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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
本土編
28/95

リベンジマッチ

 強い決意と闘志を秘めた金色の瞳で睨み付けられると、トウドウの背筋に電流が走った。まるで、ずっと恋い焦がれた殿方に真っ直ぐ見つめられた乙女のように……。

 それだけ、彼はこの瞬間を何よりも待ち望んでいたのだ。

「フッ……女、そういうわけだからあなたは下がるといい。ムスタベに免じて、見逃してやる」

「ぐうぅ!?」

 悪党に情けを掛けられる屈辱で身体が震えた。しかし、その情けにすがることが今の最適解だというのも聡明なリサにはわかる。

「ムスタベ……無理はするな。そんなことをする義理も義務もお前にはないのだから……」

「はい。リサさんはウォルとメグミ、あとパットさんを安全なところに……」

「わかった……それが終わったら、援軍を連れてくる。だから、それまで……」

「わかってますって」

 アストは振り返らず、背中越しに親指を立てた。リサを安心させるためにやったことだが、むしろ彼女の中で悔しさをより強く掻き立てた。それでも彼女の取る行動は変わらない。

「くっ……!すまない、ムスタベ……頼んだぞ……!」

 こうしてリサはまだ回復してないのか、足を引きずりながらも、この場を後にした。

 そして、この場に残されたのは、二人だけ……。

「君と二人でいると、あの時のことを思い出すよ」

「二人並んで、学校に行ったことか?まさか、あの時はお前との関係がこんな形になるとは思いもしなかったぜ……!」

「僕もだよ……」

 アスト覚醒体とリヴァイアサン、よく似たドラゴンを模した戦闘形態をとっている両者がゆっくりと歩み寄る。

 しかし、よく見ると淡い青と深い青、金色の瞳と真紅の眼、違うところもたくさんある。もちろん、一番の違いは光と闇、優しさと狂気、彼らの心の有り様だろう。

「よく生きていたな……」

「あぁ、やっぱりあの海に囲まれたシニネ島で造られたピースプレイヤーらしく、水中での活動を想定されていたみたいなんだ、このリヴァイアサンは」

 トウドウはそう言いながら、自身が纏っている群青の鎧をいとおしそうに撫でた。

「それに、こいつのおかげで君に再会することができたんだよ」

「何?」

「リヴァイアサンは君の“血”の匂いを覚えていたんだ。殺し損ねた……そして、自分を虐めた君の血の匂いをね……!」

「はぁ……余計なことを……」

 アストはめんどくさそうに、ため息をついた。もう二度と彼らとは会いたくなかった。これがアストの紛れもない本心。

 だが、一方で……。

「けど……だけど、どこかお前に会えてホッとしている自分がいる……」

「ん?それはどういう意味だ……?」

「お前を殺さずに……お前と同類にならないで済んだってことだよ……!」

「ムスタベ……!!」

 仮面の下で笑みを浮かべていたトウドウの顔が一変、眉間に深いシワを寄せ、強張る。

 そして、それと同時に両者の足はお互いの手の届く距離で止まった。

「オレはお前のようにはならない、なりたくない……!だから、リサさん達が言ったことをもう一度言わせてもらう……大人しく投降しろ!トウドウ!!」

「答えは変わらない……ノーだ」

「そうか……なら……!」

「あぁ……それでいいんだ……!」

 両者、一瞬も相手から視線を逸らさず、戦いの火蓋が切られるのを待つ。全身に力を込め、全神経を研ぎ澄まし、今か今かと……。

「…………」

「…………」

 静寂の中、それは突然、天から降ってきた。


ポツリ……


「「!!」」

 闇夜の空から落ちて来た一滴の雫が、沈黙を破壊し、二体のドラゴンの激情を解放させる!

「オラァッ!!」

「シャアッ!!」

 両者、寸分違わず、同時に青いナックルを眼前の仇敵に撃ち出す!あの時のように!


ゴオォォォン!!!


 そして、あの時と同じように拳同士がぶつかり合う!二人の拳を中心に鈍い音と凄まじい衝撃が周囲に広がった。

「再放送かよ……だったら!!」

 アストは拳を引き戻し、足に力を込める……これもまたあの時のように。

 一方のリヴァイアサンは……。

「同じ展開じゃつまらないよね」

「!?」

 リヴァイアサンはほんの一瞬でアストの横に回り込んでいた。

「もちろん、結末も変わった方がいい!!」

 再び群青のナックルを今度はアストのボディーに向けて繰り出す!


パァン!


「ぐっ!?」

 アストは咄嗟に手を出し、リヴァイアサンの拳を受け止めることに成功する。

「さすがにこの程度では決まらないか……ふん!」

 群青の竜はかつての友人の手を振り払い、再度距離を取る。

「トウドウ……お前……!」

「フッ……どうやら、スピードは今の僕、リヴァイアサンにより“適合した”僕の方が僅かだが、速いみたいだね」

「根に持つタイプかよ……」

「根に持つタイプだよ」

 かつて……というか、昨日言われたことをトウドウは気にしていたらしく、嫌味ったらしく自分の力を誇示した。トウドウは自分こそが最強でなければいけないと思っている……奪われる側にならないために。

 それを証明するため、リヴァイアサンは拳を開き、指を伸ばした。

「さぁ……ここからが本番だよ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンッ!!!


