二番目の男
アストはカフェラテを飲み終えると、サカタに連れられパジェットコープ本社ビルにほど近い格闘技ジムにやって来ていた。
その地下にある何もない拓けた空間こそが一切望んでいない組手を行うためのバトルフィールドだ。
「ここはP.P.バトルの訓練にも使われる場所だから、かなり無茶しても大丈夫だよ。とはいえ超一級のエヴォリスト同士がぶつかり合っても平気かと言われると保障できないけど……」
「いまいち安心ならない説明ありがとう」
「いいってことよ」
「……で、何でフーグラーもいるんですか?」
アストは自分とサカタの間を鬱陶しく飛び回る小型ドローンを不満げに睨み付けた。
「そりゃあカウマが誇る無敵の青龍と、六覚醒ナンバー2の男のバトルとかいう最高にエキサイティングなイベント、見逃せませんよ」
「そう思うならせめてドローンじゃなくて本人自ら出向いて来なさいよ」
「そうしたいのは山々だけどね。こっちも忙しいんだよ。こうして君と話している間も脳波を飛ばしてカリギュアを操作し、街中をパトロールしてるんだよ。複数箇所を同時にね」
「仕事に集中してくださいよ」
アストは文句を垂れつつ、ストレッチで腕や足を伸ばした。脳みそもフル稼働させながら……。
(フーグラーがいるなら気軽に手の内は明かせないな。まぁ、彼がいなくてもこれ以上技を見せるつもりはなかったけど。念のためこの国に入ってからは形態変化は使わずにやってきた。使用した技もバレても問題ないものばかり……龍輪刃以外)
昨日、つい反射的に自身の最強必殺技を使ってしまったことを改めて後悔し、アストはさらにナーバスになった。
(昨日は焦り過ぎたな。わざわざ龍輪刃を使う必要はなかった。できることなら切り札として隠しておきたかったんだけど……今さら後悔しても遅いか。そもそもオレの正体を突き止められたんだから、技も形態変化もすでにバレてる可能性の方が高いし……今はサカタさんとの手合わせに集中しよう)
手と足を回しながら、チラチラと見てることがバレないように正面にいる侍のような男を観察する。身体をほぐすために動きまくるアストとは対照的にサカタは目を瞑り、腕を組み、一切微動だにしなかった。
(フーグラーの言葉が本当なら六覚星で二番目に強い男。この人の能力、そして戦うことで最強の男アルトゥルとの差がわかるかもしれない。そう思うとこの組手は……悪くない)
ここにきて気持ちを切り替え、やる気を迸らせるアスト。最後の仕上げとして大きく飛び跳ねるが、傍から見ると喜び、はしゃいでいるみたいだ。
「ようやくやる気になったか」
そして彼の変化をサカタは敏感に感じ取ると、嬉しそうに口角を上げ、腕組みを崩し、両目を開いた。
「お待たせしてしまってすいません。根が怠け者なんで」
「何であれ本気になってくれたなら構わない。腑抜けと戦っても意味はないからな」
「確かにやるからには全力でやらないと……というわけで、張り切っていかせてもらいます!アウェイク、オレ!!」
アストの声が響く、その肉がみるみるうちに優しい青色をした鱗に覆われ、瞳が金色に変化する。毎度お馴染みのアスト覚醒形態だ。
「主の強さと優しさをよく表したいい姿だ」
「褒めてくれてありがとうございます。怖いって言われることもあるけど個人的には結構気に入ってるんですよね……で、オレの能力見せたんですから……」
「あぁ拙者も見せようか……ヨシロウ・サカタ、真の姿を!!」
サカタの意思に反応して、こちらも頭のてっぺんから爪先まで変形していく。
その覚醒態は全身が光沢のない骨のようであり、抉られた眼孔の奥に虚ろな炎のような光を灯す不気味なものであった。
「これがサカタさんの覚醒状態……!」
「主と同じく他人から怖がられることもあるが、自分では気に入っている。見た目も、そして強さもな!!」
「ッ!!?」
骸骨のような姿からは想像できない生命力溢れるプレッシャーが全身から吹き出し、アストは思わず気圧された。
(これで二番目なんてどんだけだよ……この時点でオレが戦った人の中でもトップクラスにヤバい……!でも……)
「臆したか?」
「ちょっとだけ。けど、勝てないとは思わないかな」
そうあからさまな挑発をするとアストはゆっくりと構えを取った。
「フッ……言うではないか。ならば先手はくれてやる。実際に拳を使って、拙者を見定めてみろ」
「では……お言葉に甘えて!!」
覚醒アストは地面を力強く蹴り出し、一気に距離を詰める!そして自分の腕のリーチ内に入ると……。
「はっ!!」
手始めにジャブを繰り出した!とはいえ超一級のエヴォリストのジャブ、その威力は並の相手ならばそのままKOできるレベル、その速度はそこら辺の有象無象には視認できないレベルの強力無比な速射砲だ!
