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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
離島編
17/87

青龍と青竜

(あぁ……オレ、死ぬのか……)

 止めどなく流れる生暖かい血液、それとは逆に冷たくなっていく身体……。アスト・ムスタベは自分が死に頻していることを実感した。

(自分が死ぬことなんて想像したこともなかった……なんてったって、昨日の朝までは進路のことで悩んでいたんだからな……兄ちゃんに怒られたっけ……)

 兄との会話が遠い昔のように感じる。そして、もう二度と会えないと思うと寂しさで胸が押し潰されそうだった。

(それにしても、まさか友達だと思ってた奴が殺人鬼で、そいつに殺されることになるとは……本当に想像もしなかったし、間違いなく死に方としては最悪の部類だよな……)

 思い返すとあまりにもひどい死に様に渇いた笑いが込み上げてくる。

(まぁ……でも……馬鹿なオレにしては……よくやった方かな……)

 意識が薄れていく……。まるで自分という存在が世界に溶けていくような、深い海の底に沈んでいくような感覚だ。

(……そうだ……頑張ったよな……オレ……)

 もう考えることさえできなくなってきた……。

(……心残りがあるとしたら………いや……やりたいこといっぱい……あるな……

もっと色んな場所に行きたかった、もっと色んなものを見たかった、もっと色んな食べ物を味わいたかった……)

 今際の際で走馬灯のように、次々とやりたかったことが溢れてくる。

 その中でも一番やりたかったのは、やらなければいけないことは……。

(あと……この島を、シニネ島を元に戻したかった……………いや、戻さないと駄目だろう!!)

 生まれ育った故郷に、このままだと訪れてしまう最悪の未来を思うと、意識がはっきりとしてきた。

(シニネ島をこんな状態のままにしておくわけには!それにウォル、メグミ、この島のみんなをオレと同じ目に……トウドウに殺させるわけにはいかねぇだろう!!そんなことさせちゃいけないでしょ!!)

 この島の住民や幼なじみに降りかかろうとしている災厄を思うと怒りが沸々と湧いて、燃えて滾った!

(こんなことしてる場合じゃない!行かないと!戻らないと!でも、今のままじゃ駄目だ!!)

 心に意志が甦ると、身体に力が戻って来た!だが、まだ足りない!

(力が……力が欲しい!故郷を救える力が!友を守れる力が!!)

 生まれてから今までで一番心の底から

欲した!何よりも力を!

(誰でもいい!オレにくれ、力を!大切なものを誰にも奪わせない最強の力を!!)

 “わかった、くれてやろう”……と、青い龍に言われた気がした……。



「トォウ!ドォウゥッ!!!」

 気がついた時には、アストは“敵”の名前を吠えていた……変わり果てた姿で。

 その全身は淡い青色の装甲のような皮膚に覆われ、その爪と牙は人間だったとは思えないほど鋭く尖り、その瞳は星のように爛々と金色に輝いていた。

「どうなってるの、これ……?」

 再び目の前で展開される信じ難い光景に、またウォルの頭は思考停止した。

「つーか、今の声……アストだよな……?ゴウサディンは……串刺しになったままだし……マジどうなってんだ!?」

 メグミの方も同様で現実が受け入れられない。目と同じくらい優秀で自慢の耳が捉えた幼なじみの声にも半信半疑だ。

「アスト君……なんで……?」

 トウドウはその二人以上の衝撃を覚えている。なんていったって自分が殺害した人間が再び立ち上がって来たのだ。これまで手にかけて来た三十四人の中にも、もちろんそんな奴は一人もいなかった。

