つかない決着とつけたい決着
「…………どういうつもりだ?」
アストはサカタにパンチを当てなかった。その顔面ギリギリで寸止めしたのだ。
「何故その拳を振り抜かない?」
「そんなことあなたならわかっているでしょうに」
納得いかないと不満げな表情を見せるサカタから、アストは呆れたような乾いた笑みを浮かべながら拳を引き、距離を取った。
「オレがあなたを殴らなかった理由……それはこれ以上続けても意味がないからですよ。どうせいくらやったところで……」
「決着がつくことはないからか?」
「やっぱりわかってるじゃないですか」
アストは改めて苦笑いをした。
「あなたに何回か触れて、オレがどれだけ殴ってもダメージを与えられないと悟りました。むしろ全力で殴ったら、こっちの拳が砕けるほどの硬度を誇っていると」
「そして拙者の攻撃も……どれだけ硬い骨でコーティングされた肉体で殴ろうが蹴ろうが、はたまた武器を生成し、それを使おうが、物理攻撃である限り、主のその液体化によって無効化されてしまう」
「その通り。オレもサカタさんも相手にダメージを通せないんじゃ、このまま続けたところでただ時間を浪費するだけです」
アストはこの戦いの不毛さを説明し終えると、もう本当にこれ以上戦う気はないと意思表示するように、覚醒状態を解いて、一見するとどこにでもいるような大学生の姿に戻った。
「ふん!適当抜かしおって。あのフレングとやらの首を刎ねたノコギリのような技を使えばいいではないか。あれなら拙者の身体を切り裂ける可能性は十分ある」
「それやり出したら、もう組手じゃないでしょ。完全にガチバトルですよ」
「良いではないか!」
「良くない!」
アストはもう付き合いきれないと、そっぽを向き、部屋の片隅においてあるペットボトルの下に向かった。
「むぅ……不完全燃焼だ。興奮してまんまと引っかかってしまったが、主の液体化能力については事前に聞いていた。だから色々と対策を練っていたのだが……」
「今の発言を聞いてさらにやる気が削がれました」
返事をすると同時に、アストの脳裏に過去に咄嗟に思いついた対策を実行してきた獣人のことが思い出された。
(対策というのが、T.r.Cのトシムネみたいにこちらの攻撃の瞬間、液体化できない瞬間にカウンター打ってくるってことだったら堪ったもんじゃない。相討ち覚悟の撃ち合いになったら、明らかにアタックもディフェンスも勝っているあっちに分がある。普通にオレが負けるかも)
想像しただけで身体中が痛み、思わず顔をしかめた。
「ずるいな。主の方は打撃が効かないならと、投げとか試そうとしていたのに」
「気づいていたんですか。でも不発に終わったんだから、ノーカウントにしてください」
しつこい骸骨に辟易しながら、ペットボトルを拾い上げ、蓋を捻って開ける。小さくプシュッと鳴る音が戦いが終わったことを実感させてくれる……はずだったのだが。
「意外と主は戦闘に頭を使うタイプのようだから、内心もっと試してみたいことがあるんじゃないか?」
(まぁ、パワフルなオレのフルパワーをぶつけたり、テクニカルなオレで関節に弾丸ぶち込んだりは正直やっておきたい。でも……)
「やりたいならやればいいんじゃないかな?本能に従えばいいんじゃないかな?」
(だからそれやったら、命のやり取りになるんだって)
アストはペットボトルに口をつけながら、チラリと浮遊しているドローンに、それを操っているフーグラーに視線を送った。
(煙たがっていた癖に、ボクに助け船を出せと?現金な奴め。誰が君のことなんか……いや、手間が省けてちょうどいいか)
何か思うところがあったフーグラーはすぐに方針を転換し、サカタの下へとドローンを向かわせた。
「そこまでにしましょうよサカタさん。端から見てる分には短いけど濃密ないいバトルでしたよ」
「大事なのは他人にどう思われるかじゃない。自分が納得できるかだ」
「その意見には賛成しますが、今回は……サカタさんは待機とはいえ、明日のプロティーブル解放戦線への奇襲前に怪我でもされたら困ります」
「……何?」
アストが眉尻をピクリと動かし反応したのを確認すると、本社ビルでヘッドマウントディスプレイを着けているフーグラー本体はニヤリと口角を上げた。
「今の話……詳しく聞かせてもらえませんか?」
「本当なら部外者の君に話すのはダメなんだけど、君はここに来た初日に解放戦線と戦ってるもんね。権利はあるか」
「じゃあ……」
「説明するよ。とはいっても、今話した通り解放戦線に奇襲をかけて一網打尽にしますって話なんだけどね。君が倒して捕まえた奴ら、彼らは口を割らなかったけど、彼らのマシンをボクがちょいちょいと弄くってみて、通信や行動データを部分的に復元。それを元に隠れ家に良さそうな怪しげな場所をピックアップ。で、昨日一日かけて、探りを入れていたのさ」
「そうだったんですか……」
「そして善は急げってことで、早速明日殴り込みに行こうって」
「サカタさんが待機ってことは、まさかアルトゥル・ミチュカが?」
「いや、彼も待機組だよ。奇襲は少数精鋭が鉄則ってことで、ダドリーとレスコット、彼ら二人を中心にボクが操るメカがサポートするって形になる予定」
「………」
「アストくん?」
「あの……オレもそれについて行っちゃダメですか?」
その発言を聞いて、フーグラー本体は小さくガッツポーズした。けれどそれがバレたら面倒なので、決して声色に出さないように細心の注意を払って口を開く。
「うーん……さっきも言ったけど君は部外者だしね」
「解放戦線と一戦交えた時点で関係者ですよ。フーグラー、君もそう思ったからこの話をオレにしたんだろ?」
「でもな~」
「お願いだよ。乗りかかった船だ。決着はこの目で見届けたいんだ。だからせめて他のメンバーやエドガー社長に聞いてみてくれないか」
「それならまぁ……いいかな」
「よし!」
こちらもガッツポーズをするアスト。彼にとって願ってもない展開だ。
(解放戦線の人達とはきちんと話がしたかったんだ。うまいことどさくさに紛れて、リーダーのネイザン・コルバックって人に接触したい)
アストもまた本心を笑顔という仮面の下に隠す。
けれどフーグラー、というよりパジェットコープにとっては彼の想いなどどうでも良かった。
(フレングもサカタさんも目的を達することはできなかった。だけどアジトに奇襲したなら解放戦線も切り札を出してくるはず。それならあるいは……是非ともここで決着をつけたいね)
アストの、そしてプロティーブルの運命は、物語は加速していく。誰一人制御できない領域まで……。




