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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
離島編
13/85

採取

「ナァ!?」

 ヤーマネ達は虚を突かれた。突然、走り出したアスト達に何もできずに、ただその場に立ち尽くす。それでもなんとか状況を把握して反撃しようと四本の足に力を込める……が、僅かに遅かった。

「ゴウサディン!シュート!!」

「ナッ………」


ゴォン!!!


 進路上にいたヤーマネの顎をゴウサディンはフルパワーで蹴り上げる!獣は為す術なく、血で空中に軌跡を描き、ぐるぐると回転しながら海の彼方へと消えていった。

「よっしゃ!先制点はオレ達だぜ!このや野郎!!」

 ゴウサディンは軸足を起点に旋回、同胞を見送ることしかできなかったヤーマネ達に挑発の言葉を投げつけた。

 その横をセリオ達は通り抜ける。言葉をかけることも、振り返ることもしない……。

 彼らにできるのはこの無茶で優しい青年のしぶとさを信じることだけだ。

「ニャアァァァァァッ!!」

 仲間をやられた恨みは相手の仲間を屠って返してやる!……などと思っているかは定かではないが、一匹のヤーマネがゴウサディンではなく、逃げるセリオ達の背中へと猛スピードで向かっていく。

「させるかよッ!!」

 咄嗟にアストは拳銃を呼び出した……あれだけ嫌がっていた拳銃を。

「お前達も被害者みたいなもんだから、申し訳ないとは思うけどよ……手段を選んでいられるほど、オレは強くないんでな!」

 この絶望的な状況で、ポジティブな要素があるとしたら、相手が人間ではないこと……。つまり、アストがゴウサディン・チュザインのフルスペックを発揮することに躊躇しないことだろう。

 ゴウサディンは走るヤーマネに狙いをつけ、引き金を……引いた!


バンッ!


 弾丸は見事に命中した!……木に。

「ニャアァ!」

 獣はその身に宿る野生の本能と、研ぎ澄まされた五感で銃撃を感知!そして、凄まじい反応速度で回避したのだ。

 だが、そうなることはアストも折り込み済み。

「射撃訓練もしたことない素人が、ぶっつけ本番で動く的に当てられるとは思ってないさ……ただほんの少し、動きを止めてくれればぁ!!」

「ナァ!?」

 ヤーマネが声のした方向を向くと、そこにはまたまた強烈シュートを撃とうとしている青の敵機が!自分がそいつの手のひらで踊らされていたことを獣は理解し、後悔した。

「二点目いただき!シュート!!」


ゴォン!


 今度は側頭部、人間で言うところのこめかみの部分を力の限り、蹴っ飛ばした!獣はうまいこと木々の間をすり抜け、森の奥へと消えていった。

「よし!あと……」

「ニャアッ!」

「――なん!?」


ザンッ!!


「ぐうっ!?」

 いつの間にか別のヤーマネが懐に入り込んでいた!そいつは飛び上がりながら、自慢の爪でゴウサディンを切り裂こうとする。しかし、アストに気づかれたのが、ほんの少しだけ早かった。

 ゴウサディンは頭を、身体を反らし、ダメージを最小限に、青いメタリックボディに三本の引っ掻き傷だけで済ますと、伸び切ったヤーマネの横腹を……。

「オラァッ!!!」


ガンッ!


 警棒でぶん殴る!今回は吹っ飛んだ先に木があったので、獣はそこにおもいっきり叩きつけられた。

「ふぅ……これで一息……」

「ナァッ!!」


ガン!!


「ナ……」

「なんて、つけるわけないよな!!」

 後ろから隙を伺っていたヤーマネの強襲!けれど、気配を読んでいたアストはあっさりと回避し、逆に振り向き様にカウンターでどぎつい一発をくれてやった。

「ナァッ!「ニャアッ!」「ニャニャ!」

 これだけやっても攻撃は止まない。むしろ激しさを増すばかりだ。今度は三匹同時に襲いかかる。

「鬱陶しいんだよ!!」

 アストは一匹目を直前の奴と同様にカウンターで撃破!

 二匹目は攻撃を回避すると横腹に今度は後ろ回し蹴りを食らわしてやった。

 そして、三匹目は……。

「さすがに素人のオレでもこの距離なら外さない……!」


バン!バァン!!


