再出発
「アスト……本当にあのアスト・ムスタベなんだよね……?」
「おう、オレはお前がよく知っているあのアストだよ……わかったら、つつくのやめろ」
リヴァイアサンとの戦いが終わり、激動のシニネ島に一時の安息の時間が訪れていた。
そんな中、ウォルは改めて幼なじみの生還を彼なりのやり方で確かめている。
「いや、でも、信じられないよ……身体を切り裂かれた挙げ句、串刺しになって生きているなんて……!」
「まぁ……それはオレもそう思うが……」
アスト自身も改めて言語化されると、自分が今、こうしていつものように友人としゃべっているのが不思議でならなかった。
ウォルには触るなと言ったが、アスト自身も元の姿に戻った自分の身体をぺたぺたと触って生を実感する。
「つーか、なんでてめえ服着てんだよ?あの青いの、着ているものごと変身できるのか?」
「知らねぇよ……というかオレも聞きたいわ」
ムスタベ家の象徴である青い龍を彷彿とさせる覚醒体から、元のどこにでもいる進路が決まらない一介の学生の姿に戻ったアストだが、その身には多少ぼろぼろにはなっているが変身前から着ていた服をそのまま着ていた。それがメグミにもアスト自身にも理解できなかった。
「エヴォリストは“超越者”だから、理由なんて考えても意味ないよ。そういうものなら、そういうものなんだと受け入れるしかない」
「ウォル……自称天才がそれでいいのか……?」
「よくはないよ、アスト。ぼくだって不甲斐ないと思っているさ。そう、よくはないから……大学はそっち方面を研究する学部がいいかもな……でも、ピースプレイヤーの開発なんかにも興味が出てきたしな……どっちにしようか」
ウォルはついさっきまで命の危機にあったことをすっかり忘れたように、明るい未来に想いを馳せた。
「お前って、非力な頭脳派のふりしてるけど、昔からおれやアストよりもずっとタフで図々しいよな」
「本当……羨ましいよ」
皮肉ではなく心からの言葉だった。ウォルのこういうところに昔から何度も救われてきた。だから、こんな風になりたいと思うし、彼の願いを叶えてあげたいとアストは思う……自分の進路は決まってないのに。
何はともあれ、未来のことでやきもきするには、“今”に本気で向かい合わなければいけない。
「とにかく大学に行くにしても、行かないにしてもこの島をなんとかしねぇとな」
「もちろん!君達にわかっていることなんて、ぼくにもわかっているよ」
「なら、とっととこの島を脱出してガスティオンの血液を本土に届けるぞ!」
「「おう!」」
お互いの顔を見合わせ、幼なじみ三人は意思を確認する。同時に目の前の二人と出会えたことを天に感謝した。二人がいなければ、この三人でじゃなかったら、きっととっくの昔に心が折れていただろう。そして、この三人ならきっとこの先の困難を乗り越えられると思うと全身に力が溢れてくる。
「よし……じゃあ行くか!」
「あぁ……ここからはノンストップだ!っていきたいところだけど、その前に……」
「あの人、さっきから何してんだ……?」
三人の視線が一点に集中する。その先では現在進行形で分解消滅しているガスティオンの周りを、頭を忙しなく動かしながらひたすら歩き回っている男の姿があった。
「どこに………多分、セオリー通りならこの辺にあるはずなんだけどな……」
男は自身の経験と知識で当たりをつけ、お目当ての“それ”を探してキョロキョロと両目を動かす。
「……どこに……いるのかな……出てきて……ちょうだい……おっ!そんなこと言ってたら……!」
男は視界の端に入った煌めく“それ”を見逃さなかった。すぐさま“それ”に近づいて、しゃがんで手を伸ばす。
「よし……!見つけた……!!」
「何を見つけたんですか、セリオさん?」
「うおおおぃっ!?」
「「「ええっ!?」」」
突然、後ろから話しかけられたセリオは突拍子もない声を上げ、驚く。そして、その声に話しかけた三人も同じように驚いた。
「び、びっくりさせるなよ……」
「いや、そんなつもりは……」
