お預け
「そんな……!?」
「ザットやバーズリーさんだけでなく、リーダーまであんなあっさり……」
「これが戦闘タイプのエヴォリストの力なのか……!?」
指示に従い、静かな観客に徹していたソルジャードッグとイクストラルがにわかにざわつき始めた。無理もない、色々と脳内でシミュレーションしたが、ここまで一方的に、たった一人の相手に自軍の中心戦力が手も足も出ないことなんて、想像もしてないし、したくなかったのだから……。
「く、くそ……!!」
そしてそれはリーダーのネイザンも同じ。自身の認識の甘さを責めるように折られた膝が疼き、屈辱と後悔で顔をしかめる。
「イレギュラーが、情報のないエヴォリストに会敵した時点で、撤退すべきだったか……!!」
「だから大人しく退けって言ったのに。人の言うことを聞くもんですよ。まぁ、そういうオレも自分勝手に動き回るタイプなんですけど」
その結果がこれか、また戦いかと思うとアストもやるせなくなって、小さなため息をついた。
「……おれ達をどうするつもりだ?」
「どうもこうも部外者のオレにあなた達の処遇を決める権利なんてありませんよ。普通なら、この国の法律に則って処罰されるんじゃないですか?」
「この国の法律ね……はっ!」
発言を鼻で笑われ、アストは思わずムッとした。
「……そういう態度は心証良くないからやめた方がいいですよ」
「態度なんて関係ねぇよ。今のこの国で何が善か悪か決めるのは……」
「リーダーから離れろ!!」
バン!バン!バァン!!
「おっと」
「ザットか!!」
二人の会話を遮るように銃声が響き、弾丸が両者の間を通過した。正確には回復したジャンクドッグが青き龍の無防備な側頭部を狙って撃ったのだが、実のところきちんと周囲を警戒していた覚醒アストに避けられたのである。
けれど、結果として両者を引き離すことには成功した。
「コルバックさん!!」
「ザット……すまない」
「謝ることなんて何もないですよ!だってまだ何も終わってないんだから!」
「その通りです……」
「バーズリー、お前もか」
パンチを立て続けに受けて、のびていたはずの刃風・双も合流。二人でリーダーを挟み、肩を貸して立ち上がらせる。
「ここは撤退して態勢を立て直しましょう!」
「そうですよ!コルバックさんさえいればプロティーブル解放戦線は何度でも甦る!!」
「お前ら……」
「盛り上がっているところ悪いが……」
「「「!!?」」」
「このまま逃がすと思うか?」
逃げようで逃げられる相手ならばこんなことにはなっていない。これだけ暴れても息一つ乱れていない青龍の堂々たる姿を見ると、上がった士気が一気にまたどん底まで落ちた気がした。
「イレギュラー……!!」
「少し加減し過ぎたな。次はもう少し強めに殴ろう……!!」
「「「――ッ!!?」」」
青き龍が一段ギアを上げたのがわかった。その優しい青色をした全身から迸るプレッシャーがさらに強く、鋭角に、装甲を突き破って、肌に刺さるのを感じたからだ。息をするのも億劫になるほどの重圧が周囲を支配した。
「改めて……ヤバ過ぎるでしょあいつ……!!」
「つくづく判断ミスが悔やまれる……いや、それよりもあれだけの脅威の情報を得られなかったことを悔いるべきか……?」
「何でもいいですけど、反省も後悔も後回しにしてください。ザット」
「はい」
刃風・双に促され、頷き合うとジャンクドッグは腰の後ろから球状のものを取り出した。そして……。
「こいつが俺達の……最後の希望だ!!」
ピンを引き抜き、覚醒アストに投げつけてきた!球は綺麗な放物線を描き、龍の頭部に……。
「ふん」
ゴンッ!!
ぶつかる前にまとわりつく羽虫を払うように軽く手の甲で頭上へ弾き飛ばされた。
「不意に死角から撃たれた銃を避けられるのに、真っ正面から来る硬めのボールを捌けないはずないだろ」
「だろうね」
「……え?」
ザット、そしてバーズリーもこうなることを予想していた。わかった上でやったのだ。こんな時のために訓練してきたのだ!
「バーズリーさん!!」
「おう!!」
刃風・双は同僚の思いに答え、刀を眼前に、横一文字に構えた。それとほぼ同じタイミングで……。
カッ!!
