覚醒者の国
プロティーブルという国は言葉を選べば、この世界のどこにでもあるありふれた小さな国、言葉を選ばなければ、取るに足らない存在感希薄な国家であった……過去形である。
近年、急激に財政悪化したこの国は私腹を肥やした政治家達の支援を受けた政府軍と、貧困と圧政に苦しむ市民達が結成した革命軍による内戦へと着実に進んでいた。
けれど、結果として最悪の事態は防がれることになる。世界を股にかける複合企業パジェットコープが介入してきたのである。
パジェットコープは潤沢な資産と、それを背景にした私設軍を使い圧力をかけ、プロティーブル政府軍と革命軍の間に入ったことで、軍事衝突は回避。さらに違法行為を行っていた政治家、役人達を一掃すると、新たに厳正な選挙で選出された清廉潔白な者達とともに協力し、汚れ、疲弊したこの国の立て直しに尽力している。
その成果が現れ始めた現在では都市部は財政破綻寸前だったと思えないほど栄え、世界有数の成長率を見せているのだが、それを可能としているのは資金力だけの話ではない。パジェットコープ社長『エドガー・パジェット』はこの国家再建計画の中心にエヴォリストを積極採用しているのだ。
彼曰く「天から与えられた超常の力とはこういう場面で使うことが最良なのだと、わたしは思っている。他者の幸せのために力を行使する彼らの気高い姿を見て、差別しようとする者などいるだろうか。きっとこのプロティーブルの発展を目の当たりにして世界中の差別主義者達は考えを改めるはずだ。自分達が間違っていたと。エヴォリストこそがこの停滞した世界を導く進化した人類なのだと理解するはずだ」
この発言は逆にエヴォリスト至上主義、能力を覚醒していないただの人間に対して差別的だとの批判も大きい。しかし、実際にエヴォリストを国家運営の核に置いたことでプロティーブルが目覚ましい発展を遂げたのは事実であり、現在進行形で今も積極的に優遇措置を取り、エヴォリストが集めているこの小国が更なる飛躍を遂げる可能性は高く、世界中の有識者達が注目しているのは間違いない。
「……有識者って誰だよ」
オフラインのスマホでプロティーブルとパジェットコープについての記事を読みながら飛行機から降りたアスト・ムスタベの口からふと本音がこぼれ落ちた。
(それにしても一人のエヴォリストとしては、このエドガー社長の意見はあまり好きになれないな。一見するとエヴォリストのことを凄く敬っているように聞こえるが、人ではなく能力の有用性でしか判断してないように思える)
長方形のディスプレイの中で朗らかに笑う人当たりの良さそうな白髪の男、エドガー・パジェットの顔がアストには、どうにも胡散臭く見えた。
(まぁ、この記事を書いた記者さんが意図的にこの人が悪く見えるように、発言を切り取ったのかもしれないしな。思い込みは厳禁だ。せっかく遥々やって来たんだ。フラットな気持ちで会わないと損だよな)
実はアストが降り立ったのはプロティーブル唯一の空港。彼は考え抜いた末にイゴールの誘いに乗ったのだ。真実と答えをその目で確かめるために。
(発展著しいと言われるだけあって空港はきれいだね。そのきれいさに反して、お客さんが少ない気がするけど、観光地ってわけじゃないし、こんなもんなのかな)
どこか違和感や歪さを感じるが、アスト自身そこまで色んな場所を訪れたわけでもないので、軽くスルーして約束の場所に向かった。すると……。
「お久しぶりです。そしてようこそプロティーブルに、アスト様」
ウエハラ家にやって来た時と同様にスーツをばっちり着こなしたイゴール・カスティージョが待っていた。
「あの時はすいません。ずいぶんと失礼な態度を取ってしまって」
初対面の時とは真逆の態度を取り、軽く頭を下げるアスト。自らの不躾な態度を反省した……というわけではない。
