発見
「大人しく……しろ……!」
ゴウサディンを装着したアストが島民を地面に押し付ける。その傍らに……。
「悪いが……ほんの少し寝ててくれ」
「ギシャ……」
しゃがみ込んだセリオが手で額に軽く触れると、さっきまで暴れ回っていた狂暴化した島民は嘘のように静かに眠りについた。
「よし……!」
「ノスハート!」
「おう!そこの木の陰でいいよな?」
完全に眠ったことを確認すると、メグミが島民を木の根元に移動させた。三回目となると慣れた手つきだ。セリオの家を出発してからアスト達は案の定島民の襲撃を受け、それをひたすら迎撃していた。
「ふぅ……お疲れ様です」
「わたしは疲れてなどいないよ。君の方こそ住民を傷つけないようにして、大変だったろ?」
過去の仕事の、オリジンズや凶悪犯の捕獲の経験からセリオは暴れる対象を無傷で制圧することの難しさを知っている。実際、アストも大変だった……肉体的には。
「確かに……おもいっきり殴ったり、殺すことを厭わない方が楽なんでしょうけど……オレは嫌だ。そもそも今、こんな無茶をしてるのも彼らを助けるためなんですから」
「それもそうか」
「ええ……でも、セリオさんのおかげで気は楽ですよ。少しでもあなたが触れてくれれば眠らせて、それで終わりですからね」
ゴウサディンを脱いだアストの顔は晴れやかだった。言葉の通り、セリオの力が優しい彼の精神衛生を守っていたのだ。
「それにゴウサディンのエネルギーの節約にもなるし」
「うん……」
離れて事態を見守っていたウォルとトウドウが彼らの下に合流した。ウォルはアストと同様、晴れやかな顔をしていたが、トウドウの方は真逆で不安で曇っている。
「トウドウ君……?」
「あっ、アスト君……どうしたの?」
「どうしたって、こっちのセリフだよ。なんか暗いから……いや、まぁ、そんな明るくなるような状況でもないんだけど……」
自分でしゃべっていて、バカな事を言っているなと途中で気づいた。だが、だとしてもポジティブでいた方がいいとも思うが。トウドウもその通りだと思ってはいるように見えるけれど……。
「ごめんね……個人的に……想像していたより、人と会うなって。ここら辺には島の人達もあまり来ないって聞いていたから……」
事前の話では島の住民でもこの森に来るのは変人扱いだったはずだ。けれど、現実にはもう三度も襲撃を受けている。
「そうだね……オレもこんなにエンカウントするとは思わなかったよ……セリオさんはどう思いますか……?」
アストはセリオに助けを求めた。この短時間でアストは彼に全幅の信頼を寄せている。
「ん?あぁ、わたしも同じ意見だよ。予想よりも多い。わたし達が思っているよりも、元々、森訪れる人達が多かった……ということでなければ……」
「なければ……」
「狂暴化した島民が広範囲に移動しているってことだろうね」
「そうなりますよね……」
セリオの考えが正しければ、今後も予想外の遭遇をすることになる。アストは気を引き締め、バッジを強く握りしめた。
「だとしたら、ここまでは慎重に歩みを進めてきたけど、少しペースアップした方がいいかもな」
「はい、時間が経てば経つほど、進路に人が集まって来るかもしれないですしね」
セリオとアストはお互いの目を見て頷きあった。そして、その後他の仲間へと視線を移す。
「トウドウ君もそれでいいかい……?」
「うん、僕は構わないよ」
「ウォルも……」
「OK!OK!問題なし!」
「メグミも………お前、どこ見てんだ……?」
「ん?何をって……あれ」
メグミは遠くの空を見つめていた……あの時と、昨日の夕方にガスティオンを見つけた時のように。
「まさか!?」
アスト達は一斉に振り返り、メグミの視線を追った。そこには、青い空に昇っていく白い煙のようなものが……。
「セリオさん!?」
「あぁ!前言撤回だ!全速力であの白い煙に向かうぞ!!」
アスト達は形振り構わず走り出した。木の根を飛び越え、枝葉を腕で払い除け、前だけを見つめ、ただただ足を動かした。
そして、ついに森の終わりが来たことを光と潮の匂いが教えてくれた。
「はぁ……はぁ……ぼくの勘が当たった……!ぼくの頭脳の勝利だ……!」
「いや、おれの日頃の行いのおかげだな……きっと、そうに違いない……!」
ウォルとメグミが軽口を叩き合う。けれど、内心はそんなことはどうでもよかった。
彼らの目の前、森の出口の先、崖の上に探し求めていたものがあったのだから。
そうガスティオンの死体だ!
