声
「ふあぁ~!」
翌日、快晴に恵まれたプロティーブルの街をアストは大あくびをしながら、歩いていた。
(結局ほとんど眠れなかったな。アルトゥル・ミチュカ……六覚星筆頭のあの人のことを考えていたら……)
頭の中でまたあの一見普通の男が手を差し出す姿が再生されると全身にゾクリと悪寒が走り、鳥肌がびっしりと立った。
(……あの人のことは一旦置いておこう。それよりもせっかくエヴォリストがたくさん住む場所に来たんだ。住んでいる人達に話を聞いていこう。それがオレの望みだったはずだろ)
アストは半ば強引に、無理矢理アルトゥルのことを心の片隅に追いやり、気持ちを切り替える。そもそもここに来た一番の理由は自分と同じエヴォリストの話を聞くことだと強引に言い聞かせた。
(まずは誰に……言ってもオレも人見知りだからな、優しそうな人を)
歩行スピードを緩め、首を伸ばして、周囲を見回す。
「よいしょ……」
すると、古びた喫茶店の開店準備をしている黒いエプロンを羽織った優しそうな老人が目についた。
(最初はあの人にしよう)
アストは小走りで老人に近づくと、意を決して口を開いた。
「すいません」
「はいはい。見ての通りまだお店は準備中でもう少し……」
「いえ、お店のことじゃなくて」
「はい?」
(あっ、やっちゃった)
店主が若干ムッとしたのを感じ取り、アストは自分が失礼なことを言ってしまったのだと気づいた。
「えーと……コーヒーのテイクアウトとかできたりしますか?」
「あぁ、できますよ」
「できるんだ……」
「え?」
「いえ、この店の佇まいで意外だなと思って」
「それが儲かると聞いたら躊躇うことなくやりますよ。意外とフットワーク軽いんですよワタシ」
「お見それしました。それでアイスカフェオレをいただきたいんですが」
「承りました。もう少しだけ待ってください」
「あとよろしかったらこのプロティーブルの住み心地を聞きたいんですかが……」
「ん?あんたも移住希望者かい?」
「はい。まだ決めかねてますが、家族にエヴォリストいるんでちょっと気になってて」
もちろん口から出任せである。移住希望者とした方が話に入るのがスムーズに、バカ正直にエヴォリストだと名乗ると警戒されると思い、飛行機の中で考えてきた適当な設定だ。
「なるほどね」
けれどそれは功を奏したようで、店主は怪しむことなく受け入れてくれたようだ。
「ワタシはこの国がこうなる前からここで喫茶店を営んでいる」
「元々の住人なんですね」
「あぁ、だから最初は国の発展のためにエヴォリストを呼び込もうというのは抵抗があったね」
「最初はってことは今は……?」
店主は嬉しそうに首を縦に振った。
「話してみたらみんな普通にいい人ばかりで、すぐに不安なんて吹き飛んだよ」
「そうですか……」
アストの顔に笑みが広がる。同じエヴォリストとして、悪い印象を持たれていないことに安心し、そして嬉しかった……が。
「けれどあくまでそれはワタシの場合。やっぱり中にはひどい人がいて、問題を起こすこともしばしば。国の発展の恩恵を受けているが、内心不満を溜め込んでいるプロティーブル人も多いよ」
「そうですか……」
一転して顔が曇る。覚悟はしていたが、実際に人からエヴォリストの悪評を聞かされるのは堪えた。
「まぁ、だからといって解放戦線とかいう連中もどうかと思うがね。あんなのテロだろ」
「彼らも各地で暴れているんですか?」
「あぁ。その度に六覚星に返り討ちにあっているがな」
「………」
「どうした?」
「いえ、ちょっと……」
昨日の解放戦線との戦い、そして六覚星と実際に会って受けた印象から、店主の話に強い違和感を覚えた。アストの見立て通りなら……。
(あの人達なら本気出せばすぐにあの程度の組織を潰せるんじゃないか?なのに何で野放しにしている?あまりに強い力を見せつけると、住民が怖がると思っているのか、それとも別の意図が……)
「カフェオレできたよ」
「え?」
「だからアイスカフェオレを淹れてきたよ。君が難しい顔で考え事をしている間にね」
アストが自分の世界に入り込んでいる間にいつの間にか注文した商品ができあがっていた。半透明のカップにストローが刺さり、中には美味しそうなカフェオレがなみなみに注がれている。
「手際も素晴らしい」
「お世辞がうまいね。だけどちゃんと代金はもらうからね」
「こっちもちゃんと払うつもりですよ」
アストは財布から小銭を出して店主に渡すと、軽く会釈して、また歩き出した。
(美味いな。成り行きで買ったけど後悔はないね)
