不可解なバトル
プロティーブル解放戦線が根城にしていたのは、車両倉庫のようだった。開けた空間に放置された電車が何台かあり、その内部を改造し、住居や作業場として活用しているようだ。
そしてそれらをバックに杖をついたリーダーのネイザン、サブリーダーのバーズリー、鉄砲玉のザット、その他戦闘員が展開している。
「……一つ質問していいか?」
「いいですよ。足を折ったお詫びにスリーサイズと本名以外なら、できるだけ答えます」
「では……素顔で会うのは初めてだが、何故おれが解放戦線のリーダー、ネイザンコルバックだとわかった?」
前回の戦いではピースプレイヤーを装着しているので確かにアストはネイザンの顔を見てはいない。けれど彼は目の前にいる白髪混じりで眼鏡をかけた逞しい男がネイザン・コルバックだと理解している。
何故ならここに来る前に教えられたから。
「とある人から写真を見せられました。あの時戦ったあなたと隣にいるバーズリー、ティアニー、あとここにはいないがペリーコとアチェルビとバナン……組織の中心人物だから覚えておけと」
「そうか……そりゃそうだよな。ターゲットの顔を知らないで来るはずなんてないよな」
我ながらバカな質問をしたとネイザンはクククと自嘲した……一瞬だけ。
すぐに真顔に戻ると、真っ直ぐと覚醒アストの金色の瞳を見つめ直し、重い口を開いた。
「……君に我らのことを教えたのは、イゴール・カスティージョか?」
「……はい、その通りです」
「あの野郎……!!」
イゴールの名前を聞いたとたんにザットは顔を醜く歪め、他の解放戦線も拳を強く握り、震え始めた。どちらの現象を起こしているのも激しい“怒り”が原因だ。
「……イゴールさんと何かあったんですか?」
「あったも何もあいつはな!」
「ザット!!」
「――ッ!?」
メンバーの中でも一際血気盛んで、イゴールに対して深い憎悪を抱いている青年が感情の赴くままに思いの丈を吐き出そうとしたが、リーダーが制止した。
「わざわざ話す必要もないだろう。ああは言ってるが、本当はすでに事の顛末を聞いているやもしれんし」
(マジで知らないんだけどな。っていうか、ここで止められるのは生殺しだよ)
青き龍も震えた、好奇心で。震えたというよりソワソワした。
「それで何も知らない君が何故ここまで?パジェットコープから謝礼でも貰ったのか?」
「理由は色々とありますが……できる限り穏便に事を済ませたいと思って。どうか大人しく投降してくれませんか?」
(勝手なことを)
(どこまでも善人ぶるか)
(お優しいこって。でも……)
投降を促すアストを六覚星の面々は呆れ、バカにした。本当に何もわかっていないなと。
そして微妙に違うが、受け入れられないという点では解放戦線も同じだった。
「その言葉を飲めるなら、こんなことにはなってない。おれ達はこの国をあるべき姿に戻すために必ずやパジェットコープを潰す」
「交渉決裂ですか。なら、速やかにあなた方を制圧します」
アストは一瞬だけその瞳に憂いを見せたが、すぐにそれを闘志の炎で上書きすると腰を落として、構えを取った。
「一人でやるつもりか?」
「なんかいじめられてるんで、オレ」
一応、肩越しに確認して見たがダドリーは動く気はないと腕を組み、レスコットはこっちを見るなと目を逸らし、フーグラーのドローンからは小さく「がんばれ」と聞こえた。
「難儀してるようだな」
「ええ、一応は観光って名目で来たはずなんですけどね……」
「では、おもてなししようか?我ら全員で」
「「「!!!」」」
リーダーの言葉を合図に解放戦線のメンバーも身構えた……が。
「効かないとわかっている脅しなんてやめましょうよ。最初に戦った時、そしてここに来るまでにどれだけの仲間がオレにやられたかは理解しているはず」
「有象無象が集まったところで君は倒せんと?」
「イエス。そして結果がわかっているのに、戦って来いと命じるほどあなたは愚かな指揮官ではない」
「フッ……やはり強いだけの男ではないか」
ネイザンが手を挙げると、戦闘態勢を取っていた解放戦線の面々は一斉に構えを解いた。
「閉鎖空間で囲んで電気で攻撃すればあわよくば……などと、甘い考えは見事に打ち砕かれたからな。我らは君にこれ以上の抵抗はするつもりはない」
「でも投降するつもりもないってことは……まだ手札が残っているってことでしょ?」
「あぁ、君に対して使うつもりはなかったが……プロティーブル解放戦線の切り札を披露しよう」
そう言ってネイザンがパチンと指を鳴らした。すると……。
「呼ばれて飛び出てってか!!」
ドスウゥゥゥゥゥン!!
