血統
その姿は兄弟らしく、アストの覚醒体によく似ており、龍を彷彿とさせた。ただ兄には弟にはない半透明な水晶のようなパーツが全身に配置されている。
「おいおい……我を忘れて、狂暴化しているならわかるけどよ……なんで、変身までしてるんだよ!?」
メグミは目の前で起きたことへの素直な疑問を口にした。今まで聞いていた、見て来たことと全然違う、イレギュラー過ぎる事態に戸惑いよりも苛立ちの方が強かった。
「エヴォリストにはオリジンズに傷つけられた者が目覚める……リオンさんの場合、ガスティオンの狂暴化ガスも攻撃判定とし捉えたたんじゃないかな……?」
「ちょっと前にも言った気がするけど、もう一度言わせてもらうぜ……判定ガバガバ過ぎねぇ!!?」
子供の頃からの長い付き合いだが、今までで一番ウォルはメグミの言葉に同意した。
「本当……あのガスでエヴォリストになるなら、今この島で何人のエヴォリストが生まれたって話だよ……」
「いや……それはないと思うぞ……」
「えっ……?」
ウォルが乾いた笑い混じりに呟いた絶望の言葉をセリオは即座に否定する。彼の見解ではリオンが覚醒に至ったポイントは“方法”ではなく、彼の持つ“血統”と“相性”にあった。
「あの男、ムスタベのお兄さんなんだろ?」
「はい、リオンさんはアストの兄さんです……」
「だったら“血”だ。ムスタベ家という血筋とガスティオンの相性が良かった……良すぎたんだ……!」
「だから、リオンさんは他の人は狂暴化するガスを吸っただけで、アストはもうすでに死んでいるガスティオンの爪に貫かれて力を得た……」
「多分な……」
現在ある情報で推測できる説の中でも説得力のある説だとウォルだけでなく、周りで聞いていたアストやメグミも思った……思ったが、今はそんなことはどうでもいい。
「オレの家がガスティオンと相性いいってんならさぁ……」
「あぁ、狂暴化自体も無効化して欲しかったよな……!リオンさん、おれ達とやる気満々だぜ……!」
「ゴアアァ………」
四人があれこれ話している間もリオンはこちらを鋭い眼光で睨み付けていた。
その眼差しは時に優しく、時に厳しくアスト達三人を見守ってくれた在りし日のそれではなかった……完全に獲物を狙う獣の目だ!
「ちっ!やるしかないのかよ!?」
アストは不本意極まりないが皆を守るために前に出た。
「ムスタベ……なんとかして兄貴を制圧しろ……わたしがこの手で触れられるようにな……!」
セリオは彼の後ろで着けていた手袋を取り、集中力を高める。いつ出番が来てもいいように。
「アスト……」
「セリオさん……くっ!また見てることしかできねぇのかよ!?」
ウォルとメグミは呪った……自分達の無力さを。そして同時に願った、この兄弟が無事にまた笑い合える時が来ることを。
「ゴアアァァァァァッ!!!」
リオンは吠えた!今の彼には敵にしか見えていない弟達を威嚇するように……。
「兄ちゃん……いつもはオレが起こしてもらってたけど……今日はオレが兄ちゃんを目覚めさせてやるよ!!」
アストの全身に強い感情と力が駆け巡り、形を変えていく。
「アウェイク!オレ!!」
掛け声と共に完全に青い龍へと変身を完了したアストは兄に向かって突撃していった!
「ゴアアァァァァァッ!!」
向かって来る弟を兄は迎えに行った。抱き締めるためではなく、蹂躙するために。
「アラーム程度じゃ物足りないだろうから!とびきり痛いのくれてやるよ!!」
突進の勢いを拳骨に乗せる。大きく振り上げ、変わり果てた兄の顔面が届くところまで来たら……捻り出すように撃ち込む!
「ウラァッ!!」
パン……
「なっ……!?」
渾身のパンチは軽く腕の側面を手のひらではたかれたことによって不発に終わった。
「この動き……まさか!?」
「ゴアアァァッ!!」
ブゥン!
