クールビューティー
「本当、最初はなんだこのムキムキアフロは?ヤベェ奴とエンカウントしたなって思ったよな……」
ワイヤーに吊られ降下する箱、つまりはエレベーターの中でメグミはしみじみと呟いた。
「でも、見た目と違って話もわかるし、なんか頭もいいっぽいし、あの人がシニネ島に来てくれて良かったよ」
ウォルも友人の言葉に同意する。見た目と違って、というところが若干引っかかるが小生意気な彼からしたら、それでも間違いなく最上級の褒め言葉なのである。
「ビオニスさんもいい人だったけど、あの人の部下、リサさんとパットさんもすごくいい人だよな」
「おう!わざわざアストの検査を一日待ってくれたりな!」
「まぁ、あんだけリオンさんとの戦いで血を流してたら、その日にすぐ改めて採血しましょうとはとてもじゃないが思えなかったんだろうけど」
「そう考えられるのが、いい人なんだよ。まぁ、オレとしては別にそれでも良かったんだけどな」
「いや、本土行きの船に乗った途端、セリオさんの力で眠っているリオンさんに負けじと爆睡した誰かさんが言っていい台詞じゃないね」
「うっ!?それはそうだけど……」
「全然起きねぇから、ホテルまでリサさんが運んでくれたんだぞ!あのクールビューティーに!」
「それは……もったいないこと……じゃなくて申し訳ないことしたと思ったけど……」
「はははっ」
ピーン
いつも通り普段の彼らがしているような下らない談笑をしていると甲高い電子音が小綺麗な箱の中に響いた。いつの間にか目的の階、一階についていたのだ。
「い、行くぞ!」
重厚な扉がゆっくりと開き始めると、顔を少し赤らめたアストが逃げるように最初に、完全に扉が開いた後にウォルとメグミが出て来た。
「さてと……こっちだね」
先ほどまでいた階と代わり映えしない廊下を歩く。一本道なので迷うことはない。
「こうやって裏口を使わせてもらえるのもありがたいよな」
「正直、人混みは苦手だ……田舎者っぽくて言いたくないだけど……」
「だったら言わない。ぼくも我慢してるんだから」
「大学、本土に行くんだろ?そんなんで、どうすんだよ?」
「うーん、そうなんだよな……」
「アスト……お前は人の心配してないで、自分の進路を決めろ」
「うっ!?」
「リオンさんがいたら、きっとそう言うぜ」
「メグミ、君もな……とも言うだろうね」
「それを言うなよ、ウォル……」
また他愛もない会話をしながら、歩き続けていたら出口が見えてきた。その前で壁にもたれかかって、何やら資料のようなものを読み込んでいるサングラスを頭に乗っけた男が三人の視界に入って来る。
「パットさん!」
「うぉっ!?」
突然、名前を呼ばれたパットは慌てふためき、体勢を崩した。
「あ、すいません……」
「い、いや……べ、別に構わんよ……」
大人としての威厳を見せたいのか、何事もなかったように応対するパット……全然できてないが。
「それならいいんですけど……待ちましたか?」
「そうでもない。ここに自分が着いたのは……二十分前ぐらいだろ」
「じゃあ、やっぱり待たせちゃいましたね」
「気にするなって。この資料を読んでいたら時間なんてあっという間……あっ、ヤベェ!?」
またパットは慌て始め、三人に隠すように手に持っていた資料を傍らに置いてあったバッグに突っ込んだ。
「それ……もしかして、ぼく達に見せちゃいけなかったんですか……?」
「あぁ……お前達には……いや、そうじゃない!基本的に仕事に関わることは外部に漏らしたら駄目だろ!特に公務員はな!だから気にするな!絶対に気にするなよ!!」
「そう言われると……」
「逆に気になるよなぁ……」
「っていうか、わざわざ言い直しましたけど、明らかにぼく達限定で見せたくないって感じですよね……」
「うっ!?」
田舎の学生三人の冷たい視線がパットの全身に突き刺さる。だが大人として、そして何より彼らのためにもここは負けるわけにはいかない。なので、パットは……。
「あぁ……そう言えば、なんか雨降りそうなんだよなぁ~。お前達はずっと病院の中にいたからわからないだろうけど、雨降りそうなんだよ……だから、早く行こうぜ!」
かなりの力技で話を切り上げ、一人先に外に出て行った。
「うわぁ……」
「強引だなぁ……」
「まぁ……気にはなるけど、理由があるっぽいし、何よりお世話になってるんだから、これ以上苛めるのはやめておこう」
「そうだね……」
