最悪な再会
このシニネ島の惨状を伝えるため、そしてこの惨状を打破する鍵、ガスティオンの血液を届けるために連絡船が泊まる港に向かうアスト一行。
その道のりは……順調極まりなかった。
「なんか拍子抜けだね……」
「今までのは何だったんだって感じだな」
行きと同じく狂暴化した島民やオリジンズに襲われると覚悟していたが、そんな気配は一切見られない。大変喜ばしいことなのだが、上手くいき過ぎると逆に不安になるのが人間の性というもの。ウォルとメグミは必死に納得のできる答えを探していた。
一方、経験も知識も豊富なセリオはこの状況を実現している原因に心当たりがあった。それは、ちょうど今彼の真後ろを下を向いて歩いている。
「多分だけど……ムスタベのせい、いや、おかげじゃないか……?」
「えっ、オレのですか……?」
急に名前を呼ばれたアストは顔を上げ、こちらを肩越しに見つめているセリオを見つめ返した。
「君が目覚めたあの力にびびってるんじゃないかな」
「あの何も考えてないような、考える力を失った連中が……?」
「なんか口が悪いな……でも……」
「おれもあいつらがそんな賢いようには見えなかったけどな」
セリオの意見はアストとその後ろにいる二人を一発で納得させるものではなかった。けれど、セリオにはセリオなりにそう思う理由がある。
「むしろ、逆だと思うんだよな、わたしは」
「逆?それってどういう意味ですか?」
「うん、わたしが思うに知恵や理性が薄れた分、生物の元々持っているもの……“本能”と呼べる部分が強化されているんじゃないか」
「本能……」
「あぁ、初陣で大量殺人を起こしているトウドウが装着する特級ピースプレイヤー、リヴァイアサンを圧倒する力……あれはかなりのものだ。しかも、きっとまだ先がある。潜在的にはもっと凄い力を秘めているんだと思うんだよ」
「それを奴らは本能で察知して、恐ろしくて近づいて来れない……ってわけですか……」
「イエス」
「そうか……オレの力が……」
アストは視線を自分の手のひらに移し、その奥に眠る強大な力の存在に身震いした。
(死の直前、確かにオレは力を求めた……だけど、あくまであの場を切り抜けられれば良かっただけだ……!こんなに強力な力を手に入れて、これからオレはどうすればいい?オレはこの力とどう向き合い、どう付き合っていけばいいんだ……!?)
手に入れてしまった力に身震いし、押し潰されそうになる。アストは軍人でもなければ武道家でもない……ただの学生だ。彼が背負うには、その力は大き過ぎたのだった。
セリオはそんな彼の複雑な心中を察した。
「ムスタベ、好きにすればいい」
「えっ!?」
「だから、好きにすればいいんだよ。力を持ったからって使いたくなければ使わなくていい。もっと強くなりたいなら、鍛えてその力を使いこなせるようになればいい。君の身に宿った力なんだから、君の思うがままに」
「セリオさん……」
アストは急に体が軽く、世界が明るくなった気がした。思い悩む人生の後輩の顔から刺が消えたのを確認すると、セリオは前を向いた……向いた瞬間、アストと逆に彼の顔は険しくなっていく。話している間にあることを思い出したのだ。トウドウのことを……。
(トウドウとリヴァイアサン……あいつも初陣であれだけ戦えていたんだ……きっと、あのまま奴の計画通り、わたし達を殺していたら、誰も止められなくなっていた……!あいつもアストと同じくらい優れた潜在能力を持ち、しかもアストと違いそれを振るうことに躊躇がない……この島だけでなく、本土……いや、世界中に死体の山を築いていただろう……)
考えただけで背筋が凍った。だが、それはアストという優しい男によって阻止されたのだ……そのことがアストの心に深い傷をつけることになってしまったが。
(きっと、今はまだ考える暇がないから大丈夫だが、ムスタベの性格からして例え殺人鬼だとしても、一度は友人だと思った人間を殺めたことを後悔する日が来る……)
その時のことを思うと心が冷たい海底に沈んだ気分だった。アストの行為は自分達はもちろん未来の被害者達を救ったというのに……。けれども、希望はある。
(でも、ムスタベなら乗り越えられる……!あいつの側にはナンジョウと……)
「ぶえっくしゅん!!!」
「うおおっ!?」
完全に一人シリアスモードに浸っていたセリオを、彼が期待を寄せていたメグミのむやみやたらにバカデカいくしゃみが現実に引き戻した。
「びっくりさせないでくれ……頼むから……」
「すいません……なんか肌寒くて……」
メグミは身体を擦りながら謝った……この温暖なシニネ島の真っ昼間に。
「寒いって、君……この島で……いや、そうかも……っておかしくないか!?」
その異常性にセリオ達も言われて気づいた。
「ムスタベ、ナンジョウ……!」
「はい……オレも少し寒いです……」
「日の射さない森の中だから……いえ、だとしてもこんなに冷えるわけがない……!」
長年この島に住んでいる彼らからしてもこの時期にこんな寒さは感じたことがない。
四人は自然と足を止め、それぞれの背中を守るようにフォーメーションを組んだ。周囲を見渡し、五感を研ぎ澄ます。すると……。
パキ……
「!?」
「この音は……!?」
何かが割れる音がした。しかも、それは……。
パキ……パキ……パキ……
「なんか近づいて来てる気がするんだけど……」
「気がする、じゃねぇよ……間違いなく、近づいてる!!」
四人の目線が一点に、音のする方に集中した。そして、その音の正体は木の影から姿を現す。
「なっ!!?」
セリオ以外の三人はあまりのショックでへたり込みそうになる。彼らの前に現れたのはあまりにも残酷な現実だった。
「考えてもみなかった……いや、考えたくなかったのか……こんな再会、最悪過ぎるもんな……なぁ!そうだろ!リオン兄ちゃん!?」
「ゴアアァァァァァッ!!!」
アストの兄、リオン・ムスタベは返事の代わりに、咆哮と共にその姿を変質させた。




