解放された狂気③
「……静かになったな」
双子の兄、ロン毛のレスリー・ギャラウェイは先ほどまで外から鳴り響いていた音が止んだのを確認するとチンピラ達が出払い、弟とボスと呼ぶ男と三人だけのリビングの中心に鎮座するソファーから立ち上がり、手首につけていたゴムで髪を後ろに結び始めた。
「兄ちゃんが髪をまとめるってことはやって来たのは結構強い奴ってことか」
「外を警備していたのは有象無象の雑魚ばかり。とはいえあれだけの人数をこの短時間で黙らせるとなると特級ピースプレイヤーかスーパーブラッドビースト……それかエヴォリストだろう」
「ってことは噂のブルードラゴン?」
「普通に考えたら奴だろうな。あいつ用の武器は用意できてるな?」
「もち!」
双子の弟、短髪のパネス・ギャラウェイはソファーの後ろから警棒とを取り出し、スイッチを押してバチバチと電気を帯電させた。
「わかっているな。あくまでそいつは奴の力を封じる牽制だ」
「わかってますとも。あくまでボクらの狙いは液体化できない形態に変形させてからの必殺の一撃」
「グッド。そこを忘れなければ俺達の勝利は固い」
「夢のエヴォリストキラーだね」
「あぁ、成り上がるぞ」
レスリーが髪を結び終わると同時にパネスも立ち上がると、首や肩、手首足首を回し、コンディションを整えた。
「くうぅ……何でこんなことになったんだ……オレが何をしたって言うんだ……!」
特大のソファーに残されたのはフードを目深に被った彼らにボスと呼ばれていた男。彼はただ身体を小さく丸め、ガタガタと震えながら、自らの幸の薄い人生を呪った。
「足音が聞こえるな?パネス」
コッ……コッ……コッ……
「うん。聞こえるよレスリー……」
「もしドアが開いて、そこにいたのがブルードラゴンだったなら、一気に……」
「先制攻撃でしょ……!」
パネスはもう一度だけ軽くスイッチを押し、電磁警棒がバチッと帯電することを確認した。
コッ……コッ……コッ……
「もう開くぞ」
「出迎えの準備は万端……」
二人の良く似た目はたった一つの扉に釘付けだった。開いた瞬間を見逃さないように、誰が開けたのか見逃さないように、意識を目に集中させる……。
ギイッ……!
(パネス!!)
(行って来るよ兄ちゃん!!)
ドアがゆっくりと開いた刹那、パネスは両足に力を込め、姿勢を低くした!ロケットスタートを決めるためだ!
けれど、彼の俊足が発揮されることは残念ながらなかった。
「ん?」
「なっ!?」
((こいつは……誰だ!!?))
扉が開いて現れたのは全身を赤と青に彩り、漆黒のマントをはためかして、金色の眼を妖しく光らせている謎の存在。全く予想していない相手との邂逅にギャラウェイ兄弟の動きも思考も停止した。
「同じ顔……ギャラウェイ兄弟だな?」
「あぁ……」
「どうした?呆けた間抜けな面して。そんなにおれの存在が予想外か?」
「あぁ、お前カウマのブルードラゴンじゃないよな?」
「あんな自警団気取りの犯罪者と一緒にするな。おれはイフイピースプレイヤー特務部隊の人間だ」
「ピースプレイヤーだと?」
レスリーはもちろんパネスもフードの男もショーンの頭のてっぺんから足の爪先まで改めて観察した。無機質なピースプレイヤーと違って、その赤と青の肉体は血の巡りを感じ、僅かに脈動しているように見える。明らかに生命の息吹がそこには宿っていた。
「カウマのピースプレイヤーは今はそんな感じなのか?」
「おれはピースプレイヤー特務には所属しているが、今はピースプレイヤーは装着していない」
「なら……俺達の知らない新たなエヴォリストか……」
「恥じることはない。おれが目覚めたのは昨晩のこと、知らなくても当然だ」
「昨晩……」
レスリーはパネスに目配せをする。双子として生まれてからずっと一緒に育って来て、さらには死線をも二人でくぐり抜けていた両者は目を合わせただけでテレパシーのようにお互いの意識を共有できる。
(聞いたかパネス)
(うん。こいつの話が事実なら、覚醒したて)
(だとしたらまだ自分の能力を使いこなせていない可能性が高い。ブルードラゴンよりもボロい相手かもしれん。ならば……)
双子はお互いの意思を確認し合うと頷き合い、そして兄のレスリーが一歩前に出た。
「お前がどんな経緯でそんなことになったのかどうでもいい。だが、政府の犬だというなら、俺達を捕まえに来たってことだろ?」
「あぁ。正確には政府の犬ではなく正義の使徒だがな」