「何だっていいさ……ただ確かなのは……天はオレ達に味方した……!!」
「よっ……」
「しゃあっ!!!」
歓喜の声とともにウォルとメグミが飛び上がった。アストはというと手袋を着けたセリオとがっしり握手している。
「やったな、ムスタベ……!」
「はい、全てはセリオさんが色々教えてくれたから……だから、なんとかなったんです……!」
アストはまた泣きそうになった。でも、それはまだ早いとセリオがポンと肩を叩く。
「おいおい、まだ終わったわけじゃないだろうに?」
「そう……ですね……」
アストは目をごしごしと拭くと、セリオとともにガスティオンの死体へと向き直した。
ガスティオンは立ち上っていた煙、というか蒸気のようなものを全身から発しており、すでに半分ほど骨が露出していた。
「紙一重……かなりギリギリだったな……あの分じゃ、死体自体、二十四時間もかからず消滅する。わたし達のお目当ての血液はもっと早く消えるだろうな」
「そんなにですか……?」
アストは背筋が凍った。あとほんの少し出発が遅れていたら、あと何人か狂暴化した住民と遭遇していたら、全ての希望が失われていたのだから……。
「君が正しい、最善の決断をしたってことさ」
「オレは別に……」
「謙遜するな。君のやったことは誇っていいことだ。自信を持て、自信は力をくれる。しんどい時ほど自分を信じてやれ」
「……はい」
「いい返事だ」
セリオは今度はアストの背中を叩いた。背筋が伸び、胸を張り、アストの身体に力と勇気が駆け巡る。今の自分ならどんな困難も乗り越えられるとさえ思った。そう思ってしまったせいなのだろうか……。
「ニャア………」
「――!?」
「これは!?」
「ニャ」「ニャア」「ナァ……」
突如として木の上から鳴き声とともに四足歩行の獣が降りて来た。一匹だけではなく次から次へと現れ、あっという間にアスト達は囲まれてしまった。もちろん彼らとガスティオンの間にもそいつらはいる。
「こいつらは『ヤーマネ』か!?」
昔取った杵柄か、セリオはすぐにその獣の正体が山や森の中に生息する下級オリジンズだと見破った。
「ぼくが知っている情報だと、臆病で人間の気配を感じると逃げていくような奴らだったはずなんだけど……」
「オレもそう教えられたよ……」
「つーか、実際、おれ達がガキの頃に見つけた時には一目散に逃げて行っただろうが……」
「覚えている……覚えてるけど、こんなにデカかったか……?」
お互いの死角を守るように背中合わせになりながら、アスト達は昔話に花を咲かせた……そんないいもんではないが。
目の前のヤーマネは彼らの知識や記憶と違い、人間を前にしても逃げることもせず、身体も一回り大きいように見えた。
「セリオさん、これって……?」
「あぁ、ガスティオンの力で狂暴化しているぞ!!」
「ニャアァァァァァッ!!!」
セリオの言葉を肯定するように一匹のヤーマネが飛びかかる!
「ちっ!起きろ!ゴウサディン!!」
すかさずアストはバッジを取り出し、ゴウサディンを装着する。そして、手に持った電磁警棒で殴り……。
「オラァッ!!」
「ニャッ!」
ブゥン!
