異国からの来客
インターホンのカメラを確認すると、そこにはスーツを着た体格のいい強面の男が立っていた。
「知らない顔ね。もしかして本当に訪問販売?それにしては顔が怖いけど。あれじゃあ売れるものも売れなくなるわよねアスト」
「………」
「ア、アスト……?」
アストの顔は再び険しい強張ったものに逆戻りしていた。いつもの優しい眼差しとは違うまるで獲物を見定めるような目で画面越しに来客を観察する姿に、コトネは初めて彼のことを怖いと思った。
「……この人、兵士か格闘家、とにかく人と戦うことを生業にしている人、もしくはしていた人ですよ」
「え?確かに……見た目は鍛えてて強そうだけど……スポーツ選手かボディービルダー、単純にジムに通うのが好きだって可能性もあるんじゃない」
「オレもこの見立てに絶対の自信があるわけじゃないです。少なくとも体つきだけならコトネさんの言う通りかもしれない。でも、目が……」
「目?」
コトネは改めて男の迫力のある顔を、その中でも存在感の強い目を見つめた。
「眼光は鋭いわね。ただ者ではない雰囲気を感じるような、感じないような」
「多分、これは実際に戦場でそれの経験がある人と対峙したことないと感じられないものだと思います」
「それの経験のある人っていうのは?」
「……人を殺した経験です」
「っ!!?」
アストが男と重ねているのは、連続殺人犯のトウドウや軍人として、反エヴォリスト団体の戦闘員として多くの命を奪ってきたイグナーツであった。
男の眼の奥に、アストは彼らと同じ暗く、静かで、それでいて触れれば火傷では済まない程熱く燃え滾る炎を見たのだ。
「この人、過去に人を殺したことがあるってこと?」
「オレの勘では」
「なら、警察に連絡した方が……」
「いえ、それはさすがに性急過ぎますよ。あくまでオレの勘ですし、軍人だったら任務、格闘家だったら試合中の事故でそういうことになっただけで違法性はないかもしれません。っていうか、その可能性の方が高いかも」
「そ、そうよね!最初に軍人や格闘家って言ってたもんね!ワタシとしたことが、人殺しの目って聞いただけで取り乱しちゃって……」
コトネは不安を追い出すように深呼吸をした。そのタイミングで……。
ピンポーン
「――ッ!!?」
再びインターホンが鳴り、コトネは驚いて息が止まりそうになった。
「大丈夫ですか?」
「また情けないところを見せちゃったわね……」
「無理もないですよ。あのタイミングで鳴らされたらね」
「無表情だし画質荒いからわかりづらいけど、実はかなりイラついているのかしら?」
「まぁ今のところ、完全に居留守状態ですからね。イライラするのも無理はない」
「ここはやっぱりきちんと応対した方がいいよね?」
「まずオレが出ますよ。それでウエハラ家の人が必要だったら呼びます。コトネさん自分の部屋に戻っていてください」
「いや、ワタシも一緒にいるわ。この家の人間ですし、何よりあんたといた方が安心できる」
(余計なことを言っちゃったかな……)
いつも気丈なコトネが身体を小刻みに震わしていた。
その弱々しい姿にアストは深い罪悪感を覚える。そして同時に自分が蒔いた種を刈り取る覚悟を胸に秘めた。
「わかりました。ただ基本的にはオレが対応するんで、コトネさんは後ろの方で待機を」
「了解。頼りにしてるわよブリュウスト」
「頼りにしてくださいカウマ最強の男を」
「ぷっ!」
アストは柄にもなくウインクをすると、コトネの顔に笑みが戻った。
そのいつもと変わらぬ表情に安堵したかと思うとアストは即座に気を引き締め直し、玄関へと向かい、鍵を回し、ドアに手をかけ……開けた。
「こんにちは」
「……どちら様ですか?」
アストはあえて不躾に応対した。こっちはお前のことを警戒してると言わんばかりに怪訝な顔をしながら、最低限の言葉だけを口にする。
「そうですね。まずはこちらから自己紹介すべきですよね」
だが、男はそれに対し、嫌な顔一つせずに懐から銀色の名刺入れを、そしてその中から名刺を取り出して、アストに差し出した。
「おれ……じゃなくて、自分はこういうものです」
「『パジェットコープ』……?」
「はい。そこに所属している『イゴール・カスティージョ』という者です」
聞き覚えのない会社名にアストはチラリと背後にいるコトネに目配せしたが、彼女もまた「知らない」と首を横に振った。
「申し訳ないが、聞いたことのない会社だな」
「当然だと思います。ここカウマでは活動していませんから」
「なら何であなたはここにいるんですか?しかもよりによってこんな何の変哲もない一般家庭が住む小さな一軒家に」
後ろから「その言い方、失礼じゃない!?下宿させてもらってる人間がそういうこと言うのは、どうかと思うわよ!?」と、無言で圧力を送ってくるがアストはガン無視した。
「正直カウマにも、ここに住むウエハラさん?でしたっけ、その方達にも用はありません」
「……何?」
「我がパジェットコープの社長があなたに会いたいと言っています。アスト・ムスタベさん。いや……ブリュウストとかブルードとか呼んだ方がいいですか?」
「!!」
刹那、アストの意識が完全に戦闘モードに移行、全身からその年齢に似合わぬ歴戦の勇士のプレッシャーが放たれ、瞳が人間では無くなった、超越した証である金色へと染まり、イゴールを視線で殺さんばかりに睨み付けた。
「――ッ!!?」
その神々しくも恐ろしい眼と目が合った瞬間、イゴールは懐からデバイスを取り出しながら、後ろへ跳躍し、距離を取った。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
