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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
離島編
21/86

 アストが念じると、淡い青色が透明に、硬い皮膚が流体に一瞬の内に変化した。

 この状態になったアスト・ムスタベは打撃や斬撃などのあらゆる物理攻撃を無効化する!……はずだった。

「リャアァッ!」


バキン!


「……なっ……!?」

 感じるはずのない、感じてはいけない衝撃と痛みがアストの胸を襲った。完全に油断していたところに喰らわされた一撃は肉体はもとより精神に大きなダメージを与えた。

「い、一体、何が……!?」

「ゴアアァァァッ!!」

「ッ!?」

 混乱する弟に更なる兄の魔の手が。

 今度は下から腹を目掛けて拳を振るう。

「くそ!?もう一度!」

 アストは自分の考えこそ正しく、今この身に起きている現実が間違っていると訴えるように、再び身体を水に変えていく。

「液体……」


バキン!!


「かっ……!?」

 しかし、残酷な現実は覆らなかった。

 アストの腹に尊敬する兄の拳が突き刺さり、身体が“く”の字に曲がる。

 肺から空気を追い出しながらも、アストの瞳は自分の身に起こった“真実”を捉えた。

「こ、凍っている……だと!?」

 攻撃を受けた場所、アストの腹部は液体ではなく、結晶化していた。木々の隙間から射す太陽光をキラキラと反射するそれは、アストにとって不愉快かつ不都合極まりなかった。

(え、液体化しても凍らされればダメージが通るのかよ!?だったら、オレはこのまま兄ちゃんに嬲り殺……)

「リャアァッ!」

「!!?」

 考える暇など与えないぞ!と言わんばかりにリオンは再度拳を撃ち下ろした。

「ぐっ!?」


ブォン!


 結果は“二度あることは三度ある”ではなく、“三度目の正直”となった。

 リオンの拳は虚空に炸裂し、それをアストは人間二人分ほど離れた距離から眺めている。

「痛いの我慢して殴られた甲斐があったな……足にも伝わった衝撃で氷が脆くなっていたぜ……」

 解放された足に空気が触れると、アストは感触を確かめるように地面を踏み締めた。

「ふぅ……足は大丈夫そうだな。けど、だからといって状況が良くなったわけでもないんだよな……」

 悲しいかな窮地を脱したとは言い切れない状況にアストは辟易する。それでも、なんとかしなければならない自分のため、仲間のため、そして兄のために……。

(こっちの攻撃は効かないが、あっちの攻撃は効く……最悪だな。この際、攻撃自体諦めて、回避に専念するか?スタミナが切れてくれれば、兄ちゃんを傷つけないで取り押さえることができるかもしれない)

 この期に及んで無傷で事を収めたいと願うアスト。けれども残念ながらその優しい願いは届かない。

「ゴオォォォ……」

「ん?何をしている……?」

 リオンは胸の前で両手のひらを広げ、少しだけ空間を開けて向かい合わせる。力を込めるとその空間に氷の塊が出現し、それがみるみるうちに上に下に伸びていく。

 そして、最終的に誕生したのは三又の刃がついた氷の槍だった。

「……マジかよ……」

「ゴアアァァァァァッ!!」

 リオンはその槍を手に取ると、一直線にアストに突進してきた。

「ちいっ!?」



「まずいな……リーチで差をつけられた……近接戦闘しかできないアストでは手も足も出ないぞ……!」

 遠目で兄弟喧嘩と言うには、あまりにも凄惨な戦いを眺めていたセリオが呟いた。

「なんとかできないんですか、セリオさん!?」

「そうだ!その手で触れば眠らせられるんだろ!?」

 ウォルとメグミが微かに目を潤ませながら、幼なじみを助けて欲しいと訴える。

 訴えを受けたセリオはそちらを向かずにアストの戦いを見つめたまま、眉間にシワを寄せ、拳を握った。

「できることなら……とっくにやっているよ……!だが、あのムスタベのお兄さんのスピードはわたしでは捉え切れない……仮にそれができても、わたしが触れる前に手の方が凍らされて、砕かれるのが関の山だ……!」

 セリオは更に拳を強く握った。リヴァイアサン戦では一矢報いることができたが今回に関しては、何一つできていない。年下の学生を頼るしかない、よりによって実の兄を相手に殺し合いを強いることしかできない。

 それをただ遠目で眺めるしかない無力な自分の存在が歯痒く、情けなかった。

「セリオさん……」

「く……!?」

 ウォルとメグミはセリオから目を背けると彼と同じように拳を握り締めた。セリオの気持ちは二人には痛いほどよくわかる……彼ら自身がずっと無力感に苛まれていたのだから。

 結局、彼らにできるのは一つだけ……。

「祈るしかないな……」

「アストの無事を……」

「おう、あいつならきっと……!」

 三人の視線は再びムスタベ兄弟の戦いの行く末に向けられた。



「リャアァッ!」

「――ッ!?」

 槍の切っ先が頬を掠め、血が吹き出す。いや、よく見ると頬以外にも腕や脚に腹……至るところが傷ついている。

 そして、また……。

「リャッ!!」

「ぐっ!?」

 今度は肩……アストは兄から放たれる突きのラッシュに為す術がなかった。

(くっ!?速すぎて避けきれねぇ!反撃するにもパンチもキックも届く距離じゃ内科し……!)


