満身創痍の襲撃者
「おはようございます」
「おはよう」
閑静な住宅街の中の高そうな一軒家から出て来るハチロウ・ベックフォードを運転手やボディーガードが出迎えた。元々清廉な政治家としてのイメージを守るために派手な格好をしない青年議員だが、最近あらぬ疑いで世間を賑わせてしまったこともあって今日の出で立ちもとても地味だ。だが、よく見ると小物は高級ブランドで固められている。
「今日も三台か……」
三台連なって自宅の前に停まる高級車を見て、ハチロウはため息をついた。元来派手好きな彼だが、さすがに高々移動のためにここまでされるのは堅苦しくて嫌になる。
「すいません。今のベックフォード先生の状況を考えると、色んな意味で勘違いした不埒者が湧いて出て来る可能性もあるので」
「わかっているさ。将来もっと上のポジションについた時のいいシミュレーションだと思って我慢する」
そう言ってハチロウは三台のうち真ん中の車の後部座席に乗り込むと、すぐに出発した。安全第一といった感じで、スピードはかなり遅めに。
住宅街を出て、海沿いの道に。観光客が来るようなビーチではなく、早朝ということも相まって人も他の車も少なく、スムーズにハチロウ車は進んでいく。いや、それにしても少ない気がするが。
「また遠回りしているのか?」
「遠回りというか……いつものルートにはマスコミが待ち構えているので……申し訳ありません」
「マスコミか……わたしを取り上げるならもっとポジティブな話題にして欲しいものだが。色々国民のためにやってきたじゃない。なぁ?」
「……はい。そうですね」
「……ふん」
運転手の言葉は歯切れが悪く、ハチロウはすっかりへそを曲げてしまった。
(わたしへの忠誠心が低い。この騒動が一段落したら休みを与えてもいいかもしれんな。今度雇うとしたらもっとわたしを正当に評価してくれる人間がいい。正当にね……)
世間の自分に対する評価が不当だと内心苛立ちながら、何の気なしに前方を見た。その時……。
ヒュッ……ドグシャアァァァァァァァッ!!
「なっ!!?」
「くっ!?」
突然何かが前方の車の上に飛来し、衝突した。慌ててハチロウ車の運転手もハンドルを切るが……。
ガシャアン!ガシャアン!!
「――ぐわっ!?」
しかし間に合わず。
三台の車は玉突き事故の形となり、お互いに突っ込んでしまう。けれど幸いにも元々議員さんの安全を守るために丈夫な作りの車種だったことと、スピードがあまり出てなかったことが相まって中にいる者達に怪我はなかった。
「な、何があった!?」
「先生!!頭を伏せて!安全はまだ確認されていません!!」
「ひっ!?」
いつも穏やかな運転手の怒声にハチロウは両手で頭を覆いながら、身体を屈めた。ただ目線だけは上に上げて、恐る恐る窓の外を覗き込む。
ガラスの向こうでは、前の車から飛来物が、赤と青に彩られ、漆黒のマントを羽織った異形の存在が道路に降りて来ていた。
当然、そんな奇妙な格好をしているのはショーン・ヴォークス以外にいない。ビオニス達の予想通り、彼は疑惑の議員を襲撃したのだ。
「清々しい朝だなベックフォード議員」
「ひっ!?」
そんな他愛もない会話をしながら覚醒ショーンはハチロウ車のドアに手を……。
「動くな!!」
手をかけようとした瞬間に後ろから声が。
振り返って見ると銃を構えたボディーガードに取り囲まれていた。中には事故の影響で頭から血を流している者もいる。
「さすが将来有望な議員様に仕えるボディーガードだ。献身的だな」
「御託はいい!車から離れろ!!」
「断る。おれは正義を行うためにここに来たんだ。誰にも邪魔される云われはない」
「正義を語るなど……生粋の思想テロリストだな」
「そう思いたいなら思えばいい。だが、カウマのために行動しているのは間違いなくおれの方だ」
「戯れ言を!」
「こいつとは話が通じそうにない!もういい!撃て!!」
バンバンバンバンバンバンバンバン!!