「ニャアァァァァァッ!?」

 目と鼻の先まで迫っていたヤーマネに冷静に照準を合わせ、弾丸を放つ。それでも一発は空に飲み込まれてしまったが、もう一発は見事に獣の肩を貫いた。

 ヤーマネは体勢を崩し、地面へと落下、一回軽くバウンドしたところに……。

「おまけだ!食らっとけッ!!」

 三度目のゴウサディンシュート!今回は木を飛び越えて、空の彼方に飛んでいった。

「ニャア……」「ナァ……」

 立て続けに同胞が撃破され、殺気立っていたヤーマネ達もさすがにクールダウンし、攻撃の手を緩めた。だがしかし、それでも退く様子は微塵も感じられなかった。

 距離を測るようにゴウサディンの周りをゆっくりと、ぐるぐると旋回する。

「このままずっとお散歩してくれるとありがたいんだがな……」

 そんなことにはならないことはわかりきっているので、アストは改めて電磁警棒を、拳銃を構え直した。

「でも、オレに注意が向いているのはいいことだ……!できればスタイルが良くて、笑顔のかわいい女の子に言ってやりたいセリフだけど……お前はオレのことだけ見ていればいい……!!」

「ニャアァァァァァッ!!」

 見るだけでは満足できないようで、我慢できないヤーマネ達は青い獲物に一斉に飛びかかる!

「出し惜しみはしない!アスト・ムスタベの全てを出し尽くしてやる!!」



「はぁ……はぁ……やっと会えたね、ガスティオン……!」

 息を切らしながら、ウォルター・ナンジョウは喜びの声を上げた。

 現実にはシニネ島がこんな緊急事態になって、半日程度しか経っていないが、ウォルの体感ではその何倍もの時間が経過したようにも感じていた。その地獄を終わらせる鍵が目の前にあると胸に込み上げるものがある。

「感極まってる場合じゃないぞ、ナンジョウ!まだ何も終わっちゃいない!」

「は、はい!」

 現実に引き戻されたウォルは、ガスティオンの死骸の前でいつの間にか立ち膝をついているセリオの隣へ。彼はポケットから様々な道具を取り出している。

「ノスハート!」

「わかってます!周りはおれが見ときますんで、そいつに集中してください!」

 メグミは一人中腰になり、セリオ達の背後で頭を忙しなく動かし、どんな小さな違和感も見逃さないように注意を払う。

「ナンジョウ!トウドウは!?」

「はい!さっき本人の提案通りに祠に向かいました!」

「本当に行ったのか……?まぁ、行っちゃったものはしょうがないか……」

 トウドウはこの場にいなかった。走っている最中に自分は祠に向かうと勝手に宣言して、取り付く島もなく走って行ってしまった。

 セリオとしても彼の単独行動は心配だったが、今もヤーマネ達と激闘を繰り広げているアストのことを考えると、少しでも早く目的を達成させなくてはと思い、トウドウの存在を頭から追い出して、目の前のガスティオンに全神経を集中させた。