冷たく甘いカフェオレに舌鼓を打ちながら、また眼球だけ動かして、いい感じの人を探す。
「………」
(次はあの人にしよう)
ガードレールに座ってスマホを弄っているこれまた優しそうな顔をした人に目をつけた。
「ちょっといいですか?」
「ん?道に迷った?」
男はわざわざスマホを弄る手を止め、アストの方をしっかりと見つめて、応対した。
「いえ、実はこの国に移住を考えてるんですが……」
「ってことはあんたもエヴォリスト?」
「自分じゃなくて家族がエヴォリストです」
「なるほどね……」
話しかけて来た男がエヴォリストでないとわかると、まるでアストの存在などなかったかのように目を背け、またスマホを弄り始めた。
「あの……?」
「その家族の人はともかくあなたはこの国に来ない方がいいよ」
「それは何ゆえ?」
「今のこの国では覚醒した能力の価値が全てだからさ。強い能力を持っている者が偉くて、そうでない者は軽く扱われる。そういうおれも普通より身体能力が高い程度の能力だから、あんまいい給料貰えなくて……おれがこんななんだから無能力者はもっとしんどいぞ」
「そうですか……参考になりました、ありがとうございます」
一応礼を言うと、アストはそそくさと男から離れた。彼の態度はアストにとってはあまり好ましいものではなかったからだ。
(オレがエヴォリストじゃないとわかったとたんにあからさまに態度を変えて。人間としては最低の部類だな)
昨日のダドリーやレスコットのように能力でしか人を判断しないエヴォリストとまた遭遇してしまったことに憤るアスト。しかし同時に……。
(……でも、あの感じだとあの人自身も他の覚醒者に見下されるようなことを言われてるのかもな……)
これまた昨日のレスコットのように言葉の端々に漏れ出るコンプレックスを嗅ぎ付け、何とも言えない気分になった。
(言葉は冷たかったけど、あれはあれでオレのことを思ってアドバイスしてくれたのかな?エヴォリスト……いや、人間って複雑で難しいな……ダメだこの感じ)
どんどんと下がっていくテンションを食い止めようとカフェオレを一口含むと、アストは首と肩を軽く回して身体を解した。
(とにかく今はたくさんの人の話を聞こう。それが耳を塞ぎたくなるようなことでも、エヴォリストとそれに関わる人の)
また強引に仕切り直して、アストは目に付く人に次々と声をかけていった。
「おれは今のこの国はベストじゃないかもしれんが、ベターだと思うよ。パジェットコープが政府と革命軍の仲裁に来る直前とか酷かったもん」
「わたしは前の方が好きだな。あんまり大きな声で言えないけど、至るところにエヴォリストがいると思うと……正直心が休まらない。凶器を隠し持っているのと一緒でしょ」
「羨む人もいるが自分は覚醒したくなかったよ。目がね、凄く良くなったんだけど……見え過ぎて疲れるんだ。だからこうしてサングラスが欠かせない。え?スポーツなんかで活かせないかって?すぐにバテて醜態を晒すだけさ。せめてオンオフできれば良かったんだけどね」
「ここにくれば同じ悩みを抱えた友人ができると思っていたんですけど、みんなぼくよりもずっと凄い能力を持っていて……」
「私はエヴォリストとは神に選ばれた者達だと思います。ですから彼らとともに過ごせることは至上の喜び」
「神に選ばれた存在?こんな腕を追加で生やせるだけの気色悪い奴が?だとしたら性格悪過ぎんだろ神様」
「ノーコメントで」
「六覚星とか言いながら、六人集まったところ見たことないんだよな。謎の六人目ってよっぽど不細工なのかな」
「他の奴はいけ好かないけど、サカタさんは好きだよ。よくうちに飯を食べにきてくれる」
「なんか偉そうに言ってるけど、あのエドガーって奴はエヴォリスト至上主義者……むしろ誰よりもあいつらに劣等感を抱いてるだけの情けない奴だろ。そんな人間信用できないよ」
「このサイトを見てわかるように、なんだかんだ戦闘タイプが一番評価高いんだよ。おれみたいなただぬるぬるするだけのローション人間はエヴォリストの中でも最下層、いや普通の人にも奇異な目で見られるから世界で最下層かな。はぁ……」
「それよりもこの写真の人知らない?最近連絡がつかないんだ」
「エヴォリストになったって聞いた時は正直嬉しかったんだけどね……ちょっと身体から熱を放出するだけじゃ、エアコンでいいよなって。ここにくれば、こんなくそみたいな能力でも活かせる仕事があるかと思ったけど、どこも門前払い。むしろ興奮すると無駄に暑苦しいから無能力者の方がマシって言われたよ」
「今、急いでるんで」