爽やかな朝に響き渡る物騒な発砲音。ボディーガード達は一斉にショーンに向かって銃を発射した。しかし……。
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
「なっ!?」
しかし、一発たりとも人間を超越した赤青の肉体に傷をつけるどころか、怯ませることさえできなかった。
「エリートのあんたらならわかるだろ。戦闘型エヴォリストにそんなおもちゃは通じない」
「ッ!?」
「やはりこいつ……」
「エヴォリストか……!!」
当然知っていた……エヴォリストの規格外の力は。だからこそ頭の片隅にその可能性を追いやっていた。
けれど今の言葉でボディーガード達は目の前にいるそれが恐れている存在だと認識させられ、情けなく狼狽えてしまう……が。
「いや……よく見ろ!!あいつ怪我をしているぞ!!」
「え?」
冷静になって観察してみると、赤青の異形の存在の左脚だけは痛々しく紫色に変色しているし、胴体はひび割れ、さらに漆黒のマントには裁断されたような跡があり歪な形をしていた。
それを確認したとたんに臆していた心が引っ込み、代わりに邪な欲望が湧いてくる。
「これなら……」
「我ら全員でかかれば勝てる……!!」
「ベックフォード議員を守るためにエヴォリストを撃退したとしたら……」
「キャリアにも箔がつく……!!」
(この程度の怪我で自分達が優位に立てると思うとは、なんと短絡的な。しかもやる気を出した理由が地位や給料のためなんて……まぁ、こっちとしては気兼ねなく戦えるからいいが)
一気に色めき立つボディーガード達を見て、ショーンは色んな意味で呆れた。
一方のボディーガード達はさらに勝手に盛り上がり、次々と袖を捲り、手首に腕輪を露出させた。そして……。
「行くぞ!お前ら!」
「手柄は早い者勝ちだ!!」
「「「おう!!」」」
「「ガナドール・エスパーダ!!」」
「「ベッローザ・ブルー!!」」
「「クランティフ・ソルダ!!」」
主人の呼び掛けに応じ、腕輪は光の粒子に分解、さらに機械鎧に再構成されるとボディーガード達の全身に装着されていく。二体ずつ計六体にもなるピースプレイヤーはどれもこれもどこか高級感漂う品のあるデザインをしていた。
「若手のホープの護衛にしては高級なマシンを揃え過ぎじゃないか?これでは国民の反感を買う。何よりカウマの政治家を守るなら、カウマミリタリーのマシンを使うべきだ」
「ご指摘どうも」
「あんたを倒してから、また色々と考えるよ!」
一番手はクランティフ・ソルダ!長大なライフルを召喚すると、覚醒ショーンの側面に回り込む!
「挟み撃ちだこの野郎!!」
「食らえ!!」
バシュッ!バシュッ!!
両サイドからの発砲!放たれた弾丸は空気の壁を突き破りながら、宣言通り挟み込むようにショーンに襲いかかる!
「ふん」
チッ!!パサッ!!
「「なっ!?」」
けれど片方は拳で弾かれ、片方はマントに似た器官により受け止められてしまった。
「背後の車に流れ弾が当たらないようにしつつ、おれが避ければ護衛対象から引き離せるからそれはそれでOK……悪くない判断だ。相手がエヴォリストでなければな」
「「くっ!?」」
完全に考えを見透かされ、動揺するクランティフ二体を尻目にショーンは金色の眼に意識を集中した。
(毎回全力で撃っていては消耗も激しいし、取り回しも悪すぎる。加減することを覚えろショーン・ヴォークス)
初めて目から熱線を放った時の感覚を思い出しつつ、その時よりも力を抜いた。すると目の光もそれに応じた儚い輝きとなった。
「これだ!!」
バシュッ!!バギィッ!!ザシュウッ!!
「――ぐあっ!!?」
発射された熱線は以前のものより遥かに細いものだったが、クランティフの持つライフルを破壊し、本体の二の腕にも穴を開けた。
「もう一回!!」
バシュッ!!バギィッ!!ザシュウッ!!
「ぎゃっ!?」
感覚を完全にものにするために反対側にもう一度。結果は先ほどとほぼ同じだ。
(これで遠距離型は潰れた。次に来るのは……)
「野郎!!」
「よくもやりやがったな!!」
(近接型だよな)
二体のガナドール・Eの戦法も先のクランティフとやり方自体は変わらなかった。ただ得物が銃から剣に変わっただけ。左右からそれを同時に片方は上から下に撃ち下ろし、片方は横に薙ぎ払うように繰り出した。
キン……
「「――ッ!?」」
剣は二本とも指先で摘まれ、ピタリと動きを止める。力を込めてもうんともすんとも言わなかった。
「覚脳鬼に比べれば全然だな。まぁ、あれは反則だが」
バギィン!!
逆にショーンがちょっと指先に力を込めただけで剣はクッキーのように簡単に砕けてしまう。
「はっ!」
ドンッ!ドンッ!!
