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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
本土編
34/93

必殺技

 アストは足を肩幅に開き、深呼吸をした。

(検査の最中に思いついたのはいいが、使う機会なんてさすがにもうないと思ってたんだけどな……)

 つくづくこの数日の自分の運の無さを呪う。だが、不平不満を言うだけでは何も変わらないことを彼は知っている。

(本当はこの後、ビオニスさんに実際にできるかどうか相談したかったんだけど……仕方ない……!っていうか、そのビオニスさん相手に使うことになるなんて、皮肉にも程があるだろ!)

 苛立ちが心を支配していく。けれど、それを抑え込まないといけない。

(違う!怒りで心を乱すな!集中しろ!右手に!!)

 右の手を開き、その中心に意識を集中させる。すると、手の中に水の球が……。


バババババババババババババッ!!


「いっ!?」

 突然の銃声!ベヒモスのガトリング砲が再び火を吹いた!

 アストは間一髪、不恰好に床を転がりながら、回避することに成功するが、右手の中に生まれていた水の球は消えてしまった。

「――ッ!?そりゃあ、待っててくれないよな……!!」

 アストは片膝をつきながら、金色の眼でベヒモスを睨み付ける!

 怒っているわけでも、威圧しているわけでもない。冷静に観察しているのだ。勝利を手繰り寄せるために。

(さっきみたいにビームと涙閃砲を相殺させて、目を眩ませるか……?いや、同じ手は通じないよな……)


ドシュウ!!


「ちいっ!まったく忙しないな!!」

 今度は右手の二連装ビームキャノンを撃って来た。しかし、またしてもアストはぴょんぴょんと軽快なステップでかわす。

 そしてベヒモスのことを忙しないと言っておきながら、自分も頭を忙しなく、上下左右に動かした。

(相手に隙が見当たらないなら、場所に活路を見いだす……!環境を味方につけるのが一流の戦士だって、じいちゃんが言ってたしな……)

 祖父の教えを守り、訓練場を隅々まで観察する。

「なんでもいい……!ベヒモスの動きを止められるものを……!」

 床を、壁を、そして天井を!

「!?……見つけた!!」

 ついに勝利を掴むために必要な鍵を、アストの金色の眼は捉えた。あとは実行に移すだけ!だが……。


バババババババババババババッ!


「――ッ!?」

 ベヒモスがそれを許さない!攻撃はさらに苛烈さを増していく!

(ベヒモスの動きを止めるためには“あれ”を手にしないといけない……だけど、そのためにはやっぱりベヒモスの動きを止めねぇと……!)

 ゴールができたことによって、そこに至るまで遠く険しい道のりがわかり、目眩がする。だが、それでもアストは歩みを止めない。ここで諦めるような男なら当の昔にくたばっている。

「隙を作るために、隙を作らなきゃいけないなんてクソみたいなロードマップだな……!けど、完走してやるよ!!すればいいんだろ!!!」

 覚悟を決めた青い龍は方向転換!ベヒモスの方に向かっていく!

「バカみたいな策だが、ウォルも“案ずるより産むが易し”って言ってたしな……とりあえずやってみるか!」

 再び手のひらを広げ、水の球を作る……指先に五つ。必殺技ではなく、殺さないためのあの技だ!

「散青雨!!」

 腕を勢い良く振り抜くと、水の球は名前の通り、水の弾丸の雨となってベヒモスに襲いかかる!


バババババババババババババッ!


「グルゥ……」

 しかし、それはえんじ色の装甲を濡らしただけだった。傷を一つもつけることもなければ、動きを止めることさえできない。

 ベヒモスは何事もなかったように右腕を上げる。


ドシュウ!


 そして、二本のビームを放つ!

「当たるかよ!!」

 けれども、アストは慣れた様子で熱線に冷静に対処する。散青雨が効かなかったことに対しては動揺していないようだ。

「やっぱり散青雨じゃ駄目か……あれで止まってくれたら、楽だったんだけどな……」

 全ては予想通り、アストはもっと先を見据えている。その金色の瞳で……。

「お次は……こいつだ!」


ビシュウッ!!