 それでもトウドウは硬直する頭を無理矢理動かし、答えを探した。

「………まさか……エヴォリストか……?」

「!?」

 思いついた一つの単語がトウドウの口からこぼれ出た。それにウォルが反応する。さっきまで自らを殺そうとしていた奴の言葉で自称天才的頭脳が再起動した。

「エヴォリスト……オリジンズに殺されかけることで発現すると聞いていたが……まさか死体でもよかったのか……?」

「ガスティオンの死骸の爪に貫かれて目覚めたっていうのか……?いや、判定ガバガバ過ぎねぇ!?」

 メグミの率直な意見にウォルも、トウドウさえも内心同意した。しかし、同時にそうとしか考えられない。いや、そんなことよりも……。

「……理由なんてどうでもいいよ……そうだろ、メグミ……!」

「――!?……あぁ……そうだな……あいつが生きているなら……それでいい……!」

 ただ幼なじみの生存が嬉しかった。暗く沈んでいた心が暖まっていく。

「そうだ……大事なのは今、生きているということ……つまり、また殺さなければいけないってことだ……!!」

 一方のトウドウの心は鋭い刃のような殺意で支配されていた。ほの暗い感情が全身を駆け巡り、それが彼の皮膚を伝ってリヴァイアサンに力を与える。

「今度は……そう簡単にはいかないと思うぜ……」

 アストはというとこの島や友人を守るという使命感や、自分達を裏切ったトウドウへの怒りと闘争心が胸の奥でマグマのように燃え滾っている。

 そんな二人が、友達だった二人がゆっくりとお互いに向かって歩き出した。ついさっきお互いにヤーマネを退け、再会した時のように……。

「……もうこれ以上、お前の好きにはさせない……!」

 先ほどと違い、アストは握手をする気など毛頭ない。その証拠にギュッと拳を握り込んでいる。

「僕としたことが、少し感傷的になっていたのかな……死体の爪に串刺しになんてしないで、この手で首を斬り落としておけばよかったよ……!」

 トウドウの方は相変わらず、最初から友人だった者をこの世から消すことしか頭にない。

「その減らず口……聞けなくしてやる……!」

「やっぱり気が合うね……ちょうど僕も同じことを言おうと思っていたところだ……!」

 ジリジリと距離を詰めていく……まだ早い、まだ届かない。

「…………」

「…………」

 無言で更に進んでいく……もう少し、もう少しで届く。

「…………」

「…………」

 限界ギリギリ、あと一歩で射程圏内……。

 その一歩を踏み出した時、射程に入った瞬間……。

「ウラアァァッ!!」

「シャアァァッ!!」

 両者同時に、寸分も違わず同時に拳を繰り出した!色味が若干違う青のナックルは空気を切り裂きながら、ぐんぐんと加速していく!そして……。


ゴオォォォン!!!


 正面からぶつかり合った!

「うおっ!?」

「な、なんだよ!?この衝撃は!?」

 衝突した拳から発生した衝撃は大気を震わせ、木々を揺らし、海を波立たせた!

 あまりの凄まじさにウォルとメグミは両腕で顔を守り、足に限界まで力を入れて、その場にとどまることがやっとだった。

「………」

「ちっ!?」

 その衝撃波の発生源である二人はすでに第二擊の準備に入っていた。拳を引き、代わりに足に力を込め、それを……解き放つ!

「らぁっ!!」

「シャアッ!!」


ゴオォォォン!!


「うわっ!?」

「またかよ!?」

 再び覚醒アストとリヴァイアサンのクロスした足から衝撃波が発生した。傍観者のウォル達はたじろぎ、痛み分けだった当事者二人はすぐさま第三擊の体勢に……いや、違う。


バギィィィン!!!


「な……何ぃぃぃぃッ!!?」

 アストの足とぶつかったリヴァイアサンの脛の装甲に稲妻のように亀裂が入り、そのまま砕け散った。

「ぐうぅ!?」

 ダメージは群青の竜の中身であるトウドウにも伝わり、前のめりな気持ちとは裏腹に身体は不覚にも二歩、三歩と後退してしまった。

「どうやら……パワーはオレの方が上のようだな……」

「貴様……!」

 勝ち誇ったようなアストの言葉に、トウドウの心は逆立った。しかし、事実として脚部の装甲は砕かれ、よく見るとパンチを放った腕にも亀裂が走っている。アストの言葉の正しさを、自分の身で証明してしまっていることが、さらに彼を苛立たせた。

「ふざけたこと……抜かすんじゃないよ!!」

 その苛立ちを解消するために再度、拳を繰り出す!先ほどよりも速く!さっきと違いアストより先に!けれど……。

「でやぁっ!!」


ガァン!!!


