目覚めた者達
「おぉーーっ!」
アスト・ムスタベの顔は男の子に戻った。
天まで届こうかというほど高いパジェットコープの本社ビルを猛スピードで昇るエレベーターの中から見下ろす開発途中のプロティーブルの街は様々な重機や作りかけのプラモデルを想起させ、アストの童心を目覚めさせるには十分なインパクトがあった。
「ワクワクしますよね。わたしもここから見る景色が一番好きです」
そう話すエドガーの顔には純真なアストとは真逆の大人の嫌らしさを感じさせる不敵な笑顔が張り付いていた。好奇心ではなく、支配欲が表面に漏れ出たような不愉快な嫌らしさが……。
チーン……
甲高いベルの音が目的地に到着したことを知らせると、扉が左右に開いた。
「時間制限があるのもまた良し……わたしの場合はですがね。プロティーブルの景色をじっくりと楽しみたいなら今から向かう部屋で堪能してください」
「はい。そうさせていただきます」
エントランスでイゴールと別れた二人はエレベーターから降りると、清潔感溢れる廊下を並んで歩いて行く。正確には先導してもらうためにアストは半歩だけ後ろに下がっているが。
「今から向かう部屋は六覚星のメンバーの会合の場所になっています」
「さっきもそのロクカクセイって単語を言っていましたね。ちょっと気になっていたんです。それどころじゃなかったので聞き返しませんでしたけど」
「六覚星は簡単に言えば、プロティーブル版の偉大なる11人です」
「偉大なる……え?」
何言ってんだと不思議そうに顔をしかめるアストに、そうでしょうねとエドガーは自虐を込めた微笑みで返した。
「あれだけセイクリアを、偉大なる11人 を否定していたのにおかしいですよね」
「そんなことは……」
「いえいえ、当然の感想ですよ。逆の立場なら同じことを思います」
「なら何で……?」
「わたしはこうも話したはずです……真似すべきところは真似すると。偉大なる11人という制度は多くの問題を抱えていますが、それでもいまだに存続しているってことはやはりメリットがあるんですよ」
「それはまぁそうでしょうね」
「まずは安心と抑止力。強大な力を持つエヴォリストが超法規的な権限を持って治安を守っていると宣伝することで市民は安心し、逆に犯罪者は恐れおののき、事を起こさなくなる」
(そう言えばオレの活躍が報道を見て、ビビって自首してきた奴がいたってビオニスさんが楽しそうに話していたな)
「そして彼らを優遇、宣伝することによって優秀な人材が集まってくる」
「セイクリアと同じですね」
「そのおかげであの国は世界的にも今も大きな存在感を示している」
「それをプロティーブルはなぞっているんですね」
「今だけはね。国家運営が軌道に乗れば、いずれまた別のシステムを考えます。セイクリアより素晴らしいプロティーブルに合ったシステムをね」
(言ってることは立派だけど……どこまで本当なんだか)
顔には出していないが、アストは先の解放戦線との一件でエドガー、そして彼が運営するパジェットコープに疑念を強めていた。あの戦いにはどうにも納得できない不可解なことがたくさんあったのだ。
「ここです」
そんなことを思っていると目的の場所、六覚星の会合場所とやらにたどり着いた。
エドガーが光沢のない黒い大きな扉の横に付いている装置に手のひらを当てると……。
『指紋照合できました』
ブシュッ!
確認の電子音声が鳴り、扉が左右に開いていく。
その奥にはエレベーター同様、プロティーブルを一望できるガラス張りの大きな部屋が広がっており、そこに六つの椅子と五人の男がいた。
カタカタカタ……
「あむ」
一人目の男……男というより少年は椅子に腰をかけ、左右や前方にどこから持ってきたのか机を配置し、両手で別々のパソコンのキーボードを軽快に叩きながら、隙を見て横に山盛りに積まれたスイーツを摘まんでいた。
「………」
二人目の男は髪を結った無精髭で細身、着物を羽織った侍のような出で立ちの男で、椅子には腰をかけずに壁にもたれかかって目を伏せてやる。
「こいつが噂の……」
三人目はやたらと派手な服装をしている軟派そうな男で深々と椅子に座り、色の濃いサングラスを下にずらして、アストのことを値踏みするように見てきた。不快だった。
「ちっ!本当に来やがった……!」
四人目は見るからに卑屈そうなガリガリの男で椅子に浅く腰をかけ、前のめり、首と肩を丸めてできるだけ自分の存在を小さくしようと縮こまっていた。しかし、自信無さげな姿とは対照的にアストに向ける視線にはあからさまに強い敵意が混じっていた。不快だった。
「………」
そして最後の一人は……。
(なんだあの人は……!?)