ジャンクドッグが投げ、覚醒アストに弾かれた球が、閃光弾が起動!眩い光を周囲に撒き散らした。
「そんなことだろうと思ったよ」
しかしアストは動じず。ジャンクドッグが取り出した瞬間にそれが光や煙を使った目眩ましだと看破していたからこそ、自分の視界の妨げにならない頭上に打ち上げていたのだ。
実際、今のところは青龍の視界に何の問題もない。今のところは……。
「こっちも!!」
「読んでるんだよ!!」
キラッ!!
目を潰さんばかりの強烈な光を鏡のように美しく研ぎ澄まされた刃風・双の刀の刀身が反射!勝ち誇っていた覚醒アストの目に光を跳ね返した!
「――ッ!!?」
これはさすがに予想していなかったアストは対応できずにもろに瞳に光を食らってしまう!一瞬で視界はまるで一面の雪景色のように真っ白に染まり、せっかく追い詰めた解放戦線の姿を見失ってしまう!
(しまった!こちらが目眩ましに対応すると読んで、刀で反射してくるとは……一枚上をいかれた!!)
完全に出し抜かれたとアストは悔しさで歯を食い縛った。
ゾクッ……
「ッ!!」
そんな屈辱にまみれた龍に接近する者あり!視界は潰されてもそれを補うように反射的に感度を上げた覚醒アストのレーダーが背後に迫る影の気配を感じ取った!
(もらっ――)
「はあっ!!」
ドゴッ!!
「――ぐはっ!!?」
反転しながらその勢いを利用してパンチ!拳から伝わる衝撃が脳に伝播すると、まるで再起動したように白に包まれていた視界が元に戻っていった。
「ぐっ……」
アストが殴っていたのは先ほどまで観客と化していたソルジャードッグであった。ナイフを逆手に持っていたが、ボディーブローの影響で握力が失われ、地面にカランと音を立てて落ちる。しかしその代わりに……。
ガシッ!
反撃のために伸び切った青龍の腕を両腕で抱え込んだ。
「今だ!みんなやれぇぇぇぇッ!!」
「「「応ッ!!」」」
その声に呼応するように残りの者も覚醒アストに飛びかかる!前後左右、そして上から片腕を拘束されたたった一人に向かって一斉に!普通ならばまさに起死回生、逆転の一手となる上策であろう。
だが悲しいかな今回の相手は普通ではない。その単語から最も遠い場所にいる天に選ばれた精鋭中の精鋭なのだ。
バシャッ!
「――ッ!?」
覚醒アストは腕を液体化させて拘束から易々と脱出。
ガシッ!!
そして再び腕を戻すとお返しにとソルジャードッグの頭を掴んで……。
「おりゃッ!!」
ブゥン!!ドゴオッ!!
「――!!?」
「ぐあっ!?」「ぎゃっ!?」
群がって来る雑魚に投げつけ、まとめて撃破!さらに……。
「はあっ!!」
ドゴッ!ガッ!!ボゴッ!!
「――ッ!!?」
華麗に一回転しながら的確に裏拳や肘、手刀で前後左右、そして上から迫る敵を打ち抜き、文字通りあっという間にこちら撃墜。足元にピースプレイヤーの山ができあがった。
圧倒的な力を見せつけ、解放戦線を撃破したアスト。けれども彼の顔に喜びはない。
「……逃がしたか」
肝心のリーダーや幹部はこのどさくさに紛れて、姿を消していた。まんまと逃げられてしまったのだ。
「オレもまだまだ青いな」
「いえいえ素晴らしいご活躍でしたよ」
落ち込む彼を励ます満足そうな声の方を振り向くと、エドガーが車の外に出て来ていた。
「まだ車内にいた方が」
「大丈夫です。我がプロティーブルの守り神の一人が来てくれました」
「え?」
「「「ありゃりゃ遅刻も遅刻だね」」」
エコーのかかった声とともに前後のトレーラーを飛び越え、ドローンや四足歩行型のメカ、そして真っ白でツルッとしたピースプレイヤー、見る者にどことなく不気味な印象を与えるマシンが大量に周りに集まって来る。その妙に連動した動きがなんだか気色悪く、アストは胸騒ぎを覚える。
「これは……」
「わが社の開発している商品達です。あの白くてシンプルなピースプレイヤーは『カリギュア』と言って……」
「「「ボクが開発に関わったんだ」」」
「うっ!?」
周りにいる機械類のスピーカーから一斉に同じ音声が、無邪気な男の声が響き渡り、油断していたアストはちょっとびっくりしてしまった。
「「「ごめんごめん。スピーカーが全部起動してる状態だった。少し待って……」」」
