対話
「ううっ……」
「ようやく気がついたか、ビオニス」
ビオニスが瞼を開けると、そこには幼なじみの顔があった。安心したような、呆れ返ったような顔で自分を見下ろしている。
「俺は……何を……?」
身体を起こし、重い頭を……アフロのせいではなく、疲労感で重くなった頭を動かして、自分の置かれている状況を探る。
慣れ親しんだ訓練場は弾痕まみれで、さらに床はびちょびちょの水浸しになっていた。
「どうやら……悪い夢を見てたわけじゃないみたいだな……」
「「「また、それか……」」」
仲良くハモった声が部屋の中に響いた。シニネ島の若者三人にとって、その言葉はついこないだ聞いたことがあったばかりだ。
「兄貴もビオニスさんも悪夢を見てると思ったんなら、すぐに起きてくれればいいのに……」
「いやいやアスト、夢を見てると思っても、自分の意志で起きられないだろ?無理を言ってやるなよ。まぁ、ぼく達からしたら、それでもなんとかして欲しかったけどね」
「あぁ、文句を言うなら、眠ってる間ぐらい弱くなってくれよ、だな」
アスト達は各々愚痴を言いながら、ビオニスの側に歩み寄り、膝をついた。
「お前達、悪かったな……」
今までアスト達には見せたことのない弱々しい表情でビオニスは謝罪した。
それに対し、三人は逆に力強く首を横に振った。
「別にいいですよ。誰一人怪我もなかったですし」
「そうそう、元気が有り余ってるくらい」
「まぁ、どうしてもって言うなら、美味いもんでも奢ってもらえれば、おれは何も言いませんよ」
これまた三人仲良くニカッと口角を上げた。
ビオニスもこれには顔を緩める。
「そう言ってもらえると、俺も助かる……」
「ええ、ビオニスさんが気にする必要なんてないですよ」
「全部、ベヒモスが悪いつーことで」
「問題ナッシング!」
「そんなわけないだろう!!!」
「「!?」」
「はぁ……お前はそうだよな……はぁ……」
突然の怒号にアスト達の背筋が反射的に伸びた。ビオニスは逆に慣れた感じで項垂れる。彼は度々経験しているのだ。幼なじみが、サバンがぶちキレるのを。
「勝手に特級ピースプレイヤーを持ち出した挙げ句、暴走って!何なんだよ!」
「何なんだと言われても……って言うか、勝手に持ち出したのはお前……」
「元はといえばお前がベヒモスを使うって言ったからだろうが!!」
「はい、すいません……でも、無断で持って来いとは……」
「うるさい!黙れ!!」
「はい。黙ります」
「恥ずかしくないのか!そんなファンキーな格好して!自分はアウトローな強者です!みたいな顔をしておいて!結果、意識も身体も乗っ取られて!それを年下の学生になんとかしてもらって!恥ずかしくないのか!お前という奴は!!」
「はい。恥ずかしいです。心の底より恥じております」
「そもそもお前は昔から……」
むしろ今はサバンの方が暴走しているように見えた。顔を真っ赤にして、完全に表情は鬼と化し、自然と正座し始めたビオニスを一方的に責め立てている。
「サ、サバンさん、それぐらいに……」
意を決してアストが止めに入るが……。
「君も君だ!!」
「いっ!?」
「偉そうに言っておきながら、見切り発車だったじゃないか!ホログラムが使えなかったら、やられていたかもしれないんだぞ!!」
「は、はい………」
アストも自然と正座をして、上から延々と落とされるカミナリを受け続けることになった。
「ふあぁ~」
お説教が始まってから、三十分ほどが経過していた。幸いにも難を逃れたウォルは座ってスマホ、メグミは壁際にもたれかかってのんきにあくびをしている。
「ふぅ……今日はこれぐらいにしといてやるか……」
「ありがとう……」
「ございました……」
ようやくサバンの怒りが収まったのを確認すると、ウォルとメグミは再び彼らの下に近づいた。
「で、これからどうするんですか?」
「切り札になるはずのベヒモスとやらは使えなくなっちまったんだ。別の方法を考えねぇと」
皆の視線が一点、ビオニスの前に置かれているブレスレットに集中する。龍輪刃を食らったベヒモスは修復のため、待機状態に戻っていたのだ。