「どうせなら完全に変身するタイプの能力が良かったよね。ヒーローみたいでカッコいいじゃん。飛べれば尚良し」
「ここは最高だよ!僕の力を認めてくれるからね!他の国も見習った方がいいよ。数が多いからって無能力者が幅を利かせ過ぎ」
「わたしを六覚星に入れるべきよ!わたしより優れたエヴォリストはいないんだから!」
「石投げられないだけ上等かな」
「ディオ教はカルト臭くて嫌いだったけど、ここは違うね。まさにエヴォリストと人間の理想郷だよ」
「あんまカルトのディオ教と変わんないって印象です、はい」
「パジェットコープの真の目的は世界中の人間をエヴォリストにすることだよ。そのための研究材料として身寄りのない人を拐っているんだ。本当だよ、陰謀論じゃないよ」
「良くも悪くも色んなエヴォリストを見て、幻想は消えたわね。下手な能力が目覚めて困ったことになるくらいなら、私は普通の人間でいい。そして能力どうこうより人間やっぱり心が大事。あなたは優しそうで好きよ」
「それ~!」
「あはは!」
「ふぅ……」
様々な人の意見を聞いて、くたびれたアストは無邪気な子供達が遊ぶ声が響く公園の片隅にあるベンチに座って天を仰いだ。空はムカつくほど青く澄み渡っていた。
(思っているより深刻だな……)
アストの脳裏に甦るのは再びイグナーツとの会話。彼の言葉が正しいと証明するためのインタビューに思えた。
(イグナーツさんの言う通り、人間との軋轢も問題だけどエヴォリスト同士のマウンティングが酷い。努力でどうにもできない分、蔑まれた人達はかなり卑屈になってるし)
自信の無さげに能力を語る人達の顔を思い返すと、さらに億劫な気分になり、思わず項垂れた。
(……オレは本当に恵まれていたんだな。能力はオンオフできるし、エヴォリストの先輩としてセリオさん、同期として兄貴、相談できる人も側にいた。ウォルやメグミ、ビオニスさんなんかはそもそもオレがエヴォリストだってこと、普段は気にしてすらいないし……ありがたいな)
しみじみと自分の置かれている環境が幸福だと噛み締める。
そしてそれとは真逆の状況に陥りつつあるプロティーブルを実質的に支配しているパジェットコープへの不信感がまた沸々とわき上がってきた。
(それにしてもそう簡単に解決できない問題だとは思うけど、パジェットコープはもうちょっと色々できるんじゃないか?エヴォリストを集めるんだから、こういう問題についても考えておくべきだろ。それともこれも新体制への移行期間に起こる必要な不具合だと割り切っているのか?)
不満はとめどなく溢れ出し、遂には昨日の解放戦線の時の違和感にまで及んでいく。
(……昨日の襲撃、人気のないところと言っても、いくらなんでもあんなに人が来ないことがあるのか?まるでオレと解放戦線が戦うお膳立てをしているように、全く邪魔が入らなかった……)
考えれば考えるほど不自然に思えた。何らかの人の手が入らなければあり得ない状況……アストは苛立ち、不機嫌そうに眉間に深いシワを寄せる。
(もしパジェットコープがオレに対して何か仕掛けているんだとしたら、解放戦線にオレがしたことは正しかったのだろうか?個人的に……彼らの方が仲間思いな感じがして六覚星より印象が良かった)
疑問と不信はついに後悔へと変わり始めた。自分の安易な行動がこの不安定な国に悪影響を与えてしまったかと思うと気が気じゃない。
「……ここで考えても答えは出ねぇよな。ここからはもっとパジェットコープや解放戦線のことを突っ込んで聞いてみるか」
迷いの中、方針転換したアストは残り少ない温くなったカフェオレを一気に吸い込むと、立ち上がり、ゴミ箱に空のカップを捨てて、公園から出て行った。
そしてそのまままた聞き込みを開始しようとしたその時……。
「ガルウゥゥゥッ……!」
「ん?」
細い路地裏の奥から、獣が唸るような低い声が聞こえた。
(気のせいか?)
「ガルウゥゥゥッ……!」
(いや、空耳なんかじゃない)
危険な匂いを感じ取ったアストは迷うことなく、路地裏を進んで行く。
しばらく歩くとスプレーで芸術的だと思われる文字やら絵が描かれた壁に囲まれたバスケットコートがあった。
そしてその中心にそれはいた。
「ガルウゥゥゥッ……!!」
それは人間と同じサイズで、人間のように二足歩行だったが、その姿形は人間とは全く違う獣であった。それが鋭い牙を食いしばって唸っていたのだ。
「エヴォリスト……じゃなくて、オリジンズか……!?」
「ガルウゥゥゥッ!!」
アストの声に反応し、血走った目をこちらに向けたと思ったら、獣は地面を蹴り出し、飛びかかってきた!




