役目
とある住宅街にある何の変哲もない家。そのリビングのテーブルを挟んでアストと第二特務部隊隊長のビオニスが座っていた。
「こんなところに隠れ家持ってるなんて、隊長も抜け目ないっすね。冷蔵庫から水とチョコバー持ってきたっすよ」
荷物を腕一杯に抱えたパットがやって来るとテーブルに四方にワンセットずつ、四人分のミネラルウォーターのペットボトルとチョコバーを置いて、自身も腰を下ろした。
「傭兵時代にこういう場所があると色々便利だって学んだんでな。間違っても他の奴らに話すなよ」
「了解しました!もしバレてしまった時には、隊長が愛人を囲うために買ったものだと言って誤魔化します」
「お前って奴は……」
ビオニスは苦笑いを浮かべながら、ペットボトルの蓋を開け、一口含んだ。
「隊長」
「ん?」
それとタイミングを同じくして、スマホを操作しながら、リサがリビングに入ってきた。今の今まで廊下で通話していたようだ。
「無事な第三特務隊員が尋問したところ、ギャラウェイ兄弟はショーンの話は真実だと、爆死したキース・マッカーシーは影武者だと証言しているようです」
報告を終えると、リサもペットボトルの立っているテーブルの横に正座する。
「予想を超える臆病者だったわけか。自らの死を偽装しようなんて」
「……トウドウを思い出します。名前を捨てなきゃいけないようなこと、最初からしなきゃいいのに……」
かつての友であり、いまだに彼の心の中で大きな割合を占めるシリアルキラーのことを思い出し、アストは寂しそうに顔を伏せた。いや、それだけではない彼の優しい心を曇らせているのは……。
「やっぱりお前もお前で勝手に追い詰められてるな」
「え?」
「お前と俺達の付き合いは長くはないが、その分濃かったからな。お前が思い悩んでることくらいは見たらわかるよ」
隊長に同調するように部下二人もウンウンと首を縦に動かした。
「そうですか……顔に出てましたか」
「出まくりよ出まくり。ショーンの異変をいち早く察知した隊長だけじゃなく自分にも気付かれるとは……自他共に認める鈍感イケメンよ、自分」
「ワタシの場合はT.r.Cから回収したピースプレイヤーのデータも見ましたからね。あ、もちろんアストくんの正体がわかる箇所や、君の幼なじみが勝手にT.r.Cのマシンや装備の一部を持って帰ったことも誤魔化しておきましたから」
「ウォルの奴……あれ冗談じゃなかったんだな……」
アストは物心ついた時からの友人との付き合いを考え直すほどドン引きした。
「ウォルに関しては後々然るべき対処をするとして……今回のショーンの一件、お前の責任でもなければ、お前の悩みを解決する手がかりにもならんぞ。より拗れてあいつもお前も傷つくことになる」
「はい……ここに来て、頭を冷やして考えてみると、オレと戦えば戦うほど、ショーンさんは意固地になっていたような気がします」
「お前はあいつの嫉妬の対象であり、憧れの存在だからな。お前がその強さを見せれば見せるほど、奴は追い付こうと躍起になるし、お前と同じエヴォリストになれた自分に酔いしれる」
「むしろ自分のやろうとしていることにやる気と自信を感じるでしょうね」
「あいつはそういうタイプだよな、間違いなく」
「本当に余計なことをしたんですね。すいません」
アストはしょんぼりと肩をすくめ、頭を下げた。
「謝ることはねぇよ。あそこでお前が助けに入らなかったら、より悲惨なことになってた可能性もあったからな……」
「ビオニスさん?」
ペットボトルを揺らし、中の水を波立たせると、ビオニスはそれを険しい顔で見つめた。そして彼の心情を察した部下も同じ顔に……。
「かなりギリギリだった。きっとギャラウェイ兄弟なり、俺ら特務なりを手にかけていたら、何をしようと奴はもう戻れなかっただろう」
「自分では駆け上がっているつもりで、全力で転げ落ちてる姿が目に浮かぶっす」
「ええ……カウマの平和を一身に背負って、最後は疲れ果てボロボロになる彼の姿が……」
「今の力に溺れ、ハイになっているあいつには想像ついてないが、たった一人で国の治安維持なんて絶対に無理なんだよ」
「彼はきっと圧倒的な力を見せつければ、抑止力になれると思っているんでしょうが……」
「それで済むなら犯罪なんてとっくに無くなってるつーの」
「あいつがどんだけ力を誇示したって突発的な犯罪は無くならない。そして奴が力を見せつければつけるほど、そういう事件が起きてしまった時に、加害者と同等の憎しみを被害者や遺族からぶつけられる」
「多分、あいつ自身があんな過激な理論に至ったの発端ってのは、そういうやるせない経験を積み重ねた結果だと思うんだ。昔から八つ当たりを受けたで流せない真面目な奴だから」
「ワタシにも経験があります。遺族からあなた達がもっと早く来ていれば、強ければと涙ながらに訴えられると……正直キツい。何のためにこの仕事をしているんだろうって思います……」
「リサさん……」
リサは胸元をギュッと握りしめ、心配そうにこちらを見つめるアストから顔を逸らした。
「俺達がその辛さに耐えられるのはひとえに仲間がいるからだ。仲間がいるから、仲間と分かち合えたから、なんとか踏みとどまれた。だが、あろうことかあの馬鹿は仲間の分まで背負おうとしてやがる……耐えられるわけない!!」
苛立ちをぶつけるようにビオニスはチョコバーをおもいっきり噛み砕いた。
「だから、誰でもない自分達が奴を止めなくちゃいけない。力はなくとも喜びと悲しみは分け合える存在だって証明しなくちゃいけない……!」
「力があるからって何もかもやろうなんて烏滸がましいって教えてあげないと……」
「つーわけで、奴を止めるのはオレ達特務の役目だ。悪いが、ここからはお前にはただの傍観者でいてもらうぜ」
「はい……わかりました」
「おっ!えらい素直だな。もう少しごねると思ったぞ」
「今の話を聞いていたら何も反論できませんよ。それにオレ自身、仲間の存在で救われた経験が多々あるんで。ただ隣にいてくれることがどんな心強いか……」
「もちろんその頼れる仲間の中に俺達も入っているよな?」
「もちろん」
「わかっているならよし!」
張り詰めていた空気が和らぐとともに、険しかったビオニスとアストの顔も穏やかに崩れ、優しく微笑みあった。
「ですけど、ショーンさんに力を示すのは大変ですよ。ぶっちゃけ能力だけなら、オレが戦った中でも上位ですし」
「ハイヒポウBMじゃキツいか?」
「それを使ってショーンさんと戦ったビオニスさん自身が一番よくわかっているでしょうに」
「だな。ガンセナルとのタッグで挑んでも通用しなかったBMじゃまず勝ち目はない。だからあいつに……」
ピンポーン!!
