殺人鬼、再び
「トウドウ……本当にトウドウなのか……?」
目の前に広がる現実をアストは素直に受け入れられなかった。自分の両目を、それが捉えた映像を処理する脳を疑う。だが……。
「アスト……ぼくの目にもトウドウがばっちりくっきり映っているよ……」
「おれもだ……前にも言ったけどよ……目の良さにだけは自信がある……」
「……そうか」
幼なじみの言葉で自分がイカれていないことを確認する。だとするなら、彼のやることは一つだ。
「……みんなは車の中で待っててくれ……オレは……!!」
アストはドアに手をかける。再び因縁の転校生と相対するために……。
「おいおい!?待つのはお前だろ!」
「パットさん……!?」
出て行こうとするアストを助手席のパットが制止する。正確にはパットとリサだ。
「ああいう輩の相手をするのは本来ワタシ達の仕事だ」
「そうそう、勝手に人の仕事を奪わないでくれってんだ。給料泥棒って、陰口叩かれるのはごめんだぜ」
「でも……」
「“でも”も“だけど”もない。あいつはワタシとパットでどうにかする。君達は、君達こそ車の中で待っていろ」
「そういうことだ。大人しくしてなさい」
そう言うとアスト達を残し、リサとパットは車から外に出た。
「そっちの方が落ち着けるんじゃないかと、郊外のホテルをとっておいて正解だったな」
先ほどまでの喧騒が嘘のように、この辺りは人も車も彼らしか居らず、静かに炎が燃える音だけが響いていた。
「おれ達の前に落っこちてきた車も人は乗ってないっぽいしな……これなら存分に暴れられる……!!」
周りを確認して、これからやろうとしていることが無理なく行えることを確信すると、リサ達はアスト達の乗っている車の盾になるようにトウドウの前に立ちはだかった。
「あの車は道路の脇に落ちてたんだ」
「それは路上駐車というのだよ、少年」
「ん?この辺では、確か路上駐車は違反じゃなかったか?だとしたら、僕はいいことをしたと言っても過言じゃないんじゃないか?」
「過言だよ。愛車がてめえみたいな奴のせいでスクラップにされたなんて……可哀想で罰金も取れねぇよ……!」
「罰は罰だろ?ちゃんと罰金は取るべきだ」
「てめえ……!!」
自分のことを棚に上げて、飄々と法を語るトウドウの姿にパットもリサも腹の底から苛立ちを覚えた。今すぐにでもぶん殴ってやりたいが、必死に感情を圧し殺す……。
物事には順序というものがある、彼らのような責任を求められる職業のものには特に。
「アイル・トウドウ、お前に聞きたい話がある。ご同行願えるか?」
「僕の方は別にあなた達に話したいことなんてない……なので、丁重にお断りする」
「もしかして、てめえこれが“任意”だと思ってねぇか……?」
「ん?違うのか?」
バカにするようにすっとぼけるトウドウ。それでもパットは必死に耐える……後、少しの辛抱なのだから。
「アスト達の証言がそのまま証拠にならないとか、そもそも自白だけで捕まるわけないと思ってるなら大間違いだぜ……!」
「ワタシ達が言っているのは、被害者三十三人にものぼる連続殺人事件ではない」
「ほう」
「アスト達が使っていたゴウサディンのカメラに記録されていた彼らに対する殺人未遂の件だ」
「ついでに、車をぶっ壊して、道路を封鎖したことについてもな」
「うーん……確かにそれなら僕を強制的に連れていくことも可能だな……」
顎に手を当て、虚空を見上げるトウドウ。迷っているように装っているが、誰から見てもただの挑発にしか見えない。実際にそうなのだが。
「よし!」
顎から手を離し、胸の前でもう一方の手とパンと音を立てて合わせた。結論を出したようだ。まぁ、最初から決めていたのだろうけど……。
「返事は?」
「ノーだ。生憎、法律なんてのは弱者のためのものだと思ってるからね。僕のように力を持った者は守る必要なんてない」
「自分達、二人相手を前にしてもその考えは変わらないんだな……!」
「変わらないね……君達はゴミが道端に落ちているだけで、進む道を変えるのかい?」
投げかけられたのは質問ではなく、決闘のお誘い……パット達はこの時を待っていた!
「……そうだな……てめえに何を言われても!自分達のやることは変わらない!リサ!!」
「あぁ!警告は十分した!なのに、従わないというなら、実力を行使するしかあるまい!!」
「そうこなくっちゃ!!」
パットは頭に乗っけている、リサはポケットに入れていたサングラスをその目にかけた。彼らの愛機を呼び出すために!
「起動せよ!」
「ハイヒポウ!!」
眩い光と共に、両者の身体を濃紺の装甲が包み込む!そして、完全にハイヒポウが顕現するや否や、パットがトウドウに向かって迷わず突っ込んだ!
「ガキだろうが容赦はしない!悪党にはもれなく鉄拳制裁だ!!」
硬い装甲に包まれた拳を生身の学生に躊躇いもなく、振り下ろす!……が。
「目覚めろ、リヴァイアサン」
ブゥン!
「!?」
パットの拳は空を切った。攻撃が当たる寸前、トウドウの全身が光ったかと思ったら、目の前から忽然と消えていた。
ハイヒポウのマスクの下で目をぱちくりさせるパット。一方、トウドウは……。
「実力を行使するんじゃなかったのか?」
彼の愛機であるリヴァイアサンを纏い、ハイヒポウの頭頂部に片手を着け、逆立ちしていた。もちろん、こんな無意味な真似をするのもパットをおちょくるためである。
「舐めやがっ……て!!」
「おおっと」
パットは身体をその場で勢いよく一回転させ、リヴァイアサンを振り払った。
しかし、だからどうしたと言わんばかりに、群青の竜も曲芸を披露するように一回、二回と空中を回転して道路に着地する。
「まだまだ!!」
そこにパットが再び殴りかかる!
