暴れるアフロ
『さすがだな、ビオニス』
「へへーん!どんなもんだい!」
ビオニスは片手を腰に当て、胸を精一杯張り、鼻の下を指一本で掻くジェスチャーをした。
幼き頃より変わらない調子乗りっぷりに苦笑しながら、サバンはタブレットを元の位置に戻した。
『ふざけてないで、とっとと出るぞ!この特殊訓練場も嘘ついて抑えたんだからな』
「へいへい」
幼なじみと同じくマスクの下で苦笑いをしつつ、ビオニスは出口へと歩いていく。
「もう戻っていいぞ、ベヒモス」
歩きながら囁くように自分の全身を覆うえんじ色の鎧に命じる。けれど……。
「……なんで、ブレスレットに戻らないんだ、おめえ?」
立ち止まると自分の両の手のひらに向けて問いかけた。当然だが、返事はない……いや。
ドクン
「――!?なんだ!?なんなんだ、この感じは!?」
全身の穴という穴からドロドロとした液体が入り込むような、気色悪い、吐き気を催す感覚……それが突如としてビオニスに襲いかかった。
「ぐうぅ……!?」
「ビオニス……?」
「なんか様子が……」
「変じゃないですか……?」
「いや、どう見ても変だろ!?」
部屋の外でもサバンとアスト達が異変に気づいた。ベヒモスが大きな身体を丸めて、自分自身を抱き締めるようにうずくまっている。急いでスーツの男は再びマイクを手に取る。
『どうした!?ビオニス!?何があったんだ!?』
「身体の中に……ベヒモスが……ベヒモスの……怒り?……いや、憎しみ?……こいつの感情が雪崩込んで来る!!うわあぁぁぁぁっ!?」
『ビオニス!?ビオニス!?』
頭を抱え絶叫するビオニス。しかし、その直後、今の出来事が嘘のように静まりかえる。
「……………」
『ビオニス………?』
友の問いかけにも答えない。いや……。
えんじ色の獣はスッと透明な板の先にいる友人達に右の手のひらを向けた。
「あれって……大丈夫ってことだよね……?」
「なんだよ……脅かしやがって……」
希望的観測で勝手に胸を撫で下ろすウォルとメグミ。
だが、悲しいかな希望は希望のまま、現実は非情である。
「ん?なんか拳握ってねぇ?」
「というか、拳の上の方光ってない?」
「「もしかして……?」」
「伏せろ!!」
ドシュウ!!
二筋の光がアスト達の前の強化ガラスを溶かし、貫いた!
間違いなく、人間が喰らっていたら一巻の終わりだったろうが、サバンの指示通り、ギリギリでウォルとメグミはしゃがんだので、事なきを得た。
「ビオニスさん!?なん……」
「グルゥ……!」
「で!?」
ウォルは文句を言いながら、顔を上げると、そこにはさっきまでガラス越しに見ていたえんじ色の獣が自分を見下ろしていた。そして、おもむろに右手を突きつける。
手の甲の上に二本の筒が取り付けられており、そこに光が集まっていっているようにウォルには見えた。
「あの~、これって今さっきぼく達に向かって撃って来た奴ですよね……?」
「グルゥ……」
「えっ?その“グルゥ”は肯定ですか?否定ですか?」
「グルゥ……」
「あっ!もしかして、すぐにわかるからね……って言ってるんですか?」
「グルゥ……」
「あぁ……なんにせよ、ぼくは終わったってことですね……」
「グルゥ……!」
輝きが最大限まで高まり、今放たれ……。
「諦めてんじゃねぇよ!」
「アスト!?」
「アウェイク!オレ!!……からのドロップキック!!」
アストは青い龍を彷彿とさせる姿に変わりながらジャンプ!床と平行になり、飛んで行った!
そして、両足の裏をベヒモスにおもいっきり叩きつける。
ガァン!!