「ふん。カッコいいことで。とにかく俺が受けた依頼はイエローポイズンに害を為す者の排除だ。せっかく力に目覚めたところ悪いが、地獄へ落ちてもらうぜ」
そう言うとレスリーは腕輪を嵌めた手を顔の前に翳した。そして……。
「出番だぜ覚脳鬼」
腕輪の真の名前を呟くと、光に包まれ、次の瞬間には立派な角の生えた大型の機械鎧を身に纏っていた。
その変貌を見て、ショーン・ヴォークスは……。
「覚脳鬼かよ……」
顔をしかめ、心底がっかりした。
「どうやらあんまり我が愛機のことがお気に召さなかったようだな」
「昨日、戦ったばかりだ。だから戦わずとも結果がわかる」
「ピースプレイヤーにおいてマシンスペックが一番大事なのはその通りだけどよ~。装着者の技量が与える影響もかなりのもんだぜ」
「つまり昨日の奴より自分の方が上だと言いたいのか?」
「そうなのかそうじゃないのか……あんたに決めてもらおうかねぇッ!!」
レスリー覚脳鬼ダッシュ!急加速し、一気に距離を詰めると勢いを乗せてストレートパンチを繰り出した!それははからずも昨日の鬼と全く同じ初手であった。
ブゥン!!
なので当然回避できる。スペックで劣るハイヒポウでできたのだから、覚醒したショーンにとってはまさに朝飯前の簡単な行為だ。
「デジャブだな。やり手の傭兵と言ってもチンピラと変わらんか」
「はっ!言ってろよ!エヴォリスト!!」
レスリーは足でしっかりと大地を踏みしめ、全身を連動させ反転、腕を折り畳んで、間髪入れずに肘鉄で追撃した。
ブゥン!!
しかしこれも不発。覚醒ショーンは高そうな素材で作られた床のスベスベの素材を蹴り押し、覚脳鬼の射程の外に……。
「今だ!パネス!!」
「ビズーミエ!!」
兄から逃げた先に弟!
パネスは全体的なラインはヴォーインに似ている灰色をした尖り、攻撃的で、荒々しい印象を与えるブラッドビーストのような機械鎧を瞬間装着すると、バチバチと帯電する電磁警棒を撃ち下ろした。
ヒュッ!!
「いっ!?」
「いい連携だ。けれど決まらなければ何の意味もない」
しかしこれも覚醒ショーンは回避!横に回り込むと、拳を握り込み、反撃のパンチを……。
「お兄ちゃんを忘れないでくれよな!!」
ヒュンッ!!
「ちっ!」
そこですかさず兄がカットイン!巨大な包丁のような得物を二人の間に割り込ませて、弟の窮地を救った。
そして再び双子は肩を並べ、それを見据えながら赤青の覚醒者は間合いを取り直した。
「大丈夫かパネス?」
「うん……だけどあいつ、思ったより動きがいいよ」
「覚醒直後でここまで動けるとは……戦闘型エヴォリストを甘く見過ぎていたかもしれんな」
レスリーは大きな角のついたマスクの舌で「ちっ!」と舌打ちをして、苛立ちを露にした。
「もう少し様子を見てから使うつもりだったが、そうも言ってられんか」
「その通りだ。使うんならとっとと使え、フィジカルブーストとやらを」
「本当に昨日覚脳鬼と戦ったみたいだな」
「そんな下らん嘘はつかんさ。ついでに言うとそっちの弟のマシンにも似たような機能がついていることも知っているぞ」
「レスリー、こいつシナプスブーストのことを……」
「だからどうした。知っていてどうにかできるものでもないだろうお前とそのマシンの力は」
不安そうに顔を覗き込む弟に対し、兄は一瞥もせずに問題ないと一蹴した。その力強い態度が弟の心に滾るような闘志を取り戻させる。
「そうだね……ボクとビズーミエ、そしてレスリーと覚脳鬼が揃ったら誰にも負けない!!」
「あぁ!俺達は無敵だ!それを奴を倒して証明する!」
「シナプスブースト!!」
「フィジカルブースト!!」
双子の揃った声に応じて、それぞれのマシンの内部から針が伸び、彼らを突き刺し、薬剤を注入した。すると……。
「うっ!?………はぁ……!!そうだ!この感じ!!」
弟パネスの鼓動はあり得ないくらい高鳴り、視界は生まれてから一番だと思うほどクリアに、そしてそこに映る全ての動きが把握できると錯覚するほど認知機能が拡張された。
「ぐっ!うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
兄レスリーの筋肉がクスリによって膨張!さらに神経も弟ほどではないが鋭敏になり、それらの変化に伴い覚脳鬼自体も僅かに大きくなった。
(薬剤投与による装着者強化をコンセプトとしたマシン……だからミェフタもAMOUも嫌いなんだ。けれど、今のおれの相手にとってはちょうどいいか?ドーピングによる紛い物の覚醒と、天から祝福されての真なる覚醒……どれ程の差があるか……!)