ガン!ガン!
けれど、これもあっさりとリヴァイアサンの腕でガードされてしまう。
「がっかりだな……これならシニネ島にいたオリジンズの方がよっぽど手強かったぞ」
呼吸するようにパットを煽るトウドウ。だが、忘れちゃいけない……彼の敵はもう一人いることを。
リヴァイアサンの側面、少し離れた場所にもう一体のハイヒポウが両手で銃を抱えていた。その銃口はもちろんターゲットである群青の竜に向いている……というより、銃口の方向にリヴァイアサンが誘導されたのだ。
「ばっちりだ、パット……下がれ!」
「おう!」
リサは声をかけると同時に引き金を引いた。
バババババババババババババッ!!!
放たれる無数の弾丸は、リヴァイアサンの装甲にこれまた無数の穴を開け、機能停止に追い込む!……はずだった。
「あくびが出るぞ、女」
リヴァイアサンはぴょんぴょんと軽快にまるでダンスのステップを踏むかの如く、後退しながら銃弾を回避した。だが、それも彼らは予測している。
「今の攻撃で決まると思ったのによ……けど、結果は変わらねぇ!」
この攻撃も誘導、パット達は二重の罠を張っていたのだ。今度はナイフを手に持ち、パットは同僚に夢中な殺人鬼に切りかかる!
「勝つのは!自分達だ!」
パキン!!
「……えっ?」
パットの目に映るはずだったのは、切り裂かれる群青の装甲、けれど実際に彼の目に入ってきたのは粉々に砕かれたナイフの破片だった。
「そうだな……結果は変わらない。君達の無様な敗北というな」
リヴァイアサンはナイフを粉砕した手刀を拳に握り直し、抉るように撃ち込む!
ガァン!!
「がっ!?」
一発目はボディーに!パットの身体が“く”の字に曲がり、口から身体中の空気が勝手に出ていく!
「ふん」
ガァン!
「ぐあっ!?」
「パット!?」
二発目は顔面に。拳が命中した濃紺のマスクはひび割れ、これまた破片を撒き散らしながら、パットハイヒポウは彼方へと吹き飛んで行った。
「まずは一人……次はあなただ」
夜の闇に消えて行ったパットを見送ると、真っ赤な血をイメージさせる群青の竜の眼がギョロリと次のターゲット、リサに狙いを定めた。
「この!!」
バババババババババババババッ!!!
リサは再び銃を乱射!だが、やはり……。
「学習能力がないのか?この国の公務員は」
今回もリヴァイアサンは嵐のように降り注ぐ弾丸を回避する。しかも、さっきとは真逆、リサの方へと前進しながら。
「ぐっ!?」
「遅い」
スパッ!
「じ、銃が!?」
リサの手に持っていた銃がリヴァイアサンの手刀によって、二つに分けられてしまう。
「よくも……だがぁ!!」
それでもリサは一矢報いようと、新たにナイフを召喚し、竜の血走った眼に向かって突きを放つ!けれどこれもまた……。
「本当に、その程度で僕のリヴァイアサンをどうにかできると思っているのか……?」
ナイフは群青の仮面の鼻先ギリギリを通過した。ギリギリになってしまったのではない、敢えてギリギリで避けたのだ!力の差を見せつけるためにだ!さらに……。
「くっ!?」
「バカには身体に教え込まないと駄目なようだ……な!!」
ゴォン!!
「……がはっ!?」
流麗な動きで、ハイヒポウの腹に膝蹴りを喰らわしてやる。衝撃と痛みでリサは同僚と同じく“く”の字に折れ曲がった。
「はあッ!?はあ……はあ……!?」
息も絶え絶えに手と膝を地面につける。その姿はまるで許しを乞うているように見えた。
そして、それを真っ赤な眼で見下ろす者が一人……。
「やはり、ギロチンにかけられるのは罪人ではなく、愚か者だったらしいね」
ピンと真っ直ぐ伸ばした手刀をリサの首に……振り下ろす!
「君が三十五人目だ!女!!」
「させるかよぉッ!!」
ガァン!!
突如として、死角から強襲してきた淡い青色の脚をリヴァイアサンは深い青色をした腕でガードした。覚醒したアストが二人の間に割って入ってきたのだ!
「リサさん!今のうち……にぃ!!」
空中で青い龍は器用に全身を動かし、もう一方の脚で今の一撃に劣らないスピードと威力の蹴りを繰り出す!
「おっと」
これにはたまらず……というわけではなさそうだが、リヴァイアサン蹴りを回避し、距離を取った。
「ム、ムスタベ……!」
「リサさん……下がっていてください……!」
先ほどとは逆にアストがリサの盾になるように、リヴァイアサンの前に立ちはだかる。目の前に広がる青い背中を見ていると、リサの心に悔しさがこみ上げてきた。
「君に……一般人に……あんな危険な奴の相手をさせるわけには……」
アストは振り向きもせず、小さく首を横に振った。
「リサさんの気持ちもわかります。自分が出過ぎた真似をしていることも……」
「なら……」
「でも、その指示を聞くことはできません!車で待っていろって言われたのに出てきてしまったことも含めて、お説教は後でいくらでも聞きます!だから、ここは……トウドウはオレに任せてください!!」