「グ……!?」
ベヒモスのその重く大きな身体が空中を移動し、元いた部屋の中へ。覚醒アストもまるでリングインするようにえんじ色の獣を追って行く。
「グルゥ……」
「やっぱりあの程度じゃ、やられないか……!」
ベヒモスはゆっくりと起き上がった。闘志は折れるどころか益々盛んになっているように見える。
「つーか、なんでこんなことに……?」
「アスト君!暴走だ!ビオニスはベヒモスに取り込まれて暴走しているんだ!!」
「暴走だと……?」
「あぁ!特級ピースプレイヤーを使用すると、時たま起こるんだ!通説では完全適合に至った装着者じゃないと起こらないとされていたんだが……」
「実際、今起こってるじゃないの!」
ガラスが割られたので、マイクを使わずサバンはアストの疑問に答えた……絶望的な答えを。
アストは彼に背を向けたまま、怒りを爆発させる。サバンに怒っているわけではない。ベヒモスに取り込まれたビオニスにでもない。彼の怒りの矛先は……。
「くそ!?オレは暴走とか狂暴化とかした知り合いと戦わないといけない星の下に生まれたのか!?」
アストは何よりも自分の運命に怒っているのだ。この数日で普通の人なら一生経験しないようなことを、嫌というほど経験してしまった。
「何が気合入れなくていいだ!気合も力も全開で入れねぇと駄目じゃないか!!」
「アスト!気持ちはわかるけど今は……」
「わかってるよ、ウォル!!オレしかこの状況を収められねぇんだろ!!いいぜ!やってやるよ!なんてったって慣れっこだからな!!」
半ば自棄になりながら、アストは叫んだ!呪われた運命だとしても、それが自分の歩む道なのだとしたら、進むしかない!
「いくぜ!ビオニスさん!いや!ベヒモス!!」
アストは床を蹴り、えんじ色の獣の下へ飛び込んでいく!
「グルゥ……」
ベヒモスは今度は左手を突き出した。そこには右手と似たような筒を小さくしたようなものが何本も円形に並んでおり、それが高速で回転し始める。
所謂ガトリング砲というやつである。
バババババババババババババッ!!
無数の光弾が回転する砲身から次々と放たれる!
「ちいっ!」
けれど、アストは横に飛び、その全てを避ける。
「ひっ!?」
「うああっ!?」
代わりに弾丸はその後ろに先ほど壊した強化ガラスの枠の先へ。ウォル達は頭を抱えしゃがみ込み、嵐が過ぎ去るのを待った。
「こっちだ!ベヒモス!お前の相手はこのアスト・ムスタベだ!!」
アストはベヒモスのサイドに回り込みつつ、手のひらを広げる。その指の先には水の球が……。
「喰らえ!散青雨!!」
腕を振り抜くと、水の球は分裂、拡散しながら、凄まじいスピードでベヒモスに襲いかかる!
バババババババババババババッ!
散青雨がヒット!しかし……。
「グルゥ……」
全然、効いていない!ベヒモスはまるで鬱陶しいんだよ!と言っているように再び左腕のガトリングを青い龍に向け、そして放つ!
「またかよ!ならこっちも!もう一度!」
アストも散青雨で迎え撃つ!光の弾丸と水の球が二人の間でぶつかる……が。
バババババババババババババッ!
「ちっ!!」
勝者は光の弾丸。軟弱な水滴を蒸発させ、そのまま龍の下へと降り注いだ。けれど、その残念な結果もアストには予想済み。
「まぁ、そうなるだろうな……でも、散青雨は最低限のミッションをこなした……お前の注意を引くってな!!」
アストは既に回避運動を終えている!……だけではなく、次の攻撃の準備も完了している!
「改めていくぜ!ベヒモス!!」
バギン!
アストの足元の床が粉々に砕けた。それだけ強い力で踏んだからだ。それだけの力なのだから、当然とてつもない推進力を生んだのは言うまでもない。
青龍は瞬間移動したかのようにベヒモスの側面に回り込んだ。
「よぉ……元気してるか?」
「グルゥ……!」
ベヒモスはまとわりつく羽虫を払うかの如く、裏拳を繰り出す!
「よっと!」
それをアストはしゃがんで回避!したかと思ったら、すぐに立ち上がる……拳を突き出しながら。
「ウオラァ!」
先ほどホログラム相手にベヒモスがやったようにアッパーカットを繰り出す!拳は真っ直ぐと最短距離でえんじの仮面に向かっていく!
ガァン!
アッパーは見事にベヒモスにヒット!しかし……。
「い………てぇっ!?」
砕けたのはアストの拳の方。青い表皮が裂け、血が吹き出す。
「くそっ!?硬いな、おい!?」
予想を遥かに越えるベヒモスの防御力にアストは体勢を立て直そうと後退……。
ガシッ!