人道を無視したマシンへの怒りを、その身に宿った力を試したいという欲望が上回っていた。ショーン・ヴォークスという人間は見た目以上にその心の有り様が大きく変わってしまったのだ。
「行くぞ!パネス!!」
「うん!今度は!ボクが先にぃぃぃぃっ!!」
一方のギャラウェイ兄弟の心も薬剤によって変化させられていた。精神が高揚し、全能感に酔いしれ、マスクの下の目は血走り、自身さえ破壊しそうな強大な力が身を焦がした。
それを発散させるためにパネスビズーミエは覚醒ショーンの下へと駆け出した。
「エヴォリスト!これがボクの本気!ボクのマックススピードだぁッ!!!」
灰色の狂戦士は高級そうな調度品がところ狭しと飾られたリビングを縦横無尽に飛び回る。その動きは野生味に溢れていて、獣じみていた。
(筋力強化を重視している覚脳鬼に対して、確かビズーミエは反射神経や感覚能力の強化に重点を置いているんだったな。一説ではブラッドビーストにも匹敵する超感覚を手に入れるというが……この動きを見ると、あながちただのはったりではなさそうだ)
「行くぞ!エヴォリスト!!勝負だぁッ!!」
「だが、おれの相手には力不足だ」
覚醒ショーンはビズーミエの超機動を見切り、向かって来るところにカウンターを合わせた……つもりだったのだが。
バギィン!!
「……何?」
ショーンのナックルが粉砕したのは、彼に対しては効果があるかわからない電磁警棒。まるで忍者が使う変わり身の術のように警棒を残して、ビズーミエは視界から消えていた。一体彼はどこに……。
「おりゃあぁぁぁぁぁッ!!」
ザッ!ザッ!ザッ!!
「――ッ!?」
ビズーミエは下にいた!彼は超反応でカウンターパンチの下に潜り込むと、それにカウンター!ナイフを召喚し、腕を三度切りつけると、今度は曲芸師のように宙返りしながら、ショーンの頭を飛び越し、背後に回り込む!
「はあッ!!」
そして逆さまのまま覚醒者の背中にナイフを突き……。
グンッ……
「え?」
ナイフを突き立てようとしたが、ショーンの背後にはためく漆黒のマントが邪魔で刃を本体に届かせることはできなかった。
(ちっ!簡単に終わらせてはくれないか!ならせめて体勢を崩す!あわよくば膝を破壊する!!)
くるりと反転し着地、それと同時にしゃがみ込みながら覚醒ショーンの膝裏に向けて勢い良く足を伸ばす。それは膝かっくんと言うにはあまりに強力で、敵意に溢れた一撃であった。
ヒュッ!!
けれどショーンは脚を折り畳んで跳躍、あっさりと回避した。
「くっ!?」
「狙いは良かったが、力が足りない。可哀想だな……エヴォリストではないというのは!!」
逆にパネスビズーミエの膝関節を破壊しようと垂直に蹴りを撃ち下ろす!
ヒュッ!ドゴオォォォォォォォォン!!
壊れたのは高そうな床だけ。ビズーミエは強化された反射神経で咄嗟に足を引っ込め、そのまま遠くに離脱してしまい、ショーンの蹴りは床をぶち抜いただけで何の戦果も得られなかった。
「ドーピングしただけのことはあるか……」
「じゃねぇと使ってねぇよ!こんな危なっかしいおもちゃ!!」
覚脳鬼強襲!片足が床に突き刺さって動きが制限されているターゲットに容赦なくデカ包丁を振り下ろした!
「ふん」
バギイィィィィィィィィィィィン!!
