錯乱、そして逃亡
パワーアストという名前と実際に各種形態の中でも最も強い腕力を持つことから誤解しがちだが、この形態を作った一番の目的は防御力の上昇である。
通常形態のアスト、特に液体化にとっての弱点である電撃と熱攻撃に少しでも耐性を得られないかと考案されたのがこのパワフルなオレなのだ。けれど……。
「ぐうぅぅぅぅぅぅッ!!」
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
周囲からかき集められ、凝縮した水分を固めた腕は今のところは熱線を受け止められているが、徐々に蒸発させられ、少しずつ体積を減らしていく。このままでは腕を貫き、本体に穴が開くのも時間の問題だ。
(ヤバい……!保たないかも……)
最悪の未来を思い描くアスト。その時だった。
「やめんかい!!」
ドゴオッ!!バシュ……
「――ぐあっ!!?」
熱線の発生源であるショーンに今まで観戦者に徹していたビオニスが、ハイヒポウBMがドロップキック!熱線を強制的に中断させ、地面に転がした。
「う……うぅッ……!!おれは……」
「ようやく正気を取り戻したか」
「正気?おれは今まで……」
落ち着きを取り戻した頭の中に我を忘れてやってしまった暴挙が再生された。尊敬するビョルン隊長に向かって、命を奪う攻撃を放ってしまった記憶が……。
「お、おれはハンゲラン隊長を殺そうとしたのか……!?」
「あぁ、ア……ブルードが盾になってなかったら、じいさんはこの世から跡形もなく蒸発していただろうな」
「そんな……」
恐る恐るビョルンの方を見ると、今も彼を守るようにパワーアストが立ちはだかり、こちらをじっと見据えていた。両腕にダメージを受け、だらりと下がっていたが、命を守るという強い意志が全身からプレッシャーとなって放出され、決して弱々しくは見えなかった。
そしてその姿こそがショーン・ヴォークスが目指していたものであった……。
「おれは……」
「あれが本物のヒーローだ。罪なき命を守るために、自らの力を行使する……力を使うのではなく、力に支配されて暴れ回っていたお前とは大違いだ」
「くっ!!」
ショーンは恥ずかしさと罪悪感から顔を伏せた。自分は望んでいた場所から離れてしまったのではないかと、ようやく自覚し始めた。けれど……。
「ショーン……わかったろ。お前のやったことは間違っているんだよ。力を得たから英雄になれるわけじゃないんだ」
「ええ……ウエスト隊長、あなたの言う通りかもしれません……」
「ショーン……」
「だが、おれは止まれない!止まるわけにはいかない!今のように理不尽な暴力に晒される無垢なる市民を守るために悪の目を一刻も早く摘まなければ!!」
「お前は……!!」
「確かにおれは力の使い方を少しだけ間違えた。それを正してくれたのはブルード、エヴォリストだ。おれ達の力は絶対、おれ達は特別、だからおれ達にしかできないことを、おれ達にしかできない正義を……!!やり方を待ち間違えたが、おれのやろうとしたことは間違ってないんだ……!!」
最早、冷静で理論的に物事を考えるショーン・ヴォークスの姿はどこにもなかった。そこにいたのはただ自分が力を振るうことを正当化するだけに無茶苦茶な理論をまくし立てる怪物だった。
(やはりこいつを止めるにはエヴォリストであるアストではダメだ。こいつは俺が……!!)
改めて覚悟を決めたハイヒポウBMは戦闘態勢に移行、悲壮なる覚悟で構えを取った。
「またおれとやる気ですかウエスト隊長……!!」
「やっぱ特務の尻拭いは特務がやらないとって思ってな」
「手負いの自分になら勝てると思っているなら、勘違いも甚だしいですよ」
「勝てる勝てないの問題じゃねぇんだよ。やるかどうかだ俺とお前は……!!」
「現実は精神論だけではどうにもならない!だから力で!エヴォリストがやらなければならないんだ!!」
「思い上がってんじゃねぇ!!」
お互いにパンチのモーションに入ったのは同時だった。アスト戦のダメージのおかげで速度もほぼ同じだった。だが……。
ヒュンッ……
「……あれ?」
ハイヒポウBMがサングラスに戻ってしまった。もうすでにガス欠状態で戦える状態でなかったのである。
(ヤバ!?マジで精神論じゃどうにもならねぇじゃねぇかよ!!)
迫り来る赤青の拳。最早攻撃を中断できる段階は過ぎていた。
「マッハドロップ!!」
ドゴオッ!!