「普通に声かけただけだしね」
「そっちがびびり過ぎなんすよ」
軽口を叩くウォルやメグミの正面で、セリオは胸に手を当てて息を整えた。本当に心臓が飛び出るくらいびっくりしたようだ。
一方、彼のもう一つの手に“それ”はあった。太陽の光を反射して、アストの目を刺激する。
「セリオさん、その手に持っているキラキラ光っているのを探していたんですか……?」
「あぁ……そうだ」
「何なんですか、それ……?」
「君達が知る必要はない……でも、敢えて言うなら、オリジンズの本質さ」
「オリジンズの……」
「本質……?」
「何じゃそりゃ?」
三人仲良く頭の上に?マークを浮かべるアスト達を尻目に、セリオは海の方を向き、大きく振りかぶった。そして……。
「おりゃあぁぁぁっ!!」
手に持っていた煌めく物体を、全力でできる限り遠くに投げ捨てた。
「ふぅ……」
「ふぅ……って、いいんですか?海になんて投げちゃって……?あんなに必死に探していたのに……」
「いいんだよ。だって、海に捨てるために探していたんだから」
「何のために……?」
「オリジンズの本質、それはつまり、ある人にとっては“祝福”、だがある人にとっては“災厄”……ってこと」
「祝福と災厄か………全然、意味わかんねぇ!」
「人の手に余るってことさ」
そう言うと、セリオは勝手に満足して、服についた土埃をパンパンと叩き落として身なりを整えた。するとポケットの中に仕舞ったもう一つのものについて思い出す。
「あっ……そう言えば、これも拾ったんだった」
「それって!?ゴウサディンのバッジ!?」
セリオが取り出したのはバッジに戻ったアストの愛機……と言うには、短い付き合いだが、リヴァイアサンにボコボコのメタメタにされたゴウサディン・チュザインだった。
「待機状態に戻ってた……ってことは、ナンジョウ……?」
「ええ、自己修復が始まってるってことですね。あのダメージなら然るべき施設で修理しないと駄目か、最悪修理自体不可能で廃棄するしかないと思ってたから良かったです……」
ウォルはそっと胸を撫で下ろした。彼も彼なりに昨日出会ったばかりだがゴウサディンに愛着を持っているし、感謝もしている。何よりハラダから一応借りているつもりのゴウサディンを壊してしまったとなると寝覚めが悪い。それはアストも同様だった。
「壊れてないのか、良かった……」
「アストも心配だったんだね……」
「あぁ、ピースプレイヤーってそれなりに値段するんだろ?オレ、そんな金ねぇもん」
「ええ……」
訂正、アストが心配していたのはもっと現実的な問題だった。
「なんかそういうところは年相応の学生って感じだな」
「それって褒め言葉として受け取っていいんでしょうか……?」
「もちろん!……力を持って、悪い意味で変わってしまう人間を何人も見て来たからな……」
「セリオさん……」
「君はそのまま変わらずにいろ、アスト・ムスタベ」
「……はい」
アストはセリオの言葉を心に深く刻み込んだ。自分の持ってしまった過ぎた力に溺れないように、深く……。
「それでこのバッジはどうするんだ?しばらく修復中で使えないぞ」
「だったら、ウォルが持っていてくれ。使えたとしてもオレは……オレにはもう必要ないから」
「わかった」
新たな持ち主が決まったバッジをセリオは投げ渡した。ウォルはそれをしっかりとキャッチすると胸元に仕舞った。
「……よし、これにておしゃべりの時間はおしまいだ。早く行こうか」
「マイペースだなぁ……」
自分のせいで出発が遅れた側面があるのに悪びれもしないセリオの態度にウォルは呆れる。けど、四の五の文句言っている時間こそ無駄の極みだと思ったので、ぐっと飲み込んだ。
昔からの付き合いでウォルの心中を察したアストはフッと鼻で笑うと、すぐに心と表情を引き締め、改めて号令をかける。
「んじゃ……気を取り直して、行きますか!本土への連絡船のある港へ!!」
「おう!」
「よっしゃ!」
「了解だ」
こうして新たな力とこの島を救う希望を携え、四人は再び森の中へ戻って行った。




