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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
英雄の資格
101/124

新たなる目覚め

「ヴォークス……」

 ガラス越しに全身にチューブが繋がれ、口にマスクをつけられ、機械に囲まれたベッドに横たわる部下を目にして、ビョルン・ハンゲランは悲痛な声を溢した。

「ハンゲラン隊長」

「先生……」

 眼鏡をかけ、白衣を羽織ったお手本のような医者に声をかけられると、ビョルンはいつもとは違い弱々しく頭を下げた。

「ありがとうございました。部下の、ヴォークスの命を助けていただいて……」

「いえ、恥ずかしながらわたくしどもの力よりも彼自身の頑張りのおかげです。正直、ヴェノコンダの毒を食らった時点で即死でもおかしくなかったんですよ」

「そうだったのですか……」

 ショーンと比べても、どちらが怪我人かわからないほど血の気のなかったビョルンの顔に僅かに赤みが戻り、険しかった表情が緩んだ。

 部下が九死に一生を得たことを改めて認識し、安堵したのだ。しかし……。

「はい。こうして命を繋ぎ止められたのは彼の体質のおかげか、特務部隊の一員として鍛えていたおかげだと思います。もし目覚めることができたら褒めて上げてください」

「もし?」

「あ……」

 医者は言葉を誤ったと後悔したが、もう手遅れだ。ビョルンの顔にはまた陰がかかり、曇りがかってしまった。

「……特務部隊の隊長であるあなたはこういう状況に陥る覚悟もできていると思うので正直に言います……ショーン・ヴォークスの命は助かりましたが、彼が目覚めるかどうかはわたくしどもではどうにも……」

「何か!何か手はないのですか!?私にできることならばなんでも仰ってください!なんでもやりますから!!」

「あなたの力でも、今の医療でも無理なものは無理……ここから先は人の立ち入れない神の領域なのですよ。残念ながら、今のわたくし達にできることといえば、祈ることくらいしかないのです」

「そんな……」

 ビョルンの心は絶望に、直視することさえ耐え難い辛い現実によってバキバキと音を立ててひび割れた……。



 医者に再度礼をし、集中治療室から出たビョルンを待っていたのは意外な男だった。

「よお!元気……じゃねぇよなハンゲラン隊長」

「ビオニスか……」

 そこにいたのはアフロの大男、ビオニス・ウエスト、第二特務部隊、通称ピンキーズの隊長であった。

「何をしに……って、私を心配して駆けつけてくれたんだろうな。昔からお前は大雑把な見た目に反してよく気がつく男だったから」

「買いかぶり過ぎだぜ。たまたまニキビができて薬をもらいに来たら、あんたを見かけたから飯でも奢ってもらおうと声をかけただけさ」

「派手好きの目立ちたがり屋の癖に、妙なところで照れるのも相変わらずか」

「フッ……」

 両者昔を懐かしんで、一瞬だけ笑みを交わす。一瞬だけ……。

 すぐに二人の表情は真剣なものへと切り替わり、周囲の空気が張り詰めた。

「簡単にだが話は聞いた。あんたの責任じゃないぜ」

「取引されていたのが獣封瓶だという可能性を思いつかなかったことか?」

「それもだが子供がかくれんぼしていたこともだ。百歩譲って事前に見つけられなかったことは落ち度だとしても、こうなってしまったのはあまりに不幸が重なった結果だ。あらゆる事象が最悪の方に転がってしまった結果……俺は責められない」

「お前はそれでいいかもしれんが上と世論がどう思うか……」

「そうじゃねぇだろ」

「ん?」

「一番大事なのは、あんた自身がどう思うかだ。悲劇のヒーローを気取って、間違っても……やめるなんて言うなよ」

「…………」

 真っ直ぐとこちらを見つめるビオニスにビョルンは決して目を合わせようとしなかった。

「ずいぶん前から現場から退いて、組織の運営に携わらないかと誘いがあった」

「知ってるよ」

「現場が好きだったからああだこうだ理由をつけて断っていた」

「知ってる」

「そしてそんなことを続けていたら、ガスティオンに第一特務が壊滅させられた」

「…………」

「私はこんな時に現場を離れるわけにはいかないと、同僚の死を自分の都合のいい言い訳に使ってしまった。もしかしたらその罰が当たってしまったかもしれないな……」

「馬鹿馬鹿しい!今の発言はその第一特務はもちろん今も必死に戦っているショーンへの冒涜以外の何物でもないぞ!なんでもかんでも自分中心に考えて……そんなこともわからないくらい耄碌したか!」

