アフロの男
遡ること一日前、覚醒したリオンとの戦いの後、ピースプレイヤー軍団とそれを束ねていると思われるアフロの偉丈夫に囲まれたアスト達は必死に自分達が無害だと、敵意はないと弁明していた。
「…………これが、ぼく達がやって来たこと、このシニネ島に起きたことです……」
前日のセリオの家の時と同じくこれまでの説明はウォルが行った。だが、あの時とは違い、明らかに自分達を怪しんでいる集団に、しかも銃を突きつけられながら話す……彼の感じたプレッシャーは全く別物だったに違いない。
「…………」
濃紺の重装甲、ピースプレイヤーを纏った者達は話を聞いている間も、聞き終わった今もリアクションの一つも取ることはなかった。
プロフェッショナルである彼らは目の前の眼鏡の少年が声を震わせないように必死に耐えている弱々しい存在に見えても、決して油断はしない。今この瞬間も怪しい動きをしたら躊躇なく引き金を引く準備をしている。
「ふーむ……」
そんな彼らのリーダーだと推測されるファンキーな見た目に、クレイジーな雰囲気を纏うアフロの大男は顎に手を当てながら、唸った。
「そうか……そういうことか………」
アフロは頭の中でウォルの言葉を咀嚼しつつ、目の前で跪いている者達を見渡す。一人ずつ改めて観察していき、最後は一番目立つ青い龍の金色の眼と視線が交差した。
「なるほどなるほど……」
アフロの男は一人呟きながら、アストの下に歩みを進めた。アストは身体を強張らせる。
彼も彼を囲む集団と同じくいつでも戦える準備をしていた。大切な仲間を傷つけようとするなら、この身に宿った力の全てを使って、脅威を排除してやろうと……。
「……確か……アスト・ムスタベ……だっけか……?」
「……はい」
アフロはアストの前で膝をつき、目線の高さを合わせ語りかける。その眼光鋭い本物の戦士の眼差しに見つめられるとアストは僅かにその青い身体を震わせた。
その一瞬の隙にアフロは手を伸ばす。
「よく頑張ったな」
「……えっ!?」
完全に不意を突かれたアストは何の反応もできずに、ポンと肩を叩かれる。その手はゴツゴツとした印象とは違って、とても肉厚で柔らかくて、温かかった。
呆然とこちらを見つめるアストをもう一度気付けをするように軽く叩くと、アフロの男は部下達の方を振り返る。
「お前らも話を聞いたな!!」
「「はい!!」」
「だったら!!その麻酔銃を下ろせ!!」
「「了解!!」」
一糸乱れぬとはこういうことを言うんだろうなと感じるほど、ピースプレイヤー達が一斉に銃を下ろし、アスト達の包囲を瞬く間に解いた。
「えっ……?なんで……?」
混乱していることにプラスして、トウドウの件もあったからか、アストの方はまだ警戒を解く気にはなれなかった。むしろ、よりアフロ軍団達を訝しんでいる。
「まぁ、いきなり銃を向けてくる奴なんて信じられねぇよな」
そのことに気づいたアフロはアスト達に微笑みかけた。そこまで自分達が信用ないかということと、話を聞いたらそうなるのも無理はないという気持ちが混じった自虐的な笑みを。
「そんなことは……」
「別にいいさ。だけど話を聞けば理解できる頭も持ってるし、いい奴と悪い奴の区別ぐらいはできる目も養われてるぜ、俺と俺の部下達は」
アフロの後ろでガチャリと音を立ててピースプレイヤー達が頷いた。
「そういや、名乗ってなかったな。俺は『ビオニス・ウエスト』。このイフイ第二ピースプレイヤー特務部隊、通称『ピンキーズ』の隊長をやってる」
「特務部隊……ですか……?」
「まっ、実際はそんな大したもんじゃない。政府お抱えの安い給料でこき使われる何でも屋さ」
今度はハァ~、と後ろから一斉にため息が漏れた。どうやらみんな業務内容やお給料に納得いってないのは本当らしい。
「その何でも屋さんが何故……?」
「何故も何も、突然、一切連絡取れなくなったら、調査にも来るさ。こちとら君達の税金で運営されてるからな……トラブルがあったなら、危険を侵してでも助けなければいけない」
「そうだったんですか……」
「助けに……助けにってことは!助かったんだ!ぼく達!!」
「よっしゃあ!!」
ビオニスの説明はアスト達幼なじみにとっては納得できるものであり、何より喜ぶべきものだった。目に見えない重荷が肩から降り、安堵する三人。
