決戦の時
カウマ共和国の首都イフイ、そこで最も有名で神聖な絶景スポットこそ『ロド海岸』である。
大昔、この海岸からやって来た男が、同じくこの海岸にやって来た凶悪なオリジンズの脅威を退け、カウマで最初の王になったと言われている。
故に信心深いカウマの民はここでこの国と家族の平穏を祈る。
信心深くない者はそれはそれとして写真を撮りにきたりする。青い海とオレンジの太陽のコントラストが楽しめる日の出と夕暮れの写真が特に人気だ。
そんな大人気のロド海岸だが、人があまり来ない場所がある。それが今回の決戦の地である岩場だ。
ゴツゴツと切り立った岩が人間の侵入を拒絶し、その岩に勢いよくぶつかる白波が威嚇する。
そこに青年が一人佇んでいた。高い背に華奢な身体、美しい顔、海風に髪を揺らし、波の水しぶきに肌を濡らすその姿を見た者は例外なく息を飲む。“絵になる”とはこういうことをいうのだろう。
彼の下にやって来た同年代の青年とアフロの偉丈夫もそう思った。けれど、彼らは知っているその美しい青年の胸の奥に潜んでいる醜悪な本性を……。
「ここ、子供の頃からよく来ていたんだ。人がいないからね……すごく落ち着ける……暗くなるまで、ずっと海を見ていたよ」
今も海を見つめながら美青年は、自分の下へ歩いてくる二人組に話しかけた。その声はとても穏やかで、友人と語り合う時のよう……。もしかしたら彼は本当に二人のことを“友”だと思っているのかもしれない。しかし……。
「お前の思い出話を聞くためにわざわざこんな場所に来たんじゃねぇよ、トウドウ……!」
「あぁ、御託はいいから、とっとと始めようぜ、シリアルキラー……」
美青年ことアイル・トウドウから少し距離を取った二人は闘争心剥き出しの言葉を彼に容赦なく浴びせかけた。
「ふっ……君達にとって最後の会話になるかもしれないんだから、もっと楽しめばいいのに」
トウドウは優しい微笑みを浮かべながら二人の方を向き直した。自分を神妙な顔で睨み付けているクラスメイトとアフロの顔を見るとなぜかとても可笑しくって吹き出しそうになる。
「最後にするつもりなんてない。オレはお前と決着をつけて、故郷に、シニネ島にウォルとメグミ、そして兄貴と共に帰るんだ!」
アスト・ムスタベは自分を奮い立たせるように高らかに決意を口にした。
「俺もアストと同じ……これから先も嬉し楽しい人生を送るつもりだぜ」
ビオニス・ウエストは年長者らしく落ち着いていた。けれど、内心では誰よりも熱く闘志を燃やしている。
「そうか……それは残念。僕としてはもっとお話したかったんだけどね」
「言葉だけ交わしてもお前は変わらない……二度の戦いでそれが嫌というほどわかった……!」
「一応、立場上言っておくぜ……大人しく投降しな」
「やだよ」
トウドウは鼻で笑い、ビオニスの提案を首を振って拒絶する。
「はぁ……まぁ、そうだろうな。これで済むなら、こんなことになってねぇもんな」
「そういうことだ。さぁ、かかって来なよ。そのためにここに来たんだろ……?」
人差し指をちょいちょいと動かし、戦闘開始を促すトウドウに対し、アストとビオニスが意趣返しのように首を横に振った。
「ビオニスさんとここに来るまでに話して決めたんだ……先手はお前に取らしてやろうってな」
「……何?」
予想だにしない言葉にトウドウは眉をひそめた。その提案は自分をバカにしているとしか思えないものだったからだ。
「俺達は二人だからな」
「ハンデというわけか……」
「いや、そうじゃないよ、トウドウ」
「ん?どういうことだ?」
「それぐらいはしてやらないとお前は負けを認めてくれないだろ?あとから、二人だったからとか、不意を突かれたとか、ぐちぐち言い訳並べられるのは不愉快だからな」
「ほう……」
アストとトウドウ、二人の冷めた視線が交差する。完全に“敵”に対して向ける目だ。
「二人で来いと僕が言ったんだ。不公平だなんて思わないよ」
「そうか」
「それに負けるつもりもないしね」
「そりゃあ、まぁ、そうだろうな」
「でも……せっかくだからお言葉に甘えさせてもらおうか……!」
「「!?」」
トウドウの纏う空気が一変する。華奢な身体から放たれるプレッシャーがアスト達に皮膚に突き刺さり、肌を泡立てる。遂に始まるのだ……最終決戦が!