アスト達も頭を切り替え、パットの後に続いた。
「うっ……本当に一雨来そうだな……」
自動ドアをくぐって外に、駐車場に出ると、冷たく湿った夜風がアストの肌を刺激した。まだ降ってはいないが、ほのかに雨の匂いも感じる。
「お前ら!こっちだ!あそこに止まってる車だぞ!」
少し離れたところでパットが声を張り上げ、大袈裟なジェスチャーで視線を誘導する。彼が指した方を向くと、駐車場にあるどの車よりも大きくゴツく目立つ車があった。今朝、この病院に送り届けてくれたリサの……というか、彼女の所属するイフイ第二ピースプレイヤー特務部隊所有の車だ。
「んじゃ、行くか?」
「イエッサー」
「パットさん達の真似なんかしてんじゃねぇよ」
「お疲れ様、大変だったろう」
三人が車の下まで来ると、リサが運転席から優しく声をかけた。その隣にはすでにパットが助手席に座っている。
「いやいや、全然!」
「体力には自信があるんで!」
「いや、お前らはオレの検査が終わるのを、待ってただけだろ!」
「待つのも疲れるんだよ!」
「そうそう」
相も変わらず下らない会話を続けながら、一番小柄なウォルを真ん中にして、後部座席に三人並んで座った。
「シートベルトはちゃんと締めろよ」
「わかってますって……はい!締めました!」
「よし!じゃあ……」
公務員らしくアスト達に法律を遵守させると、パットは隣のリサに目で合図をした。リサはコクリと頷く。
「悪いが、このままホテルに直行させてもらうぞ」
「ええっ!?朝はアストの検査が終わったら、美味しいご飯屋に連れて行ってくれるって言ったじゃないですかぁ!?それを楽しみに一日頑張ってきたのにぃ~」
約束を反故にされ、メグミが不満の声を上げる。
アストとウォルはみっともないので黙ってはいるが、気持ちはメグミと同様、文句の一つも言ってやりたかった。そういう燻る心をへの字に接ぐんだ口元が物語っている。
ただそれはリサも同じ、彼女にとってもそれは苦渋の決断だった。
「いや、本当に申し訳ない……けれど、ちょっとな……」
「ちょっとって何なんですか?」
「あぁ、先ほどこの辺りで巡回中の警察官が襲撃されたという連絡があって……犯人もまだ捕まってないから、不用意に出歩くべきじゃないと思ってな……」
「それなら……まぁ……仕方ないっすね……」
あまりに全うな理由にメグミ達はそれ以上、何も言えなくなってしまった。その沈黙がリサをさらに追い込んでいく。
「あ、あの……!本当に……」
「お前らなぁ、リサがどれだけお前達に気を使ってるのか、わかってんのか?」
「えっ!?」
見かねたパットが同僚に助け舟を出した。というか、彼女の努力をずっと見てきた彼は無知なガキどもに一言言ってやりたくなった……だから言ってやる。
「本来ならアストは然るべき施設に閉じ込められてるはずなんだぜ。シニネ島の島民を救う鍵だし、エヴォリストの身体を調べたいって、奴らもごまんといるしな」
「確かに……普通に考えれば、そうするべき……ですよね、カウマ的には」
「だろ?でも、そうはなってない……何故か?」
「まさか……」
「そう!ここにいるリサちゃんが口を利いてくれたんだぜ!友達と一緒にいた方がいい、病院よりもホテルに泊まった方が修学旅行みたいで楽しいだろうって、必死になってお偉いさんどもを説得したんだよ!」
「そんなことが……」
「パット!……余計なことを……」
メグミ曰くクールビューティーな顔が真っ赤に火照り、崩れていった。相当恥ずかしかったのか、ハンドルに顔を押し付ける。
「ワ、ワタシは、隊長なら、ビオニス隊長ならそうするだろうなと思ったから、そうしただけで……」
「確かに隊長ならやるな。あんな見た目だけど、優しいというか、お節介なところがあるんだよな……」
そう言うパットの顔はどこか誇らしげだった。心の底からビオニスという男を尊敬し、彼の生き方に惚れているのだ。
そして、その顔がぐるりと後部座席に向けられる。
「だから、がっかりしないの!」
「「「は、はい!」」」
リサの気遣いを知ったアスト達は元気に、感謝を込めて返事をした。それに気を良くしたパットは調子に乗る。
「じゃあ、リサちゃんにお礼を!」
「「「ありがとうございました!」」」
「や、やめろ!お前達!もうふざけてないで、行くぞ!」
照れを誤魔化すように、リサは慌ててエンジンをかけ、病院の駐車場から五人を乗せた車が飛び出して行った。