 その金色の眼から涙が弾丸となって発射される。覚醒した兄リオンの防御を打ち破った涙閃砲だ!けれど……。

「…………」

 ベヒモスには全く通じない。涙は分厚い装甲に弾かれて、部屋の中に四散する。

「これも駄目……わかってはいたけど、今まで戦った相手の中で一番硬いな……」

 だが、こうなることもアストは理解している。なんて言ったってクソみたいなロードマップなのだから。


バババババババババババババッ!


「うおっと」

 えんじの獣のガトリング乱射を避けながら、懲りずにアストは指先に水を集める。そして……。

「散青雨!おかわり!!」

 またベヒモスに対して撃ち込む!結果は変わらない狂える獣と床を濡らしただけだ。

 ベヒモスは何事もなかったように反撃を……。

 両者はこのやり取りを何度も繰り返した。



「涙……閃砲!」

 最早、最初の頃のような勢いはなかった。延々と流し続けた涙はえんじ色の装甲を貫くことはなく、遂に枯れ始めた。

(さすがに限界が近いな……必殺技のことも考えると、あと二、三分で“あれ”が起こらないと、オレの負けだ……)

 アストは追い詰められたこの状況で、悟りを開いたように落ちついていた。自分でも驚くぐらいに。

(こうして達観してられるのも自分なりに全力を尽くしたからか……?兄貴が言ってた“人事を尽くして天命を待つ”って、こういうことを言うのかなぁ……)

 ふと脳裏に怒っている兄の顔が浮かんだ。けれど、恐いとか不快だとは思わない。この顔を兄が見せる時は、情けない弟である自分のことを心配している時だと知っているからだ。

 そして、そんな兄貴の顔がもう一度見たいと心の底から思った。

(そうだ……!考えてみれば、いつもオレに怒ってばかりの兄貴に怒り返すチャンスなんだ……!必ず目覚めた兄貴にぐちぐちと文句を言ってやる……!寝すぎだってな!だとしたら、限界だとか弱音を吐いてる暇はねぇな……!)

 アストの胸の奥で闘志が青い炎となってメラメラと燃え上がった!あの幸せな日常に戻るために何でもしてやると固く決心する。

「お前が止まるまで!何度だってやってやるよ!ベヒモス!!」


バババババババババババババッ!


 手から撃ち出された水の弾丸がベヒモスの全身を叩く。けれどやっぱりダメージを与えるどころか、動きが鈍ることさえない。

「ちいっ!?」

 青い龍は再攻撃のために獣の側面に回り込む。

 ベヒモスはそんな彼を追うようにその場で旋回……。


ズルッ!


「グル……」

「よしっ!きたぜ、これ!!」

 ベヒモスは足を滑らした!濡れた床に足を取られてしまったのだ。大きな山のように微動だにしなかった身体が遂に揺らいだ。

 これをアスト・ムスタベは待っていた!今までの攻撃はこのための布石に過ぎない。

「床をびちゃびちゃにした甲斐があったぜ!今ならこれも効くだろ!涙閃砲!!」


ビシュウ!


「グルゥ……!?」

 超スピードの涙によって、さらにベヒモスは体勢を崩す。その間にアストは彼から一目散に離れていく。

「グルゥ……」

 ベヒモスは自分に恥をかかせた青い龍を探すがどこにも見当たらない。


ザッ……


「!?」

 いや、背後に気配を感じた!振り向きながら、ガトリングを撃ち込む!


バババババババババババババッ!!


 無数の弾丸はベヒモスの背後に忍びよっていた人影を蜂の巣、穴だらけにした……ゴウサディンを。

 身体中に開いた穴はみるみるうちに塞がっていき、元通りになったゴウサディンはそのままベヒモスに飛びかかった!



「そんなに遊びたいならよぉ……そいつに遊んでもらえよ、ベヒモス」

 遠目でベヒモスと天井の機械から投影された立体映像のゴウサディンの戦いを眺めながらアストは手に持ったタブレットを操作していた。

 これが彼の狙い。アストは自分の代わりにホログラムにベヒモスの相手をしてもらうつもりだったのだ。狙いは見事に的中し、狂える獣は幻影と鬼ごっこをしている。

「レベルマックスで、無限コンティニューっと……これでよし!」

 設定を好みのものに変更すると、アストはタブレットを床に投げ捨てた。

「つっても、そんな長くはもたないだろうからな……こっちも急がないと……!ふぅ……」

 邪念を追い出すように息を吐くと、アストは再度右手に意識を集中させる。すると、手のひらに水の球が生まれる。

(ここまではさっきもできた……問題はここから……!)