「ッ!?」
放置されている車両の奥からネイザンとアストの間に何かが落ちて来た。それはピースプレイヤーだった。
「特級ピースプレイヤー『ログケプト』見参!装着者は先ほどちらりと名前が出た『ジェイミー・バナン』だ!以後お見知りおきをブルードラゴン!!」
二人の間に割って入ったピースプレイヤー、ログケプトは全身、特に両手両足に重点的に装甲を盛られた力強いデザインのマシンだった。まるで……。
(パワフルなオレみたいだ)
まるでパワー特化形態に変形した自分を彷彿とさせる姿にアストは警戒レベルを上げた。いや、見た目だけではない。
(奴が出てきて空気が……冷たくなった気がする。この感じ、特級か……!!)
アストが警戒を強めたもう一つの理由、この空間に漂い始めた冷気を感じたからだ。その雰囲気から一筋縄ではいかないと、さらに気を引き締める。
「さすがに見ただけでビビって尻尾巻いて逃げるようなことはしねぇか!!でも、もう少し驚いてくれねぇと、盛り上がりに欠ける!!」
「そのマシン、特級だろ?幸か不幸か特級とは何回か戦ったことがある。リアクションも薄くなるさ」
「だけど、それなら特級の強さを知ってるはず!なのにそんな冷静なのは……」
「完全適合した特級は強い。だが、あんたはオレが見た特級の中では……一番弱く見える」
「はっ!言ってくれるじゃねぇか!!なら、その評価が間違いだと、その身に教えてやろう!!」
先に動いたのはログケプト!地面が抉れるほど蹴り出し、アストに一気に肉薄する!
「ログケプトのパワー!受けられるか!!」
そして勢いそのままに巨大な右拳を撃ち下ろした……が。
「やだよ」
ブゥン!!
覚醒アストは容易く回避!さらに拳を放った方、右側面に回り込むと……。
「はあっ!!」
後頭部に向かって、左足で蹴りを繰り出した!龍の青く伸びた脚は鞭のようにしなり無防備な部分に……。
「うおっと!」
ガァン!!
「――ッ!!?」
「ぐっ!?」
キック不発!ログケプトは背筋を躍動させ蹴りに向かって逆に頭をぶつけに行き、威力を相殺……まではいってないが、ダメージを減らし、足を弾き返した!
「いい蹴りだ。もろに食らっていたら、今頃ぐっすりだったろうな。だが!!」
さらにログケプトは上半身を捻り、空振りに終わった右腕で裏拳を放った!
ブゥン!
しかし、これまた空振り。一瞬だけ驚いたがアストはすぐに気持ちを立て直し、身体を仰け反らせて反撃を躱した。さらに……。
「はっ!!」
ドゴッ!!
「――ぐっ!?」
「ちっ!!」
さらに回避運動の反動を利用して、足を伸ばして前蹴り!街中で遭遇したオリジンズ、フレングに対して使った攻撃だ!しかしあの時と違ってログケプトは吹き飛ばない。
「そんな適当な蹴り……このログケプトには通用しないぜ……!!」
「だったら、これならどうだ!」
覚醒アストは踏ん張っていた軸足も地面から離し……。
ドゴッ!!
「む!?」
もう一発キック!これもまた効かなかったが、その反動を利用してアストの方が吹っ飛び、間合いを取った。
そして空中を移動する龍の手は大きく開いていて、指の先に水の球が……。
「散青雨!!」
ババババババババババババババッ!!
吹き飛びつつ腕を勢いよく振り抜くと、指の先の水の球は分裂し、数を増やしながら射出された!水の散弾はログケプトの前方、逃げ場はないぞと広がり、その身体に……。
ババババババババババババババッ!!