「さぁ……目覚めの時間だ……」
殺人鬼はブレスレットを着けた腕を前に突き出し……。
「リヴァイアサン!!」
愛機の名前を呼んだ!光と共に事態をここまでややこしくした立役者、真っ赤な眼をした群青の竜が出現する!
「お望み通り先手はもらうぞ!」
リヴァイアサンは岩場を蹴り上げ、前方に跳ぶ!そして、手は大きく開き、指先に小さな水の球を作る。アストからパクったあの技だ!
「散青雨改め……『ブルー・バ乱ジ』!」
腕を振り抜くと水の球は分裂を繰り返しながら、アスト達の下へと凄まじいスピードで飛んで行った。
「アスト……!」
「はい!」
水の散弾が迫る中、ビオニスとアストは冷静だった。
一言交わしただけで、通じ合い、青年は一歩下がり、アフロは一歩前に出て青年の盾になるように立ちはだかった。
そして、先ほどの殺人鬼のようにブレスレットをはめた手を突き出す。
「あれは……まさか……!」
「そのまさかだ!WakeUp!ベヒモス!!」
デジャブのようにブレスレットから光が放たれ、岩場を照らすと、この戦いのためのまさに決戦兵器が姿を現す。
えんじ色をした分厚いボディーに青い眼のベヒモスが皮肉な運命に導かれ、遂にリヴァイアサンと相対したのだ。
「ふん」
群青の竜が放った水の弾丸はあっさりとベヒモスの装甲に弾かれる。
「その程度か、シリアルキラー?」
「ちっ!?やっぱり新型か……!だけど、道具を変えたぐらいで僕とリヴァイアサンに勝てると思うなよ……!」
リヴァイアサンはそのまま真っ直ぐとベヒモスに……。
「オレを忘れてんじゃねぇ!!」
「!?」
突如として波の音を押し退け、岩場に響く声。その声の主がベヒモスの背後から飛び出して来る。
「アウェイク!オレ!!」
アストの身体は一瞬で優しく淡い青色の表皮に変化していった。
「つーか!パクっておいて名前変えてんじゃないよ!」
その指先には水の球。やられたらやり返す!
「本家本元!元祖!“散青雨”!!」
ババババババババババババッ!!!
空中から正に雨のように水滴を叩きつける。しかし……。
「パクりだなんて……オマージュと言ってもらいたいな」
リヴァイアサンは軽々と回避した。普通に歩くことすらままならない岩場を、何事もないようにするすると移動していく。
「だから、忘れるなよ……!」
「!?」
避難先にいたのは、先ほど自分の攻撃を防いだ鉄壁の装甲を持つえんじの獣!竜の逃げ道を予測し、待ち構えていたのだ!
「BMクロー!」
振り上げた右腕、そこに取り付けられた二つの銃口から光が伸び、刃が形成された。もちろん伊達や酔狂でそんなことしているわけではない……竜を八つ裂きにするためだ!
「オリャア!!」
「ちいっ!?『ブルー・ブレー刀』!!」
ジュウッ!!
奇しくもリヴァイアサンも手刀から水を伸ばし刀を造り出し、それで獣の爪を受け止めた。
「なんだよ……オリジナルもあるじゃないか……!」
「このパーティーの主催者として……出し物の一つや二つ用意しておくさ……!」
ボディーはえんじ色と群青、瞳は青と赤、対照的な配色の二体の特級ピースプレイヤーが、つばぜり合いをしながら睨みあった。
両者の力は一見、拮抗しているように見えたが……。
「ぐうぅ……!」
「その程度か、シリアルキラー……?」
「貴様……!」
「ちょっと……力入れるぜ……でりゃあッ!!」
バシャッ!!
「なっ!?」
光の爪が水の刀をへし折った。折れた刀はただの水に戻り、両者の間を水しぶきが舞う。
「とりあえずパワーはベヒモスに分があるようだな」
「この!?」
リヴァイアサンは再びパク……じゃなくてオマージュした技ブルー・バ乱ジを放とうと手を広げた……が。
「あと……遠距離戦もこっちが上だ」
「!?」
ベヒモスは左腕のガトリング砲を群青の竜に突き付ける!当然、これも自慢するためなんかじゃなく、群青の身体に穴を開けるためにだ。
「BMガトリング」
ババババババババババババババババッ!