「……そうだな。今のはいくらなんでも失礼だったな。撤回するよ……」

 二人の間に冷たい風が吹く。どちらも目を伏せ、いつもの覇気に溢れる特務隊長の姿はどこにもなかった……。

「……あんたの進退のことはこの際どうでもいい。それよりもまずは……」

「イエローポイズンか」

 ビオニスはトレードマークのアフロを揺らして頷いた。

「ヴェノコンダなんて危険オリジンズを持ち込んだとなると、奴らに対しては法律的にはどんな強行手段も取れる」

「だが、それは奴らも、首魁のキース・マッカーシーも承知の上」

「動くんなら一刻も早くだ。あの臆病者、逃げ足だけは一丁前だから時間かければかけるほど厄介な状況になる確率があがるぜ」

「あぁ……だから明日にでも動く。今、奴は郊外の別荘にいることはわかっているから、そこに第三特務で踏み込まさせてもらう」

「あれだったらうちが変わるぜ?」

「必要ない……と、言いたいところだが何人か援軍を寄越して欲しい」

「今日怪我した二人の代わりか……」

「いや、実はこうなる前から、今日のミッションが始まる前から第二特務に助力を求めるのは決めていた」

「そうなのか?」

「何を驚く。お前がヴォークスに援軍に入ることを提案したんだろ?」

「え?」

 ビオニスはきょとんと意外そうな顔をした。

「ん?ヴォークスが嘘をついたのか?」

「いやいや、言ったよ。ジムでランニングマシンに乗りながらそんな話をした……したが、あいつの態度からあんたに本当に話してくれるとは思わなかった」

「冷静に見えて感情的……かと思ったら、やっぱり冷静だったりするのが、ショーン・ヴォークスという男だからな。内心は拒絶したいが、お前の手助けがあった方がいいと頭の方ではそう答えを出したんだろ……」

 ショーンの話をしていたら、彼との思い出と今の状況が改めて脳裏に過り、ビョルンは寂しそうにうつむいた。

「……さらに言うとヴォークスに提案される前から第二に援軍を頼むという考えは私の中にあった。お前、“ギャラウェイ兄弟”を知っているか?」

「いや、初耳だ」

「兄『レスリー・ギャラウェイ』と弟『パネス・ギャラウェイ』の実の双子で活動する傭兵チームだ。ごく最近マッカーシーに雇われてカウマに入国したという情報が入って来た」

「強いのか?」

「少なくとも今日戦ったチンピラよりはマシだろうな。かなりの場数を踏んでいるらしい」

「そいつはめんどうな……」

「情報が入ったのはこのクズ双子だけだが、他にも手練を雇って周囲を固めている可能性もないとは言い切れん」

「だから特務の中でも腕っぷしに自信がある俺に力を借りようと思ったのか。やっぱり判断力は鈍ってねぇじゃないか」

「そうだといいんだがな。まぁ、とにかく明日は頼むぞ。私の進退は……その後にでも」

 ビョルンはビオニスの肩をパンパンと軽く二回叩くと歩き出した。

「どこに行く?」

「心配するな。帰る前にハーフランドの顔を見ていくだけだ。あいつは軽い脳震盪だから何も問題ない。本当に顔を見るだけだから気にするなよお節介アフロ」

 そう言うとビョルンは手を振りながら、病院の暗闇の中に消えて行った……。



 ビョルンと別れたビオニスはすっかり真っ暗になった病院の外へ。

 駐車場に着くと運転席にはリサ、助手席にはパット、そして後部座席にはこの国でヒーロー扱いされている青龍の正体、普段はただの大学生の彼が乗っている一際ゴツい車の下へと向かった。