「噂をすればなんとやらだな。鍵はかかってない!入って来ていいぞ!!」
「この!私をなんだと思っているんだお前は!」
ドカドカと音を立てて、リビングに入ってきたのは頑丈そうなアタッシュケースを持ち、細身のスーツを着こなすいかにも仕事ができそうで、実際にできるいい男、ビオニスの幼なじみでカウマのお偉いさんサバンだ。
汗だくで額に血管を浮かべている今の感じだと全然そう見えないけど。
「なんかデジャブを感じるんですが……」
「デジャブも何もベヒモスの時と変わらん!この私にピースプレイヤーを配達させたんだよこのアホは!!」
テーブルの上にドスンと音を立てて、アタッシュケースを置き、即座に開くと、中にはサングラスが一つだけ入っていた。
「これも……ハイヒポウですか?」
「いや、こいつがBMみたいなハイヒポウの強化改造じゃてんでダメだって言うんで、素材から何から見直して一から作り上げた新型のピースプレイヤーだよ」
「へぇ~すごいですね」
「すごいもんか!!」
「いっ!!?」
サバンの剣幕は超越者であるアストさえ気圧させた。
「オ、オレ何か変なこと言いました……?」
「君は何も言ってない……私が怒っているのはビオニスお前だ!」
「俺も何もしてないぞ」
「したんだよ!次世代量産ピースプレイヤーの試作機って話だったのに、お前があれやこれや注文つけるから、予算以上の素材仕入れるわ、お前以外には使えない代物に仕上がるわ……どうするんだよ!!」
「どうするも何も、俺は一人のピースプレイヤー使いとして素直な意見を述べただけですし」
ビオニスは全く悪びれる様子はなかった。それがまたサバンに頭を抱えさせ、血圧を上げる。
「お前って奴は本当に昔から……!!」
「まぁ、落ち着いてください」
「お気持ちはよーく、よーーーーくわかりますが、今はそれどころじゃないんで。特務の隊員がこれ以上やらかしたら、もっと大変でしょ。ね?」
「うぐぅ……!」
リサとパットに宥められて、サバンは泣く泣く口を閉じた。緊急事態だってことは彼も重々承知している。
「えーと……で、このピースプレイヤー」
「『モモカーバ』だ」
「そのモモカーバならショーンさんに勝てるんですか?」
「俺が設計から携わり、出力も防御力も値段も高い上級オリジンズの素材をふんだんに使った最上級ピースプレイヤーだからな……無理だろうな」
「無理なのかよ!!」
思わずアストはズッコケながら、ツッコんだ。
「いいリアクションだが、話を最後まで聞け。俺は万全のショーンには勝てないって言ったんだ」
「じゃあ、今の消耗しているショーンさんなら」
「絶対とは言い切れんが、ワンチャンある。見たところ防御力は高いが、再生能力の類いはなかったみたいだし、今からすぐに再戦に持ち込めばあるいは……」
「仮にそうだとしたら、ショーンさんは身を隠して回復に努めるんじゃないんですか?」
「普通に考えればそうだが……」
「あいつは冷静に見えて感情的、感情的に見えて冷静、かと思ったらやっぱ感情的な奴だから」
「ショーンは当初の目的であるキース・マッカーシーの確保、もしくは殺害に失敗しています。アストくんに一方的にやられてプライドがズタズタの彼に、その事実は重くのしかかる」
「絶対にミスを取り返そうとすぐに動くはずだ」
「じゃあ、本物のキース・マッカーシーを狙いに……?」
「特務部隊も足取りを掴めてない奴を単独のショーンが見つけることなんかできねぇよ。狙うのは別のターゲットだ」
「別の……」
ビオニスに目配せされると、リサは頷き、口を開いた。
「以前話した時、彼はハチロウ・ベックフォード議員の贈収賄疑惑に憤っていました」
「あの若い議員さんか。最近ずっとニュースで取り上げられてましたよね。不起訴になったことにコメンテーターが怒ってた」
「きっとそのニュースでぶちキレていたコメンテーターより、ショーンの奴はぶちキレてる。口では正義とかほざくが、内心では自分がスッキリするためにそいつを狙う」
「で、怒りに身を任せて殺しでもしたら、法律的にはもちろんあいつの精神的にもアウトだ」
「その前になんとしてでも止めなければ……」
「止めるさ。市民も仲間も救えなくて何が特務だ。ましてや俺らはその中でも最強の第二特務ピンキーズだ。必ずショーンの馬鹿をぶん殴って連れ戻してやんよ……!!」
ビオニスはアタッシュケースの中のサングラスを取ると、強い決意に輝く瞳の上に覆い被せた。




