解放された狂気①
「うっ……ううっ……!」
カウマ郊外にある反社会的組織イエローポイズンの別荘、その下品な装飾で彩られたリビングの真ん中に置いてある特大サイズのソファー上でフードを目深に被り、サングラスで顔を隠した男は肩を丸め、小さくなってガタガタと震えていた。
「あらら、怖がっちゃって可哀想だなパネス」
「可哀想そうだねレスリー」
「うおっ!?」
男の両隣に不躾に座って来たのは腕や首にびっしりとタトゥーを入れた大柄な男二人。髪型は違うが、顔は全く一緒。
彼らこそ最近名が売れ始めた双子の傭兵ギャラウェイ兄弟。ロン毛が兄のレスリーで、短髪が弟のパネスである。
「あんまりビビるなよボス。これじゃあ俺達が頼りねぇみたいじゃねぇか」
「そうそう!大船に乗ったつもりでボクらに任せてくれれば何も問題ないから」
「あっ!?」
弟のパネスはまた失礼にもボスと呼ぶ男のこめかみを小突いた。
「お、お前達……オレがどんな状況にあるとわかってんのか?オレは……オレは!!」
「しっ」
「――ッ!?」
今度は兄のレスリーが人差し指をボスと呼ばれる男の唇にソッと当てた。
「わかってますとも。わかっているからあんたには黙っていて欲しいな」
「そうそう!組織のボスがおしゃべりってのはカッコがつかないよ。黙って偉そうにふんぞり返ってるくらいの方が迫力があっていいと思うな」
「人の気も知らないで……!」
さすがに我慢の限界を迎えたボスと呼ばれる男は二人を睨み付けようとした……が。
「弟の言った通りにできないなら手伝ってやってもいいぜ」
「ッ!!?」
「ボクも兄ちゃんも人間を喋らせなくすることが大の得意だから」
「ううっ……!」
双子の眼差しは冷たく、鋭く、男が今まで接して来た人間とは全く別種のものだった。男は気圧され、すぐに自分の行動を後悔し、うつむいてしまう。
「……君達の言う通り、全てが終わるまで黙っていよう……」
「そうそう!それでいいんだよボス~!」
「安心しろ、受けた依頼はきっちりこなすのが俺達ギャラウェイ兄弟だ。あんたは何も心配する必要はない」
「そうそう!相手はチンピラ相手にいきってる雑魚だしね~」
「もしかしたら俺達の出番自体ないかもしれんな。これだけの人数を集めているとは特務部隊とやら想像してないだろ」
このリビングはもちろん他の部屋、廊下ベランダ、庭にまで黒いスーツを着こんだ男達で溢れ返っていた。それはそれは大勢……。
「よくもまあこれだけ集めたもんだぜ」
「意外と人望あるのかなボスって」
「……そうなのかもな……」
「この兵隊達と俺とパネスがいれば、特務なんて敵ではない。なんだったら巷で噂のブルードラゴンが来ても……」
レスリーはカウマに来る前の情報収集の中で見たネットニュースの写真、覚醒アストの姿を思い出して舌なめずりした。
「レスリー、楽しそうだね」
「あぁ、戦闘型のエヴォリストを殺したとなると、俺達の傭兵としての格は一気に上がる。しかもあの秘密結社T.r.Cを退けた奴となると、どこまで評価されるか……!」
「爆アゲのうなぎ登り間違い無し!奴が来たら絶対に殺してやろうねレスリー!!」
「あぁ……エヴォリストキラーの称号は副賞にしてはあまりに魅力的過ぎる……!!」
別荘の中でギャラウェイ兄弟が夢を膨らましている頃、きれいに並んだ車と第三特務部隊隊員の前で、ビョルン・ハンゲラン隊長が最後の作戦確認を行っていた。末席には第二特務のビオニス、リサ、パットの三人もいる。
「ええ、以上で作戦概要の説明は終わりだ。これだけ説明してもまだ頭に入ってないバカはまさかいないだろうな!?」
「「「いません!!!」」」
(相変わらず体育会系だな~)
(ビオニス隊長に振り回されて大変なこともあるけど……)
(これは自分には無理だな。第二に配属されて良かった~)
第三との温度差を感じながらも郷に入っては郷に従えということで、第二の三人は不平不満を決して顔には出さなかった。
「では、これより目的地に……」
「隊長……?」
出発の号令を出そうとしたビョルンだったが、突如として黙りこくってしまった。今までにない様子に統率の取れていた第三特務隊員達はにわかにざわつき出す。