着弾!全身の至るところに青き龍がもたらす裁きの雨が降り注いだ……が。
「汚ぇな」
ログケプトの装甲の表面に傷をつけることができたが、戦闘不能にさせるようなダメージは与えられなかった。
(硬い。サカタさんほどじゃないが、生半可な攻撃では倒せないぞ)
アストの脳裏に過ったのは、昨日決着をつけられなかった白き骸骨のようなエヴォリスト。目の前の特級ピースプレイヤーに彼と似た匂いを感じると、微かに寒気がした。
(……ちょっと寒いな。少し遅れてビビり始めたのか?でも今さら弱気なところは……)
「見せられない!!」
後退から前進!着地と同時に方向転換し、再びログケプトと殴り合いできる間合いに侵入する。
「離れたり近づいたり……節操がないな!!」
特級はもちろんそれに対し迎撃を、カウンターのストレートパンチを放つ。
ヒュッ!!
けれどそれを青のエヴォリストは上半身を軽く動かして難なく回避。そして……。
「うりゃあっ!!」
お返しにとこちらもストレート!
「ふん!!」
ログケプトは咄嗟にバックステップ。リーチの外にエスケープす……。
パァン!!
「……なんだと?」
射程外に逃れたはずなのに拳に被弾!顔面を撃ち抜かれてしまった!物理的ダメージこそないが、装着者バナンの精神的ダメージは大きく、頭の中が?マークで一杯になる。
(流水拳)
何故そうなったかというともちろんそれはお馴染みの覚醒アストの十八番、腕の一部を液体化させて射程を伸ばす技のせい。
相手との間合いを正確に測れる優秀な敵にこそ効果を最大限に発揮すると言われる流水拳……今回もうまいこと刺さったみたいだ。
「はあっ!オラァッ!せいやッ!!」
パァン!パァン!パァン!!
「――ッ!?」
ログケプトは青龍のちょっとした手品に翻弄され続けた。避けようとしても避けられず、ガードしようにもタイミングがずれる……打たれっぱなしのサンドバッグ状態だ。
(なんだ!?こいつの攻撃に全然対応できねぇ!!好き勝手人のことを殴りやがって……だが、威力は大したことないな。これなら!!)
ログケプトは意を決して、防御から反撃へ転じるために一歩踏み出した。
ドゴオッ!!
「……がっ」
そのタイミングに合わせてボディーブロー!流水拳ではなく、通常のアストの拳が脇腹に突き刺さった!
(いくら硬くても想像していない場面で強打をもらうのは精神的に堪えるだろ?そして一発でもそれを経験してしまうと……もう疑心暗鬼だ!!)
「はあっ!!」
パァン!ガァン!ドゴッ!!パァン!ドゴッ!!
「――ッ!?」
覚醒アスト再びの連打!しかし今回は流水拳だけでなく通常の打撃も織り交ぜ、僅かだが確実に肉体へのダメージも蓄積をしていく。
(急に拳に力が……まずい。いくらログケプトが硬いと言っても、ここまで一方的にこの威力で打たれ続けるのはまずい!!だが、何故あそこまでこいつのパンチが回避しづらいのかが……わからない!!)
バナンはアストの狙い通り混乱し切っていた。何がなんだかわからず動きが緩慢でおざなりになり、さらに打たれ放題に……。
(そろそろ仕上げにいってもいいかな)
反対にアストの脳内では冷静に勝利への道筋が組み立てられていく。
(まず流水拳のフックでテンプルを撃ち抜く。ダメージは与えられないが、それで体勢は崩せるはず。そこにすかさずハイキック。それで今度こそKOできるのが最良。できないなら気絶するまで……殴って蹴る!!)
作戦が決まると青き龍は間を置かずにそれを実行に移す!
(喰らえ!!……あれ?)