回転する銃口から立て続けに弾丸が発射された。喧しいという言葉さえ生ぬるいと思えるような爆音を鳴らしながら、岩を削り、礫を弾き、穴を開ける。
だが、肝心のリヴァイアサンは……。
「くそッ……!」
群青の竜は何ヵ所か装甲に傷をつけつつも、難を逃れていた……いや、いない。
「アイル・トウドウ!!」
「――ッ!?」
声のした方、自分の頭の上を向くと覚醒アストが太陽を背に殴りかかって来ていた!
「アスト・ムスタベェ!!」
敵の襲来を捉えたリヴァイアサンは直ちに体勢を立て直し、迎撃しようとするが……。
「“一手”!遅い!!」
ガァン!
「がっ!?」
この戦い初のクリーンヒットはアスト・ムスタベだ!
リヴァイアサンがカウンターで放ったパンチをギリギリでかわし、そのまま拳を顔面に叩き込んだ!
「まだだ!」
ガァン!
「ぐふっ!」
岩場に着地したアストは更に回し蹴りを殺人鬼のがら空きの腹筋にぶち込む!
リヴァイアサンは今回は為す術なく、衝撃と痛みを感じながら吹っ飛んでいった!
「もう一丁!涙閃砲!!」
更に更にの追撃!金色の眼から涙をビームのように発射する。
「このぉ!!」
けれど、リヴァイアサンは空中で器用に身体をひねり、胸の先に小さなかすり傷をつけるだけの最小限のダメージで済ました。
そして、岩場を曲芸師のようにバク転しながら、距離を取り、漸く体勢を立て直すことに成功する。
「はぁ……はぁ……やるじゃないか……予想以上だ……」
群青の仮面に隠されている口角が上がった。トウドウ自身、なぜそんなことになっているのかわからない。
明らかに今の攻防は自分の負けだ。悔しさは間違いなく感じている。けれど、同時に確かに喜びを感じる自分がいた。
心が高揚して仕方がない!
「アスト」
「ビオニスさん」
「初めての連携にしては上出来……出来すぎて怖いぐらいだ」
「はい……ですが、油断せずにこのまま確実に追い詰めていきましょう」
対照的にビオニスとアストは落ち着き払っている。ファーストアタックの成功に驕ることもなく、今もリヴァイアサンの動向を警戒しつつも合流し、次の攻撃に備える。
「次も俺が先に仕掛ける。お前は隙を見つけて、攻撃をぶち込め」
「了解し……」
「ブルー・ブレー刀!」
「「!!?」」
リヴァイアサンの腕に再び水の刀が形成される。竜はその刀を斜め上に斬り上げた!
「スラッシュ!!」
ザシュン!!
「何ぃ!?」
「刃を飛ばした!?」
弓なりになった水の刀はそのままリヴァイアサンの手から離れ、射線上にある岩を切り裂きながらアスト達の下へと向かう。
「アスト!」
「はい!」
二人は左右にジャンプし、水のカッターは両者の間を通り、海の彼方に消えて行った。
「ちっ!?射程はないと思ってたが、考えが甘かったか……!」
空中で岩のきれいな断面を見下ろしながら、ビオニスは自分の見立て違いを悔いた……そんな暇ないのに。
「あぁ、チョコレートよりもスウィートだ」
「!?」
ガァン!
「――ッ!?」
リヴァイアサンの群青の踵がベヒモスの背に振り下ろされた。なんとか反転し、腕でガードするが、衝撃を殺し切れずに地面に叩き落とされる。
「この……!」
岩にぶつかり、甲高い音を鳴らして、その巨体をバウンドさせるが、それでもベヒモスは再び立ち上がる。しかし……。
「この……」
「やぁ、今の気分は?」
「!!?」
ベヒモスを通したビオニスの両目に入って来たのは、こちらに両手のひらを伸ばしている群青の竜の姿。どこからどう見ても新たな攻撃の準備動作だ。
「くっ!!」
今からでは回避は間に合わないと判断したベヒモスは両手をクロスし、防御体勢を取る。例えどんな衝撃や痛みが来ても耐えられるように……。
けれども、幸か不幸かそんなものはいつまで経っても来なかった。
「ブルー・バイン牢」
ジャバ!
「何!?」
図らずもリヴァイアサンはベヒモス同様両腕を交差させると、下から湧き上がった水流がドームを形成し、えんじ色の獣とその周辺を覆い隠した。