「ナンジョウ、大丈夫だとは思うが、マスクと手袋をしろ……目は眼鏡があるからいいな」

「はい」

 言われるがままウォルはセリオに渡されたマスクと手袋を装着。セリオはそれに加えてゴーグルをかけた。

「このカプセルの蓋を開けておいてくれ。昔の仕事道具でオリジンズの体液を採取する用に作られた特別製だ」

「わかりました!……三つしかなかったんですか?」

「三つしかなかったんです」

 カプセルの蓋をひねりながら、ウォルはセリオに聞き返した。サンプルは多いに越したことはないからだ。

「三つもあれば、なんとかなるさ」

「っていうか、なんとかならないと困ります」

「それもそうだな……っと……」

 会話をしながらセリオはガスティオンの体表を手袋を着けた手でペタペタと触っていく。縦横無尽に手を動かし、布越しの感触を確かめていく。そして……。


ヌッ……


「――!?ここにするか……!」

 指の先が僅かに沈み込む感触がした。セリオはその感触を探し求めていたのだった。

「ナンジョウ!少し下がってなさい!」

「は、はい!」

 命じられた通り、ウォルは三歩ほど後ろに下がった。それを確認すると、セリオは目の前に四本ほど置いてあるナイフの中から一本選び取り、刃を展開させた。

「ここなら……このナイフでも……いけるはず……!!」

 探し当てた場所に刃を力込めて突き立てる……が。

「うぉっ!?」

「セリオさん!?」

 刃が皮膚を滑り、力を込めていたせいか、危うくセリオはガスティオンの死骸に顔面からダイブしそうになった。

 その様子を後方から見ていたウォルは声を上げ、不安そうに見つめている。

「……心配するな……ちょっと手元が狂っただけだ」

「それなら……いいんですけど……」

「それに悪いことばかりじゃないぞ、ほら」

 セリオは顎でウォルの視線をさっきまでナイフを突き立てていた場所に誘導する。そこには小さいが、間違いなく傷がついていた。

「これって……」

「あぁ、こんなナイフでもこの皮膚は切り裂けるってことだ。正確には、それほどまでこいつ弱ってる……死んでるんだから当然か」

 ウォルと会話をしつつも、セリオは手に持っていたナイフを置き、その隣にあるもう一回り大きなナイフを手にした。

「こっちの方が力が伝わる……だろ!!」

 セリオは今度は滑らないように、できるだけゆっくりと、かつ最大限に力を込めてナイフをガスティオンに突き立てた。

 ミチミチと不快な感触をナイフを通して感じる。それに怯まずさらに力を、体重を刃に乗せていく。そして……。


ザシュッ……


 遂にナイフが皮膚を突き破った!苦労の末、開いた傷からはドロリと粘度の高い血液が滴り、表皮をつたって流れていく。

「やった!やりましたよ!セリオさ……」

「喜んでる暇はない!空気に触れた血液がすでに分解を始めている!!」

 飛び上がって全身で歓喜を表現しようとしたウォルをセリオが一喝した。彼の言葉通り、血液は早くも白い煙を上げて蒸発しようとしていた。

「マジか!?本当にそんな場合じゃないじゃない!!セリオさん!これ!」

「あぁ……」

 ウォルは慌ててセリオの隣へ行き、先ほど彼から渡されたカプセルを一つ返した。

「よし……これで……」

 セリオはそのカプセルで流れる血液を受け止める。そして、ドロドロとした半固体とも言えるものがカプセルの半分ほど溜まると……。

「ナンジョウ、次だ……」

「は、はい!」

 血液の入ったカプセルを隣のナンジョウに渡し、代わりに空のカプセルを要求する。血が溜まるのを全神経を集中して見ていたウォルはまた慌てたが、なんとか指示通りカプセルを交換することに成功する。

「蓋を締めたら、スイッチみたいなのがついてるだろ?それを押せば空気が抜けて、真空状態になる。そうすれば、血液は分解しないはずだ……多分」

「多分ですか……」

「多分ですよ」

 不安そうなセリオよりも、さらに不安そうなウォルは命じられるがまま慎重に蓋を締め、スイッチを押した。するとフシューとカプセルから空気が抜ける音がした。カプセルを僅かに振ってみると、液体が波打つ感触を感じる。二人の心配は取り越し苦労だったようだ。