「お疲れ様です」

「どうでしたか?ハンゲラン隊長の様子は?」

 パットの言葉にビオニスは無言で手のひらを上に向け、肩を竦めてお手上げだとジェスチャーした。

「あちゃー、まぁ部下があんなことになったら無理もないっすけど」

「冷たいと思われるかもしれんが、隊長の任についた時にはこういう状況も覚悟していたはずだ。後悔するなとは言わんが、任務が終わるまでは隊長たる者感情を押し殺しておかないと」

「仰る通り。ですが……」

「言うのは簡単、実際やるとなると難しいってのは重々承知しているよ。今のは自分に対する戒めとして言ったんだ」

 そう部下達と仕事論を語りながら、ビオニスは車のドアを開け、後部座席に。カウマでよく見るハンバーガーショップの袋を膝に乗せ、チーズバーガーを頬張っているアスト・ムスタベの隣に座った。

「お疲れ様です」

「それはこっちのセリフだよ。また特務が世話かけちまったな」

「いえ、こっちが勝手にやってることですから。あ、チーズバーガー食べます?」

 アストは膝の上の袋から拳大の大きな塊を取り出し、ビオニスに差し出した。

「んじゃお言葉に甘えてもらおうか」

「どうぞどうぞ。っていうかこれパットさんに買ってもらったものなんでオレが勧めるのはあれかもしれないんですけど」

「気にするなアスト。それ、自分のポケットマネーじゃなくて経費で買ったものだから」

「そうなんですか」

「なら隊長である俺が食わないとな。いただきます」

 ビオニスはアストからチーズバーガーを受け取ると小包を剥ぎ、一口で半分ほど食べてしまった。

「久しぶりに食ったが美味いな」

「なんか勝手にビオニスさんってジャンクフード好きそうなイメージがありましたけど、そうでもないんですね」

「好きは好きだが特務の隊長になってからはな。身体作りのために自炊することが増えた。外食でもバランスのいい定食とか……って、アストお前話を逸らそうとしてないか?」

「やっぱバレますよね~」

 アストは苦笑いを浮かべながら、後頭部を掻いた。

「何で第二とイエローポイズンがやり合っているのを知った?お前の下宿先や大学からも離れているし、たまたまあんな寂れた場所を訪れているとも考え辛い。どんな手を使った」

「まさかエヴォリストとして新たな力に目覚めたとか?」

「空気中の水分を伝って、離れた場所の人間の行動や感情を読み取る……アストくんならあるいは……」

「できませんよリサさん。オレを何だと思っているんですか。ただ幼なじみから受け取ったちょっとした道具を試していただけです」

 そう言うとアストは懐から箱を二つ取り出した。

「そいつでドンパチやってる場所を探れるのか?」

「ええ。ただこの状態じゃなくて……アウェイク」

 主人の声を認識すると箱はガシャガシャと変形していく。

 一つは羽を生やした古代のコウモリのような、もう一つは短い前足と長い折り畳んだ後ろ足を持った古代のカエルのような姿になった。

「『ウォルガジェット』、『スパイウイング』と『スパイジャンパー』です。T.r.Cとの戦いで偵察や周囲を警戒するような道具があれば便利だと思ったウォルが作ったお助けメカです」

「個人製作にしては相変わらずよくできてる」

「以前旅行先で会った花山重工のメカから着想を得ています。彼女ほど優秀ではないですけど、小型高性能カメラとスピーカーを搭載していて、人目につかないように行動し、異変を感じたら収集したデータを送って……リサさん、どうかしましたか?」

「………」

 運転席と助手席の間から訝しげにこちらを見つめるリサの冷たい視線が突き刺さり、アストは思わず話を中断した。

「リサさん……?」

「まさかとは思いますけど、それで女の人のあんなところやこんなところを盗撮とかしてませんよね?」

「バ、バカなことを言わないでください!そんなこと思いつきもしませんでしたよ!!」

 慌てふためくアストの姿を見て、リサはさらに疑念を強めた。今まで見せたことのない冷たい眼差しで彼の一挙一動を凝視する。

「……本当に思いつきもしなかったの?」

「ええ、もちろん本当に……」

「………」

「えーと……正直男の子なんで思いつきはしましたけど、決して実行はしてません!」

「本当に?」

「本当に!!天に誓ってボクは無実だ!!」

「………」

「………」

「………わかりました。今までのあなたの優しさに溢れた行動を省みて、その言葉を信じましょう」

「ほっ……」

 再び前を向き直したリサを見て、アストは胸を撫で下ろす。ぶっちゃけヴェノコンダとにらみ合った時より緊張していた。

「んで、見事無罪を勝ち取ったムスタベ氏に話を進めてもらいたいんだが」

「あ、はい。このウォルガジェットはまだ試作品なのでデータを取っておいてくれって言われてたんで、たまたま今日講義がなかったオレはこいつらを街に放したんです。平日だから人も少なくて目立たないだろうし、ちょうどいいかなって」