「あーあー!これでいいかな」
失態……というほどのものではないが、ちょっとしたミスに気づいた男がスピーカーのスイッチを一つ除いて切るとエコーは収まり、声が出るのはアストの一番近くにいるカリギュア一つになった。
「えーと、アスト・ムスタベくんだっけ?ボクは『シリル・フーグラー』、以後お見知りおきを」
「アスト・ムスタベです。どうも」
差し出されたカリギュアの手を、アストはほんの少しだけ警戒心を残しつつ握った。
「ん?」
そして握手した瞬間、手から伝わる感触、温度からその正体を即座に察知した。
「もしかして……」
「お察しの通りだけど、今説明しても二度手間になるから今は何も話さないよ。ボクのこと、特に能力について知りたいならばパジェットコープの本社ビルに来るんだね」
「最初からその予定だよフーグラー」
「でしたね社長」
「というわけで、色々と予定が狂ったが本社に向かいたいのだけど」
「後片付けはやっときますよ。それだけのお給料をいただいているんでね」
「グッド。では、まずは前のトレーラーを動かしてくれ」
「了解」
そう言うと、二人の目の前のカリギュアが……動くことはなく、別の個体がトレーラーの運転席に向かっていった。
「……うん、これならすぐにロックを解除して動かせるよ」
(まるで自分が見て来たような口振り。やっぱり……だとしても、一体はともかく同時になんてできるのか?まさかそれが能力……?)
幸か不幸かアストの頭からはすっかりプロティーブル解放戦線にしてやられたことなど片隅に追いやられ、目の前の不気味な白いマシンとそれを操るシリル・フーグラーという男のことで一杯になっていた。
「フーグラーの能力が気になりますか?」
「……はい、とても」
「ならば早速本社に向かいましょう。君は先に車に戻ってワイン……じゃなくて、ジュースや水でも飲んでいてください。お疲れでしょう」
「では、お言葉に甘えて」
アストは軽く会釈すると覚醒状態を解除し、元の優男の姿になって言われるがまま車の中に戻っていった。当然、フーグラーの能力に思いを馳せながら。
「……さてと」
アストが車内に戻るのを確認すると、穏やかなエドガーの顔が少しだけ険しくなった。その真剣味を増した顔をカリギュアに近づける。
「データは取ったか?」
「もちろん。まさか自ら打って出るとは思わなかったから、ちょっとびっくりしたけど」
「予定ではお前が必死になってアストくんを含めて我らを守る姿を見せる予定だったからな」
「そのために解放戦線に社長の狙い時だよってリークしたんだもんね」
「アストくん自ら戦ってくれるなら、そのまま解放戦線の奴らが我が目的を達成してくれれば良かったんだが……役立たずどもめ」
エドガーはアストに見えないように足元の解放戦線を爪先で小突き、舌打ちをした。その顔には写真や初めて会った時の人当たりの良さそうな雰囲気は一切ない。
「それはさすがに可哀想だよ。あのアストくんの戦いぶり、どう考えてもサカタさんクラスだもん。あれをどうにかするなら、そのサカタさんかアルトゥルさんをぶつけないとダメだって」
「サカタはともかくアルトゥルの方は……」
エドガーの脳裏に悪魔の如き姿と強さを持ったエヴォリストのことが過ると、思い出しただけで背筋が凍り、身震いした。
「できれば使いたくないよね。エヴォリストをそれなりに見て来たけど別格だもんアレ」
「力だけなら間違いなく覚醒王と呼ばれるに相応しい男だからな」
「まぁ、まだ彼はもう少しこのプロティーブルに滞在するんでしょ?なら焦らなくともチャンスはまだあるって。お預け状態を楽しみましょうよ」
「そうだな。わたしとしてもできることならアストくんが我が意思に賛同して、自ら提供してくれるのがベストだ」
「そう思ってるなら、そろそろ戻ったら。あんまりないしょ話してると怪しまれますよ。ちょうどトレーラーもどかせられたし」
カリギュアが親指で後方を指すと、別のカリギュアがハンドルを何度も、こまめに切り返し、道路を横断していたトレーラーを車線に戻していた。
「ご苦労。では、また本社で会おう」
「はいはい~」
踵を返し、カリギュアに背を向けるとエドガーの顔はまた柔和で人当たりのいいものに戻っていた。