「がっ!?」

 先に届いたのはアストの拳の方だった。パンチは的確にリヴァイアサンの群青の仮面を撃ち抜き、さらに無様な後退をさせる。でも、何故先に放ったはずのリヴァイアサンよりもアストの拳の方が速く届いたのだろうか……。

 答えは簡単、至極単純だった。

「前言撤回するよ……パワー“は”じゃなく、パワー“も”だ!スピードもオレが上みたいだ……!」

「ぐっ!?」

 覚醒体のアストのスペックが特級ピースプレイヤーであるリヴァイアサンすら凌駕していただけのことである。

 そんなシンプルな答えが、いや、シンプルだからこそ、アイル・トウドウには許せなかった。

「僕を!リヴァイアサンを!超えているなんて……そんなこと絶対に許さない!!」

 群青の竜は痛めた足などお構い無しに全速力でアストに突進してきた!しかし……。

「許さないのは、オレの方だってんだよぉぉぉぉぉっ!!」


ガンガンガンガンガンガンガン………!!


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 パンチ!パンチ!キック!キック!パンチ!反撃をかわしてカウンター!そのまま頭を掴んで膝蹴り!膝蹴り!膝蹴り!跳ね上がった頭に回し蹴り!がら空きの腹部にボディーブロー!垂れ下がった頭にアッパーカット!さらに追撃!上に!下に!右に!左に!時にしなる鞭のように!時に打ち下ろされるハンマーのように!嵐のように!マシンガンの如く!パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!たまにチョップ!思い出したかのようにチョップ!最後に先ほどの意趣返しに腹にキック!

「がはっ!!?」

 凄まじいという言葉さえ陳腐に思えるほどの圧倒的な密度の攻撃にリヴァイアサンは遂に膝をついた。全身の装甲には無数のへこみと傷が刻まれており、その無様な姿は自分が嬲り嬲ったゴウサディンを彷彿とさせる。

 それを見下ろす覚醒アスト、二人の力関係は完全に逆転していた。

「確か誰かが言っていたっけ……」

「な、何を……!?」

「“圧倒的な力の前では弱者は屈服するしかない”……」

「――ッ!?」

「で、お前はどうするんだ、アイル・トウドウ……?」

「この……!!」

 自分のことを棚に上げて、トウドウは見上げている男のことを“なんて性格の悪い奴!”と、思った。

 自分の言葉をそっくりそのまま返されるなんて屈辱、彼には耐えられない……。だから……。

「アストォッ!ムスタベェッ!!」

「自棄になったか……」

 怒り狂って突撃!アストは迎撃の体勢を取る!……が。

「がああぁぁぁぁッ!!」

「なっ!?」

 猪突猛進の突撃と見せかけての方向転換!我を忘れたように見えたのは演技だった。むしろ彼の頭は冷静に残酷にアストを苦しめる方法を考えついていた。それは……。

「メグミぃ!ノスハートォ!!」

「いっ!?」

 トウドウの狙いは戦いを眺めていたメグミだった。幼なじみである彼を目の前で殺せば、アストの心に一生消えない傷をつけることができる。

 そして、仮にそれが叶わないにしても……。

「シャアァァッ!!」

「ぐっ!?」


ズブッ!


 メグミはリヴァイアサンの貫手が自分に放たれた瞬間、反射的に目を瞑った。何かを貫いたような音が聞こえ、それは自分の身体が鳴らしたものだと解釈した。けれど、衝撃や痛みはいつまで経ってもやって来ない……。

 なので、ゆっくりと目を開けることにした。

「ッ……おれ……死ん……!?」

 彼の目の前に広がっていたのはお花畑ではなく、群青の手に貫かれている淡い青色の背中だった。

「アスト!?」

 再び眼前で起きてしまった惨劇にメグミは悲痛な叫び声を上げる。しかも今度は自分の盾になって……。心が崩れ落ちる音が聞こえた気がした。

 一方のトウドウは群青のマスクの下で……笑っていた。

「くく……はははははははっ!君なら!アスト君なら!そうすると思ったよ!漸く僕の期待に応えてくれたね!まったく君は友達想いのいい奴だよ!!」

 トウドウの真の狙いはこれだった。メグミを庇うアストに致命の一撃を与えること。狙い通りに事が進んで笑いは止まらず、アストを嫌味ったらしく褒め称える。

「お前なんかに褒められても、ちっとも嬉しくないな」

「へっ!?」

「ウラアァァッ!!」


ゴオォン!