(この人達が本当に信用できるのかどうかを見定めるためにも、もっと懐に潜り込まないとな。ここに来るまで調べてみたけど、どうにも……)
アストのイゴールもといパジェットコープへの疑いはいまだに晴れていない。というより先ほどの記事の悪印象などでむしろ疑念が深まっているくらいだ。だが、それをおくびにも出さずに柔和な雰囲気を維持するのを心がける。
「あの件に関しては、全面的に悪いのは自分の方です。顔を上げてください」
「そう言ってもらえるなら、この話はこれっきりで」
「ええ。信用してください。自分もパジェットコープもあなたやあなたの大切な人に決して危害は加えません」
「はい、信じますよ」
(そんなわけねぇじゃん。オレの大切な人達にはビオニスさん達、ピンキーズにばっちり警護についてもらってるよ)
「では、こちらに。社長がお待ちです」
「行きましょう行きましょう」
(さぁ、蛇が出るか鬼が出るか……)
イゴールに連れられ空港を出ると、黒塗りのいかにも高そうな車の横に先ほどスマホで見た人当たりの良さそうな白髪の男が立っていた。
「はじめましてアスト・ムスタベさん。わたしがパジェットコープの社長で、今このプロティーブルの再建の責任者でもあるエドガー・パジェットです」
「はじめまして、アスト・ムスタベです」
二人はどちらともなく歩み寄るとがっしりと握手を交わした。
「写真で見るより大きく感じますね」
「あなたも。もっと小柄だと思っていました」
「よく言われます。どうしても仕事柄、背の高いボディーガードに囲まれているんでね。って、積もる話は車で。バジェットコープ本社までの道中はそこそこありますから」
「はい」
言われるがままアストはエドガーに続いて、イゴールが開くドアをくぐり、車の後部座席に乗り込んだ。
「うわぁ……」
思わず声が出た。
椅子は明らかに大衆車のとは、ものが違う皮張りのもので腰を下ろした瞬間、まるで全身を包み込むかのように全身にフィットした。さらに内部も外から見るよりも広々としているように思え、普段はただの大学生であるアストは圧倒されてしまう。
「お気に召しましたかな」
「かなり……正直、今まで乗って来た車と全く別物で、こんなに違うものかと動揺しています」
「はははっ!わたしも元々裕福な家庭の育ちじゃなかったので、初めて高級車と呼ばれるものに乗った時は感動しましたよ。気持ちはわかります」
「そうですか」
「けれど、わたし的にはもっと別のところで、この生まれ変わろうとしているプロティーブルのことで感動して欲しいですな。そのためにも……カスティージョ」
「はっ。出発しますからシートベルトをお付けください」
また言われるがまま、身体にシートベルトを巻き付ける。これも高級車仕様だからなのか、心なしかいつもよりもぴったりとフィットしながらも、苦しさや邪魔臭さはあまり感じなかった。
「装着完了です」
「では、出発します」
イゴールがアクセルを踏むと車はスムーズに加速していく。これまた不愉快な重力など感じない快適なドライブだ。
「飲み物はどうですか?君のために美味しいワインを用意したのですが」
「申し訳ありませんが、家訓でお酒類は飲めないんですよ」
「それは残念」
「仮にそうでなくとも、あなたの話はシラフの状態で聞きたいですし」
「そうですか。ならばこちらも真剣に話さないといけませんね」
そう言うとエドガーは外を指差した。
「あのビルが見えますか?」
「建設中の奴ですか?」
「はい。あのビルの建設は多数のエヴォリストによって行われているんです」
「多数の……でも一口にエヴォリストって言っても千差万別ですよね?」
「ええ、だから適材適所で能力に合った場所で働いてもらっています。力の強い者は資材運搬、飛べる者は高所での作業、情報処理や空間把握能力に長けた者は設計といった具合にね。そのおかげで従来よりもかなり早く建てられる予定です」