「ぐっ!?」

 リヴァイアサンが猛スピードで突進!貫手と蹴りの連続攻撃でたたみかける!

 迎え撃つのは覚醒アスト!掌底と同じく蹴りで、殺人鬼の攻撃を手当たり次第、防いでいく!

「なんだそれは!防御しているだけでは僕には勝てないぞ!あの時のように純粋な殺意を僕に向けろ!こちら側に!奪う側に来いよ!アスト・ムスタベ!!」

 トウドウは不満だった。この期に及んで、自分を憎もうと、殺そうとしないアストが。彼はアストに自分と同じ存在になって欲しいのだ。この世界でたった一人の“友人”に……。

 けれどアストは……。

「オレはお前のようにはならないって言ってるだろうが!オレはオレのやり方でお前を止める!もう怒りや憎しみには支配されるつもりはない!!」

 けれど、アストは揺らがない。トウドウを殺してしまったと彼が再び目の前に現れるまで、ずっと後悔していた。今思えば、ほんの一時のことかもしれないが、アストはもう一度、あれを味わいたくはなかった。

 その確固たる想いが滲む金色の瞳を見ていると、トウドウの心はよりどす黒い感情で塗り潰されていく。

「なら!もう一度、奪われる側の気持ちを思い出させてやる!!その安寧で退屈な日々に浸かって、寝ぼけてしまったその心を力づくで目覚めさせてやるよ!!」

 今までよりもリヴァイアサンは大きく貫手を引いた。より鋭く速い致命の一撃を与えるために。

 アストはその一撃を待っていた。

「シャアッ!!」

 闇夜の冷たい空気を切り裂き、貫手がアストの胸に命中……。


ジャバッ!


 命中し、アストの身体を貫いた!……が、手応えはなかった。まるで水に手を突っ込んだように……。

 アスト覚醒体の能力、液体化だ!この状態になったアストに物理的攻撃は無効!リヴァイアサンの渾身の貫手もノーダメージだ!

(よし!狙い通り!仕留めるつもりの一撃を無効化したことによって、次の攻撃に移るまでに隙間ができた!)

 アストは手を掌底の形から、固く拳を握り直した。

「カウンターで!終わらせる!!」

 アストはリヴァイアサンの顔、正確には顎の部分に目掛けて拳を伸ばした!トウドウを一撃で昏倒させ、無傷で制圧するために。だが……。

「色んな意味で……甘過ぎるよ」

「!?」

 液体化した身体に何か“棒”のようなものが入ってくる感触がした。その不快な感触の後に訪れたのは……強烈な痛みだった。


バリバリバリバリバリバリバリッ!!!


「ぐああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 漆黒の闇に激しい光が迸る!けたたましい音と共にアストの身体を比喩ではなく稲妻が走った。

「ぐあっ……!?何………がっ!?」

 視線を落とした彼の金色の瞳に入ってきたのは、液体化した身体に入り込んでいる見知った“棒”だった。変わり果てた故郷、シニネ島で何度も助けられたあの電磁警棒だ。彼の中で点と点が線で繋がっていく。

「ゴ、ゴウサディンの電磁警棒だと!?まさか、お前!?」

「フフッ……ここに来る途中に警察官を襲って奪っちゃいました~」

「お、お前のせいで……飯屋に……!!」

 アストの心に沸々と怒りがマグマのように湧き上がって来る。ストーキング行為だけでも腹立たしいというのに、よもや楽しいディナーまでこいつのせいで駄目になったと思うと頭がおかしくなりそうだった。その前に身体がおかしくなっているのだが……。

「この……!!……ッ!?」

 どれだけ頭で目の前のシリアルキラーを殴ってやろうとしても、身体がその指示に従ってくれなかった。頭ではそのしたり顔をおもいっきり殴っているのに、現実では電撃に耐えるので精一杯……。

「何もできないのか?予想以上の結果だな」

「ぐうぅ……!!」

「シニネでは、その液体になる能力にやられたんだ。当然、対策は考えるさ。打撃が駄目なら、別の……電気や熱なら効くかもしれないって……どうやら大正解だった……ね!」

 勝ち誇ったように自分の考えを説明しつつ、リヴァイアサンは電磁警棒の柄についているスイッチをさらに強く押し込んだ。


バリバリバリバリバリバリバリッ!!!


「ぐああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 すると、更なる電流がアストを襲う!全身が痛み、痺れ、悶え苦しむ。

「ハハハハッ!ここまで一方的になるとは思わなかったよ!僕の!リヴァイアサンの成長速度って凄い!!」

 スポーツで新記録を出した子供のように無邪気に喜ぶトウドウ。確かに彼は以前戦った時よりも成長しているのは間違いない。だが、それはアストも同じだ。

「兄貴と……兄貴と戦っておいて……良かったぜ……!」

「兄……?何を言っているんだ……?」

「こういうことだよ!『涙閃砲』!!」


ビシュゥッ!!