「――ぐわっ!?」
ついさっきやったことの再放送。ショーンの行動をスピードアストがドロップキックにより強引にキャンセルした。
「ブルード!!」
「借りを返すなら早い方がいいですよね」
「借りでいったら俺の方がお前に……じゃなくて!もうお前はいいんだよ!!もしかしたらと思って見守ってたけど、お前が勝ってもあいつは……」
「失礼!奴が来てるんで!!」
「うあっ!?」
ビオニスの必死の提言も聞かずに、スピードアストは各部から水蒸気を噴射して、こちらに走って来るショーンに向かって行った。
「あぁ!エヴォリストってのは、人の話を聞けないのか!!」
「はあっ!!」
「せいやぁっ!!」
走った勢いをショーンは拳に、スピードアストは肥大化した脚に乗せて、おもいっきり振り抜いた。
ガッ……バゴオンッ!!
「――ぐっ!!?」
正面からぶつかりあった二人のエヴォリストだったが、押し勝ったのはアストの方であった。水蒸気を噴射し加速させたキックが、ショーンの拳を弾き飛ばす!
「まだまだ!!マッハ連脚!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ぐうぅ……!!」
そしてそのままラッシュに移行!背中と肩の器官から水蒸気を噴射し、ホバリングしながら両足で踏みつけるように蹴りを何度何度も撃ち込む!
「鬱陶しい!!」
バサッ!!
「おっと」
ショーンは群がる羽虫を追い払うようにマントを翻し、全身を覆う。先の第一ラウンドでその防御力を知っているアストは後方に宙返りしながら、距離を取った。さらに……。
「またそのマントか……ならこいつでアウェイクいつもの!」
アストは溜め込んだ水分を放出し、通常形態へと戻ると、手のひらを開き、水の球を生成、それを高速で回転させて、丸ノコギリの再成形した。
キィィィィィィィィィィィィン!!
「本体には当たらないように……龍輪刃!!」
放たれたアスト最強の必殺技は言葉通り、本体からは少し逸れ、漆黒のマントの端っこに命中した。
ザンッ!!
「――なっ!?」
そして今まで無敵を誇ったショーンのマントをいとも容易く、まるで普通の布のように裁断したのだった。
(このマントさえ切り裂けるのかあの技は!?だとしたらおれに勝ち目はない……今のおれには……!)
宙を舞う切れ端を見て、ショーンは……ある決断を下した。
「ふん!」
「!!?」
再び姿を現した赤青のエヴォリストの金色の目は輝いていた。比喩ではなく本当に……。
(またあの目からビームか……!!)
その破壊力を身をもって知っているアストは警戒心を高め、攻撃よりも防御・回避に意識を置いた。しかし……。
「勝手で悪いが、今日のところは帰らせてもらうよ」
「何?」
「次、会う時はは必ずあなたに並ぶエヴォリストに……!!」
「お前まさか!?」
「さらばだブルード!!」
バシュウンッ!!ドゴオォォォォォォン!!
「ちっ!?」
ショーンが熱線を発射したのは自らの足元だった。轟音と共に一気に土煙が巻き上がり、赤青のボディーを隠してしまう。
そして夜風が煙を吹き流した時には……ショーン・ヴォークスの姿は見る影も無くなっていた。
「アスト……」
「ビオニスさん」
ゆっくりと歩み寄って来るアフロの男に青龍は軽く頭を下げた。
「すいません。逃がしてしまいました。最後に焦って龍輪刃を使ったのがまずかったですね。撤退の選択肢を選ばしてしまった」
「構うことはねぇよ。そもそも俺らだけだったら撤退すらさせられなかっただろうし、何よりお前もギリギリだったんだろ?」
「はい。この水分の消耗の激しい炎の中で、あの熱線を正面から受けてしまうとさすがにね。スピーディーなオレもBMみたいに勝手に解除されるんじゃないかと内心ヒヤヒヤでした」
「お前、肝心な時にガス欠起こした俺のことイジってんのか?」
「いえいえ滅相もない!イジってなんかいませんよ!イジってなんかいませんよ……イジってなんかいませんよ」
「やっぱイジってんなお前!!」
イジられるようなアホくさい失態をしたのだから仕方ない。怒るのは筋違いだと思いながらも自然と声が荒ぶる。。
「ったく……まぁ、とにかく特務全員の命が助かっただけで御の字だ。奴の、ショーンのことは……とりあえず落ち着いた所に移動してから考えよう」
「はい」
顔も心も引き締め直した二人は揺らめく炎を見つめた。いまだに衰えることなく真っ赤に燃え盛る炎にショーンの姿が重なって見えた……。。