「――がっ!?」
「――ッ!?」
そして間髪入れずに反撃の掌底。二体のガナドール・Eに同時に炸裂し、同時に吹き飛ばし、同時に意識を断った。
(これで残るは……)
「真っ向勝負では敵わない!ヒット&アウェイで行くぞ!!」
「おう!!」
(スピード自慢二人)
ベッローザ・ブルーは猛スピードでぐるぐると車と覚醒ショーンの周りを旋回する。まさに目にも止まらぬスピードと言いたいところだが……。
(速度強化したブルードに比べれば、これまた児戯に等しい)
ショーンの金色の瞳はしっかりとそれを捉えていた。人間を超える動体視力を誇る彼の目には二体の青いマシンが高速移動しながらもお互いにアイコンタクトを取り、何かを企んでいることもバッチリ見えている。
(どんな悪巧みをしているのやら……大体察しがつくがな)
(よし!ではプラン通り……)
(オレが行く!!)
一体のベッローザが背後から車を飛び越し強襲!上から攻めるつもりのようだ……ショーンの思った通りに。
「左右と前がダメなら上からか……浅はかだな」
ドゴッ!!
「――ぐはっ!?」
パンチ一発!頭上からナイフを持って襲いかかって来たベッローザをパンチ一発で撃退!青い装甲は砕け散り、生身のボディーガードが白目を剥いて地面に転がる。
「ラスト一体は……職務を全うしようとする」
ピョン!ガァン!!
「ッ!?」
「ひいっ!?」
反転しながら跳躍、背後の車の上に飛び乗ると、反対側のドアから最後のベッローザがハチロウを助け出そうとしていた。
「欲にまみれた俗物だとバカにしていたことを謝るよ。少なくとも君は護衛としてやるべきことをやった。だから恥じることなく、これからもこの仕事を続けてくれ」
ガシッ!!ブゥン!!
ショーンはベッローザの頭を掴むと力任せに海に向かって放り投げた。ほんの少し遅れてボシャンッ!と遠くの方で聞こえた。
「さてこれでおれとあんた二人っきりだ」
「まだ……まだ運転手がいる……」
「運転手?もしかして全速力で逃げているあいつか?」
「え?」
ショーンの金色の目線を追って行くと、なりふり構わず走っている男の背中が見えた。上着を脱ぎ捨て、振り返ることもせずにとにかく走って走って、少しでも異常な環境から離れようとしている。もちろん雇い主であるハチロウのことなど微塵も頭に残ってない。
「あの野郎……!!わたしを守るのも仕事のうちだろう!!」
「仕事だってだけで命は張れないさ。ましてやお前のようなクズのためにな」
「ひっ!?」
車の上からハチロウの横にショーンが飛び降りると、政界のホープと謳われる若手議員は無様に尻餅をついた。なので両者がお互いを見る目線はほとんど変わりがなかった。
「恨むんなら自分の人望の無さを恨むんだな」
「お、お前もわたしに恨みがあるのか!?」
「おれだけでなくカウマの国民はみんなお前を恨んでいるよ。罪を犯しておいて、のうのうと外を出歩き、税金から給料をいただいているお前にな」
「贈収賄疑惑は不起訴になっただろ!!ニュースを見てないのか!?」
「見た上で納得いかないから、朝っぱらからあなたをお尋ねしたんですよベックフォード議員」
「ひいっ!!?」
人間とは全く違う金色の目だったが、こちらを見下ろす冷たい眼差しから、自分のことを心の底から軽蔑しているのが、いやでもわかった。
「か、金なら払う……だから……」
「この手の悪役の定番の台詞だな。それを言って助かった奴を知っているのか?」
「し、知らない……」
「おれも知らない」
「ひいぃぃぃぃぃっ!!?」
覚醒ショーンは指をピンと伸ばすと、それをハチロウの喉元に勢いよく……。
「弱い者いじめはダサいからやめろよショーン」
ピタッ!!
「ひっ!?」
突然の聞き覚えのある声にショーンは貫手を止めた。あと一秒でも遅かったら、ハチロウの頭と胴体が分離していたことだろう。
「はあ……」
ため息をつきながら腕を引き、声のした方向を振り向く。するとそこには案の定ビオニスがパットとリサを引き連れてこちらに歩いて来ていた。
「……カウマでは誰かのピンチに颯爽と登場するのが流行っているんですか?ビオニス・ウエスト隊長」
「流行っているわけではないが、俺を始め特務の奴らやブルードはそうありたいと思っているよ。お前だってそうだったろ?ショーン・ヴォークス」
ビオニスとショーン、再び対峙した二人。最終決戦が始まる……。