「があっ!?」

 何度目かはわからないが、アストの拳がまたリヴァイアサンの顔に炸裂した!

「ぐうぅ………何故……?何故、生きている!?アスト!?」

 よろめきながらも、自分に、いや、アストに何が起きたのかを把握するために目を必死に見開く。その目に入って来たのは信じられない光景だった。

「――!?み、水……!?」

 自身が貫手を突き刺した部分が、液体になっていた。そして、それが不自然に動き、穴をきれいに塞いでしまう……まるで、お前の下らない策は無駄だと言っているように。

「オレもまだ完全に把握したわけではないが……どうも、この身体を液体にする能力がエヴォリストとして覚醒したオレの、アスト・ムスタベの力らしい」

 それは勝利宣言に等しかった。実際にアストもそのつもりで言っている。

「物理的攻撃は今のオレには通用しない……お前に打つ手はないってことだ」

「ぐうぅ……」

 トウドウも頭ではアストの言葉が正しいことは理解していた。しかし、彼の心が、その奥に深く根を張る憎しみが、現実を受け入れることを拒絶する。

「まだだ!僕が!リヴァイアサンが!お前なんか……」


ガクッ……


「――ッ!?」

 急に足から力が抜けた。そのまま倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。けれども、そこから一歩も動けなくなってしまった。

 頭に続いて、身体まで敗北を認めたのだろうか……。いや……。

「だ、ダメージのせいか……?いや、違う……これは……睡魔……!?」

 原因を探ると不可思議な答えにぶち当たった。この状況でトウドウは眠くなっていた。本来ならあり得ないことだが、彼には一つ心当たりがある。それは……。


「漸く効いてきたか……」


「「セリオさん!?」」

 もう聞きたいとどんなに願っても、聞くことのできないと思っていた声が耳に届き、ウォルとメグミは歓喜した。

 セリオ・セントロは健在、両足で地面をしっかりと踏みしめて立っている。

「貴様……なんで……?」

「あぁ、それはな……」

 セリオは着ていた服を開いて見せる。シャツの下には肌着ではなく、赤い液体がべっとりついた防弾チョッキのようなものを着込んでいた。

「昔の仕事道具だ。血糊が吹き出る優れものさ。これで間抜けな敵は出し抜ける」

 ご丁寧になんで生きているのかを説明してくれたセリオ。だが、トウドウがなんでと尋ねたのはそのことではない。

「……あんたの能力……ピースプレイヤーには……効かないはずじゃ……」

「あっ、そっちか。いや、わたしはちゃんと言ったはずだよ……“基本的”にはピースプレイヤーには効果ないって」

「何を……」

「だから、心身と深く結びつき、装着ではなく、融合とも呼べる状態になる“特級”ピースプレイヤーには効く可能性があるんだよ」

「!?」

「今の君が何よりの証明だ。ちょっとしか触れなかったことと、まだ君の適合率が低かったから、時間がかかっちゃったけどね」

「くそッ……!」

 強い悔しさと怒りがこみ上げるが、それさえも襲い来る睡魔の前では無意味だ。

 今にも寝落ちしそうなトウドウ……。そんな彼に救いの手が差し伸べられる。

「眠るのが嫌なら、気付けにどぎつい奴をくれてやるよ」

「アスト………」

「一発か?二発か?それとも……」

「ふざけ……」

「そうか……ありったけだな!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!


「でえりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 アストのパンチのラッシュ、名付けてアストラッシュ炸裂!

 縦横無尽に強力無比な拳が一方的にリヴァイアサンの全身に叩き込まれる!


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!


「がっ!?」

「とどめェッ!!!」


ガアァァァァァン!!!


 リヴァイアサンは群青の破片を撒き散らしながら、吹っ飛んだ。アイル・トウドウは殺したはずの友の拳を受け、海の彼方へと消えていったのだった。


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