「そうやってエヴォリストを使って国全体を急速に作り変えているんですか?」
「少し言葉に刺がありますね」
「あ」
気が緩んでいたのか、つい強めの本音が漏れ出てしまった。慌てて口を押さえるがもう手遅れである。
「すいません。別にこの国のやり方を否定するつもりはないんですが……」
「いいですよ。そう思われるのは覚悟の上です。エヴォリストの能力を上手いこと利用して、私腹を肥やしている……外から見れば、わたしもこの国に巣食っていた無能な政治家と何ら変わらない」
「そんなことは……」
「だからわたしのことはお気になさらず。ただ一つだけ……エヴォリストの力を使ってお金儲けすることが悪だという意見によって苦しんでいるエヴォリストもいることを覚えていてください」
「え?」
「意外そうですね」
「はい……オレはこの目覚めた力をお金を稼ごうとかは思ったことは……いや、小銭稼ぎに使ったことが何度か」
「それに対し、罪悪感を感じたのですね」
「ちょっとだけ」
「他者から羨ましがられ、また恐れられる君の力を誰よりも恐れているのがアストくん本人なのですね。その力を間違った使い方をしては大変なことになってしまうという恐怖が、君に必要以上に力を行使させることを躊躇わせている」
「そうかもしれません……」
言語化されるとその通りだとしか思えなかった。自分が感じている恐れや力を持たぬ者達への負い目を再認識し、アストは手のひらを見つめながら顔をしかめる。
「その真面目さは美徳ですが、手に入れた力を最大限に利用することは決して悪いことではありません。むしろ当然のことだとわたしは思います。ですが、世界にはそれを許さない空気が蔓延しています」
「目覚めた能力で人を判断することが、不必要にエヴォリストを持ち上げている感じがして嫌な感じはしますよね。かくいうオレもそれで判断して欲しくないって思っていますし」
覚醒した者の率直な言葉にエドガーも運転しながら聞き耳を立てているイゴールも眉尻をひくつかせたが、当のアストは何も気づかなかった。
「それも考え方の一つとして認めますが、他の能力を活用したいと思っているエヴォリスト達に押し付けるのはよくありません。能力はあくまで個性として、社会全体で受け入れていくべきです。そういうエヴォリストがありのままに生活できる世界の第一歩として、わたしはこのプロティーブルをエヴォリストと普通の人間が共存できる国にしようとしているのです」
「共存っていうならセイクリアはどうです?あの国も確か似たようなことを謳っていますよね」
「いえ、あの国は紛い物ですよ」
エドガーは一緒にしてくれるなと言わんばかりに眉と口を“へ”の字に曲げた。
「むしろ今のエヴォリストが生きづらい社会を助長したのが、そのセイクリアですよ。“偉大なる11人 (グレイテスト・イレブン)”とか言って、エヴォリストに超法規的な武力行使の権限を与え、治安を守らせた結果、エヴォリスト=人間離れした戦闘能力を持った危険人物達と印象付けてしまった」
「それは色んなところで指摘されてますね。元々古来から戦闘力の高いエヴォリストが持て囃されてきた悪しき習慣を、今になってもさらに続けるのかと」
「まぁ、百歩譲って強さ自慢にそれを活かせる権限を与えるのはいいでしょう。わたしの主義にも合っています。ですが、あの国はあろうことかクリラ・テクノロジーズやエインズワースなど国内のピースプレイヤー開発会社に、彼らに対抗するマシンを作らせたり、噂では人工巨神を産み出そうとしたりと……エヴォリストを何だと思っているんですか!」
喋っていて改めて酷いと感じたのか憤慨するエドガー。
一方のエヴォリストであるアストは……。
(ヴォークスさんの件を考えると対抗策を用意するのは大事だよな。オレやモモカーバがいなかったら、全滅まではいかなくても、カウマの戦力を大量に削られていただろうし)