 水の球は手の中心で回転を始め、綺麗な真球状だったものが、徐々に歪み、楕円形に……。

(まだだ!もっと速く回転しろ!もっと!!)

 アストの命じるがままに、楕円はさらに回転の速度を上げていき、平らに潰れていく。

(もっと速く!もっと鋭く!もっと薄く!)

 “球”は完全に“円”になった平べったい皿のように、横からだとと線にしか見えないほど見事にぺったんこだ。

(そうだ!それでいい!忍者の手裏剣のように!工場にある丸ノコのように!子供の頃見たテレビのヒーローの技のように!!)

 円に魚の鰭のような突起が生え、まさに高速回転する丸いノコギリのような形に変わる。

「これで完成……これがオレの必殺技『龍輪刃』……!」


ドゴォォォン!


 アストの必殺技の完成を見計らったように、ベヒモスが天井のホログラム投影マシーンを破壊した。

 パラパラと焦げた機械の破片が降り注ぐ中、青い龍とえんじ色の獣は再び相対した。

「どうやらギリギリだったみたいだな」

「グルゥ……」

 睨み合う両者はまるでガンマンのよう。間合いとタイミングを計ることだけに全神経を向けている。

「色々とやって来たが、これで最後だ……この“一手”で終わる……!」

「グルゥ……」

 ジリジリとお互いに回り込むように移動し、示し合わせたかのように二人仲良く床に円を描いているみたいだった。もちろん残念ながら、そんなことはないのだが。

「…………」

「…………」

 静寂が部屋中を包み込む。それが破られる時こそ決着の時。そして、それは突然訪れた。


ガシャン!


 天井の機械が地面に落ちた!ゴング鳴ったのだ!

「龍輪刃!!」

 アストは円盤投げの要領で高速回転する水の丸ノコをベヒモスに投げた!鉄壁のえんじの装甲も切り裂くために、手始めに空気を切り裂き進んでいく!

「グルゥ……!」

 ベヒモスは全身に搭載された砲口を、その丸ノコに向けた。当然、撃ち落とすためにだ!アストの希望と共に!


ババババババババシュウゥゥゥン!!!


 けたたましい音を鳴らしながら、ベヒモスから放たれた無数の光は龍輪刃に直撃!水でできた丸ノコなどそれで蒸発!……するはずなのに……。


キィィィィィィィン!!


 甲高い音と共に龍輪刃はベヒモスが放ったビームを全て切り裂いていった。あれだけの濃密で苛烈な攻撃は丸ノコを壊すどころか、軌道を変えることさえできなかった。

 そして、遂に必殺技はターゲットに届……。

「グルゥ!!」

 龍輪刃がえんじ色の装甲に触れようとした瞬間、岩のようにどっしりとした巨体が空中に跳び上がった!今までアストの攻撃を避ける素振りも見せなかったベヒモスが回避を選択した、いや、意識では本能が反射的にそうさせたのだ。あれは当たれば命を確実に断ち斬るまさに“必殺技”なのだと、防御では駄目だ、避けなければいけないものだと、本能が訴えたのだ!

 龍輪刃はベヒモスの下方を通過し、壁を切り裂き、どこかへと消えていった。それをベヒモスは見下ろしている。

 そのベヒモスの背後で、アストが獣をさらに上から見下ろしていた。

「ありがとよ、ベヒモス。このロードマップ、最後の難関はお前がこの龍輪刃を避けてくれるかどうかだったんだ……あのまま防御してたら、ビオニスさんを殺すことになっていたからな……!」


キィィィィィィィン!!


 アストの左手には新たに作った龍輪刃が雄叫びを上げている……勝利の雄叫びを!

「必ず殺す技で“必殺技”……だけど!この距離なら!殺さずに、外側を!お前だけを切り裂ける!!」

「グルゥ……!」

 異変に気付いたベヒモスは空中で振り返った。しかし、一手遅かった。いやもうこの構図になった時点で獣に為す術はない!

「龍輪刃!直斬り!!」


ザシュウッ!!


「グ……!?」

 左手から離さないまま振り下ろされた水の丸ノコは、鉄壁を誇ったえんじ色の装甲をいとも簡単に斬り裂いた。


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