後ろ手を組んで外を見ているため、こちらからは背中しか見えないが、アストはその男を認識した途端、悪寒が止まらなくなった。その男が纏う雰囲気はアストが今まで感じたことのないほどおぞましく、禍々しく、そして恐ろしかった。
「アストくん?」
「は、はい!」
エドガーの声で我に返ったアストは顎の下を腕で拭う。冷や汗でびっしょりと濡れていたから。
「大丈夫ですか?」
「はい……ちょっと迫力が凄くて……」
「なんと言ってもこのエヴォリストの国の頂点に立つ六人ですからね」
「いや、でも……」
アストは改めて部屋の中にいる者達を数えていった。一人、二人……何回数えても五人だけ、六覚星なのに五人しかいない。
「あぁ、そうでした。ジーノが、『ジーノ・ラ・マルーカ』が、いないんでした。彼はどうしても外せない用があって来れないんですよ」
「そうなんですか」
「彼は忙しいんで、もしかしたら君に会わせることはできないかもしれませんね」
「それは本当に……残念」
せっかくだから最強の六人が並び立つところが見たかったと、またしてもアストの男の子の部分が疼き、そして本気で残念がった。
「それでは一人ずつ紹介していきましょうか。まずは当然……彼ですね」
エドガーに連れられ、アストはあどけなさの残るパソコン少年の前に立った。
「やぁ」
「その声は……」
聞き覚えがあった。先ほど様々な機械のスピーカーを使い、全方位から聞かされた声だ。
「シリル・フーグラー……さん?」
「呼び捨てでいいよ。アストくん」
そう言ってフーグラーは手を差し出してきたので、アストは素直にその手を握った。
「本当の握手ができたね」
「やっぱりさっきのカリギュアは……」
「そ。遠隔操作型のピースプレイヤーさ」
カリギュアの手を握った瞬間、アストはその装甲の奥に守られた命の躍動を、温かさを一切感じなかった。なので即座にあのマシンが人の入っていないリモートコントロールされたものだと見破ったのだ。
「まさか今もそのパソコンで遠くのピースプレイヤーを操っているんですか?」
「その通りだけど、これは簡易型のコントロール装置で、さっきのカリギュア達を操っていたのは、この上にある脳波コントロールユニットだよ」
フーグラーが頭上を指差す。その先、パジェットコープ本社ビルの最上階には無数の機械とモニターに繋がれた椅子が一つだけある部屋が存在していた。
「脳波でやらないと片手で数えるくらいしか操作できないからね」
「今言ったカリギュア“達”って言葉……オレと話しながら、トレーラーのことを把握してたし、同時に色々とできるのがフーグラーの能力なんだね」
「ご名答。話が早くて助かるよ。ボクのエヴォリストとしての能力は知能と並列処理能力の強化。脳波コントロールを使えば百体以上のピースプレイヤーやドローンを同時に操れる」
「百体以上!?」
「あれ?もしかしてスピーカーの件で気づいてなかった?ドローンや四足歩行のロボなんかもボクが一人で、リアルタイムで操っていたんだよ」
「気づいて……ませんでした」
さすがに驚きを隠せなかった。同時に機械を操作する能力だと目星をつけていたが、それこそ片手で数えるくらいが限界だと高を括っていたのだ。
「フーグラーには、この能力でプロティーブルをパトロール、そして対処できそうなものにはそのまま対処してもらっています」
(いくら何でもそれは一人に依存し過ぎじゃないかな)
「いくら何でもボクに依存し過ぎだと思ったでしょ?」
「うっ!?」
「図星だったみたいだね。でも、これは新体制移行期間の特別措置みたいなもんだから、優秀で信用できる人間が集まったら、ボクの権限は削られていくよ。納得した?」
(納得したけど、年下に心のうちを見透かされて、したり顔で説明されるのは……)
「年下に偉そうに講釈されるのはムカつく?」
「うっ!?」
二連続で考えを言い当てられて、アストは思わずたじろいだ。
「まさか心を読める能力もお持ちで?」
「まさか。ただボクに対してみんなが思うことを言ってみただけだよ。あるあるって奴だね」
(この自慢気な感じ、ウォルに似てるな。頭がいい奴はみんなこんな感じなんだろうか。でも、なんか違う……あいつよりも嫌な感じがするんだよな……)
親友と似た匂いを感じたが、不思議とこれ以上仲良くなれる気がしなかった。
「フーグラーはもういいでしょう。もっとお話したいなら個別に」
「ですね。他の人を待たせるのも悪いですし。なのでまた」
「いってらっひゃい」
アストが会釈すると、フーグラーはドーナツを加えながら手を振って見送った。
「脳をフル稼働する能力なので、糖分を大量に摂取しないとダメらしいんです」
「なるほど」
「では、次の六覚星は……」
アストとエドガーが前に来ると、壁にもたれかかっていた侍然とした男はパチリと目を開けた。
「ヨシロウ・サカタだ」
「アスト・ムスタベです。よろしくお願いします」
サカタは腕を組んだまま微動だにしなかったので、握手はせずにまた軽く会釈をした。
「…………」
「…………」
「…………」
「……えーと」
「何だ?」
「いや、お話を……」
「自己紹介だけで十分だろ。それとも拙者の能力を知りたいのか?」