ついこないだあった一人のエヴォリストが起こした国家危機を思い出し、仕方ないよなと渇いた笑いを溢した。
「そもそも巨神を持っていないことにコンプレックスを持ち過ぎなんだ!神凪やユシミヤ、ワマレオが特別なだけなのに、自分達も劣ってないと示すためにエヴォリストを……」
「あの……」
「……あ。失礼、少しエキサイティングし過ぎましたね」
我に返ったエドガーは耳を赤く染めながら、仕切り直しだと咳払いした。
「ゴホン……話が逸れましたが、プロティーブルはセイクリアの失敗を反面教師として、本当のエヴォリストの方達がありのままに生きられる国家を目指しているのです。もちろんセイクリアを否定するだけでなく、真似するべきところは真似てますが」
「今回、オレにそのことについて意見を聞きたいんですよね?」
「はい。そしてできることならそのままこちらに移住してくれればなどと思っています」
「それは……」
「おっと!」
エドガーは手を翳し、アストの言葉は遮った。
「あなたが故郷を愛していることは知っています。ですから今の段階では答えてもらわなくて結構。数日滞在して、この国の人達と触れ合ってから改めてお話しさせていただきます」
「……ですね」
(オレの気持ちは変わらんと思うけど)
移住の話をされたことによって、アストは自分の中にある郷土愛が思いの外強いのだなとしみじみ感じた。
「アストくん……わたしはね、この国から伝説の覚醒王が出て来て欲しいと思っているんです」
「覚醒王?」
「とある地方で語り継がれる伝説です。混迷の時代に覚醒者、つまりエヴォリストの王たる存在が現れて、生きとし生ける者を導き、救ってくれるというありふれた救世主の話ですよ」
「へぇ~、初耳です」
「まぁ、今の科学が進んだこの世界では与太話として一蹴する人が大半でしょうね。ですが、わたしは心の底から覚醒王がいずれ現れると……信じています」
遠くを見つめるエドガーの目はキラキラと輝いていた。夢を見る子供のように無邪気に、そしてどこか妖しく……。
「……これで大体わたしがこのプロティーブルで何がしたいかは終わりですかね。あとはパジェットコープの本社で彼らと顔を合わせて、お疲れでしょうから今日のところはお開きにしようかと思っているのですが……何かご要望は?」
「特には。明日からは自由に観光してもいいんですよね?」
「もちろん。ただよろしければいくつか紹介したいところが。水を操るあなたには、我が国自慢の大型浄水場を是非見てもらいたいですね」
「浄水場か……こんな機会がないと、行くこともないですし、案内してもらおうかな」
「はい。では、滞在中に時間を取って――」
キキィーーーーッ!!
「――もっ!?」
「ッ!!?」
突然イゴールがブレーキを踏み込みながら、ハンドルを切り、スピンしながら急停止!アストもエドガーも視界が回転するわ、舌噛みそうになるわでてんてこ舞いだ!
「どうしたイゴール!?」
「すいません、前のトレーラーが急に横になりながら停車して……」
「何だと……?」
確認すると実際に先ほどまでの進行方向でトレーラーが立ち塞がるように停まっていた。
そして後方にも……。
キキィーーーーッ!!
また別のトレーラーがドリフトしながら停車。二台の巨大で長大な車に挟み込まれてしまった。
「これは一体……」
「この辺りは車の往来の少ない場所……狙われたか……!!」
「そのようですね……!」
「え?こんなことをする人達に心当たりがあるんですか?」
戸惑う部外者のアストの問いかけに、エドガーは申し訳なさそうに頷いた。
「君を巻き込むつもりはなかったのですが、彼らは、彼らこそがこのプロティーブル再建の最大の障害……『プロティーブル解放戦線』です」
「プロティーブル解放戦線……」
例えカウマの外でも自分は戦いの輪廻からは逃れられないことをアストはひしひしと感じ始めていた……。