「速い!?」
電磁警棒は何もない空間を通り過ぎた。今までの相手なら確実にヒットしていたところを、ヤーマネは驚異的な反応で回避したのだ。しかも、それだけでは飽きたらずず……。
「ニャアッ!!」
ガリッ!
「ぐっ!?」
着地すると同時に再びゴウサディンに向かってジャンプ!アストは咄嗟にもう一方の腕でガードしたが、その腕に噛みつかれてしまった。
「こいつ……!?オレはてめえの餌じゃないんだよぉ!!」
バリバリバリバリバリバリッ!!
「――ナッ……」
けたたましい音がおよそ半日ぶりに森の中に再びこだました。ゴウサディンが自身の腕から離れないヤーマネに警棒を押し当て電流を流したのだ。
これにはたまらずヤーマネも大口を開け、白目を剥いて地面へと落ちていった。
「アスト君!大丈夫!?」
「トウドウ君……オレは問題ない……って言いたいところだけど……」
アストはトウドウについさっきまでヤーマネに噛みつかれていた腕を見せる。そこには黒い穴と稲妻のような亀裂が入っていた。
「それって……!?」
「あぁ、人間相手には傷一つ付かなかったってのに、この様さ……こいつらには牙が、爪が、ゴウサディンを殺すための武器がある……!」
今まではどんなに相手が狂暴でも、恐ろしくても、ゴウサディンさえ纏っていれば問題なかったが、今回は違う。仮面の下のアストの輪郭に冷や汗が伝った。
だが、だとしても退くわけにはいかない!愛するシニネ島を取り戻したいという祈りがアストの中で勇気に変わる。
「セリオさん……」
「なんだ、ムスタベ……?この場をなんとかするいい作戦でも思いついたか?だとしたら、わたしはとても嬉しいのだが……」
セリオがチラッとゴウサディンの方を向くと、青と銀の仮面が力強く縦に揺れた。
「いいかどうかはわかりませんが、考えがあります……」
「聞かせてみろ……」
「はい……オレがガスティオンの方にいるヤーマネに突っ込んで、包囲網に穴を開けます……セリオさんはそこからウォル達を連れて脱出、血液を取りに行ってください……」
「君は……?」
「オレはここにとどまってこいつらを食い止めます……!血を採ったら、オレに構わず、ここから離れて……」
「無茶だろ!おい!!」
話に割って入って来たのは、お馬鹿で通じているメグミ・ノスハートだった。そんな彼でもその作戦の無茶苦茶さと意図は理解できる。しかし、理解はできても、到底納得はできない。
「お前だってわかってるんだろ!無茶しねぇといけないぐらい!オレ達が何のためにここに来たのか!オレ達の目的がなんなのか!!」
「わかるさ……わかるけどよ!!」
「なら、やるんだ!オレが耐えている間にガスティオンの血液を採取して逃げろ!オレもお前達が無事に逃げられたのを確認したら、上手くバックレるからよ!」
「ぐっ!?」
アストの気迫にメグミは気圧された。(てめえとは長い付き合いだからわかる……自分が逃げる方法など考えていねぇことはよ!けど……言ったところで聞かねぇのもわかっちまうんだよ……)
アストの決死の想いが、願いがメグミの胸を締めつける。どうにかしたいと足りない頭を動かすが、それもどうやらタイムアップのようだ。
「ニャア……」
ヤーマネはこうしている間にも獲物を嬲るように包囲網を縮めていた。
「おしゃべりしている時間はもうないみたいだね……」
「あぁ、準備はいいか、ウォル……?」
「ぼくはとっくにできてるよ」
「トウドウ君は……?」
「僕も……大丈夫」
「だとよ、メグミ」
「ちっ!わかったよ!」
「というわけでセリオさん……」
「任せておけ……!」
「よし……すぅ……」
皆の意志が一つになったことを確認すると、アストは一回深呼吸をした……覚悟を決めるために。
「ふぅ……3、2、1でガスティオンへ走ってください……」
「了解……!」
「3……2……1!Go!!」
五人は一斉に同じ方向を向き、持てる力の全てで地面を蹴った。