「なっ!?」

 勢いよく金色の瞳から発射された涙というには激しすぎる水流が、いい気になっていた殺人鬼の頬を軽く切り裂いた。そして、その弾みでスイッチを押す指を緩めてしまう。

「――ッ!離れやがれ!!」


ガァン!


「ぐはっ!?」

 電流さえなければ、こっちのものと言わんばかりにアストはリヴァイアサンの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。

「ぐうぅ……よくも……!」

「それは……お互い様だろうが……!」

「さっきの攻撃はなんだ……!?あの『ルイ・セホー』とかいうセンスの欠片もないくそダサい技名の攻撃は!?」

「わざわざ説明してやるかよ!つーか、ダサいってなんだよ!検査の合間に必死に考えたんだぞ!!」

「ダサいものはダサいだろ!」

「そうかい……そこまで言うなら、そのダサい技にやられちまいな!涙閃砲!!」


ビシュゥッ!!


 再び放たれた涙の弾丸!しかし……。

「不意を突かれなければ!僕のリヴァイアサンには!!」

 群青の竜はリサハイヒポウの銃撃を避けた時のように、軽やかに、危なげなく回避する。

「この野郎!だったら!連射だ!!」


ビシュゥ!ビシュゥ!ビシュゥッ!!


 立て続けに放たれる涙閃砲!けれど、やはりリヴァイアサンのスピードを捉えることはできない。

(ちいっ!?駄目だ!あいつには涙閃砲は通用しない!?“点”じゃ駄目なんだ!“面”で攻撃しないと!だったら!!)

 アストは手のひらは限界まで広げる。そして、その指先に意識を集中させた。

(目から出るなら手からも出せるんじゃないか……?いや、出せると信じるんだ!全ては自分を信じる心から始まるんだ!!)

 アスト自身の性格か、青い龍、ムスタベの血統か、はたまた超越者となったその身体が教えてくれたのか、彼の考えは正しい。特級ピースプレイヤー、ストーンソーサラー、ブラッドビースト、そしてエヴォリストの力の根元は自分を信じる心、善悪を越えた信念にある。

 それを証明するかのように、淡い青色の指先に水の玉ができ上がっていた。

「よし!これならイケる!」

 成功のビジョンが見えたアストはその手を下から上へと振り抜いた!

「できたてほやほや!新技『散青雨』!!」

「何!?」

 指先から勢いよく離れた水の玉は空中で分裂、その分裂したものがさらに分裂、それがさらに……こうして分裂を繰り返した水は散弾銃のようにリヴァイアサンに襲いかかった。


バババババババババババババッ!!


「ぐっ!?」

 アストの狙い通り、面の攻撃である散青雨は群青の竜が避けることを許さなかった。両腕で身体を覆い、ガードするリヴァイアサンの表面を叩き、その反動で足を止めさせる……それだけ。

「やはり範囲を重視した分、威力は涙閃砲より劣るか……」

 これもアストの予想通りだった。彼はあくまで散青雨はリヴァイアサンの動きを止める牽制以上の役目を期待していない。

「やっぱりとどめは……オレの拳でつけねぇとな!!」

 二度目の終わりのゴングを鳴らすためにアストは拳に、脚に力を込めた!そして、その力が解放された時に今度こそトウドウとの因縁も終わりを迎える……はずだった。


ガクン!


「……えっ?」

 アストの足から力が抜け、その場で膝をついてしまった。足だけじゃなく、視界にも急にモヤがかかる。

「これって……立ちくらみか……?」

 回らない頭で必死に状況を把握しようとする。

「何で……」


「アスト、てめえ、血抜かれ過ぎて、幻聴が聞こえたんじゃねぇのか?」


「まさか!?」

 そのまさかであった……アストは軽い貧血を起こしたのだ。

(あんなちょっと採血しただけで!?いや、きっとそれだけじゃない……昨日のヤーマネにリヴァイアサン、兄貴との戦いの疲れ、今の涙閃砲の連射や新技の散青雨による体力の消耗……その積み重ねにギリギリで耐えていたが、遂に限界が来たんだ……!)

 一歩も動けなくなってしまったアストに対して、リヴァイアサンは完全に体勢を立て直していた。

「トラブルか?まぁ、僕には関係ないけどね……」

 所詮は殺人鬼、正々堂々万全の状態で戦いたいなどという騎士道精神を持ち合わせているわけもなく、逆にこれ幸いととどめを刺すためにアストの方にゆっくりと歩を進めていく。

「トウドウ……!」

「アスト・ムスタベ……どうやら現実の決着とは、創作ほどドラマチックではないようだね……」


「そうだな。なんてったって因縁の相手でも何でもない俺にお前は倒されることになるんだからな」


「「!?」」

 突如、闇夜に響く低く落ち着いた声。アストは知っていて、トウドウは知らないあの男の声!

「誰だ……?」

 トウドウが声のした方向を向くとデカい身体にデカいアフロを乗せた男が立っていた。

「俺はビオニス・ウエスト……繰り返しになるが、お前をボッコボコに倒すナイスガイさ、シリアルキラー」

 男は不敵に笑い、不敵な自己紹介をした。


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