ザシュッ!


「ぐうっ!?」

 また肩。吹き出した血はリオンから発せられる冷気でたちまち固まり、コロコロと地面にビーズのように転がっていく。

(こうなったら、オレも武器を……いや、じいちゃんから真面目に棒術を習っていたリオン兄ちゃんと違って、サボってたオレが武器を持ったところで逆に隙を大きくするだけだ……!)

 アストは過去に戻って自分をぶん殴ってやりたい気分だった。けれど、過去を悔やんでも今が変わるわけではない。向き合うべきは目の前で起きている今、この瞬間だ。

(よし……まずはこの鬱陶しい槍をどうにかする……!多少痛い思いをするだろうけど、致し方ない……!)

 覚悟を決めたアストは金色の眼で兄の手さばきに集中する。癖を、タイミングをこと細かく観察した。こうしている間も身体中が切り裂かれているが、気になどしていられない。ただじっと待つ……その時を。

「リャアァッ!!」

「来た!!」

 待ち構えていたタイミング、角度の突きが放たれる!アストはその攻撃を……。


ザシュッ!


「つぅッ!?」

 避けなかった。突きは今までで一番深くアストの肩口を抉る。強烈な痛みがアストを襲う……が、それだけの価値があった。


ガシッ!


「リャ!?」

「捕まえたぜ、リオン兄ちゃん!!」

 アストは片手で氷の槍を力一杯掴んだ。これこそが彼の狙い!アストは更にもう一方の手を槍の長い柄に振り下ろす。

「折れろやぁ!!」


バギン!!


 槍はアストが想像しているよりも遥かに呆気なく砕け、二つに分けられた。

「よっしゃッ!!」

 作戦通りに事が運び、久しぶりにアストの心が明るく照らされた……それはほんの一瞬のことだったが。


ザシュッ!


「…………えっ?」

 何が起こったのかアストはわからなかった。でも、確かつい先ほども同じようなことがあったことを思い出した。あの時はろくでもないことがその身に起きていた……今回もそうだった。

「……ッ!?てぇぇぇっ!?」

 アストは反対の肩が貫かれていることに遅れてやって来た痛みで、ようやく気づいた。そのまま、どたばたと無様に後退していく。

「な、何が……あっ!?」

 後退して広がった視界が捉えたのは残酷な事実だった。

 リオンの手に持っていた折れた槍が真っ直ぐな直槍となってすでに再生していた。

 さらに……。

「ゴオォォォ……」

 リオンはもう一方の折れた槍を拾い上げると、それもみるみるうちに柄が延長され、たちまち両手に二本の槍が装備された。

「……氷だからよぉ……再生できるとは思ってたけどよぉ……ちと早すぎねぇか……!?」

 アストも氷の槍を直すことや、新たに造ること自体は予想していた。しかし、そのスピードに関しては完全に予想外だった。

 アストは知る由もないが、さっきまでは彼の予想通りだったのである。そう、リオンは戦いの中で成長……というより、自身の身に宿った能力の詳細を理解していっているのだ。

 つまり、それはこれから更に攻撃が苛烈になっていくということでもある。

「リャリャアァッ!!!」


ザシュッ!ザシュッ!


「ぐっ!?」

 単純に手数が二倍になったリオンの攻撃は、アストの身体に新たな傷を刻みつけた。一本の槍でもしどろもどろだったのに、二本となればアストにはどうすることもできない。

「ゴアアァァァァァッ!!」


ザシュッザシュッザシュッザシュッ!!


「ぐうぅ………!?」

 身体に痛みが走る度にアストの心は深く沈んでいった。可哀想にも彼はこの二日間という短い期間で何度もそれを経験している。

(なんで……なんで、オレがこんな目に合わなきゃいけないんだ……!)

 ごまかしながらやって来たが、遂に限界が来た。そうなってはもう止めることはできない。ダムが決壊したように、止めどなく感情が溢れてくる。

(オレはただの学生なのに……!どこにでもいる進路に悩むティーンエイジャーなのに!生まれ故郷はめちゃくちゃになるし!転校生は殺人鬼だし!今現在、実の兄貴に殺されそうになってるし!!)