しかし、彼らの協力者セリオだけはどうやら納得しきっていない様子で……。
「ビオニス……さん、と言ったな……?」
「あぁ、そうだが、呼び捨てで構わないよ」
「では、お言葉に甘えて……ビオニス、連絡がつかないから、人を寄越すのはわかるが……いくら何でもいきなりこんな大人数、しかもバリバリの戦闘要員に向かわせるのはおかしくないか……?」
セリオの言葉でアスト達も今自分達が置かれている状況の異常性に気づいた。喜びで溢れていた心が、みるみる不信と不安に塗り潰され、再び警戒体勢に戻る。
セリオの質問で変わったのはアスト達だけではなく、ビオニスにも変化を起こしていた。先ほどまでの穏やかな顔が嘘のように眉間に深いシワを刻み、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「それについては俺も思うところがある……このミッションを聞いた時に同じ疑問を持った……キナ臭いなと……」
「だったら……!?」
「今、あなた達に推測で物事を語るべきではないと思っている……だから、不確かなものを確かなものにするためにあなたに頼みたいことがある」
「なんだ?」
「ガスティオンの死体がある場所に連れて行ってはくれないか?」
「はっ?なんで今さらガスティオンの死体なんかを見に行くんだよ……!?」
二人の話している内容がまったく理解できないメグミは思わず、思ったことをそのまま口に出してしまった。だが、ビオニスとセリオは動じる様子はない。まるでお互いの意志を確認し合うように、視線を交差させた。
彼ら二人だけは今回の一件の全容がおぼろげながら見え始めているのである。
「わかった……案内しよう。一応わたしも写真など撮ってあるが、その目で見た方が……いや、あなたは見るべきだ……!」
「その口ぶりだと……俺の予想は当たってるくさいな……当たってなんか欲しくなかったけどよぉ……!!」
ビオニスはギュッと力の限り拳を握り締め、必死に火山の噴火のように吹き出しそうになる燃え滾った怒りを抑えつけた。本当は今すぐ本土に帰って、自分に命令を下した奴らをぶん殴ってやりたかった。
「隊長……」
「ビオニス……さん?」
ビオニスの全身から迸るプレッシャーに部下達、そしてアスト達も気圧された。
それでもビオニスは猛り狂う激情を振り払い、今自分がすべきことを全うする。
「ノガッシ!」
「は、はい!!」
「お前は他の奴らを率いて、無事な人間を保護しろ!!」
「はっ!襲って来た島民は、今まで通り、できる限り穏便に拘束します!!」
「できる限りじゃない!!絶対に傷つけるな!!」
「イエッサー!!」
ビオニスは視線をノガッシと呼ばれた者から別の人物に移す。端から見るとどれも同じピースプレイヤーなのに彼には誰が誰なのかを完全に把握している。
「リサ!パット!!」
「「はっ!!」」
「お前達はこいつら……アスト達を本土に連れて行け!!」
「「えっ!?」」
声を上げたのはリサ達ではなく、アスト達だった。
「オ、オレ達が本土に行くんですか……?」
「当然だろ?その怪我の治療やお前達が持ってるガスティオンの血液からワクチンを造るのはこの島では無理だ。そもそもそのつもりで動いていたんじゃなかったのか?」
「それは……そうですけど……」
アストはちらりとセリオの方を見た。たった一日の付き合いだが、セリオ・セントロという男はアスト達にとって自分達を支えてくれるかけがえのない存在になっていた。そんな彼と別れるのは情けないが心細い。それに……。
「またガスティオンの死体を見に行くことが気になるのか?」
「えっ!?」
また声を上げた。完全に心を見透かされていたからだ。
セリオは戸惑うアストの姿に少しだけ口角を上げると、すぐさま首を横に振った。
「君の考え、気持ちも痛いほどわかるが、これ以上は深入りすべきではない」
「それって……?」
「だから、それを言ったら意味ないだろ?なぁ?」
セリオはビオニスに同意を求めると、力強く頷いた。
「あぁ、ここからは俺に任せて、お前達は自分と友達、家族のことだけを考えていればいい」
「は、はい……」
