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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
離島編
22/88

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「う……ううッ……」

「兄貴……大丈夫か……?」

 リオンが目を開くと、見方によっては恐ろしい青い龍の顔が出迎えてくれた。

「……アスト……本当、逞しくなって……見違えたぞ……」

「そんな冗談言えるくらいなら、とりあえずは平気そうだね……」

 真面目な兄にしては珍しい軽口が弟の心をも軽くした。こうなってしまうとアストの心には、少し、いや、かなりやり過ぎたのではと後悔の念が生まれていたのだ。

「でも、本当に兄貴……」

「あれぐらい……なんてことないよ……サボり魔のお前と違って……毎日、鍛えてるからな……」

 そんなアストの心中を察したリオンは自分の健在さをアピールする。実際、覚醒の影響か、傷の割に痛みは思ったより強くない。痛いか痛くないかと言われたら、めちゃくちゃ痛いが。

「そうか……っていうか、その口ぶりだと今までのこと覚えているの……?」

「なんとなくな……なんというか夢を見てるような気分だったよ……」

「夢……」

「あぁ……悪い夢……でも、お前が目覚めさせてくれた……」

「……兄貴……!」

 リオンは微かに口角を上げた。アストは兄のその顔、言葉でまた泣きそうになった。先ほどとは真逆の歓喜の涙を。

 だが、必死に堪えた。兄に情けない姿を見せて心配させないため。新たに生まれた心配事について聞くために。

「……兄貴が覚えているなら、他のみんなも今、暴れ回っていることを我に返っても覚えたまんまなのかな……?」

 アストは今回の記憶が、シニネの島民達の今後の人生に暗い影を落とすんじゃないかと不安になったのだ。

 けれど彼の懸念は取り越し苦労に終わる……セリオの推測では。

「多分、お兄さんの記憶が残っているのはエヴォリストになったからだと思うぞ」

「セリオさん……」

「他の人は個人差はあるだろうが、夢を見たことは覚えていても、その内容に関しては忘れてしまう……君も一度くらい経験したことあるだろう?そんな状態になっているはずだ」

 セリオはそういいながら、弟の腕に抱かれているリオンの横で膝をついた。

 リオンの視線は突然現れた見ず知らずの男……ではなく、その後ろで目を潤ませている顔馴染みに向けられた。

「ウォル、メグミ……お前達にも世話をかけたな……」

「リオンさん……!」

「本当、勘弁してくださいよ!!」

 昔から変わらないリオンの声で二人の涙腺は完全に崩壊する。ボロボロと頬を大粒の涙が滑り落ちていく。自分のために流れる水滴にリオンは申し訳なさとありがたさを覚えた。

 彼らともっと話したい気持ちもあるが、リオンはその前に今も自分の身体を観察……というより、診察している男に漸く顔を向けた。

「あ、あの……」

「わたしはセリオ・セントロだ、お兄さん。怪しい者では……あるかもしれないが、とりあえず弟さんやそのお友達の味方ということになっている」

「はぁ……」

 自分の目を見ずに、遂に身体を触り始めたセリオに若干の不快感を覚え、弟の方を向くと、アストは“大丈夫”と首を縦に振った。

「信頼できるよ、セリオさんは。ここまでオレ達が無事でいられたのはこの人のおかげなんだ」

「そう……なのか……」

「それは言い過ぎな気はするし、別に信用してくれなくてもいいんだが……」

 セリオは再びこちらに向けられたリオンの顔の前で手のひらを広げた。

「わたしはエヴォリストで触れた生物を眠らせることができる。この力を使って、あなたに少しの間眠っていただきたい」

「何の……ために……?」

「命に別状はなさそうだが、かなりの痛みを感じているだろう?」

「そ、それは……!」

「眠っていれば、そんな苦痛を感じないで済む」

 アストに罪悪感を感じさせないために必死にやせ我慢していたことを、あっさり看過された。こうなると逆にリオンの方が黙っていたことに罪悪感を覚える。

「やっぱりね」

 だが、アストの方はというと、兄がそういうことをする人間だとわかっているので、特に驚いた素振りを見せない。

 むしろ彼の関心はセリオの考え。短い付き合いだが、痛み止めのためだけに自分の能力を使うとは思えなかった。

「あの……」

「ん?なんだ?」

「他にも理由があるんですよね……?」

「あ、あぁ……」

 リオンの口が重くなる。ここから先のことは正直言い辛かった。けれど言わなければいけない。セリオは意を決して口を開いた。

「あくまで……あくまで最悪の想定、念のためにだが、お兄さんが正気を取り戻しているのは一時的なことだという可能性も捨て切れない……だから、今のうちに眠ってもらった方がいいと思ってな」

