真相
光が消えると、代わりに海の底のような深い青色をした流線形で、まるで竜のような形をしたピースプレイヤーが出現していた。
「トウドウ君……それって……?」
「あぁ、ウォル君そうだよ。これが君が話してくれた噂話の真相……特級ピースプレイヤー、リヴァイアサンは実在した……!」
「マジかよ……!?」
自慢気に群青の装甲に包まれた両腕を広げるトウドウの姿にウォルとメグミは驚きの声を上げ、セリオは無言で見つめることしかできなかった。
「……リヴァイアサンが本当に実在しただけでもびっくりなのに、まさかトウドウ君が装着できるなんて……」
「ん?装着自体はロックかなんか解除できれば誰でも装着できるんじゃねぇのか?」
「メグミ……君という人間は……はぁ……」
堂々としているリヴァイアサンとは対照的に、自分の方を横目で見ながらアホみたいな顔で首を傾げる友人に、ウォルは深いため息をついた。
「リヴァイアサンは特級ピースプレイヤーだよ!“特級”!人間の感情を力に変えるオリジンズのコアストーンと全身が同様の特性を持っている特級オリジンズで作ったピースプレイヤーなんだよ!」
「お、おう、それがどうしたんだよ……」
「どうしたじゃないよ!だから、特級ピースプレイヤーも人間の感情を力に変えることができる!その代わり適合する人間以外は装着できない!子供の頃から何回も……少なくとも七回は教えたよね!?」
「あっ、はい……そう言えばそんなこと仰ってましたね……」
ウォルの剣幕にメグミは圧倒された。けれど、ウォルは別に怒っているわけではない……興奮しているのだ!ずっと探し求めていたものが目の前に現れて!
そして、彼の推測が正しければ……。
「とにかく!あれなら!リヴァイアサンなら!狂暴化したヤーマネぐらいなんてことないはずだ!!」
「そ、そんなにすげぇのか!?」
「そんなにすげぇんだよ!!」
まさに暗闇に射す一筋の希望の光。トウドウとリヴァイアサンのおかげで形勢は一気にウォル達に傾いたのだ!
「ニャア……」「ナァ……」「ニャッ……」
それは三匹のヤーマネも頭ではなく本能で理解していた。その証拠にウォル達がはしゃいでいる間も下手に動こうとせずに、突然目の前に現れたリヴァイアサンを六つの瞳で隅々まで観察している。
「見ているだけでいいのかい?」
「ニャ!?」
ヤーマネとリヴァイアサンの視線が交差する。
群青の仮面の中心付近にある鋭い血のような赤い二つの眼に見つめられると、獣達の足がすくみ、自然と二歩、三歩と後退してしまう。
「賢いな……力の差を理解しているのか……けれど……」
リヴァイアサンは尖った指先をピンと伸ばし、手刀の形を作る。そして、感触を確かめるように、ゆっくりと構えを取った。
「逃がすつもりはない……これの、リヴァイアサンのウォーミングアップにはちょうどいい相手だか……」
「ニャアァァァァァッ!!」
突如として一匹のヤーマネが飛びかかって来た!当然、トウドウの言葉を理解したわけではない……だが、わかってしまったのだ、目の前の群青の竜が自分達に何をしようとしているのかを。それを防ぐためには恐怖を乗り越え、立ち向かわなくてはならない!いや、例え結果が変わらなくとも、彼らの野生が逃げるという選択肢を許さなかった。
「そうだ……それでいい……!」
仮面の下でトウドウが不敵な笑みを浮かべる。
今の彼は全てが自分の思い通りになるような全能感に包まれている。それをより実感するための生け贄があっちから来てくれるとなると、笑わずにはいられなかった。
「ニャアァァァァァッ!」
ヤーマネは自己を証明するように体を大きく広げ咆哮した……それが彼の最後の姿だった。
獣と群青の竜が交差する刹那!リヴァイアサンはその一瞬のすれ違い様に手刀を振り抜く!
ザンッ!ブシュ……
竜を通り過ぎたヤーマネは空中で真っ二つに裂け、血と臓物をぶち撒けながら地面に落ちて行った。
「それでいい……力の差など弁える必要などない……馬鹿みたいに突っ込んで、無駄死にすればいいんだよ」
「キシャアァァァァァッ!!」
同胞を侮蔑されたことに怒ったのか、それとも最初から一匹犠牲にして隙を作るつもりだったのか、はたまた野生の衝動に突き動かされているのか、なんにせよ二匹目のヤーマネが背後からリヴァイアサンを強襲した!……が。
「フン」
背中に目がついているのかと錯覚するぐらい、あっさりと軽やかに群青の竜は獣の爪をひらりとかわした。
これまた刹那の一時、ヤーマネの驚愕に揺れる眼差しと、それを見下ろすリヴァイアサンの視線がぶつかった。
「まさか、仲間の仇とか薄ら寒いこと考えてないよね?どうでもいいけど」
ザンッ!