「……静粛に。ただ大事なことを言い忘れていたことを思い出しただけだ」
ビョルンは再び隊員達を黙らせ、自分に注目を集めると、喉の調子を整え、重い口を開いた。
「この任務、ヴォークスやハーフランドのことで気負うなよ」
「「「!!?」」」
「気持ちは私もわかる。一緒だよ。だが、その思いが冷静さを失わせるならば、ここに置いていけ。熱くなってどうにかなる任務じゃないことはお前らならよくわかってるだろ?」
「「「…………」」」
「それでも割り切れないというなら、遠慮せずにこの任務から降りてくれ。ここでやめても査定には響かん。私の権限で決してさせない。不安が少しでもあったらやらないというのもプロフェッショナルの考えだと思う。だから……」
「「「…………」」」
無言でビョルンを見つめる無数の眼は一様に「降りるわけないじゃないですか」と力強く訴えて来ていた。
「そうか……問題ないならそれでいいんだ……」
部下達の覇気に当てられた上司は気持ちを入れ変えるように、自身の体内に蠢く弱気と迷いを追い出し、代わりに決意と勇気を取り込むように小さく深呼吸をした。
「足を止めてしまってすまない!話は以上だ!皆、それぞれ車に乗り、目的地へと向かうぞ!!」
「「「はっ!!!」」」
いつもの強くたくましい命令を聞いた第三特務隊員達は一斉に動き出し、速やかに後ろに控えていた車に乗り込んで行く。
第三特務の三人も昨日アストを家まで送ったゴツい車のいつもの席に乗っていった。
「途中ヤバそうでしたけど、持ち直したっすね」
「隊員達の熱意と信頼が胸に響いたんだろ。これでとりあえずこの任務が終わるまでは頼りになるジジイ隊長のままでいてくれる……はず」
「絶対大丈夫ですよ。回収したT.r.Cのマシンのデータに残っていました、死にそうな敵に向かってアストくんが“一度の失敗くらいで諦めるな。どんな辛いことがあってもまた立ち上がり、前を向く。それが人間に標準装備されている最強の能力、どんなエヴォリストの能力より素晴らしいスーパーパワーのはずだ”って」
「へぇ……あいつらしいな」
ビオニスはとても嬉しそうに笑みを浮かべ、何故か照れ臭そうに鼻を擦った。
「ハンゲラン隊長もきっとそのスーパーパワーを持っているとワタシは信じています」
「そうでないと今の今まで特務の隊長なんかやってられないはずっすからね」
「だな。あのじいさんのことは本人と第三の奴に任せよう」
「ワタシ達はワタシ達のやるべきことに集中しましょう」
「お前達はショーンのことは気にしてないのか?」
「敵討ちだの弔い合戦だのいきり立つほど親しくないっすからね……まぁ、あのまま眠りっぱなしなのは嫌だと思うくらいには近しいっすけど」
「士官学校時代から粘り強い男でしたから、きっとすぐに目覚めてくれる……そうなりますよ、きっと」
「メンタルは万全か」
「メンタルもっす」
「第三特務に第二の力を見せつけてやりましょう」
「おう」
「そんなこと言ってたら、自分達の番だ」
気づいたら他の車は列を作り、駐車場から出て行っていた。
「では、最後尾を守りながら、楽しい楽しいピクニックといきましょうか」
「「了解」」
リサがアクセルを踏み、可憐な彼女に似つかわしくない無骨なハンドルを切り、言葉通り同じ車種で作られた列の最後に付き、夕焼けでオレンジに染まったカウマをひたすらに走り続けた。
「ニュースで聞いた通り、道路も空いてますね」
「これなら予定より早く着くかも。そん時は突入を前倒しになるんすか?」
「それはビョルン隊長次第だろうな。俺だったら……」
「うちだったら到着と同時にかち込みっすよね」
「隊長を始め、せっかちな人が多いですから」
「それを言うならビョルン隊長も大概だぞ。エレベーター待てないほどだからな」
「あぁ~、そう言えばショーンの奴もそうだったわ」
「日常から鍛えてるって階段昇ってたけど、どう考えてもせっかちなだけだったわよね、あれ」
これから生死をかけた任務に従事するとは思えないのんきな会話。穏やかな空気が車内に充満したその時であった。
ドォン!!