「別の方法は考えてない……トウドウとの約束の日までにこいつを使えるようにするだけだ」
視線がまた一斉に移動する。その先にいるビオニスは足を崩し、あぐらをかいた。
「本気で言ってるんですか、ビオニスさん……?」
「俺はいつだって本気さ、ウォル。ベヒモスに身体だけじゃなく、頭もやられたってことはないぜ……多分」
「ええ……」
肩と首を回しながら、そう語るアフロの姿は若者達の不安を払拭するには物足りない。むしろ増長させてるぐらいだ。
眉をへの字に曲げるアスト達にビオニスは、冗談だ、大丈夫だと言うように微笑みかけた。
「心配するな、こいつを装着して……こいつから俺の心に、流れてくる感情からわかったことがある。ちゃんと“対話”を重ねれば力を貸してくれるさ」
口調こそいつも通りだったが、ブレスレットを見つめるビオニスの目は真剣そのものだった。そんな姿を見せられるとアスト達はまた何も言えなくなってしまった。
「わかりました……ビオニスさんのことを信じます」
「あぁ、このビオニス・ウエスト、その信頼に応えて見せるぜ!」
ビオニスは若人達の目を真っ直ぐ見つめながら、力強く頷くと視線を幼なじみの方へ動かした。
「というわけだ。この訓練場はもう暫く使わせてもらうぜ」
「ふん!こんな無茶苦茶にしておいて……!」
改めて部屋を見渡すとひどい有り様だった。とてもじゃないがこのままにしておいていいものだとは思えない。そんなことはビオニスにもわかっている。
「やっぱり使えないよな……」
「いや、俺がなんとかしてやる」
「そうか……えっ!?」
一瞬だけ落ち込み項垂れそうになったが、アフロがモサッとはね上がり、ビオニスは幼なじみの顔を覗き込んだ。
「なんだ?自分で言っておいて、その態度は……?」
「だって、普通に考えたら……なぁ?」
ビオニスがアスト達に同意を求めると彼らは仲良く首を縦に揺らした。
「本当に……大丈夫なんですか……?」
「大丈夫なわけないだろう!!!」
「ひいっ!?」
サバンの怒りの炎が再び燃え上がる!目が血走っていき、額に青筋が浮き出る。
「このままじゃ、俺もビオニスも間違いなくクビだ!いや、クビならまだマシ!犯罪者としてブタ箱送りだ!」
「そんな……お二人は正義のために……」
「そうだ!正義のために!このカウマ共和国のために俺は働いてきた!だが、あいつらはその俺の心を裏切った!!」
「サ、サバンさん……?」
「こうなったら、死なばもろともだ!刺し違えてやる!やってやるぞ!俺は!!」
良く言えば覚悟がガンギマリ、悪く言えば自暴自棄になったサバンは踵を返し、一人部屋の外に出て行ってしまった。
「あれ……止めた方がいいんじゃないですか……?」
呆然とサバンを見送ったアストは彼を良く知るビオニスに問いかけた。
ビオニスはというと、アストとは真逆にニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべている。
「いいも悪いも誰にも止められねぇよ、あぁなっちまったらな。昔から完全にキレたら俺なんかよりよっぽどヤバい奴だからな、あいつ」
「そう……なんですか……」
ビオニスの言葉でアストの心はより不安感を強めた。強めたが、それ以上に……。
「……なんか面倒くさくなってきたな……」
ベヒモスとの激闘、初めての必殺技、そしてお説教……アストは心身共に疲れ果て、限界を迎えていた。
「オレはホテルに戻ります。トウドウとの約束の日まで食って寝て、お風呂に入って、ゆっくりと身体を休めることにします」
「そうだな……それがいい。下手にあれやこれや特別なことをしようとしても悪影響にしかならないだろうからな。ウォルとメグミと三人で島にいた時のようにのんびり過ごすのが一番いい」
「はい。じゃあ、そうさせていただきます」
「それじゃあ……」
「また」
アストとその幼なじみ達はペコリと頭を下げるとサバンに続いて、部屋から出て行った。
「さてと……」
ビオニスは再度首を回し、一回深呼吸をすると目の前に置かれているブレスレットに視線を向ける。
「二人っきりでとことん話し合おうじゃないか、ベヒモスよ」