「ちいっ!?」
リオンの強烈なアッパーが空を切る!咄嗟にアストは顔を反らしたことによって事なきを得た。けれど、兄の攻撃はまだ続いている。
「リャアァッ!!」
伸びきった腕がグンと直角に曲がると、肘鉄になって弟の頭に降ってきた。
ガン!
「つうっ!?」
アストはこれもなんとか両腕をクロスして受け止めた。
そして腕から身体の芯まで響く衝撃がアストの記憶を呼び起こす。
「威力と……殺意が段違いだが、この動き、やっぱりリオン兄ちゃんの動きだ……!」
幼き日、実家の神社の境内で祖父に見守られながら、手合わせした日々のことが脳裏に鮮明に映し出された。今、目の前で、自分の身体で体験したことは間違いなく、あの日に行ったことだ。
「兄ちゃん!気づいているのか!?オレのことがわかるのか!?だとしたら……」
「ゴアアァァァァァッ!!」
ブォン!!
「――ッ!?くそッ!駄目か!?」
がら空きになっている脇腹に容赦なく放たれた蹴り、それが兄からの弟の必死の呼び掛けに対する残酷な返答だった。
アストは後方に飛び、この攻撃も回避。距離を取り、体勢とメンタルを立て直す。
(兄ちゃん……もしかしたら意識があるのかと思ったが……身体に染み付いた動きを実行しているだけか……)
アストの推測通り、知性や理性を無くしているはずのリオンだが、長年の鍛練の成果が、そんな風には感じさせない洗練された戦いを可能にさせていた。むしろ、余計な感情が介在しない分、キレが増しているようにさえ思えた。
(ちっ……がむしゃらに力任せに暴れるだけなら、なんとかなると思っていたけど、この感じだとそう簡単にはいかないみたいだな……)
希望的観測が外れ、不安がアストの心をみるみると蝕んでいく。なぜなら……。
(オレ……兄ちゃんと手合わせして勝ったことないんだよな……)
そう、アストは生まれてからこれまで模擬戦で兄リオンに勝ったことがなかった。残念ながらいつも簡単にあしらわれ、地面を無様に転がっていた記憶しかない。
(しかも、今回は手加減なしの殺す気満々と来たもんだ……嫌だね、まったく……)
最初の威勢の良さはどこに行ってしまったのか、アストは自分から攻めることができなくなっていた。ただ、心の中で弱音を吐きつつ、リオンの周りを距離を取って回るだけ……。
「ゴアアァァァァァッ!!」
「――ッ!?」
そんな情けない弟の姿に激昂した!……わけではないが、リオンは咆哮し、飛びかかる!
「リャアァッ!!」
先ほどのお礼と言わんばかりの兄の拳が弟に振り下ろされる……が。
「それぐらいなら!」
アストは紙一重で避け、拳が目の前を通過する。そして、自分のやられたことをやり返すように、脇腹に全力のボディーブローを放つ!
バリン!!!
「よしっ!クリティカル!!」
拳に伝わる確かな手応え!耳に届く炸裂音!アストは兄の身体を破壊したことを確信する……が。
「悪いな、兄ちゃん……だけど、緊急事態なんだから、骨の一本や二本……」
「ゴアアァァァッ!!」
ゴォン!
「――ぐっ!?」
突如として景色が一変する。その理由が景色ではなく、殴られたことによって自分の視界が移動したせいだと気づくのに時間はかからなかった。何故殴られたかは理解できていないが。
(な、なんで!?なんで反撃できるんだ!?オレの全力パンチをもろに喰らって、そんなにすぐに反応できるのか!?痛みを感じていなくても、物理的に動けなくなっているはずだろうが!?)
予想外の一撃に取り乱す弟に、兄は更なる追撃を敢行する。
「リャアァッ!」
「――ッ!?二度も喰らってやるかよ!」
拳は再びアストの頬に触れるか触れないかのところを通過、回避したアストはそのまま反撃に移行した。
「何がなんだかわかんねぇけど!もう一発ッ!!」
バリン!!!