「「「!!?」」」
突如として天井の上に何かが乗ったような音がし、車が揺れた。
「何だ!?」
「上に何かが……」
ドッ!ドォン!!
「ッ!?」
次の瞬間、また車が揺れたと思ったら、前の車に何かが着地した。
それは鮮やかな青と赤の身体を持ち、漆黒のマントを羽織った異形の存在であった。
「あれはピースプレイヤー……いや、ブラッドビースト……でもない……」
「だとするとあれはエヴォ――」
「………」
瞬間、異形の存在とビオニスの視線が交差すると、脳内に病院のベッドで寝ているはずの男の顔がフラッシュバックした。
「ショーンか……?」
「「え!?」」
「………」
ドッ!!
目が合ったのは一瞬だけ。異形の存在は直ぐ様次の車へ、そしてさらにその次に……次々と乗り移り、先へ進んで行ってしまった。
「隊長……今あれのことをショーンって……」
「確証があるわけじゃない……あの眼を見た時にふと奴の顔が浮かんだ……」
「あれがエヴォリストだとしたら……冷静に考えれば覚醒の条件を満たしているんですよね……」
「ヴェノコンダに噛まれて即死してない時点で察するべきだったのか……?」
「とりあえず病院に確認だな……」
『第二特務、聞こえるか!?ビョルン・ハンゲランだ!!』
ビオニスがスマホを取り出し、耳に当てると同時に車に搭載された無線からビョルンの慌てた声が響いた。
「隊長」
「あっちにもこっちの声が聞こえるように繋げ」
「了解」
「自分が」
リサが手を伸ばす前にパットが機材を操作し、ビオニスの声がビョルンの車に届くように操作した。
「ビョルン隊長聞こえてるし、何を言いたいかわかっている」
『じゃあお前も……』
「俺も奴がショーンだと感じた。確かにあいつの影と重なって見えた」
『そうか……私とお前がそう思ったなら間違いないだろうな……』
「だとしてもまずは確認だ。今、病院に連絡を取っている。そのまま少し待っていろ……繋がった」
ビオニスはそのまましばらく話し込んだ。そして徐々に顔が険しくなっていき、最後には「ちっ!」と舌打ちをして電話を切った。
「ビンゴだ。機械が異変を感じて急いで病室に向かったが、もぬけの殻だったそうだ。昨晩俺達の会話に聞き耳立てていた看護師がいて、デカい仕事の前に動揺させるとまずいからって黙っていたらしい」
『ちっ!余計な気遣いを……』
「責めるのは酷だろう。可能性としては病院の中を徘徊している方が高かったんだ。連絡はせめて一通り見回ってからと考えるのも無理はない」
『そうだな……何より終わったことを言っても仕方な……いっ!!?』
「ビョルン隊長!!?どうし――」
キイィィィィィィィィィィッ!!
「――た!!?」
急ブレーキ!リサが突然車を止めた!
「おい!?こっちもどうした!?」
「すいません……前の車が急に……」
前方を見ると説明通り、視界に映る全ての車が停止していて、先ほどと打って変わって道路は渋滞していた。
「これも覚醒したショーンの仕業か?」
『あぁ、きっと道路に穴でも開けたんだろう。あの見た目通りに、戦闘型のエヴォリストならば容易いこと……』
「でも何で……?」
「一人で戦いたいってことだろうな」
「イエローポイズンとですか?」
「俺らを足止めするってのはそういうことでしょうよ」
『……自分をこんなにした元凶への復讐か……』
「それは希望的観測過ぎるんじゃねぇか、じいさん」
『……私は……』
「あんたならわかっているはずだ、ショーンが私怨でこんな無茶をする人間じゃないって。百歩譲ってそうだったら、どんなに楽か……!」
ビオニスは最悪の未来を頭に思い浮かべ、拳を握りしめた。
「隊長……」
「もしあいつの目的がイエローポイズンへの復讐なら好きにすればいいさ。俺らの手間が省けて万々歳だ。だが、そうじゃなく、あいつが自らの力を試すのにちょうどいい相手としてイエローポイズンを選んだとしたら……」
「したら……」
「きっと奴らだけじゃ終わらない。力を行使する理由として自己中心的な正義を振りかざし、自らが悪と見なした者を好き勝手に駆除していくだろう……!!」
「そんなことになったら……」
「あぁ……ショーン・ヴォークスは俺達、特務部隊の敵ってことになる……!!」
車内に重苦しい空気がのしかかった……。