「――ッ!?確かにそういう可能性も……でも……!?」

「アスト……セリオ……さんの言う通りだ……」

「兄貴……」

 変身していて表情の変化が読み取り辛いアストだが、兄にはその顔に影がかかったことがすぐにわかった。できる限り優しく、安心させるように微笑みかける。

 そして、アストが落ち着いたのを確認すると、再び視線はセリオの下に。

「お願いします、セリオさん……」

「わかった」

「あぁ、でも一つ……」

「どうした……?」

「夢を……いい夢を見れるようにしてください……悪夢はもうこりごりなんで……」

「……善処しよう」

 もちろんセリオに夢をどうこうできる能力などない。けれども、祈ることはできる。この弟と同じく優しさに溢れる青年が一時の安らぎを得られるようにと。

 そして、そっとリオンの額に指先で触れた。リオンはセリオの指とアストの腕から伝わる温もりに包まれ、夢の世界へと旅立った。

「兄貴……」

「おいおい!沈んでんじゃないよ!リオンさんが起きた時にそんなんじゃ、情けない顔するなって怒られるぞ!」

「メグミ……」

 いつの間にかアストの後ろに来ていたメグミがバカみたいにアストの背中を叩きながら励ました。正直、傷に響くからやめて欲しいのだが、それよりも彼の気持ちに対しての感謝の念が上回った。

「リオンさんなら大丈夫!次に目を覚ました時も、いつもの優男の皮を被った頑固者のままさ!ねぇ、セリオさん?」

「あぁ、さっきも言ったが、あくまで最悪の想定だ。メインは身体の痛み止めの方、心の方は今の受け答えができるなら問題ないさ」

 セリオが強く頷く姿を見ると、アストもそうだと思えて来た。いや、きっとそうに違いない。尊敬する兄が同じ轍を踏むようなことはないはずだ。

「っていうか、そもそもなんでリオンさんは正気を取り戻したんですか?今まではこんなことなかったのに」

 不意にウォルが率直な疑問を口にした。色々あり過ぎて有耶無耶になっていたが、確かにリオンに起こったことは意味不明、理解不能だ。

 しかし、これについてもセリオはすでに答えと思えるものにたどり着いていた。そして、それは彼の目の前で、今もだらだらと垂れ流されている。

「これも推測だが……ムスタベの血が原因なんじゃないかと思う……」

「血……?血って血液ですよね?これですよね?」

 アストは兄の身体を支えていない方、自らの血で汚れた手をセリオの前で見せびらかすように広げた。すると、みるみるうちにセリオの顔が険しくなっていく。

「見せつけなくていい……痛々しくてたまらん!」

「あっ……すいません……」

「ふぅ……まったく」

 叱られてしまったアストはちょこんと少しだけ頭を下げると、身体を盾にするように腕を後ろに隠した。

 気を取り直すために一回軽く息を吐き出すと、セリオは再び話し始める。

「えーと、多分だが、今のムスタベ……エヴォリストに覚醒したムスタベの血液には、あのガスティオンが発したガスを無毒化する所謂、抗体のようなものが出来ているんじゃないかな」

「抗体……」

「じ、じゃあ、その抗体入りの血液をアストが攻撃と同時にぶち込んだから、リオンさんは正気を取り戻したってわけですか!?」

「あくまでわたしの推測だがな」

 先ほどとは違い、アスト達はその推測が当たって欲しいと心の底から願った。なぜなら……。

「それが事実なら兄貴は本当にもう大丈夫ってこと……!」

「それだけじゃないよ!ガスティオン自身の血液!抗体を含んでいるアストの血液!それによって元に戻ったリオンさんの血液!この三つがあれば!治療薬ができる可能性がグンと高まる!!」

「マ、マジか!?」

「みんなを……シニネ島のみんなを!本当に救えるかもしれない……!」

 できるかどうか半信半疑だった治療薬の完成が、急激に現実味を帯びて来た。激闘の連続で心身共に疲れ果てていた四人の心に光が射し、再び……いや、今まで一番の闘志の炎が燃え盛った。

 だが、そんな彼らに水を差す者達が背後に忍び寄っていた。先述したように疲れ果てていた彼らはその者達に一切気づかない……声をかけられるまで。


「動くな!!」


「「!!?」」

 若い男の声が四人の耳に届くと、すぐに頭も身体も戦闘モードに移行した。しかし、もう時すでに遅し。彼らは濃紺の重装甲、ピースプレイヤーを纏う集団に囲まれ、銃を突きつけられていた。

「あんた達はいった……」

「動くなと言っただろう!!」

「――い!?」

 アストが話をしようとしたが、今度は女の声がそれを無理矢理中断した。周りでは彼女の仲間が一斉に銃をさらに前に突き出し、無言の圧力をかける。

 辺り一面を緊迫した空気が包み込む。けれど、その空気は唐突に崩れ去る……大きな毛玉を頭に乗っけた大男によって。

「リサよぉ……話くらい聞いてやろうぜ……?」

「隊長……!」

 ピースプレイヤーの群れを押し退け、奥から生身でアフロの大男がアスト達の前に姿を表した。

 その表情はとても穏やかだったが、目の奥底には獲物を見定める冷徹な感情が隠れていた。

「つーわけで、話は聞いてやる……けど、怪しい動きをしたら躊躇なく撃つからな。特にそこの青いの……お前には容赦する気はない……!」


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