「よろしければ。ですが、無理矢理聞くつもりはもちろんありません。エヴォリストの端くれとして、能力を知られる危険性は理解していますから」
「ほう……」
アストの言葉が気に入ったのか、“へ”の字に結ばれていたサカタの口角が僅かに上がった。
「いい心がけだ。だが、真の強者は能力を知られたとしても強いもの」
「あなたがそうだと」
「それを含めて今度教えてしんぜよう……その身にな」
(あれ?もしかしてこれ、戦う感じかな……)
もしかしてじゃなくて戦う感じだ。サカタはアストとの手合わせを申し出たのだ。
(断りたいけど、会って早々に印象悪いよな。つーか自分のこと拙者って言う人、ドラマや漫画以外で初めて見た)
「拙者がやると決めたんだ。断ることはできないぞ」
「うっ!?」
「あと一人称が拙者でも別にいいだろ」
「……やっぱりこの人達、心読めるんじゃ?」
「どうでしょうね?それよりも次に参りましょう。時間節約のために今度は二人まとめて紹介します」
アストはもう一度サカタに頭を下げると、エドガーの後を追い、椅子に座った不快な二人の下へ。
「こちらのサングラスの彼が」
「『ダドリー・モア』だ」
「そして猫背の彼が」
「『ボビー・レスコット』です」
「アスト・ムスタベです」
アストは二人に頭を下げたが、当のダドリーとレスコットは会釈し返すことも、握手しようと手を差し出すこともしなかった。
「あの~」
「おれもサカタさんと同じく能力について話すつもりはないぜ。んで、てめえと仲良くするつもりもない」
「はぁ……」
「ただここまで来た土産に一つだけ教えてやる……てめえの力より、おれの力の方がカッコよくて強い」
「そうですか……」
(この人は見た目通り嫌な人だな……)
第一印象からして良くなかったが、言葉を交わせば交わすほどアストの中のダドリーの好感度は下がっていった。
椅子の上でふんぞり返っているチャラ男とかマジで彼が一番怪訝な顔をする類いの人間。それに加えエヴォリストであること、自分の能力の凄さを過剰に吹聴するなんて悉くアストの地雷を踏み抜いている。
「モアさんのことはわかりました。レスコットさんも……」
恐る恐る軽薄そうな男から、隣にいる卑屈そうな男に目を移すとレスコットは丸めた首を上下に動かした。
「俺も能力について語るつもりはないよ。君と親睦を深めるつもりも」
「やっぱりですか」
「だけど一つだけ言わせてもらうなら、君の能力と少し似てるかな。君より大したことないかもだけど。だから……」
(オレのことを敵対視してるんだな)
武人として強敵と相対したいサカタのぎらつく眼と違って、レスコットのアストを見る目は劣等感や嫉妬の感情を多分に含んだ暗いものであった。初対面の彼に特に何の感情も持っていないアストからしたら、勝手に恨めしそうに見つめられるのは、ただただ不快で堪ったもんじゃない。
「すいません。この二人はあまり……エヴォリストとして能力は高いんですが、コミュニケーション能力は褒められたもんじゃないんです」
「ひどいな~社長。おれはちょっと人見知りで、ちょっと口が悪いだけだって」
「右に同じく」
「困ったもんですね……」
バツが悪そうに頭を掻くエドガーだったが、アストの心は彼らの性格の悪さよりも、それを誘発している原因、言葉の端々に見え隠れしたエヴォリストの闇の方が気になっていた。
(モアさんは典型的な力に目覚めて優越感と選民意識が爆発しちゃったタイプだな。で、多分相性的に有利を取れるから、オレのことを軽んじている。レスコットさんも同じだけど、どうやらこっちはオレの力を知って逆に自信を失うことに。この二人は……)
「エヴォリストは人間に差別されている存在なのは事実だが、本当に厄介なのはエヴォリスト同士の差別、ヒエラルキーなんだ」
(イグナーツの言った通り、この二人はアイデンティティーの全てを能力に依存して、その良し悪しでしか他人のことを判断できなくなっている。自分の能力が相手より上かどうかでしか……)
この二人はアストにとって、最も残念なエヴォリストの例であった。
力の優劣が全ての判断基準になってしまった悲しい人達……不快感ばかり感じていたアストの心に哀れみが広がり、その気持ちが彼らを見つめる視線に乗る。
「……なんだよ?」
「俺のことを哀れんでいるのか?」
「いや、そんなことは……」
(人の視線ばかり気にしているから、こういうのには敏感なんだな。本当に色んな意味で反面教師にすべき人達だ)
アストは彼らの姿を心に刻みつけると、これ以上は見てられないと言わんばかり目を逸らし、エドガーの方を向いた。
「エドガー社長、もう二人は話すことはないみたいですし、次に」
「はい。それではいきましょう最後の六覚星の下に」
嫌な奴だとしても礼儀を欠いては同類になってしまうと、アストはきちんと頭を下げてからその場を離れた。
そしてそのまま今も窓から街を見下ろしている男の下に……行きたかったのだが、身体がそれを拒絶するように足が重くなっていった。
(こんなこと初めてだ……本能が行くなと訴えている。だが、だからこそ確かめたい……このプレッシャーの正体を、この男の正体を……!!)