穏やかな言葉だが、その奥に無言の圧力を感じたアストはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「というわけでお別れだ、ムスタベ」
「セリオさん……」
「ありがとう」
「ございました!」
アスト達三人はセリオに向かって深々と頭を下げた。彼に出会っていなかったらと思うと背筋が凍る。ここまで来れたのは、彼のおかげなのだと思うと、胸に感謝の念がこみ上げる。
セリオはセリオで彼らと出会えたことに喜びを感じていた。仕事柄、口にするのもおぞましい凶悪犯と対峙することもあった彼には、アスト達三人の友情は眩しく、彼らと共にいることで心が洗われ、癒されたのだった。
「今生の別れでもあるまいし、ちと大袈裟じゃねぇ?」
「ビオニスさん……」
ビオニスにはいいところで無神経に水を差してしまう悪癖があった。そのことを知っている部下達はため息をつき、知らないアスト達はとびきり冷たい視線を浴びせた。
「空気が読めないとか言われないか、ウエストさん?」
「たまにな。でも、事実だろ?ガスティオンを確認したら、あんたも本土に避難したらいい」
「いや、遠慮するよ。さっき話していた島民を無傷で拘束するという話……わたしの力なら役に立てると思うからな」
「力……?」
ビオニスはボリューミーなアフロをモサッと傾けた。セリオの力のことは初耳だったのだ。
「わたしはムスタベ兄弟と同じくエヴォリストだ。まぁ、彼らと違い見た目は変わらない、触った生物を眠らせることができるだけの地味な能力者だがな」
「ほう……エヴォリストねぇ……」
セリオの話を聞いたビオニスは意地悪そうな笑みを浮かべ、ウォルの方に視線を向けた。
それに対しウォルは目を背け、森の木の枝葉の隙間の奥、遠い空を見上げた。
「いざという時のためにジョーカーは最後まで隠しておくってことか」
「な、何のことか、ぼくには全然わからないなぁ~」
この期に及んでもすっとぼけ続けるウォルにビオニスは呆れるどころか感心、見習うべきだとさえ思った。
そして笑みを浮かべたまま、指示を待ち続けるリサとパットの方を向き直すと改めて命令を下した。
「リサ!パット!もう一度言う!この恐れ知らずの勇者達を本土にお連れしろ!!」
「イエッサー!!」
そう言うとリサ達はアスト達に駆け寄った。
「リオン君だっけ……彼は、君のお兄さんは自分が、このパットが責任を持って運ばせてもらいます」
「は、はい!よろしくお願いいたします!」
パットがすやすやと眠っているリオンを纏っているハイヒポウのパワーで軽々と背負うと、アストはまた青い龍を彷彿とさせる頭を下げた。その彼の横にもう一体のハイヒポウ、リサが立ち止まる。
「アスト君、そう畏まらなくていい。ビオニス隊長も言っていたが、ワタシ達は自分の職務を全うしているだけだ」
「そう……ですか……」
「あと、いつまでその姿でいるつもりだ?」
「あっ……」
言われてアストは覚醒体のままだったということを思い出す。ドタバタしていたのもあるが、それ以上にまだ彼には自分がエヴォリストだという自覚がないのだろう。
「その姿の方が楽だと言うなら、別にいいんだが……」
「いえ!疲れます!疲れる気がします!それにこの格好だと本土で悪目立ちすると思うので戻らせてもらいます!」
慌ててアストの姿は青い龍から、ただの学生の姿に戻っていった。どこにでもいる優しげな青年の姿に……。
そのあどけなさが残る顔を見るとリサは申し訳なさがこみ上げて来た。
大変な思いをさせてしまったことに対してはもちろん、その原因についてもビオニスとセリオほどではないが心当たりがあるのだ。
(まだあどけなさが残る少年が心も身体も傷つけて……そうなってしまった原因は、もしワタシの想像していることが事実だとしたら、彼らは、この島は……いや、情報の足りない今は隊長が言っていたように変に憶測を巡らすべきではないな……ワタシはワタシの今できることをやろう)
迷いを振り払ったリサはハイヒポウのマスクの下で少しぎこちない笑顔を浮かべた。アスト達をリラックスさせようと慣れないことに挑戦したのだが、先に言ったようにマスクを着けているので意味はない。
「では、行こうか」
「はい」
「了解!」
「おう!」
何はともあれアスト達はこうして当初の目的であった本土に向かうことになったのだった。