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
それを覚醒サカタは上半身だけを動かし、あっさりと回避した。アストも超一級のエヴォリストならサカタもまた超一級なのだ。
「パンチが走っているな。驚いたぞ」
「なら当たってくださいよ……!」
「それとこれとは話が別だ。それよりもそろそろ拙者も攻めさせてもらうぞ!!」
そう宣言して半身になったかと思うと白き骸骨もまた青き龍と遜色のないジャブを放った!
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「ほう……」
けれどこちらも当たらず。ディフェンス技術においても両者は同等であった……今のところは。
「よく避けたな。掠りくらいはすると思ったのだが」
(手加減しておいてよく言う。オレと同じく組手はしても手の内は明かさないつもりか。そうはさせない……あんたの力を知るために先に手札を切らせてもらう!)
覚醒アストは左手首から前腕部分を緩めた。比喩ではなく、実際に流動的な液体へと変換したのだ。
(こいつもバレたところで問題ない!喰らえ!流水拳!!)
青き龍の左フック!
「ふん!」
それに対し覚醒サカタも反応。僅かに身体を屈めて回……。
パンッ!!
「――ッ!?」
回避できず!予想よりも早く拳が顔面に到達し、もろにパンチを食らってしまった!
(今の攻撃は一体……)
「もう一丁!!」
混乱するサカタへ容赦ない追撃!先ほどと同じく前腕部分だけ液体化した右腕を真っ直ぐと振り抜く!
ヒュッ!!
これを身体を反らして回避!しかし……。
(問題ない。流水拳はここから伸びる!!)
比喩ではなく、腕が延長、拳が伸びる!結果、不安定な体勢のサカタは頭部を撃ち抜かれ、無様に地面に倒れる……はずだったのだが。
「ふん!」
ガッ!ヒュッ!!
「何!?」
そこからさらに地面を蹴り押し、後方に跳躍!流水拳の射程の外まで逃れたのだ!
(流水拳がこんなに早く攻略されるなんて!?こんなのナナシガリュウ以来だぞ!?)
どんな相手にも一定の成果を上げて来た流水拳がたった一発で見破られたのは、アストにとってかなりショックだった。そのたった一回の回避だけで、アストはサカタという男が自分よりも上にいる存在だと認めざるを得なかった。
「セコいが面白い技だな。戦い慣れしてる奴ほど引っかかりそうだ」
「だからそう思うんなら当たってくださいよ……!!」
「ふむ……どうやら主にとって、今の技を攻略されるのは耐え難いことのようだな。その姿でもわかるほど表情が険しくなった」
「いずれタネがバレることを前提にした技ですけど、さすがに見破るの早すぎです……」
「今まで主が戦った相手はエヴォリストを相手にしたことが少なかったようだな。身体の一部を伸ばす能力者などいくらでもいる」
「サカタさんはそういう人達と戦って来たんですね」
「いや、そこまで多くない」
「やっぱ……え?」
「主の技を見破れた理由……それはひとえに拙者も似たようなことができるからだよ」
その言葉を証明するようにギチギチと音を立てながら覚醒サカタの腕は伸びていった。
「サカタ流戦骨術……骨伸ばし」
「あなたもオレと同じように……!?」
「だから恥じることはない。他の奴、エヴォリスト相手でもその技は十分通用するだろう。ちなみに拙者のこの技は……誰にも通用しないので元に戻す」
宣言通り、ビデオを巻き戻すようにサカタはまたギチギチと音を立てながら、腕の長さを元のサイズに戻した。
「……今の何だったんですか?」
「拙者も腕を伸ばせるぞとお知らせしただけだ。身体変化については拙者も色々と試したが、主と違って場所によっては変形に時間がかかるし、身体のバランスが崩れるので基本的にはやらん」
「場所によってはもっと速く変形できるし、場合によってはやるってことですね」
「まぁな。だが、拙者の戦いは基本はこの姿での徒手空拳。そして……武器術だ」
覚醒サカタは今度は手のひらを上に向けて広げ、そこに意識とエネルギー、そして骨を生成する成分を集中させると、ズズッと長い棒が出てきた。
「サカタ流戦骨術……骨ロッド」
「骨を使って武器を生成できるんですか?」
「あぁ、この骨ロッド以外にも色々とな」
「いよいよ神凪の赤い竜だな……」
「さぁ、これで拙者の能力の大枠は説明した。つまりお互いに能力を把握した状態……公平だ」
「一応、自分だけオレの能力を知っていて有利だっていう自覚があったんですね」
「負い目もな。だから先手を譲ったし、また今回も……先に攻めさせてやる」
サカタはこれ見よがしに骨ロッドを振り回しポーズを決めると、手のひらを上に向け、ちょいちょいと指を動かし手招きをした。
「では、またまたお言葉に甘えて……涙閃砲!」
ビシュウッ!!