「――ッ!?」
後退しようとしたが、腕を掴まれ阻止される。
「離せよ!おっさんに腕に掴まれても嬉しくないんだよ!!」
暴言を吐きつつ、もう一方の拳を撃ち込む!しかし……。
バンッ!
「くっ!?」
それもえんじ色の手のひらに、いとも容易く受け止められる。結果、青龍の両手は完全に封じられてしまった。
「パンチがそんなにお気に召さないなら……キックだぁ!!」
アストはベヒモスの土手っ腹に渾身の蹴りを……。
「アスト君!!逃げろ!!!」
「――!?」
サバンの必死な叫び声が青い龍の耳に届いた時と、ほぼ同時にベヒモスの側頭部に取りつけられた角がアストの方に向く。さらに腰の横についている半球状のパーツがパカッと開き、中から銃口が顔を覗かせた。
「マジかよ!?」
ドシュウ!!
四つの閃光が青い龍の身体を貫く!いや、正確には“液体”になった身体をだ。
「ぐうぅ!?トウドウの推測通り……液体化は熱にも弱いのか!?まぁ、そのまま貫かれるよりマシか……!!」
全身に痛みと熱さが駆け巡り、泣き出してしまいそうになるが、一生懸命我慢する。涙を流すのはまだ早い、タイミングじゃない。
「この……もう一度!液体化!」
「グルゥ……?」
代わりにアストは再び身体を液体に変化させた。もちろんベヒモスにがっちりと掴まれていた腕もだ。
水になった腕はスルスルとベヒモスの指の間から脱出し、また目の前で再構成を始める。そして……。
「今度こそ!!」
ドン!!
「!?」
寸分も違わぬ両手による同時の掌底でベヒモスを吹き飛ばす。
「グルゥ……!」
しかし、ベヒモスはすぐに体勢を立て直し、再び角からビームを放った。
つまり……今こそ泣く時だ!
「涙閃砲!!」
バシュウゥゥゥン!!
ビームと涙が凄まじい勢いで正面からぶつかり合った結果、龍の涙は一瞬で蒸発し、部屋の中は瞬く間に真っ白い水蒸気に包まれることになった。
このことを予想していなかったベヒモスはその場で立ち尽くすしかなかった。
逆に予想していた、というよりこうなるように仕向けたアストは一旦幼なじみ達の下に後退する。
「アスト!?」
「大丈夫か!?おい!?」
心配そうに青い龍と化した友人に駆け寄るウォルとメグミ。けれど……。
「大丈夫だから!こっちに来るな!!」
「「!?」」
アストはそれを手のひらを向けて制止した。ここに来たのは彼らに会うためではなく、別れるためなのだから……。
「お前達は今のうちに脱出しろ!」
「でも!?」
「でもじゃない!!このままじゃ巻き添えを食らうかもしれねぇだろ!!」
「ぐっ!?」
二人の胸の奥が無力感という沼に再び沈んでいった。そして、今までもそうだったが、今回もそれを打ち消す方法を彼らは知らない。故に、友人の言葉に従うしか、道はないのだ。
「……わかった!先に外に出てるからね!!」
「お前も後から来いよ!もちろんビオニスさんも連れてな!」
「サバンさん!」
「あぁ!」
ウォルが幼なじみからサバンの方に視線を移動させると彼は力強く頷いた。
そして、交代するようにサバンがアストの横顔を見つめ、語りかける。
「アスト君!二人のことは私に任せろ!」
「はい!任せました!」
「あと、ビオニスのことは遠慮するな!おもいっきりやってくれ!あいつもそう思っているはずだ!!」
「了解!!」
言いたいことを言い終わるとサバン達は一心不乱に走り出し、訓練室のコントロールルームから出ていった。
彼らが部屋から退出したのを見計らうように、白いもやが消え、再び狂えるえんじ色の獣が青い龍の前に姿を現した。
「おもいっきりって……そもそも手加減できるような相手じゃないつーの……!」
指を順番にポキポキ鳴らしながら動かし、アストはサバンに宣言した通り、全力で戦う覚悟をする。そう全力で……。
ウォル達は勘違いしていた。アストが“巻き添えを食らう”と言ったのはベヒモスの攻撃についてのことだけではない。アスト自身の攻撃もその言葉に含まれている!
「ふぅ……あいつらがいないなら試してみてもいいよな……ぶっつけ本番だが……やってみるか!“必殺技”!!」