二度目の手応え、二度目の炸裂音。ただし、今回はアストの金色に輝く瞳はしっかりと捉えていた。自分が何を壊したのかを。
「こ、これは……氷か……!?」
兄弟の間、兄リオンの顔面の前に氷の破片が舞っていた。
弟アストは遂に理解する。先ほども今も自分が破壊したのは氷の塊だったことを、拳は兄には届いていなかったことを……。
「リャリャアァッ!!」
リオンはまた混乱の渦に飲み込まれそうになっている弟に、容赦なく今度は両拳を同時に放った。ダメージなど一切受けていないのだから、当然スピードもパワーも十二分に乗っている。
「このぉ!やられっぱなしでいてやるかよ!!」
それでもアストは片方の拳を掌底で軌道を逸らし、もう一方の拳をしゃがんで避けた。
そして、またすぐさま反撃に転じる。
(パンチが駄目なら、キックだ!下から氷ごと顎を撃ち抜いてやる!!)
ターゲットを定め、そこに自分の足が最短でたどり着くコースをイメージする。それが終わったら、実行に移すために足に力を溜めた。準備は万端、成功すれば一発KO間違い無しだった。
「これで!終わらせてやる!」
しかし、アストの作戦は盛大に失敗する。攻撃を防がれたのではない。防がれるところまでいかなかったのだ……。
グン!
「――ッ!?何!?」
足を上げようとしたが、身体は言うことを聞かなかった。まるで地面に張り付いてしまったようにその場から動かない……というより、張り付いていた。
アストは視線を足下に移すと……。
「こ、氷!?」
アストの邪魔をしたのはまたしても氷だった。アストの足を包み込み、地面から離れられないように強固に縫い付けている。
「またかよ……」
「リャアァッ!!」
ゴォン!
「ぐっ!?」
動けない弟に兄は躊躇うことなく拳を振り下ろした。さすがに二度目はないと、アストは腕でガードする。しかし……。
「リャリャリャアァッ!!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!
「ぐ……ぐうぅ……!」
兄の攻撃は一発では終わらない。拳が雨霰のように弟の身体に降り注ぐ。
アストはそれを不恰好に身体を丸めて耐えるしかなかった。なんてったってそこから動けないのだから……。
けれど、その奥、頭蓋に収められている脳ミソは忙しなく動いてる。
(これが、氷がリオン兄ちゃんのエヴォリストとしての能力か……!最初に現れた時に聞こえた音も氷を張ったり、割れたりしていた音だったのか……くそッ!もっと早く気づいていれば!!)
後悔先に立たず。まぁ、そんな余裕もなかったのだから仕方ないことだが。それよりも今考えるべきことは別にある。
(落ちつけ、アスト・ムスタベ……まずはこの兄ちゃんの拳骨の嵐からどう脱出するかだ……けど、足は……)
再び足に力を入れるが、びくともしない。
(移動は無理……なら反撃は……パンチは氷で防がれちまうし……)
そもそも今の状態では防御を解くこともできない。
(厄介だな、氷……オレの力じゃどうにも…………ん?)
アストは大切なことを完全に失念していたことに気付く。次から次へと困難に襲われ、そもそもついさっき手に入れたものだからしょうがないのかもしれないが、今の今まで自分の能力のことを忘れていたのだ。
(なんだよ……痛い思いなんてする必要なかったじゃないか……今のオレには液体化が!物理攻撃を無効にする術があるだろうが!)
希望の光が見えたことによって、アストの心に闘志の炎が灯る。
(攻撃を液体化で避けたら、カウンターをぶち込む!氷の防御がオートじゃなくて、マニュアルならそれで虚を突けるはずだ!!)
アストはガードの奥で神経を研ぎ澄まし、タイミングを見計う。
「ゴアアァァァァァッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ッ!?」
しかし、中々チャンスは訪れない。リオンのパンチは小さく、鋭く、絶え間なくアストの身体を痛めつけていた。
それでもアストはひたすら耐えた。今の彼にはゴールが見えているから耐えられた。
そんな忍耐強い彼に遂にご褒美が与えられる。
「リャアァッ!!」
今までのパンチに比べたら明らかに大振り!これを待ち望んでいたアストが見逃すはずがなかった。
「ここだ!液体化ぁ!!」