顔中から玉のような汗が吹き出し、まるでマラソンを走り終えた直後のように息を乱し、肩を上下させた。
このイゴールの姿こそが“死”を感じた生物の姿である。
「いい反応だな。やはり軍人か何かか?」
「お、おれは……!!」
「黙れ」
「――ッ!?」
「オレから訊いておいてなんだかあんたのことなんか興味なかったわ。オレが知りたいのは、何であんたがオレの能力について知っているかだ」
「それは……」
「いや、それについてもどうでもいい。どうせオレがどっかでミスっただけだろ。オレが知りたいのは、この家に訪ねて来たか……」
「それはもちろんあなたがいるからですよ……」
「オレと接触したいなら他の場所でも良かっただろ?なんだったら電話やメールでもいい。オレがエヴォリストであることを突き止めたんだ。電話番号やアドレスを調べるなんてわけないだろ」
「………」
「なのにわざわざこの家に来た……どういう了見だ?もしかして……オレの大切な人達にいつでも手を出せると脅しているのか……?」
「ッ!!?」
図星を突かれたのか、悪意のある解釈をされたことに戸惑ったのか、イゴールはさらに汗だくになりながら後ずさった。
「オレは人の命を奪うことはないと高を括っているのか?確かに相手を殺すことはしない。だが、それ以外なら……オレの大切な人を危害を加えようとする奴には、それ以外は何でもやるぞ」
「ぐうっ……!!?」
爛々と力強く輝く金色の瞳を見ていると、その言葉が冗談だとは思えなかった。
ならば実際にと、イゴールの本能が脳裏に生命の源である水を自由自在に操り、言葉にできない凄惨な責め苦を自分に与える青き龍の姿を鮮明にシミュレートすると、膝がガクガクと笑った。
もう限界が近かった。
「そのデバイス、ピースプレイヤーだろ?オレとやる気か?」
「そんなつもりは……」
「別に装着してくれても構わないぜ。そっちの方が躊躇なくやれる……!」
「くっ!?」
「ここから先は言葉を選べよ。たった一言で地獄に落ちるかどうか決まるぞ。何でここに来た?イゴール・カスティージョ」
「おれは……おれがここに来たのは……」
極限まで追い詰められたイゴール。彼の選んだ選択は……。
「……間違いでした」
ボサッ……
全面的に自らの非を認め、降参することだった。デバイスから手を放し、足元に落とすと、両手を上げて、戦う意志はないと全身を使って示したのだ。
しかし、当のアストは……。
「その言葉、信じられると思うか?」
決して臨戦態勢を崩さなかった。むしろ、この行為にも何か意図があるのではないかとさらに不信感を強め、いつでも動けるように手のひらに水の球を生成する。
「信じられないのも無理はありません。考えてみれば確かにおれのやったことは脅し……つまりあなたに喧嘩を売ったも同様」
「そこまでわかっているなら……」
「ええ……ですから信用できないなら、話が聞きたくなるまで、おれをいたぶってくれて構いません」
「……何?」
「おれがあなたやあなたの大切な人に危害を加えられないように、ピースプレイヤー、そして腕や脚を一本ずつ折ってくれていいです。両方は……帰れなくなるので勘弁してもらいたいですが、どうしてもと言うなら」
イゴールは先ほどまでとは打って変わって、全く動じずに自らを差し出した。恐怖の許容量を越えてしまったのか、それともアストという超越存在と対峙して一皮剥けたのか、非常に落ち着いていた。
そして、その冷静な態度が伝播したのかアストの激情を僅かだか静めることに成功した。
「……この訪問に敵意はないと言いたいんだな?」
「はい。ただただおれ……自分の常識と考えが至らなかっただけです。あなたを脅そうなんて頭の片隅にもありませんでした。社長にも失礼のないようにと口を酸っぱくして言われてたのに情けない……」
「社長……そう言えばそんな話だったな」
頭が冷えたおかげでようやく話が本筋に戻ってきた。アストは改めて名刺を凝視し、“パジェットコープ”のロゴを確認する。
「あんたの所属しているここは何をしている会社なんだ?」
「一言で言うと色々としか説明できませんね。化粧品から調理器具、ビルやインフラの建築もしますし、ピースプレイヤーも作ります。今、自分の足元に落ちているのもわが社の製品です」
「手広くやってるんだな」
「少し前まではね」
「今は違うのか?」
「はい。今は腐敗したクズ政治家によって滅茶苦茶になった『プロティーブル』という小さな国の立て直しに尽力しています。ちなみに自分もそこの出身です」
「道理で政治家を貶す言葉に熱が入っていたわけだ」
「はい……パジェットコープが来るまでのプロティーブルは酷かったです。けれど社長のおかげで今は順調に再生の道を……いや、再生するだけでなく世界に新しい価値観を示す新世代の都市国家として生まれ変わろうとしているんです」
「新しい価値観?新世代?」
「エヴォリストによるエヴォリストのための国です」
「!!?」
その言葉を聞いた瞬間、アストは思わず前のめりになり、その姿を見たイゴールは微かに口角を上げた。
「どうやら興味がおありのようですね」
「あぁ、渡りに船っていうのか……ちょうど色んなエヴォリストに会いたいって話をしていた所だ」
「それはこちらとしてもちょうどいい。パジェットコープの社長はカウマでご活躍するあなたにどうしても生まれ変わろうとするプロティーブルの姿を見て欲しいと仰っています。そして気づいたことがあればアドバイスなど……」
「つまりあんたの目的は……」
「お察しの通り、カウマの青き龍を我が国にご招待することです」
不意に提示された新たな世界への招待状。アスト・ムスタベの宿命が再び動き出した……。