「なんか……大丈夫っぽいですよ……」

「それは良かった……じゃあ、次」

「あっ!?えっ!?はい!」

 血液の採取に成功して、完全に気が抜けていたウォルはまたまた慌てふためいた。傍らに置いてあった三本目を手に取り、二本目と交換する。

「ふぅ……これでラストか……」

 最後のカプセルに血液を注ぎ終わると、セリオは一息ついて、額の汗を拭った。

「ナンジョウ、蓋」

「えっ……蓋?」

「ん?やりたいなら、やっていいぞ」

「あっ、別にそんなんじゃ……ないんですけど……やります」

 もう血の採取をする必要がないので、セリオは自分で蓋を締めようと思ったが、ウォルがやる気満々だったので譲ってやった。

 三度目となる空気が抜ける音が二人の間に響くと、彼らの顔に笑顔が浮かんだ。

「ミッション……」

「コンプリート……ですね!」

 一回だけハイタッチをすると再び顔が強ばった。まだ何も終わっていないことは二人は重々理解している。

「残念だが、喜ぶのはここまでにしよう」

「ええ、まずはここから脱出しないと……メグミ!」

 セリオは身に着けているマスクを外し、傍らに置いてあるナイフを回収する。

 ウォルの方は目的を達成したことを伝えるために幼なじみの名を呼ぶ……返事は返ってこない。

「メグミ……?」

「聞こえてるよ……聞こえてるから、静かにして、あいつらをどうにかする方法を考えてくれないか……?」

「あいつ……ら!?」


「ニャアァス……」


「なんで……ここに……!?」

 メグミの視線の先を見てみると、ヤーマネが三匹ほど、こちらに歩いて来ていた。それを見た瞬間、ウォルの頭に最悪の想像が浮かんだ。

「――まさか!?」

 ウォルは視線を森の方へと移す。けれど、ここからでは何も見えなかった……その代わりに。

「この音……!?アストはまだ戦っているのか!?」

 耳を澄まさなくとも、不定期に金属や骨がぶつかり合うような鈍い音が聞こえて来た。友人は無事……とはいいきれないが、生きてはいるようだ。

「あの数を一人で抑え込むのはやはり無理があったようだな……いや、他の場所から来た場合もあるか……?」

「セリオさん……」

「ナンジョウ、血液を頼むぞ」

「えっ……」

 セリオはウォルの肩をポンと一回叩くとヤーマネ達の元へと歩いて行った。

「セリオさん……」

「ノスハートも下がっていろ……わたしがなんとかする……」

「なんとかって……できるんですか……?」

「さぁな……君よりかは可能性はあるだろう……ってぐらいか……」

 メグミの肩にも手を置くと、そのまま引っ張って後ろに下がらせた。

 最前線に出たセリオ・セントロは手袋を外して、ヤーマネの方に投げつける。

「柄じゃないけど……決闘の時間だ、ワイルドオリジンズ……!」

「ニャアァァァァァッ!!」

 承諾したと言わんばかりのヤーマネの咆哮にも動じずに、セリオは手を握っては開いてを繰り返して感触を確かめている。

「色々と文句を言ったが……最後はこの力頼みか……」

 自嘲する。結局は小馬鹿にしていた能力にすがる自分を。

(くそっ!?アストもセリオさんも頑張っているってのに、おれには何もできないのかよ!?)

(何が天才だ!この状況を打破する策の一つも思いつかないじゃないか!ぼくは!!)

 メグミとウォルは自らの無力さに打ちひしがれていた。けれどもどれだけ悔しくとも彼らにはこれから起こることの行く末を見守るしかできない。

「さてさて……どう出る……」

 セリオ自身には戦闘の心得というものはほとんどない。過去の仕事は大抵、他の人が捕まえたオリジンズを最後にちょこっと触るだけ。ここに来るまでも同様で戦いはアストに、ゴウサディンに任せっきりだった。

 故に自分から攻めるのは悪手だと考え、カウンター狙いでその場で待ち構える。

「触ればいいだけだ……触れば終わりなんだ……!」

「ニャア……」

 気負うセリオとは逆にヤーマネ達は悠々と歩み寄って来る。

「三匹同時か……どうしよう……?」

 当然のことだが、セリオの手は二つ……どうしてもヤーマネは一匹余ってしまう。

「ええい!ままよ!来るなら来ればいい!」

 半ば自暴自棄にセリオは吠えた!その挑発とも取れる言葉にヤーマネも乗……らない。

「ナァ……」

「……ん?どこ見てるんだ……?」

 ヤーマネは三匹とも同じ方向を向いていた。フェイント……ではないと思うが、セリオは警戒して目を逸らすことはなかったが、獣はいつまでもそっぽを向いている。

「………何がどうした……んだ……?」

 痺れを切らしてセリオもヤーマネの視線の先に顔を動かした。後ろで控えるウォルとメグミもつられてそちらに視線を……。そこには……。

「トウドウ君!?」

 別行動を取っていたアイル・トウドウがこちらに歩いて来ていた。まるで日課の散歩をしているように穏やかに……。

 別れる前と変わった様子がないことから、ウォル達はひとまず胸を撫で下ろす。

 しかし、彼らは気づいていないが、右の手首には見慣れないブレスレットを着けていた。

「やぁ、ウォル君、元気そう……ではないね」

「元気って……何を言っているんだ!?」

「この状況わかんねぇほど馬鹿じゃねぇだろう!?とっとと逃げろ!!」

 空気のまったく読めていない発言にウォルとメグミは一瞬戸惑い、そして激昂した。

 そんな取り乱した彼らにトウドウは優しく微笑みかけた。

「大丈夫だよ……多分……いや、絶対に……!」

 トウドウは確信していた。この場で、いやこの島で起きていることは今の自分には他愛のない、取るに足らない状況だと。ブレスレットから伝わる力が、それに一秒ごとに馴染んでいく感覚がそう教えてくれる。

 トウドウはゆっくりと見せびらかすように顔の前に持って来た。そして一回だけ軽く撫でると、それに呼びかける。

「目覚めの時間だ……『リヴァイアサン』!!!」

 次の瞬間、トウドウの全身は眩い光に包まれた。


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