リヴァイアサンが手刀をヤーマネの首筋に一直線に振り下ろす。深い海の底のような色をした手のひらは何も存在しなかったかのように獣の身体を通過する。
「ギロチンにかけられるのは罪人ではなく、愚か者なんだよね」
ヤーマネの頭がゴロンと地面をバウンドする。身体の方はその隣で血を吹き出しながら横たわっていた。
「ニャアァァァァァッ!!」
「ラスト一匹……」
三匹目は口を限界まで大きく開いて突進してきた!その口に……。
「――ニャッ!?」
手を突っ込む!そして上顎を右手で、下顎を左手で掴んで……。
「僕のことを噛み殺すにしても、食べるにしても、もっと口は大きく開かないと駄目だよ……こんな風に……!!」
ギチャアーッ!!
リヴァイアサンが両腕を上下に動かすと、ヤーマネは無惨にも口元から引き裂かれてしまった。
「過大評価だったな……ウォーミングアップにもならない」
群青の竜はまるでゴミを捨てるように、今、自らの手で命を奪ったものを地面に投げつけた。
「す、すごい……!」
「あぁ、めちゃくちゃヤバいな……」
離れて見守っていたウォルとメグミは語彙力を失った。
その凄まじい強さに……そのえげつない戦い方に……。
「あいつ……」
一方のセリオは脅威が去ったはずなのに警戒を解いていない。むしろ、さらに強めている……。
「セリオさん!ウォル!メグミ!!」
「「アスト!!」」
困難を退け、一息つこうとしていたウォル達の耳に子供の頃から聞き慣れた声が届く。声のした方向を向くと青と銀の装甲を纏った幼なじみがこちらに駆け寄っていた。なんとか彼もヤーマネの群れを撃退することに成功したのだった。
「みんな!大丈夫か!?」
「なんとかな」
「アストは……大丈夫なの?」
ゴウサディンの全身にはへこんだ跡や無数の傷が刻まれ、皆と別れた後もアストが孤独な激闘を続けていたことを雄弁に語っている。
「まぁ、ゴウサディンはこの様だけど、中身のオレは問題ない……無茶苦茶疲れてはいるけど」
「そう……なら、いいんだ」
「っていうか、何匹か止められなくてこっちに来たはずだけど、どうしたんだ?」
「それは……トウドウ君が……」
「トウドウ君?」
あの惨劇のことを思うと、少し口が重くなったが、それもこれも自分達を助けるためだと言い聞かせ、ウォルは恩人の名前を呟きながら顔を動かした。
アストもウォルにつられ顔を横に向けると、視界の中に見慣れぬ、けど親しみを感じる青い竜の姿が飛び込んで来た。
「お疲れ様、アスト君」
「その声!?本当にトウドウ君なのか!?」
「あぁ、そうだよ、アイル・トウドウだ。そして、これがリヴァイアサン……噂通り祠に隠してあったんだ」
「へぇ……ウォルの言ってたことマジだったのか……」
二人は会話をしながらお互いに歩み寄る。ゆっくりと一歩ずつ……。
「これを手に入れられたのはアスト君のおかげだ。もっと言えば君と地下室に行っていなかったら、僕も今頃、理性を失い島中を歩き回っていたはずだ」
「そんなこと……」
「アスト君……本当にありがとう」
「トウドウ君……」
トウドウは手を差し出した。アストは握手を求めているのだと思った……それがとんだ勘違いだとすぐに理解させられた。
「そして、さようなら」
「えっ……!?」
「ムスタベ!下がれ!!」
ザンッ!
トウドウは突然手のひらを返し、ゴウサディンを手刀で下から切り上げた。
しかし、そのことに僅かに早く気づいたセリオの言葉でアストは後方に下がり、ゴウサディンのボディーに新たに今までで一番深い傷をつけられるだけで済んだ。
「――ッ!?どういうつもりだ!トウドウ君!?」
その傷の具合から、もしほんの少しでも回避が遅れていたら、傷は中身のアスト自身にも届き、鮮血を吹き出していたのは間違いない。何故そんなことをされたのかアストには理解できなかった。
けれども、トウドウからしたらそれは感謝の証、彼なりの優しさなのだ。
「せっかく、苦しまないように一瞬で終わらせてあげようと思ったのに……」
「何を言ってるんだ……?」
「だから、君には感謝しているんだって……君のおかげでこの力を、リヴァイアサンを手に入れられたからね……」
「それが意味わからないって言ってんだよ!!これのどこがお礼なんだ!?いきなり理由も言わずに斬りかかることが!?」
「うーん……確かに意図を言わないのは礼節に反するか……わかった、教えてあげるよ。君には本当に感謝しているから僕の秘密とこれからの計画を」
「秘密……?計画……?」
リヴァイアサンの仮面の下で再びトウドウは笑みを浮かべた……それはそれは醜悪な。
「本土で見つかった三十三人の死体……あれ、僕が殺したんだ」