「な、なにぃぃぃぃぃっ!!?」
しかし、それを裏拳一発で逆に破壊。粉々に砕けた破片がキラキラと照明を反射しながら二人の間を舞った。
「昨日のおれはこんなものにビビっていたのか?こんな弱く、儚いものに……」
強敵相手に必死に喰らいついた記憶は彼にとっては誇らしいものだったはずなのに、今は情けなくて恥ずかしいと感じてしまうようになっていた。
ショーン・ヴォークスにとって何もかもが一晩で一変してしまったのだ。
「もはや覚脳鬼は敵にあらず。思った通りの結果だ」
「くっ!何、勝手に終わったみたいな雰囲気出してるんだよ!!」
注入された薬剤によって感情的になっているレスリーはもう一方の包丁を横から薙ぎ払うように振るった……が。
「雰囲気ではなく現実として終わったんだよ、お前は」
ドッ!バギイィィィィィィィィィィィン!!
「――ッ!?」
床に突き刺さっていた足を引き抜くと、そのまま振り上げ、包丁の腹に。結果はもちろん同じで、鬼の得物は粉砕され、手からこぼれた柄が天井にめり込んだ。
「これで武器はもうない。打つ手も……もうない……!!」
「いや、まだ俺にはこいつがある!!」
武器がないなら拳を使えばいい!ストレートパンチ発射!腰の入った速くも重い一撃が最短距離で超越者の顔面へと放たれた!
ガッ!!
「ッ!?」
「残念」
けれど渾身のナックルはいとも容易く片手で受け止められてしまう……昨日やられたことを意趣返しするように。
「昨日パンチを簡単に受け止められた時はショックだったが……受け止める方は気分がいいな」
「くそ!舐めやがって!!」
怒りに任せて鬼はもう一方の拳を振り抜いた。しかし……。
ガッ!
「ッ!?」
これも簡単に受け止められてしまう。鬼の拳はどちらも覚醒ショーンの手のひらの中……。
「この!離しやがれ!!男と手を繋ぐ趣味はねぇんだよ!!」
「つれないこと言うな……よ!!」
バギィ!バギィ!バギイィィィィィィィン!!
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
ショーンが少し力を入れただけで覚脳鬼の装甲は、その下に守られているはずのレスリーの拳は先ほどのデカ包丁のように、まるで安物のウエハースのようにこれまた容易く砕かれてしまった。
「両腕を同時に握り潰される経験なんてめったにできないぞ。しっかりと噛みしめてくれ」
「くそぉッ!!どこまでもふざけやがって!!」
武器がないなら拳、拳が壊されたなら蹴り。鬼は両足をがむしゃらに振り抜き、ショーンに叩きつけた。
ガッ!ガッ!ゴッ!ガッ!ゴッ!!
「むず痒いな」
けれど覚醒したことで全身を覆い尽くした赤青の生体装甲にはそんな破れかぶれの攻撃など通じなかった。いくら蹴ったところでショーンは大地に根差した大樹のように微動だにしない。
「兄ちゃんを離せ!!」
「パネス!!」
ならば自分がとパネスは再び後ろから攻める。今度こそはしっかりと両手でナイフ包み込み、全体重を押し付けて突進する。
バサッ!!ガァン!!ガァン!!
「――がっ!?」
「パネス!!?」
けれどショーンは漆黒のマントでカウンター!ナイフをいなすと、ビンタするように布にしか見えない覚醒と共に生まれた新たな器官を丸めて、足をへし折り、続けて胴体に叩きつけて、吹き飛ばした。
「他愛ない。兄弟愛でどうにかなると思っていたのか?」
「この!パネスまで……!」
「腕が震えているぞ。それは怒りか?恐怖か?」
「そんなもん決まっ――」
「どっちでもいいか」
ブゥン!!ドゴオォォォォォォォォンッ!!
「――ぐはっ!!?」
覚醒ショーンは第五世代ピースプレイヤーの中でも巨体とされる覚脳鬼を軽々と投げ飛ばし、壁にかかった絵画におもいっきりぶつけ、鬼よりも一回り大きいクレーターを作り上げた。
当然覚脳鬼自身もひびが入り、特徴である角も折れ、最初の堂々とした姿が見る影もない無惨な姿に……決着である。
「このレベルの相手にはそれなりに手こずるか……それなりだがな」
覚醒ショーンはビズーミエにつけられた腕の傷から滲む血を気だるそうに振り払った。勝利に何の感慨もない……神に選ばれた自分にとっては当然のことなのだから。