本能を理性と闘志でねじ伏せ、アストは遂にこの空間で最も異様な雰囲気を纏った男の後ろに立った。
(さてさてどうなることやら)
「………」
(おれの時は……)
(あいつはどう出る)
この二人の邂逅は他の六覚星に取っても注目すべきことのようで、皆そちらに視線を向けて集中している。
「彼が最後の……そして最強の男、六覚星筆頭」
「『アルトゥル・ミチュカ』だ」
振り返った男の姿は……思ったより普通だった。
平均よりも背が高く、目鼻立ちもくっきりしているいい男と言っていい見た目をしているが、かといって人目を集めたり祭り上げられるほどではない。そういう意味では普段は感じのいい優男と形容されるアストとかなり近いかもしれない。
(なんか想像してたより普通だな。いい男はいい男だけど。顔が見えなかったせいで、勝手に悪い妄想を膨らませただけなのかな)
若干拍子抜けしたアストの身体から力が抜け、表情も緩まる。その後ろでダドリーとレスコットが意地悪な笑みを浮かべていることなど知らずに……。
「オレは……」
「アスト・ムスタベだろ?もう何回も聞いたから覚えたよ」
「ですよね」
「ここに来るまで大変だったみたいだが、無事にここまで来れて良かった。君の話を社長に聞いた時から、ずっとこうして会いたかったんだ」
そう言ってアルトゥルはそっと手を差し出した。
「オレもあなたに会えて……」
アストはそれに応えるために手を……。
「!!」
ザッ!!
刹那、アストの生存本能が極限まで危険を訴え、その脳裏に凄惨なイメージを映し出した。すると身体は自然と動き出し、アストは手を取るどころか後ろへ跳躍し、アルトゥルから距離を取った。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
顔中から玉のような汗が吹き出し、まるでマラソンを走り終えた直後のように息を乱し、肩を上下させる。
それは皮肉にも自身のプレッシャーに当てられたカウマでのイゴールの姿にそっくりであった。
その姿を見て、アルトゥルは……。
「合格だ」
満面の笑みを浮かべると、手を引っ込めた。
「貴様は本当に“目覚めている者”だな。ここまでちゃんと反応できたのはサカタとフーグラー以来だ。どこぞのバカ二人とは違う」
「ちっ!」
「くっ!?」
「ボクは単純に潔癖で初めて会う人と握手したくなかっただけだけどね」
アルトゥルの発言にダドリーとレスコットは過去の自分の醜態を思い出し、顔をしかめ、フーグラーは大したもんじゃないと謙遜した。
そんな彼らの声はアストには届いていない。
(この人は……このアルトゥルという人はオレに何をしようとしてたんだ?まさかオレを……)
いくら思考を巡らせてもたどり着く先は一つだった。本能が感じた殺意……自分は今生死の境にいたのだと。
「アルトゥル!あれほど人を試す真似はよせと言っただろうが!!」
「試す?そんな大層なものじゃない。本当に目覚めた者なのかどうかを確認しただけだ。いまだに眠り続けている者にはわからないだろうがな」
「この……!!」
荒ぶるエドガーの言葉をアルトゥルはどこ吹く風と聞き流すと何も言えなくなってしまった。この二人の関係に関しては同等、もしくはアルトゥルの方が上のようだ。
(エドガー社長相手にこの態度……マジでオレはこの人のことがわからない!!)
このプロティーブルについてから色々とあったが、それらを全て吹き飛ばすインパクトがアルトゥルという男との初対面にはあった。
この後、アストは彼のことばかり考えながら一日を終えた。