「んで、あの場所にたどり着いたのか?」

「いや、その前の段階、ビルに行く前のイエローポイズンの構成員を発見して尾行していたみたいです」

「こいつら、イエローポイズンのメンバーを判別できるのか?」

「なんか指名手配犯とか警察や特務がマークしてる人物のデータを入れてあるって言ってたんで、そうなんじゃないんですか?」

「そのデータはどこから手に入れた?まさか警察のコンピューターにハッキングとか……」

「そちらの尋問と裁判は開発者のウォルにやってください。オレは情報の出所については何も知りません」

「まぁ、今大切なのはそこじゃないわな」

 そう一言喋ってパットは軌道修正すると、ハンバーガーショップで買ったジュースをズズズッと音を立てて啜った。

「そうだな。この際、そこは置いておこう。話を続けてくれ」

「それであのビルに入って、何かしようとしていると、ここでオレのスマホに連絡が来ます。その時点では何が起こるかわからなかったんで静観していたんですが、しばらくしたら特務部隊が入って来て」

「何か起きると思ったお前はビルに向かうことにしたんだな」

「はい。嫌な予感がしたんで」

「そうか……」

「…………」

「…………」

 ビオニスはあからさまに落ち込み、僅かに目を伏せた。前のリサとパットも同様だ。

「……え?」

 その反応の理由がわからずアストは戸惑い、目線を右に左に忙しなく動かした。

「あの~、オレ何か変なこと言っちゃいました?」

「アストくんに悪意はないのはわかっているんですけど……」

「特務が来ても不安を感じたのは、任せておこうって思わなかったのは、同じ特務部隊としては情けないなって……」

「あ!」

 ようやく失礼なことを口走ってしまったと気づいたアストは手で口を塞いだが、時すでに遅しだ。

「別にオレは特務を軽んじてるわけじゃ……」

「わかってますよ」

「つーか、実際問題、お前が来てくれなかったら、ヤバいことになってたんだ。面と向かって情けないって言われても否定なんてできねぇよ」

「その通りだ。そこが一番の問題だ。厳しいようだが、あの程度なら特務に選ばれた者としてブルードの力を借りずに対処できなくてはダメだったんだ」

「別にそこまで思いつめなくても……」

「いや、俺らは少しお前に甘え過ぎた。負い目はあったが、リヴァイアサンの時もパラサーティオの時もお前がいなかったら……」

「あれはオレにも因縁があったから……」

「だとしても守るべき市民を戦闘に参加させるべきじゃなかった。そりゃあ特務が来たら安心とは思えなくなるわな」

「……なんかすいません……」

 アストには謝ることしかできなかった。そんなことをしたら、余計にビオニス達が傷つくとわかっていても……。

「……明日、イエローポイズンの本丸に殴り込みをかけることになった。時間が経つと、雲隠れされる可能性があるからよ」

「そうですか……」

「そこには来るなよ」

「はい……」

「心配するな。お前が戦ったT.r.Cより規模も小さけりゃ、構成員の質も低い。第三特務に加えて俺達がいれば、余裕も余裕よ」

 ビオニスは先ほどビョルンにやられたようにアストのパンパンと軽く二回叩いた。

「はい、わかりました。出過ぎた真似はしませんよ」

「それでよし!んじゃ帰ろうか。家まで送るぜ」

「はい……」

 車は複雑な感情を抱いた四人を乗せて、駐車場から出て行った。



 それと時を同じくして暗い集中治療室で全身にチューブが繋がれ、マスクをし、機械に囲まれたベッドで眠りにつくショーン・ヴォークスは……。


カッ!!


 瞼を開き、瞳を金色に輝かせた……。


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