッ!!そうだ!!もっとだ!!もっと来い!!力を使うことの喜びがわかるまでな!!」
「そんなものわかりたくない!!オレにはそんな喜び必要ないんだよ!!」
「言ってろよ!!アスト・ムスタベ!!」
「あぁ!言い続けてやるさ!!アイル・トウドウ!!敵意を撒き散らしたところで、返ってくるのはまた敵意なんだよ!!」
「この世界に敬意を払うべき人間など存在しない!!」
「狭い世界しか見てないのに!見ようとしてないのに!知った風な口を!!」
「ハハハハハハッ!!!」
「うわあぁぁぁッ!!!」
片や歓喜の嬌声を、片や悲痛な叫び声を上げながら、かつて友として語らい合った相手に拳を振り下ろす。ただがむしゃらに。感情を剥き出しにして。
この凄惨な攻防が延々と続くように思えた。
けれど、何事にも終わりは必ず来る。
「ウラァ!!」
「遅い!!」
ガァン!
「ぐっ!?」
アストの拳が空を切り、さらにカウンターを喰らってしまう。徐々にだが、形勢はリヴァイアサンに傾いていた。
「シャアッ!!」
ガンガン!!
「……!!」
「どうした!どうした!その程度か!エヴォリスト!!」
一方的になり始める戦い。このままアストはこの殺人鬼に屈してしまうのか……いや、この男はそんなタマじゃない!
(ッ!?そろそろ仕掛けねぇとダメージがヤバいな……仕込みももう十分だろ……!あとは信じるだけだ!オレ自身を!あいつらを!ここまで来たら、なるようにしかならねぇ!!)
「ハアッ!!」
ガァン!
「くっ……!!」
またリヴァイアサンの拳がアストにヒットした。しかし、今までと違うのはそれがわざとやったということだ。
「で……りゃあっ!!」
痛みに耐え、反撃のナックルを繰り出す!
「ふん!無駄だ!そんな破れかぶれのパンチなど!」
だが、リヴァイアサンは冷静だ!身体を反らしてパンチの射程外まで……。
ガァン!!
「――ッ!!?」
あっさりと避けたはずの、避けられるはずのパンチがリヴァイアサンの顔面に炸裂した!
「な……に……!?」
「無駄じゃなかったな、トウドウ」
「!?」
「ウリャア!!」
追撃のボディーブロー!群青の竜は今度こそはとバックステップで回避する……かに思われたが。
ドゴッ!
「……がはっ!?」
拳は確実に竜の腹を捉えた。トウドウの頭の中に大量の?マークが浮かび上がる。
先ほどの液体化を攻略されたアストのように肉体はもとより、精神的ダメージが大きかった。
「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな!!」
「ッ!このぉ!!」
アストにしては珍しい挑発的な言葉に、トウドウは思わず手を出してしまった。けれど、それこそ破れかぶれ、無駄に、無意味に、何もない空間を群青の拳は通過する。
いくら優しいアストでもその大き過ぎる隙を見逃してあげるほど甘くはない。
「リャアッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!
最初の戦いの決着となったアストのパンチのラッシュ、通称アストラッシュ再び!
拳が唸りを上げ、縦横無尽に凄まじい密度で群青の竜に襲いかかる。
(ぐうぅ……!?何故だ!?何故避けられない!?奴との間合いは完全に掴んだはずなのに!?)
ナックルの暴風雨の中でトウドウの心は迷子になっていた。全身を駆け巡る痛みと屈辱を感じながら、必死に脳ミソを動かす。
一方のアストに迷いはない。正確には迷っている暇なんてない!
(トウドウなら遅かれ早かれ、いずれ“タネ”に気付く!その前に決めなくては!ウォルとメグミが授けてくれたこの“技”で!!)