刹那、自らの勝利のことしか考えていなかったアストの脳裏にノイズが走る。この状況おかしくないか。
(オレは前回の解放戦線との戦いで液体化を見せている。物理攻撃が効かないところを。だから今日、オレを迎撃しにきた奴らは本来持っていない電気で攻撃できる武器を装備していた。なのにこの特級は……今までの戦いぶりから見て、シンプルな格闘戦型……おかしいだろ)
「そして結果がわかっているのに、戦って来いと命じるほどあなたは愚かな指揮官ではない」
「フッ……やはり強いだけの男ではないか」
(あの会話は事実なはずだ。ネイザン・コルバックという男は負ける戦いに部下を送り出すような人間じゃない。だとしたら……)
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらもアストの身体は事前の指令通りに敵のこめかみに向かってフックを繰り出す。腕を液体化して、リーチを延長しながら……。
パキッ……
「!!?」
延長できず!正確には腕の変形の速度が著しく鈍かった!うまく肉体を液体に変換できずに射程を伸ばせない!その結果……。
ガッ!!
「くっ!?」
「はっ!ようやくか……!!」
拳と頭の間に腕を挟み込み、きれいにガードされてしまう。今までのがなんだったんだと言いたくなるくらいあっさりと防がれてしまった!
「ここからこっちの番だぜ!!」
そして反撃のナックル!青龍の心臓を撃ち抜かんと、身体の中心に巨拳を捻り込む!
(ここは液体化で……)
覚醒アストのファーストチョイスは彼の代名詞となっている液体化。しかし……。
(いや、ダメだ!!)
まさについさっきの変形不全のことが頭に過り、即却下。代わりの案、腕を動かし、セカンドチョイスを実行する。
「青龍乱力!!」
ガッ!ガギィッ!!
「「――ッ!?」」
打撃のタイミングを見計らい、最小限の力で敵の攻撃を逸らし、無効化するムスタベ家に伝わる防御術、青龍乱力……なんとか成功。
完全に勢いを殺し切れずに抑えに行った手が弾かれてしまうが、ギリギリ自分に当たらない軌道に変更することはできた。
「やっぱ兄貴ほどうまくできないか。だがこれで!!」
ゴッ!!
「――ッ!?またか!?」
覚醒アストは僅かにできた隙にまた前蹴りを放ち、ログケプトを発射台代わりにして、再び反動で安全圏まで離脱した。
「ちょっと旗色が悪くなっただけで逃げるのか?」
「そのちょっとを軽んじると、手痛いしっぺ返しを食らうのが勝負というものでしょ?」
「違いねぇ」
肩を揺らして笑うログケプト。
対照的にアストは一切笑みなど浮かべず、眼球だけを動かして、自らの腕を見る。自身に起きた異変について知るために。
(あの時、オレの身に何が……ん?)
優しい青色をしている覚醒状態の腕、それが今は微かに白くなっていた。まるでそれは……。
(霜みたいなものが……ってまさか!?)
アストは今度は顔を大きく動かし、周囲を見回した。するとそこには当たっていて欲しくなかった予想通りの光景が広がっていた。
「キョロキョロしてないでピースプレイヤーの一体くらいとっとと片付けろよ」
「本当に……早くここから出たい」
「だってさ」
なら手伝えよ!……という気持ちは置いておいてアストの戦いを観戦していたダドリーとレスコットも寒そうに身体を擦っていた。その周りを飛ぶフーグラーの操作するドローンや、背後に控えるカリギュアには自分の腕と同じく霜のようなものが……。
(間違いない、これは……!!)
アストは確信した。今、この空間で起きている現象を、そして自身がこの戦いのそもそもの前提を大きく勘違いしていたことに。
「プレッシャーにビビって寒気を感じていたんじゃない……実際に気温が下がっているんだ!それでオレを凍らせ、液体化を阻害した……!!」
「正解」
目の前にいる特級ピースプレイヤーはアストの言葉を肯定し、称賛するように手を叩いた。
「お察しの通り、それがこのログケプトの能力……」
「違う!だったらもっと直接的なやり方をするはずだ。つまり……もう一人いるんだろ!」
アストの言葉に仮面の下でバナンは……笑った。
「はっ!やっぱ誤魔化せねぇか!おいバレちゃったぞ」
「らしいですね」
ログケプトの声に呼応し、また車両の奥から新たな機体が彼の隣に飛んで来た。新たな特級ピースプレイヤーが……。
「解放戦線『ミルコ・アチェルビ』と特級ピースプレイヤーの『キオンフェクス』……助太刀させてもらう」
「つーわけでここからタッグでやらせてもらうぜ。特級タッグでな……!!」