第二ラウンドのファーストアタックは龍の金色の眼から放たれる強烈な涙!
それはぐんぐんと加速していき、覚醒サカタの顔面に……。
「せりゃ!!」
バシャッ!!
顔面に当たる前に、下から振り上げられた骨ロッドによって防がれてしまった。しかし……。
ヒュッ!!バチィン!!
「!!?」
「水鞭」
涙閃砲に対応している間に覚醒アストは左腕を密かに水の鞭へと変形させていた!それを防御直後に安心しているサカタの脇腹に叩き込んだのだ。けれど……。
「……くすぐったいな」
けれど、白い骸骨にはダメージを与えられず。わかりづらいが平気な顔をしている……多分。
(あの骸骨のような身体はピースプレイヤーの装甲みたいなもので痛覚がない、もしくは少ないのか……なら水鞭で痛みを感じさせることができないな。だったら!!)
シュル!シュル!ガシッ!!
アストは鞭の使用法を打撃から拘束に切り替える!器用に伸びた腕をコントロールして、サカタの左腕に蔦のように巻き付けた。そして……。
「はあっ!!」
グイッ!!
それを力任せに引っ張って、ぶん投げようとした……が。
「ふん!!」
グッ!!
「ッ!!?」
サカタは身じろぎもせず。全身に力を込め、腰を落とした白きエヴォリストはどれだけ引っ張ってもびくともしなかった。
「拙者を投げるには少し非力過ぎたな!!」
「ちっ!!」
「自身の無力さを思い知ったら……とっとと手を放せ!!」
サカタはさらに自分にまとわりつく鬱陶しい水の鞭へ骨ロッドを振り下ろす!
「おっと!」
ブゥン!!
けれどもアストはそれを察知して、拘束を解除し回避、腕を引っ込めて元の形へと戻した。
「……これでまた仕切り直しか」
「第三ラウンドもオレからでいいですよね?二度あることは三度あるって言うし」
「いや……今回は拙者から行かせてもらう!!」
サカタ前進!この組手が始まってから初めて先に動いた!
「散青雨!!」
ババババババババババババババババッ!!
それに対し、近づくなと言わんばかりに青龍は腕を振り抜いて、水の散弾銃を発射する。
「にわか雨など!!」
バシャッバシャッバシャバシャッ!!
けれど覚醒サカタは前方で骨ロッドを高速で回転させ、向かって来る無数の水弾を弾き飛ばした。中にはすり抜けてサカタ本体に命中するものもあるにはあったのだが……。
バシャッバシャッバシャッ!!
結局当たったところで傷一つつけられていない。悲しいかな散青雨はサカタには全く効かなかったのだ。
(最初に触れた時に思ったが、やはりあの身体は……)
「せいやぁっ!!」
考え事中の青龍の側まで接近すると、勢いそのままに光沢のない白き棒で突きを繰り出す!それはアストの青い身体を……。
バシャンッ!!
「――な!!?」
貫いたが、手応えがない。まるで水の中に棒を突っ込んだような感覚……いや、実際にそうなのだ!アストは身体を液体化して、突きを無効化したのだ!
「はあっ!!」
そして間髪入れずにカウンター気味に右ストレート!抉り込むように撃ち出された拳は再びサカタの顔面に……。