 感情に比例するように、涙がこみ上げてくる。本当は今までずっと人目も憚らず泣きたかった。それを必死に堪えてきた!でも、もういい!我慢なんてしてやるもんか!

「オレは褒められた人間じゃないけど……ここまでひどいことされる謂れはねぇぞ!!」


ビシュウゥゥゥゥッ!!!


「ゴアアァァァッ!?」

「……なんか目から出た!?」

 なんか目から出た!アストの目からなんか……ではなく涙が出た!だが、ただの涙ではない。高速で放たれたそれは氷の防御を貫き、初めてリオンの身体に傷をつけた。

 これにはリオンもたまらず悲痛な叫び声を上げる。

「まさか……涙か……!?涙があんな威力で……これもオレの能力なのか……?いや、何だっていいさ……!!」

 ウジウジと落ち込んでいたアストが一変、全身に闘志を滾らせる。まさに泣いて色々とスッキリしたのだ。

「泣いてる場合じゃ……違う!泣いてる場合だ!!」

 気を取り直したアストは意識と力を両足と両眼に集中させる。そして……。

「行くぜ!兄貴!!これがオレの、あんたの弟の全力だぁ!!」

 言葉通り全力で地面を蹴り上げ、兄の胸に飛び込んでいく!それに対しリオンは……。

「リャアァッ!!」

 抉るような槍の突きで迎え撃つ!しかし、それはアストも想定済み!

「うお………らあっ!!」

 アストはリオンの槍が届く寸前で着地し、そのまま後ろにジャンプした!

 そして、空中で狙いを定める……発射口でもある金色の眼で!

「兄貴の射程の外!だが、オレの射程の中!ここだぁ!!」


ビシュウゥゥゥゥッ!!!


「ゴアアァァァァァッ!?」

 再び氷ごとリオンの身体をアストの涙が貫いた!さらに……。

「まだだ!」

 アストは再度、着地と同時に地面を蹴る!またまた兄に突進するため。

(一点に集中した力なら氷の防御を撃ち抜いて、兄貴まで攻撃が届く!……なら、あれしかない!少し癪だがよ!!)

 アストは自らの血が滴る指に最大限の力を込めて、ピンと伸ばす……自分を苦しめたあいつを思い浮かべながら。

「リヴァイアサン直伝!貫手だ!この野郎!!」

 まだ体勢を立て直せてないリオンに不本意かつ渾身の貫手を放つ!


バリン!


 貫手は狙い通り、兄との間に出現した氷の盾を貫いた。そして……。

「兄貴ぃ!!!」


ズブッ!


「ゴ、ゴオォォォ!?」

 リオンの胸に突き刺さった!アストはダメージが入ったことを確認すると、すぐに兄の身体に入り込んだ指を抜く。

「よしっ!あとはこのまま取り押さえる!」

 あくまでアストの目的はリオンを無力化すること。決して殺すことじゃない。だから、アストは指の力を抜いて代わりに兄を羽交い締めにするために両腕に力を込めた。

「痛い思いさせちゃってごめんな……だから、これ以上そんな思いしなくていいように大人しくしてくれ!!」

 アストはまるで抱き締めるように腕を広げた。この腕が兄を包み込めば、この哀しく無意味な戦いも終わる。

 けれど、そう簡単には終わらせてくれない。

「ゴアアァァァァァッ!!!」


ブオォォォォォォォォォッ!!


「ぐっ!?」

 リオンの身体から身も心も凍らせてしまうような冷たい風が解き放たれた!

 兄まであと一歩のところまで来ていた弟だったが、今までの奮闘を嘲笑うかのようにその冷風に吹き飛ばされてしまった。

「くそッ!?また振り出しか!!それともオレは一生兄貴には届かないのか!?」

 兄のことは尊敬していたが、ここまで強大さを見せつけられるとさすがに腹が立って仕方ない。

 それでも彼を見捨てるという選択肢はアストにはない。再び身体と目に力を……。

「もう一度……ん?」

「ゴアアァァァァァッ!?」

「な、何だ!?」

 アストの視界に入って来たのは、頭を抱えて苦しむ兄の姿だった。というか、兄の姿が……。

「ゴアアァァァァァッ!?」

「なんか……戻って来てないか……?」

 水晶……というか、今改めて見ると氷の結晶のようなパーツが各部に施された恐ろしい青い龍の姿から、生まれた日からずっと自分のことを時に温かく、時に厳しく見守ってくれた慣れ親しんだリオン兄ちゃんの姿へと変わっていった。

「あ、兄貴……?」

 恐る恐る弟は兄に呼びかけた。すると……。

「………強くなったな、アスト……!」

「兄貴ぃ!!」

 身体から力を失い倒れる兄を、遂に、ようやく、今度こそ、弟は優しい青色をした腕で抱き止めた。


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